第9話 無表情(以下略)が友人に見つかるやつ
「グッモーニンベトナム!」
午前八時。まだのんびりと布団の中でまどろんでいたところ、空気を読まず我が家に突撃してきたのは、わが友人の一人だった。朝早くだというのに、ばっちり頭をオールバックにセットして、朝日にも負けないさわやかな笑顔を顔に張り付けている。
「朝っぱらからピンポンピンポンうっせんだよ、今何時だと思ってやがる!」
「八時だよ! 全員集合!」
「やかましいわ! 休みの日は九時まで寝るって決めてんだよ。起こすな馬鹿」
「オイオイ、今日は遊びに行くって約束だろ? 忘れたのか?」
「……そんな約束したっけ?」
まだエンジンのかからない脳みそを回して、ここしばらくの記憶を掘り返してみる。心当たりなし。
「なんだよ、忘れたのか?」
「すまん」
「まあ約束してないけど」
「帰れ」
「そんな冷たいこと言うなよ! 友達だろ?」
「親しき中にも礼儀ありって言葉を知らんのか」
「知ってて無視してる」
「Fuck! 支度してくるから三十分待て」
アポなし突撃も許す俺の器の広さよ。入ってこないように玄関に鍵をかけて、一度家の奥に引っ込む。台所で朝食の目玉焼きを作っていた居候が、騒ぎを聞きつけてこっそりと顔をのぞかせていた。
「……ご友人ですか?」
「そうだ。話は聞いてた? 留守番よろしく」
「はい。いつも通りに、ですね」
「ところで朝飯は」
「出来上がってます」
「ありがとう」
今日の朝食は目玉焼き(?)、食パン一枚、薄切りベーコン一枚、それからコーヒーを一杯。砂糖とミルクは多めが好みだ。紅茶派でも朝は面倒だし時間がないからコーヒーで済ませている。バリ〇タはいいものだ、手軽に美味しいコーヒーが飲める。
ちなみに食パンはスーパーの安物ではなく、ちゃんとフィッシュさんのパン屋さんで買っている。特別なバターを使っているらしく、一斤三百円近くとお値段は張るものの、これを食べれば一斤百円のパンなど喉を通らないほど美味しい。
トーストすれば表面はサクっと、中はもちっとふわっと。一口かじればバターと小麦が香り、ほんのり甘く、ジャムやバターなど塗らなくてもそのまま美味しく食べられる。そしてそのままでも美味しいということは、もちろん何かを挟んでも美味しいのだ。
目玉焼き……目玉は潰れてるし、白身は焦げて所々黒身になってるが、任せたのは自分なので、食べられる部分を箸で千切ってパンに載せて、二つ折り。もしゃもしゃ。焦げ臭さをバターが打ち消してなんとか食べきれた。
炭の味をコーヒーで流し込み、食器を片付けに席を立つ。
「すみません、お口に合いませんでしたか」
「ちょっと火が強すぎたなぁ。また教えてやる」
「ありがとうございます」
流しに食器を放り込んですすぎ、食器洗い機に放り込んだら、洗面所へ。顔を洗い、歯を磨き、髭をそって。寝癖を整えて……よし。あとは適当な服に着替えて、玄関へ向かう。
「四十分待ったぞ」
待たせていた友人はブルンブルン、とエンジンを空ぶかしさせて不満をあらわにしている。近所迷惑になるからやめなさい。
「キリよく一時間待たせた方がよかったか?」
「玄関に車で乗りこむぞ。じゃー行くか」
……その後は友人の気の向くままに外を連れまわされた。カラオケ行って、飯食って、買い物して。ついでに本屋に寄って新刊漁って。あれこれしている内に夕方になり、帰り道。車内で二人きり、話題がなくて今日買った本を読んでいた。
「お前、彼女でもできたか」
「……気のせいだろ。できたら言いふらさずにはいられん」
一瞬動揺するが、できるだけ自然体を装って返事をする。
「なるほど。風俗か。お前もついに風俗デビューか! で、感想は?」
「行ってねえよ」
「なんだよー、恥ずかしがることねーじゃんよー、親友だろー?」
肘でうりうりとつつかれ、鬱陶しくて本を閉じる。
「行ってねえよ。酒も飲んでないのに酔ってんじゃねえ」
「まさか女装に目覚めたのか……あまりにモテないからって、そりゃねえよ、あんまりだぁ」
笑うか泣くかどっちかにしやがれ、忙しい奴だな。
「終いにゃ怒んぞ」
閉じた本の背表紙で頭を軽く、ゴンと叩く。良い子のみんなは運転手にちょっかい出したらいけないよ! お前の命はドライバーが握っている。文字通りな。
「イッテー……で、本当のところは」
