覚悟
捕まったのか、と思った。
ミアは目を開けて、目の前にいた知らない男が刑事と名乗った瞬間に、そう判断した。
他には考えられなかった。ミアはあの悪童連中から逃げるために走っていた。路地を走って走って、しかしその途中でひどい眩暈がして動けなくなったのだ。それで雨が降ってきたのを幸いに少し休息をとることにした。だが真冬に冷たい雨滴を浴び続ければ身体が冷えるのだということは失念していた。すぐに寒くなって、雨宿りをしたくなったが、ヴァルダの自分に入れる屋根の下などあるはずもない。軒の下にいてもなお、邪魔だと追い払われることがあるのだ。息の苦しさは増すばかりで、例の廃墟の隠れ家まではとても行けそうになく、しかもそれを思った時には、すでに寒さと眩暈と呼吸の苦しさで動こうという気力もなくなっていた。だから自分は、偶然に辿り着いたあの路地で、身体を丸めて寒さを凌ごうとしたのだ。なのに――。
目を開けたら、刑事がいた。
いつ刑事が自分の存在に気づいたのか、ミアには全く分からなかった。眩暈がおさまるまで少し休もうと思った、そこから先の記憶がミアにはない。だからなぜ自分が刑事に捕まったのかも分からなかった。悪童連中とは喧嘩になっても、あの路地に辿り着くまでとくに誰かに追われた覚えもない。もっとも刑事なら、ヴァルダが街にいればそれだけで逮捕の対象とするのかもしれないが、それにしては目の前のこの刑事の態度は優しかった。ヴァルダを見ても、汚いと邪険にするようなことをしない。こんな人は初めて見た。
それでもミアは、急いで逃げなければと思った。刑事に捕まって、良いことが何もないことなど分かりきっている。運が良ければ、街外れの辺鄙なところまで連れていかれて、そこで捨てられるだけで済むが、最悪の場合は、ありもしない罪を着せられて殺されることだって起こりえるからだ。
――だって、おかあさんが、そうだったもの。
しかし逃げようとしたミアの動きは、男の手によってあっさりと制されてしまった。決して乱暴に押さえ込まれたわけではないが、手を摑まれただけで、もうミアは身動きできなくなってしまったのだ。
男は何も怖いことはないと言った。安心していい、大丈夫だと。しかしそんな言葉が信用できるはずなどなかった。ヴァルダに安心を与えてくれる人間などいるはずがない。ヴァルダに生まれたら一生、死ぬまで一人きりで、周りに蔑まれながら生きていくしかないのだ。ヴァルダに積極的に関わってくれる人などいない。ヴァルダに絡んでくるのは、あの悪童連中のような通りすがりにからかってくる人々ばかりだ。そうでなければ、同じヴァルダしかいない。
だがそう思っても、ミアの身体が動かないことに変わりはなかった。それどころか、ものを考えることすらうまくできない。まだひどい眩暈がしていた。それでもなんとかして逃げねばと思ってはいたが、意識はミアの意思に反して暗闇に引き込まれていった。




