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3 - 15 「犠牲」


「な、何を言っているんですか? 魔王だなんて冗談……」



 冗談だと苦笑いしながら否定し合う村人達へ、するすると木の根が伸びる。



「えっ?」


「ど、どういう……」


「あ…… な、なぜ……」


「マ、ママぁー! こ、怖いよぉー!!」


「だ、大丈夫だから! 大丈夫! きっと大精霊使い様には何か考えが……」



 ついには村人達をも全員拘束すると、ネイトが歯をガタガタ鳴らしながら震え、叫んだ。



「あ、あああ、あんた何するつもり!? なんで村の人達まで拘束してんの!?」



 その問いに、なるべく冷静に、冷たく聞こえるように意識して答える。



「俺が魔王としてこの世界に君臨するために、ここの人達には最初の犠牲になってもらう」


「ぎ、犠牲って…… な、なんで!? 村の人達は関係ないでしょ!?」


「関係ない? イシリスから狙われ、そのイシリスの兵を俺が鎮圧した。これで、本当に関係ないといえるのか?」


「そ、それじゃあ何よ! あ、ああんたは何? この村人達に命を救ってやった代わりに犠牲になれっていうの!?」


「いや…… そもそも前提が違う」


「な、なななによ!」


「俺は、この村を助けてなんかいない」


「そ、そんな……」



 ネイトが次の言葉を繰り出せずにいると、それまで俯いていたティアが顔をあげた。


 正気の抜けた、冷たい瞳が、こちらを向く。



「どうするつもりなんですか……?」


「こうするんだ」



 俺が片手を上げると、地に縛り付けられていた兵士と村人全員が持ち上げられ、宙吊りの状態になった。


 蓑虫にされた村人達が泣いたり、悲鳴をあげたり、怒ったり、老若男女問わず皆が何かしらの声をあげている。


 イシリス兵士は状況が掴めないのか、恐怖で顔を引きつらせている者も多いが、声をあげる者は少ない。


 だが、それも次の出来事で一変した。


 蔦やら木の根が、村人と兵士の口元へ伸び、そのまま無理矢理開かせると、皆が同じように悲鳴をあげて暴れ始めた。



「あ、あんた何を……」



 ネイトが恐怖で顔を青くしながら、悲惨な光景に、ただただ身体を震わせている。


 意外にも、ティアは目を見開き、口を開けているだけで何も言ってこなかった。


 いや、単純に言葉を失っているだけだろう。


 ギヌは歯を噛みしめながら、俺へ鋭い視線を向けてきたが、特に何かを言ってくる気配はない。


 メイリンは相変わらず怯えているだけ。


 そもそも、メイリンは他国の村人がどうなろうと関係はないのだろう。


 彼女は単純に俺の力に怯えているだけだ。


 ミーニャはというと、さすがにこの状況には不安を感じるようで、全く怯えていないシロに抱き付きつきながらあわあわしていた。



(ミーニャはあの時俺の味方してくれたからなぁ、安心させてやるか)



 『大丈夫。心配するな』と念を送ると、ミーニャの耳がピンと立ち、ふにゃ〜と腑抜けた声を漏らしながら涙を溜めて笑い、コクコクと頭を上下に振った。



(よし。じゃあやるか……)



 振り上げた手で、指を鳴らす。


 すると、人を吊るしていた木の根が、何処からともなく、黒く光る小さな種を取り出した。


 その種に皆の視線が集まり、場に一瞬の静寂が訪れる。



「やれ」



 実行を意味する俺の言葉に、皆がビクッと驚くと、一斉に村人と兵士達が暴れ始めた。



「や、やへえぇー!?」


「ひ、ひー!? ひー!?」



 口は木の根がこじ開けているため、満足に発声できていない。


 木の根はその黒い種を、ゆっくりとした動きで、少しずつ嫌がる者達への口へと近付けていく。


 皆が目を見開き、徐々に口へと運ばれる種を目で追った。


 身体はがっちりと木の根元で拘束されているため、動くことはできない。


 口も無理矢理こじ開けられているため、閉じることもできない。


 得体の知れないものを口へと入れられる恐怖に、多くの者が涙を流し、叫びにならない悲鳴をあげた。



「おああ"ー!? あー!? あー!?」


「あ"ー!? あ"ー!?」



 嫌がる村人や兵士達の口へから喉へ。


 喉から食道へ。


 食道から胃へ。


 木の根がするすると入り、黒い種をその身体の中心へと運んだ。


 老人も子供も関係なく、全員。


 当然、むせたり、えづいたり、嘔吐する者も多くいた。



(はぁ、これ、やっぱ分かってても心が痛む)


