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第一話 序章

 記録的に雨の少ない夏。

 夏休み中というのにしつこく続く学校の補習を終えて、木之元義経は、自転車にまたがり一つため息をついた。ああ、今年の夏も何も無かった、なあ。なんて・・・。

 にじんだ汗で少し湿っぽいハンドルが肌に煩わしく、自転車の荷物カゴにまで両手をダラリとのばす。

 生き残りの蝉がジワジワとか細く鳴くのに比例して、チェーンの油が切れてきたペダルをジーコジーコ漕ぐ。ジワジワ、ジーコジーコ、ジワジワ・・・。虫たちでさえ刹那の生の間に懸命に命をつなごうと伴侶を捜しているのに・・・俺ときたら・・・。一人の下校を余計空しくさせる。

 こんな暑い時には、コンビニでアイスでも買おう。ズボンポケットに入る二つ折りの財布を取り出す。

 チャリン、・・・394円・・・。

 そういえば夏休みはしよう!と意気込んでいたバイトの計画も、補習のせいでパァだった。はぁ・・・まあ安いアイスと、駄菓子くらい買えるだろ。そんなことを思い、下校途中にあるいつものコンビニに入った。

「ピーンポーン。いらっしゃいませ~。」

 自動ドアが開くと、録音された機械の女性が出迎えてくれた。あー涼しい。極楽だ~・・・。さあてアイス、アイス・・・。期間限定のシャリシャリくん洋なし味と、チョコリチョコの新作をもってレジに向かう。

「ピ、ピ、はい88円になります。」

 レジを通されて液晶に視覚に映る数字と、背の高いバイトのお兄さんの読み上げた声に、お!なんて思いながら、93円を出す。「おつりです。」といってレシートと5円玉を渡された。

 コンビニの冷房で収まったはずの暑さも、胸からわき起こるワクワクに、こめかみにじんわり汗がにじんだ。久々に!行くか!と手のひらのを五円玉を握りしめ、コンビニを後にする。

 家へ直帰から予定変更をし、ルートを変えた。

 

 手のひらの5円玉は体温をすって、じんわりと生ぬるい。先ほどまでのだるさはなく、はやる気持ちはハッハッと息を息を荒げさせ、自転車を漕ぐペダルにも力が籠もった。

 木之元義経には、一つのルールがある。ぞろ目の買い物で出たおつりは近所の神社のお賽銭にするというルールだ。

 意図せず時計に目をやると、ちょうどゾロ目の4:44だったり、コンビニで買い物をした結果が777円だったり・・・こういった巡り合わせは稀にあるもので、同級生などに伝えると、「そっか。すげー。」と一つのリアクションののち、次の話題へ移り変わってしまうものだ。

 木之元義経は、そういう偶然に昔から異様に執着してしまう質で、誰かに話を聞いて欲しくて仕方ないのだ。小さなことに運を使うという見方もある一方、彼は運は貯まるものだと思っている。いつか、受験や就職や結婚相手の選別など、大きな運を使わなくてはならない時が来る。その運の器のキャパシティを一定に保つために、運の器から漏れあふれた小さな偶然を大切にしたい、というポリシーがあるのだ。

 親に、この小さな偶然を報告していた時もあった。

 幼い頃は、「数字が読めるようになったね~」とか、「計算してピッタリになるように合わせたのかな?偉いねえ。」と褒めてくれた彼の親も、木之元義経が、年を重ねるにつれて、あまりのしつこさに「将来パチンコ打ちになるかもねえ…」と冷笑するようになった。そのころから、宝物のような体験を聞いてくれる相手を持たない彼は、もどかしい思いをするようになった。

 その頃、つまり、物心ついたころから、彼は、近くの神社に訪れるようになった。

 端から見ると、木が鬱蒼と生い茂り住宅街の中に急に、手入れのなされていない林が現れたように思える。続く先は、高い木々のおかげで日が差さず、日が高いうちでも、なかなか目が慣れない暗さである。近所の小学校では、立ち入り禁止にされている場所の一つだ。ただ、木之元義経が幼い頃は、そのような決まりはなく、もう少し手入れがなされていたはずである。時の流れは早いと言うことだろうか。

