第6話 (前略)に可愛い服を渡すやつ
服選びのセンスに自信はない。なぜって、家族以外の異性に服を送った経験がないから。
「……」
届いた荷物を開封してみる。服は無難、だと思う秋服、似合いそうだと思ったゴスロリ服、パジャマ。それから下着。しっかり採寸したわけじゃないから、サイズが合っているかどうかわからない。合っていればよし。そうでなければ処分しよう。
もったいないとも思ってしまうのだが、他に使い道もないので仕方ないさ。
都合よくサイズがぴったりならよし。そうでなければ、理性と欲望の殴り合いだ。現実が都合よくいくことを切に願う。
「何ですか、それは」
「君の服」
ちょうどよく、物音に気付いた少女が家の奥から現れた。段ボールの中身を肩越しに覗き込んで。口を開いた。
「わかりました。着替えましょう」
「違う。いや違わないけど少し待て」
コートを脱ごうとしたので手を掴んで押し留める。誘惑にはもう慣れた。この程度で動揺するものか、とは思ったが、人肌に触れるのに慣れていないせいで、彼女の柔らかな手を掴み続けていると動機がしてきた。手を離す。
「そうですか……しかし」
「替えの服がないのは不便だろう? 裸でうろつかれても困るし」
「しかし、与えられてばかりというのは……少々。いいえ、正直に申し上げます。かなり不安になります」
「どうして」
ホステスに貢ぐオッサンとか。自分をそういうのと同列視するのは微妙な気分だけども、珍しいことじゃないだろう。というのは俺の常識で、彼女の常識とはまた違う。
「人間は理解できないものを恐れるものです。そして私はあなたの行動が理解できない。なぜ、他人に見返りを求めずに行動できるのですか」
「むーん。見返りなあ」
美少女との同居生活、それ自体が見返りと言ってもいい。金を積んでも得られない希少な体験だ。だがそれでは彼女は納得してくれないだろう。美少女に怖がられるのは、あまり気分がいいもんじゃないし、どうしたものか。
それ以外で見返りを求めるなら、彼女が持つものは何がある? まず浮かぶのは人形のように可憐な容姿と、鈴のような声。上品に洗練された佇まい。なるほど、宝石に劣らぬ価値あるものだ。だがそれを眺めるのではなく、摘み取るとなると。人の道を踏み外してはいけない。
「受け入れろ」
「それは命令ですか?」
「そんな大仰なものじゃなくて、そうしてくれたらうれしいってだけ。でも命令じゃないと聞かないってんなら、命令にする。気は進まないけど」
言うことを聞かない子供は嫌いだ。だからといって、身寄りのない子供を追い出すほど薄情じゃない。ただ、これからの態度が少々冷たいものになる。いつまで続くかわからない同居生活だ、できるだけ気分がいいものにしておきたい。
「……わかりました。おっしゃる通りに」
「じゃあ俺は部屋の外で待ってるから、着替えが終わったら言ってくれ。サイズが合わなけりゃ測ってまた注文するから、遠慮せず言ってくれ」
頷いたので、部屋を出て扉を閉める。ちゃんと言う通りにしてくれたのでよしとする。素直な子供は好きだ。もちろん変な意味じゃなくて。
衣擦れの音を聞きながら、よからぬことを想像してしまい、お経を頭の中で流しながら気を鎮める。待つこと数分。
「終わりました」
「入るぞ」
「どうぞ」
入った瞬間、女神が居た。って、違う。美少女なのは知ってたけど。
ダイヤだって磨かなきゃ輝かない。煤を落としただけでも随分綺麗になったが、それだけじゃない。土くれの上に置けばガラスと変わらないが、相応しい台座に置けばより強く、美しく輝く。
人も変わらない。雑巾を着せるより、ドレスを着せたほうがいいに決まってる。
「……」
「……」
女性に慣れていなかったのに取り乱さなかったのは奇跡だろう。一呼吸の間見つめあう、というか似合いすぎて放心してた。いかんな、と頭を振って口を開く。
「サイズはどうだ?」
「ぴったりです」
「それはよかった」
「ずっと昔。昔は、こういう綺麗な服も着ていたような気がします。あなたにとっては、先の話でしょうが」
「昔って……お前何歳だよ」
「体は幼いですが、ナカミは大人ですよ。試してみます?」
フリルのついたスカートの裾をつまんで、熱が出たみたいに目を蕩かせて、微笑みながらゆっくりと持ち上げ始めた。ショーツがぎりぎり見えないあたりまで持ち上げたところで止めて、首をかしげる。時々こういう歳に似合わない顔をする。彼女の話が、嘘ではないと裏付けるように。
またこの手の冗談か、と頭を振る。少しばかり心を揺さぶられたが、傾くまではいかない。
「試さない」
断ると、いつもの無表情に戻る。
「お役に立てるかと思ったのですが」
「似合ってる。その姿を見れただけで俺は幸せだよ」
この言葉は紛れもない本心で、女神かと思ったのも同じく。しかし残念ながら心安らぐ、とはいかない。なにしろ綺麗すぎて落ち着かない。
しかし正体はアブナイオクスリと似たようなものだ。誘惑に負けて手を出せば身を亡ぼすまでやめられない止まらない。地獄への片道切符を手に暴走特急に乗車したくはない、まだ人生を投げ捨てるには若すぎる。
「そうですか。それはよかった」
「表情も声色も変えずに言われてもな……」
「作った顔は見抜かれますよね」
「俺をだますには修行が足りん」
「自分をだますのは得意なんですが」
「洒落にならんからやめろ」
「ちなみに似合っている、と言ってもらえたのはうれしかったです。本当ですよ」
「なら少しでも笑ってくれるか」
「今は難しいですね。最期に笑った時ほど、幸せなことが起これば……」
最後に笑ったとき、と言葉にしたとき一瞬顔を曇らせた。鉄面皮の彼女が珍しく感情を露わにしたのだ。それも、おそらく負の感情を。詳しく聞くのはもう少し親交を深めてからにしておこう。
「今度ケーキでも作ってやる。うまいもの食えば、その顔も多少は緩むかもな」
「イエローケーキですか?」
「それはどんなケーキだ? 残念ながら、俺には普通のケーキしか作れんのだが」
「いえ、わからないならいいです」
「……そうか」
後で調べておこう。作れそうなら作ってやってもいいかな……明日帰るときに少し買い物しよう。バターと小麦粉と砂糖、牛乳は冷蔵庫にいつも入ってるが、生クリームまでは常備してないし。
ああ。誰かにお菓子を作ってふるまうなんて、いつ以来だろう。ブランクもあるし上手に作れるだろうか……まあ、マックロクロスケにでもならん限り失敗しても食えないもんにはならんだろう。きっと大丈夫。
ちなみにイエローケーキというのは、粉末状の危険物のことだった。彼女なりのジョークだったんだろう、きっと。