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3 - 13 「戦うリスク」


 結局、大した解決策も浮かばないまま、時が過ぎ、ネイトが目を覚ました。


 目を覚ましたネイトは、自分の置かれた状況を察し、案の定、大粒の涙を浮かべ、顔を青白くしながら必死にもがいた。


 口も拘束してなかったら、大声で泣き叫んでいたことだろう。


 その後、ティアが根気強く説得したことで、一先ず話が出来る程度には落ち着いたのだが、まだ村人の前に出すことできない。


 そこで暴露されても厄介だ。


 一応、ネイトにも、また転移してほしいならしてやると選択肢を与えたが、メイリン同様、全力で拒否された。


 状況は然程変わっていない。



「な、何もしないから、この拘束を解きなさいってば!」


「えー…… 絶対暴れるだろ」


「暴れない! あんた馬鹿ぁ!? 私は一人で、あんた達は六人! 逃げられる訳ないじゃない! それに…… その……」


「何だよ」


「おしっこ行きたいのよ! 馬鹿ぁ!!」



 冷静さを取り戻したネイトは、兎に角ギャーギャーとよく喋る。


 元から面倒くさそうなタイプだと思っていたが、まぁ本当に面倒くさい。



「ヒッヒッヒ、ここで垂れ流せばいいニャ」


「ミーニャ、やめて差し上げなさい」



 ミーニャがまた新しい玩具を手に入れたと目をギラつかせたので、頭をチョップして止めさせる。



「仕方ない。ずっと縛っておく訳にもいかないし、拘束を解こう。だけど、少しでも変な真似をしたら……」


「変な真似したら、な、なんなのよ」



 ネイトの喉がゴクリと鳴る。


 交わる視線。


 精一杯の強がりで見つめ返してくるネイトの瞳は、恐怖で揺れている。


 小さくて薄い唇も、細くて小さな手も、よくよく見れば小刻みに震えていた。


 これ以上の脅しの言葉はいらないだろう。


 十分、怯えている。



 なので俺は――



 ニヤリと笑った。



「ひぃ!?」



 ネイトの顔が盛大に引き攣る。



(少し癖になりそうだ)


『ふむ。お主は色々な性癖があるようだな』


(自覚はないんだけどね。人間って不思議)


『それよりも、良いのか? 少し漏らしたようだぞ?』


(……え?)



 仄かに生暖かいアンモニアの香りが鼻をついた。


 ミーニャが真っ先に気付く。



「あ、漏らしたニャ」



 それを見たギヌが俺を睨み、ティアとともに避難した。



「外道が。無抵抗の者をそこまで追い詰めて楽しいのか」


「やり過ぎです!」



 酷い。


 一応、心の中で弁明するけど、微笑んだ表情を作っただけだからね?



『難儀なものだな』


(それもう聞き飽きたよ……)



 すると、突如部屋の中に月白の大狼(ルシフ)が現れた。



「若、ここへ武装した兵士達が向かって来ています。どうやら近くの町が落ちたようです」


「何だって!?」



 俺が驚くと、すすり泣くネイトを介抱していたティアが突然立ち上がり、声を荒げた。



「それはどこの軍ですか!?」


「申し訳ありません。私は人族の情勢に詳しくないのです。ですが、彼らは杖が描かれた紫色の旗を掲げていました」


「杖…… 紫色…… 間違いありません。イシリスの軍です!」


「チッ! イシリス!!」



 ギヌが怒りに震える。


 余程、イシリスに恨みを持っているのだろう。


 まぁ、祖国を滅ぼされたのだ。


 それは仕方ない。


 問題は、そのイシリスと俺――の身体であるハイデルトが、元王位継承者だということだ。


 なので、当然、矛先は俺に向く訳で――



「ハルト! お前がどうにかしろ!!」



 ほら来た。


 だが――



「断る!!」



 俺の明確な拒否に、ギヌとティアの目が大きく見開かれる。



「何っ!?」


「ハルト! あなたしかこの戦争は止められません! だから!」


「戦争を止めさせるって、どういうことか理解して言ってる?」


「そ、それは……」



 ティアが言い淀むも、ギヌは鬼の形相で言い放った。



「お前以外に誰が止められる! お前はイシリスの王位継承者だろう!」


「元ね。正確には、俺じゃなくて器のハイデルトの方だけど。で、今、この戦争を扇動しているのは誰?」


「お前の弟であるモート・イシリスだ!」


「そいつとハイデルトの仲は? ハイデルトが止めに入って聞くような人物?」



 ギヌが歯を噛み締めて黙る。


 そう。


 この世界の情勢については、ミーニャから軽く聞いた。


 だから、俺でも知ってる。


 イシリスの現帝王、ハイデルトの弟にあたるモートは、ハイデルトとは犬猿の仲。


 まぁ、ハイデルトのやらかした事件があまりにも酷い――いや、残念過ぎた事件だった――ので、それは仕方のないことだとは思う。


 血が流れていない分、戦争に比べたらまだ可愛いものなのかもしれないが……


 まぁ内容はさておき――


 そんな犬猿の仲である弟が戦争を扇動しているのに、どうやって止めるというのか。


 平和的な話し合い?


 無理無理。


 絶対に無理。


 話し合いで説得されるような奴が戦争など起こすものか。


 現実問題、戦争を扇動するような指導者と、戦争推進派の取り巻きを止めるとなると、下手しなくとも大量の血が流れることになるのは避けられないだろう。


 扇動者を皆殺しにしなければ、止まらないかもしれない。


 戦争ってそういうものだろ?