『この行為の目的を知らなければ、ただの拷問に見えるだろうな』


(目的を知ってても、あんまり変わらない気はする。まぁ、拷問っぽく見せるのも目的達成のための手段の一つでもあるけどね)


『うむ。恐怖は良くも悪くも人を縛る。上手く利用できれば意のままに人を操ることも可能だろう』


(上手く利用してやるさ。もう、その一歩は踏み出してしまったんだ。後には引けない)



 種を飲ませた者達を地面へ降ろし、解放する。



「ゴホッ、ゴホッ! き、貴様! な、何を飲ませた!? あれはなんだ!?」


「し、信じていたのに! こんなことをするなんて!」


「あ、悪魔じゃ…… あんたは悪魔じゃ! む、村から、村から出ていけぇ!」



 イシリス兵士も、村人も関係なく、全員が敵意を俺へ向けた。


 得体の知れない物を無理矢理飲まされたのだ。


 その怒りももっともだろう。


 すると、イシリス兵の隊長格が、苦しそうに胸を押さえながら口を開いた。



「貴様、我らに何をした……」



 その言葉にニヤリと笑って見せると、どこかで「ひぃ」という小さい悲鳴があがる。



「戒めの種を植えた」


「な、なに……?」


「戒めの種だ」



 あまりにも皆が恐れてくれるので、変なスイッチが入る。



「よく聞け愚民ども! お前達に飲ませたのは、魔王の一部だ!」


「ま、魔王の一部だと!?」


「この種はお前達の身体に溶け込み、身体の至る場所から宿主の行動を監視する」


「な、なんだと…… なんのために……」


「そんなことは言わなくても分かるだろ。お前達を操り、俺がこの世界を支配するためだ」


「ば、馬鹿な! そんなことができるはず…… うぐ…… ぐっ……」


「た、隊長!」



 隊長と呼ばれた男が胸を押さえて苦しみ始める。

 


「いいか? よく聞け。これからは俺の言葉が法となる。法を破る者には、相応の罰を与える。疑いたければ勝手に疑え。だが、この法を破った者に慈悲は与えない。よく考えて行動することだ」



 戒めの種。


 一度身体に寄生すると、死ぬまで身体から剥がすことはできない究極の宿り木の種。


 寄生虫。


 冬虫夏草。


 その手のイメージに加えて、俺の意思に反する行為をした場合、自動で判断して罰を与えるAI(人工知能)のようなものを掛け合わせた創作生命体だ。


 作れると思ってイメージしただけなので、実際に正しく機能してくれるかは分からない。


 だが、それもすぐに実証された。



「た、たい、隊長……」



 隊長と呼ばれた男の隣で、兵士の一人が尻餅をついた。


 視線の先には、落ちていた剣を拾い、振りかざそうとした男が、その姿勢のまま止まっていた。


 目、耳、鼻、口――


 穴という穴から黒い蔦が突き出し、その蔦の先に黒い薔薇のような花を咲かせて。



「アガッ…… ガ…… ァ……」



 花を咲かせた男が、ピクピクと動くと少しだけ短く唸り、その後、静かになった。



「法を破った者の末路だ。よく覚えておけ」



 皆が怯えた顔を向ける。


 そこに敵意はない。


 あるのは絶望のみ。


 ゾクゾクする。



「今、この瞬間から、お前達は記念すべき魔王軍最初の民となった! 喜べ! 俺がこの世界に、俺の支配下での永遠の平和を築いてやる!!」



 皆が腰を落とす。


 絶望の表情を浮かべて。


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