プロローグ
日常とは簡単に崩れるもの。
だけどみんなそのことを知らない。
信頼してきたものが終わる瞬間を見たら,人は何を思うのだろう。
「あ,また変なポエム書いてる」
突然後ろから声をかけられ肩がびくっと跳ねる。集中してたのに…
「もー,部屋に入るときはノックしてって言ったじゃん,お母さん!」
「はいはい。ご飯できたよ」
「はーい。すぐ行くから」
私は小学生のころから毎日書いているポエムのノートをしまう。
今日はなかなかアイデアが出てこない。
「ごはんを食べてからまた考えよ」
階段を下りてリビングへ行くと,おいしそうな料理がテーブルに並んでいた。
今日はハンバーグだ。
「ねえお母さん。お兄ちゃん今日帰ってくるんだっけ?」
私の兄は探検家だ。世界のいろいろな場所を旅していて,たまにしか帰ってこない。今はいないお父さんの後を継いだらしいが,お父さんは私が小さいころに不慮の事故で亡くなったらしく,私はよく覚えていない。
そんな兄はいつもへんてこりんなお土産を買って来る。怖い顔のお面とか,使い方のわからないおもちゃとか。どこからそんなお金が出ているのだろう,とか考えたりする。
けど,兄のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。帰ってきたときには,その変なお土産と一緒に世界の綺麗な風景や,わくわくするような話をしてくれるからだ。
あと,私が花が好きなこともあってか,珍しい花の写真も撮ってきてくれる。
「そうよ。そろそろ帰ってくるんじゃない?」
母がそう言い終わるか終わらないかのうちに,ガチャリと玄関のドアが開いた音がした。
同時に何か大きなものが倒れる音も。
私と母は顔を見合わせ,玄関へ向かった。
恐る恐る玄関のほうをのぞき込むとそこには
「お兄ちゃん!!」
血まみれの兄がいた。
「どうしてこんなことに…!」
玄関のドアは半開きになっており,そこから外の様子が見えた。
夜なのになぜか遠くのほうは明るいく光っている。
…いや違う,燃えているのだ。
「早く…ここから,逃げろ…!」
「やだよ,お兄ちゃんを置いていけないよ!」
火の海は少しずつ,少しずつこちらへと迫ってきているようだった。
「母さん…!」
兄は懇願するような目で母を見る。
「……っ!」
一瞬悲しそうな顔を見せた後,母は私の手を引っ張る。
「お母さん!」
「いいから来なさい!」
抵抗しようとする私に兄が手を伸ばした。
「な,何…?」
兄は小さな黒い正方形のペンダントを私に手渡した。
「こんな時に,お土産…?」
「うん,お守りなんだって。俺だと思って大事にしてくれ。…あと,旅行の話できなくてごめんな。」
なんでお兄ちゃんはそんな死ぬ前のようなことをいうのだろう。私には理解できなかった。だってお兄ちゃんは助かるのに。
「どこ…けば…の!」「…学校に…行…」母と兄が何かやり取りをしているが,何かの叫び声にかき消され私の耳に届かない。
その叫び声に兄はひどく反応し
「早くいけ!」
と,兄が今まで聞いたことのない怒鳴り声でいった。
「お兄ちゃん,戻ってくるよね…?」
涙目で声を震わし私は言った。
すると兄はいつもの口調で,もちろん!と。
なかば強引に車に乗せられ,一人残された兄を私はただ見ていた。
けれど兄は戻ってこなかった。
信頼してきたものが終わる瞬間を見たら,人は何を思うのだろう。
その問いの答えは案外早く私たちのもとに訪れることとなった。