Trick or Treat
「Dead or Treat!」
「季節にピッタリなセリフをどうも」
間違っていることにはあえて触れないでおこう。と思ったがお菓子か死かって随分と物騒だが、韻を踏んでるのが微妙に腹立たしい。
死にたくはないので、お菓子を差し出す。ハロウィンのカボチャがプリントされたチョコレートウェハースの、大パック。サクサクで甘くて、コーヒーを片手に食べ始めるとすぐになくなる。大パックというが、これでは物足りない。昔は一個一個がもっと大きくて、量ももっとたくさん入っていた気がする。いや気のせいじゃないな。
……まあ、他人に渡す分だ。気にはすまい。
「まさか本当にもらえるとは。ありがとうございます」
「味わって食えよ」
「はい」
さっそく一袋開けて。半分に割って、片割れを口に入れた。
「半分どうぞ」
もう半分を差し出される。どうも、と受け取り一口で……食べようと思ったが、チョコを食べるにはコーヒーが欲しいな。
「コーヒーはいるか?」
「私の分は淹れなくてもいいですよ」
「ん。わかった」
スマホのアプリから、ばりばり君と名前を付けたコーヒーマシンを起動する。メニューはブラック。豆も水も入ってることを確認したら、台所からカップを持ってきてマシンにセット。準備オッケー。あとはスイッチ一つで美味しいコーヒーが出来上がる。
一分も待たずに抽出が始まって、ホットコーヒーの出来上がり。一日最低二杯のコーヒーがなければ生きていけない体になっている。朝の一杯、仕事終わりに帰ってからの一杯だ。
というわけで淹れたての薫香立ちのぼるコーヒーを持ってリビングに戻る。真っ白な少女が二つ目のチョコ菓子を開けているところだった。
「寝る前に歯は磨けよ。虫歯になるぞ」
「子ども扱いしないでください」
「大人はハロウィンに菓子なんて要求しない」
「……」
機嫌を損ねたか、目線が急に冷たくなる。しかし子供に睨まれてビビるようなら社会に出てやっていけない。堂々とチョコをかじり、コーヒーを啜りながら受け止める。
「あ」
一瞬コーヒーを置いた隙に、カップごと盗まれた。そして飲まれた。思ったよりも熱かったのか舌を出してひーひー言ってる。かわいい。
「……子供はブラックコーヒーなんて飲みませんよ」
得意げな顔をしているが、ブラックコーヒー飲む子供なんて探せばいくらでもいそう。本当に大人のように振る舞うこともあれば、子供らしいこともある。一体どちらが本物の彼女なのやら。
それともどっちも本物で、そのときの気分で入れ替えてるとか。よくわからん奴なので、この考えが合ってるかどうかもわからない。
「さっきは自分の分はいらないって言ってなかったか? 飲みたいなら淹れてくるぞ」
「一杯もいりませんので」
「……本当は苦くて飲めないとか」
「馬鹿にしないでください」
「馬鹿にはしてない。そうだったらかわいいなと思ってな」
また睨まれた。威嚇しているつもりなら完全に逆効果だ。クール系美少女ににらまれたところでかわいいとしか思えないのである。
「それで、美味しかったか」
「……苦みがちょうどいいです」
「ふくれっ面で言っても全く説得力がないぞ。あとお菓子を食べるときは笑顔でないと」
「本当ですよ」
「ならいいんだ」
コーヒーを取り返して、口を付ける前に少し考える。お互い右利き、カップの持ち手が同じなら飲み口も自然と同じになるのでは。つまり、間接キスというやつだ……子供を相手に何を考えてるのやら。ふっと笑って、カップの取っ手を左手で持ち直して飲み干す。こら、どうしてそこで不機嫌そうな顔をする。
「そんな不機嫌そうな顔をするんなら、こっちにも考えがある」
「なんです?」
「実はもう一つアイスを買ってあるんだが、一人で食う」
「……なんて非道な」
最近になってわかったが、彼女は甘いものが好きだ。甘いものが嫌いな女の子なんて居ない、とはよく聞くけど。本当らしい。
それから、拾った当初は無表情がデフォだったが最近はそうでもない。表情の動きは控えめでも、笑いもするし、怒りもする。思えば昔飼っていた猫もそうだった。最初は無愛想で、毎日餌をあげていると次第に懐いてくれた。餌付けの成果が出たな。
「ほら。素直に笑わないとアイスはなしだぞ」
「……子供扱いしないでください」
「お嬢ちゃん。日本では18歳以下は子供なんだ」
「私は大人と同じです。ずっとそう扱われてきました」
テーブルに手をついて、身を乗り出して主張する。どうしても譲れないようだが、見た目はどうあがいても15歳くらいの子供だ。それで子供扱いするなというのは、無理がある。
「そうか。じゃあアイスは俺が一人で食う」
「大人げない」
「男ってのはいつまでも少年の心を忘れられない生き物なのさ」
男はみんなゲームが好きで、アニメも見るし、ヒーロードラマを見て盛り上がれる。ついでに言うとエロ本も大好きだ。異論は認める。
しかしなんと言われても、かっこ悪いとあざ笑われても、楽しいことを楽しめない、つまらない人間にはなりたくない。
「いいことを言ったつもりですか?」
「もちろん」
「……純粋ですね。羨ましいです」
「見習ってくれてもいいぞ」
「いいえ。遠慮しておきます。というより、今更そういうふうには振る舞えません。それはそれとしてアイスをください」
「純粋になれなくても、素直になれればいい。コーヒーのミルクと砂糖は入れておこうか?」
「……はぁ。お願いします」
このあとめちゃくちゃアイス食べた。