 入り口と思われる二つの大きな木を越え、足の裏を撫でるタケノコの先を踏みしめた先に、赤い鳥居がある。赤い鳥居の一礼して進むと、すうと木々の隙間から日光が入る平地が現れる。なぜだか、この平地は先ほどまでの林と違い、いつもきちんと整理されているのだ。一瞬、時が止まったかのような落ち着いた光景。その先に社がある。ちゃんと呼び鈴もあり、しめ縄を引くとカラン、カランと音を立てる。境内も手入れが行き届いており、廃社ではないようだ。

 木之元義経は、この神社に訪れると、いつも決まったルーティーンを行う。

 お参りをして、カラン、カランとしめ縄を揺らして鈴を鳴らし、ぞろ目で得たおつりをお賽銭箱へ入れる。二礼二拍手一礼をし、境内に続く階段に腰を下ろしてレシートの裏に今日の一言を書いて、階段の下に置いていく。

(たいてい、レシートの裏に書くことは、今日の一言のように、ぞろ目のレシートとは関係のない事が多かった。思春期の頃は思い人への思いを書いたり、親とひどい言い争いをしたときはその愚痴だったり・・・)

 自分の思いを書いていくうちに心が不思議と落ち着くことに、彼は気づいた。

 その翌日に境内の下を見ると、そのレシートに猫の足跡が押されている。まるで、小学校の先生が、児童の書き取り練習や算数ドリルに「みました」と、はんこを押すかのように、足跡にしては、きれいに押されているのだ。当初は、猫が住んでいる神社なのか、と、そのレシートを拾って帰った。しかし、同じ事が二回、三回と続くうちに、一緒な猫の仕業だと感じるようになる。まるで交換日記のようだった。偶然の連続、もちろん彼は、それに関心を持つようになる。繰り返される偶然の産物は、彼のより所となり、そして彼にとって大切な場所になる。

 ただ、最近は、ぞろ目のレシートを貰う機会も無かったし、高校に入り難易度が上がった勉強について行くのに必死で忙しい毎日を過ごす、木之元義経は、めっきり神社には訪れなくなっていた。


「久々だよなあ・・・。高校入って・・・ここに来るのは。1年の時以来か・・・?」

 ぼそり、と誰にも届かないような声で、木之元義経はつぶやいた。久しぶりに林の前に立つと、風がザアザアと木の枝を揺らして、まるで自分を歓迎しているようだ、と思った。外の気温は間違いなく30度を超えているというのに、冷たい汗が背中を一線、ツゥと流れる。身が引き締まる思い、というのは、このことを言うのだろうか。

 ハッハッと、はねる呼吸を押さえようと、木之元義経は鼻から息を長く吐いた。ふうー・・・ふうー・・・。持っていたタオルで首筋を押さえ、汗を拭き取った。次から次へとあふれてくる汗に、気を集中させる。ふうー・・・ふうー・・・。息が整ってきたところで、林の前に自転車を停める。林の間から風がビュッと吹き、髪の毛をなびかせた。光が届かない冷えた林の空気が頬をかすめて、気分が穏やかになる。もう一度、彼が、息をふうっと吐き出す頃には呼吸も落ち着いていた。

 木之元義経は、レシートと五円玉を握ったまま、林の中へ歩を進めた。

 ザザ・・・ザアア・・・カサ・・・カサ・・・と、小枝が擦れあう音が、彼の耳を楽しませる。夏から秋へ変わる季節だけあって、鼻に届くにおいも緑の青々しさから、土に葉が重なってしめったにおいへ変わっていたのに気づいた。勉強勉強、で目の前のことでいっぱいいっぱいだった彼には目から鱗で、反面、余計に夏休みに何もない事実が彼を悲しませた。

 ギュッギュッと土を固めながら、目的の社へ、暗さの中を進んでいく。暗さに目が慣れた頃に、日の光で眼前が閃光に包まれ目を細めた。

 すると、予想もしなかったが、凛とした女性の声が耳に届いた。

「のう・・・久しいな。」

 目の前の彼女を見て、木之元義経は、一気に幼い記憶がフラッシュバックした。


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