第5話 無表情(以下略)に悩まされる奴
「にゃーん」
社会性フィルターを通さず言うと、クソッタレである。家に居る小娘のことが頭から離れず、そこへ寝不足が手伝って仕事が全く進まない。おかげで上司に注意されたぜ。社会人としてどうのこうの、と。普段は仕事してんだからいいじゃねえか畜生め。
「どうしたんだよ急に」
「よくぞ聞いてくれたマイフレンドT。いやなに、とても人には言えない悩みを抱えてるだけだ」
「ほーん。宝くじでも当たったか?」
「もしそうなら退職届出して引きこもりに転職する」
「で、なんだ」
「……幽霊にとりつかれた、なんて言ったら笑うか?」
「笑うわそんなん。お前そんなキャラじゃねえだろ」
うん、そうだよなー。そうなるよなー。俺迷信とか全く信じないし。でも未来人なんて幽霊みたいなもんだろ。存在しないはずのものだし。ただ幽霊と違って触れるし、害はないし、何より可愛らしい。
でも人には言えないよね! 説明のしようがないし、通報されたくもないし。しかし、いつまでも現状維持というわけにもいかず。いつかは周りに助力を求めねばならんときがくるだろう。
「まあ、そんな感じだ」
「え、マジなの?」
「冗談半分、と思ってくれ」
「え、半分マジなの? お祓い行って来いよ」
「それな」
そんな感じで今日も一日のお仕事を終えるのだった。お客様と同僚は神様だけど、上司はめんどくさいぜこの職場。怒られたのは自業自得なんだけど。
帰りがけに夕飯用の食材を追加で買って、一時間ほどかけておうちに帰ったのだ。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
缶詰をテーブルに広げて少女が待っていた。これが夕飯だとでも言うのだろうか。あり得るのか……こんな夕飯が……災害や停電ではないのだぞ。
「ひょっとして料理、できない?」
「はい」
「……わかった。俺が作る。そこで見ているといい」
今日のメニューは秋らしくキノコ鍋。スーパーで買ってきた適当なキノコを、石突を切り落として食べやすい大きさに裂いて、鍋に放り込んで煮る。他の出汁は取っても取らなくてもいい、キノコだけで十分旨味が出てくる。物足りない人は昆布を入れてもいい。うちにはちょうど(※)アゴダシ醤油があったので、それを使って味をつけた。
ほかの野菜と肉は食べる直前に入れるのだ。
(※自家製。アゴとはトビウオのこと。トビウオを炭火で焼いて醤油に漬けた。簡単おいしい)
一時間、米が炊けるまで弱火で煮る。その間、何か話でもして時間を潰せればいいのだが。
「……」
「……」
誰か助けて、話題がないです。しかもじっとこっち見てくるから目が離せないし。何か言ってくれ。どっちが先に目を逸らすかの我慢比べか? そんな血の色をした目で見られるとマジで怖いからやめてくれよ。でも美少女相手にそんなことは言いたくないし。ああどうしよう助けて神様。ガッデム! 神は死んだんだった!
そんな感じで見つめあっていると、何か一人で納得したように頷いて、口を開いた。
「料理を教えてください」
「いいぞ」
助け船を出したのは神様ではなく、悩みの種である謎めいた少女自身だった。
黙っていたのは切り出すのを迷っていたからか。二つ返事で了承する。家事の負担が減るということは、生活が少し楽になるということ。料理以外にも覚えてもらえれば、家政婦的な感じで役立ってもらえる。役立っているという意識を持ってもらえれば、誘惑されることもなくなるだろう。家事の負担も減って、犯罪者にならずに済んで、一石二鳥。
「ありがとうございます」
これまで食っていたものはひどかったようだが、朝の反応からすると味覚は正常らしい。上手、というか美味しい料理を作るためには、正常な味覚が欠かせない。馬鹿舌だとその舌にあった料理になるからな。
「じゃあ、少し待っててくれ」
料理の基本を印刷してこようと、パソコンに向かう。電源はスリープモード、スイッチを押して起動して……衝撃! ディスプレイが! エロゲー!
「すみません。昼間ソレで遊ばせてもらって、終わり方がわからなかったので……」
「いや、遊んでいいって言ったのは俺だし気にしなくても」
さっさと消して、グーグル先生に頼んで料理の基礎を掲載したページを開いて印刷。味付けの「さしすせそ」から、包丁の使い方、切り方の説明、火力の説明とか色々。ガリガリ音を立ててプリンターが動いて、吐き出された紙を少女に渡す。
「読めるか?」
ドイツが云々と言ってたからドイツ人かと思いきや。流暢に日本語喋るし、エロゲもやってたから、マルチリンガルなんだろうが。一応聞いておく。答えがわかっているから聞かなくていい、という考えはコミュ障まっしぐらなのでやめておこう。お兄さんを反面教師にしてね!
「はい。問題なく」
「よかった」
「明日さっそく作ってみます」
「期待しておくよ」
明日休みだから、ゆっくり寝て。起きたら美少女の手作りご飯……変に凝ったものはいらないんだが、それを言ってしまうとせっかく乗り気のところに水を差してしまう。
ぴー、ぴー、ぴー、とご飯が炊けましたと炊飯器が鳴る。
「じゃあ、ご飯にしようか」
今夜は鍋。美味しいキノコ鍋。彼女は箸が使えないからフォークを使って食べていた。料理と一緒に箸の使い方も覚えてもらおうかな、そのほうが便利だろうし。