「どっちもない。どうして疑うんだよ」
「理由はいくつかあるぞ。聞きたいか?」
「おう」
「まずは服。アイロンをかけてあるな」
「それが?」
「お前は普段アイロンなんて使わんだろ。なのに上から下までピシっと決まってやがる。イケメン度がアップしてるぞ」
普段は褒められると喜ぶ単純な人間だが、今この場においては別だ。まずいな、と内心冷や汗をかく。
「どうも」
「靴も前は汚れてたが、今日はピカピカだ」
「うんうん」
「何より雰囲気が変わった。余裕ってのかな。わかりやすいのは、美人を目で追わなくなった」
「……気持ちわるっ!」
「なんだよ! 聞きたいって言うから答えてやったのに。そりゃねーわ」
「だってよ、友人でもそこまで細かく観察されたら。なぁ?」
「……まあいい。で、実際どうなんだ」
「かわいい幽霊に取りつかれた」
「幽霊がアイロンかけたり、靴磨いたりすんのか? 馬鹿にすんな。空想と現実の区別はちゃんとつくぞ」
「冗談だ」
ここまで見抜かれたなら、隠し通すのもごまかすのも難しい。いずれ誰かにバレるとはわかっていたが、一番にこいつに知られるとはなぁ。口が軽いのが心配だが……事情を知れば、自分の首が危うくなれば、言いふらしたりしないだろう……と思いたい。
「帰ったら話す。ただし、他人に一切口外しないのが条件な」
「ほーっ、楽しみだ」
そのまま帰宅。居候の少女の名を呼んで、出てきてもらう。
隣に立つ友人の顔を見るに驚き、慌てて身を隠すが、問題ないと言ってやると、居所なさげに縮こまりながら出てきた。
「出てきても、よかったのですか?」
「本人が居ないと説明が難しい」
「……お前、犯罪じゃね?」
「まあ待て、友人を信じて弁解の機会を与えるくらいしてくれてもいいだろう」
スマホを取り出した手を抑える。頼むから通報は待ってくれ、まじで困るから。
「聞くだけ聞こうか」
「おーけー、ありがとう。座って待っててくれ」
家の奥へ入り、書斎へ。鍵のついた引き出しを開けて、やばいブツを持ってくる。
ゴトリ。重量感ある音を立てて、テーブルの上で存在を主張するブツを見るや、顔色が青く変わった。一緒に弾の入ったマガジンを置くと、逃げ出そうとしたが、足を掴んで逃がさない。
銃口がススで汚れた使用感溢れる逸品が放つオーラに、危険を感じているのだろう。俺も同じだ。
「も、モデルガンだよな?」
「そうだったら俺もどれだけ助かったか」
まず最初にこれを見せたのは、非現実的な話を受け入れるための土作りだ。常識という名のアスファルトを叩いて割れば、非常識が芽吹く隙間もできるだろう。
「家の前に倒れていたこの子と一緒に拾った。パスポートとかの身分証明書は一切ない」
「サツに言えばよかったんじゃねえの」
「最初はそう思ったよ。でも話を聞くとそうもいかなくなってな。どうするか考えてるうちに、ずるずると時間が経ってなぁ……まああとは本人に事情を聴いてくれ。信じるかどうかはお前次第だ」
「お、おう……君はどこから来たんだ?」
「21XX年、ベルリンのコロニーから」
「冗談だろ?」
気持ちはよくわかる。信じられるわけがない。だからこそ、また違う質問を口にして、彼女はそれに答える。しばらくの間疑問の一問一答を続けると、やがてネタが尽きたか気が済んだか、友人は大きくため息をついて天井をみあげた。
「おーけー。嘘を言ってるようには見えんし、かといって頭がおかしいわけじゃなさそうだ」
「いっそ信じられんと言ってくれれば、俺の頭がおかしいだけと思えたんだがな……」
「最後の質問だ。ヤったか?」
「断られました」
「馬鹿野郎! どうしてこんなかわいい子と暮らしててヤってないんだ!」
「俺はロリコンじゃねえ! それに犯罪だろ!」
「もちろんやってたら通報したぞ!」
えー、なにこの理不尽。
「人が欲望にあらがって人道的な選択をしたのに、それを馬鹿とはなんだコノヤロウ」
「どうしてさっさと相談しなかったんだよバカヤロウ!」
「お前口が軽いだろう」
「失礼な、言いふらしていいこととマズイことは区別するわボケ!」
まあそんな感じで。友人一人にはバレてしまったが、言いふらしたら銃を握って遊びに行くよと脅して帰した。もちろん本気じゃないぞ、ただの脅しだ。ブツを見せつけての脅しだからきっと効いてくれただろう、でないと困る。