 そう、思考を巡らせている間、ギヌは反論できずに黙ったままだ。


 それが答えだろう。


 すると、ギヌが答えるよりも先に、ミーニャが答えた。



「無理ニャ。モートは、ハイデルトを何度も暗殺しようとしたと聞いたニャ。有名な話ニャ」


「だろう? この戦争を止めるってことは、俺に弟と、それに従う者を皆殺しにしろと言っているようなもんだぞ?」



 俺の言葉に、ティアが視線を下げたまま、ゆっくりと答え始める。



「それでも…… 何もしなければ、何も守れません。何も変えることはできません……」


「これは戦争なんだ。何かをしようとしたら、無実かもしれない者も、きっと大勢死ぬことになる」


「それは…… でも…… それを少なくする努力を……」


「努力ねぇ。で、その命を賭けた努力は、誰がするの?」



 ティアの拳がぎゅっと強く握られる。



「俺だろ? で、それを望むティアは、何をするんだ? 俺が命を賭けて戦争を止めようとするとして、ティアは何をしてくれるんだ? 何ができるんだ?」



 ティアの頬を涙が伝う。



「私は…… 何も…… できません……」



(ちょっと可哀想だけど、戦争が起きる度にお前行って止めてこい!っていうのは、違うだろう。そこははっきりさせておかないと)


『お主は、お主が正しいと思うことをすれば良い。だが、魔王を名乗る者が、そんな逃げ腰でいいのか?』



 炎の雄牛(ファラリス)の、挑発するような声色が頭の中に響く。



(誰もやらないとは言ってないでしょーに)


『お主も大概天の邪鬼な男だな』


(その自覚はあるので認める。だけど、戦うにしても、まだ完全に力を制御できてる訳じゃないからなぁ。もう少し訓練する時間がほしい)



 すると、ミーニャが重い空気を無視して口を開いた。



「でも、どうするニャ? 何もしなくても、軍隊はこっちに攻めて来るニャよ」


「そうよ! そんなに偉そうなことを言って! あんたコロシアムで観客を大量虐殺してたじゃない! 今更、人の命は重いみたいな綺麗事言わないでよね!?」



 ネイトの言葉に、ミーニャがギョッとした。



「何を言ってるニャ?」



 ミーニャが恐る恐る聞き返すと、メイリンがネイトの言葉に続いた。



「泥棒猫を転移させた後の話だ。奴は口と歯のついた気味の悪い黒い触手を背中から大量に生やし、その場にいる者を見境なく捕食し始めた。武器を持たない老人や女子供関係なく、そこにいる者全てを無差別に」



 あー……


 それを今言っちゃいますか……



「師匠は悪人には容赦ないニャよ」


「悪人? 武器を持たない老人や子供もか?」


「殺し合いを嬉々として見にくる奴らは皆、悪人ニャ! ミーニャにはそう見えたニャ!」



 メイリンには、ミーニャが必死に言い返している。


 いつの間にミーニャは、それほどまでに俺への忠誠心が上がっていたんだろうか。


 ちょっと胸熱。


 これからは、もう少し優しく接してあげよう。



「あー、皆に話しておくことがあります」



 軽く咳払いして話し始めると、皆の視線が集まった。



「俺の中には、遥か昔に “魔王” と呼ばれた禁忌的な存在が封印されてます」



 メイリンの瞳が揺れる。


 そして、恐る恐る聞き返してきた。



「お伽話に出てくる…… 全てを喰らう食欲の塊…… の、ことか?」


「そう、その魔王。そんでもって、そいつは俺が瀕死になると外に出てこようとします。勿論、俺が死んだら世に放たれます」



 シロを除いた全員が眼を大きく見開いた。


 コロシアムで見た光景と、お伽話で出てくる “魔王” が重なったのだろう。


 尚もメイリンが質問を投げかける。


 そうであってほしくないと願うように。



「私たちを襲ったのは、その “魔王” だというのか……?」


「そうだよ。正真正銘の本物。俺の死は、即ち世界の死に繋がる。ハイデルトも厄介なものを身体に封印してくれたよ、本当に……」


「それは、制御できないのか……?」


「しようと思ったけど、無理だった。それがコロシアムの惨状だ。苦し紛れに全力転移したら、どういう訳か引っ込んだみたいだけど、また瀕死になったらどうなるか分からない」



 ティアも、ギヌも、メイリンも、ネイトも、皆、あの惨状を目撃している。


 あれがどれほどやばい存在か、正しく理解しているはずだ。


 ティアが「そんな……」と失意に暮れ、ギヌは込み上げる恐怖心に、怒りの感情をぶつけて抵抗するかのように歯を食いしばっている。


 あの存在を間近に感じたメイリンは、掠れた声を上げながら絶望し、ネイトは恐怖で震えあがった。


 あの存在は、見るもの全てにトラウマを植え付けたようだ。



「俺を前線に出すリスクは理解できたかい?」



 返事はない。


 ミーニャに関しては、皆の反応を見て、「なんか凄くやばそうニャことだけは理解したニャ」と話した。



「じゃあ、正しく状況を理解できたところで、話を戻そう」



 皆の視線が再び集まる。



「俺は戦うよ。俺はこの世界を支配するつもりだからね」




 そう告げて笑うと、メイリンとネイトは恐怖し、ミーニャは喜んだ。


 ギヌは怒りの表情を浮かべているが、内心は読み取れない。


 そして、俺が戦うことを望んだティアは、一人、悲しそうな、後悔するような、複雑な表情をしていた。

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