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ヴァルダ~国なき人々~  作者: 神坂彩花
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真相発覚

「――では間違いないんですね。この男が昨晩、この部屋に夕食を運んできた従業員、いや、従業員風の男だということには」

 フィリエルが描き上げた似顔絵を示しながら問うと、ユリスティアが力強く頷いてきた。

「ええ、間違いないわ。同じ顔よ。髪の色が違うけど、それはたぶん鬘を使ってたんだと思う。髪の色を黒に変えて、もう少し肌の色を濃くしたら、あの時の従業員の顔になるわ。昨夜は化粧でもしてたのかしらね」

 ユリスティアは似顔絵を見下ろした。似顔絵はミアの言葉を元にフィリエルがノートにスケッチしたものだ。ミアが自分を誘拐した犯人の顔を思い出してくれたために描けたもので、この絵を見て、ユリスティアは間違いないと確信した。ミアを誘拐したのは、昨夜この部屋に来た偽従業員で間違いない。実際、自分が描いた昨夜の従業員の似顔絵と比べてみても、ほとんど同じ顔だった。

 ミアを部屋に入れると、彼女の身体が冷えないよう毛布や暖房で温め、室内に据え置かれていた電気ポットを使って淹れた温かいお茶を与えて、少しずつ落ち着かせていきながらいったい何があったのか、具体的なことを聞いてみた。部屋に戻ったことで安心してくれたのか、ミアは訊ねれば答えてくれた。彼女によると、そもそもこの部屋にレイフィルを名乗って電話があったらしい。レイフィルは電話でミアと話などしていないと断言していたから、これは犯人がかけたものだと考えて間違いないだろうとユリスティアは思う。しかしミアはまさか自分を誘拐しようという意図を持った人間がレイフィルの名を騙っているなど思えず、言われたとおりに部屋のドアを開けたのだ。電話でそのように指示されたらしい。ドアを開けるだけで、外に出ないのなら大丈夫だと思ったと、ミアは少し怯えながらも答えてくれた。そして彼女はドアを開けたその場で男に口を塞がれ、後のことは何も覚えていないという。目が覚めるとどこか知らない部屋のベッドで横になっており、そこには一人の男がいたが、ドアの前にいた男とは違う人物だったと教えてくれた。ドアの前にいた男の顔はよく覚えていないが、部屋にいた男のほうはよく覚えており、それでフィリエルがそちらの男のほうを似顔絵に仕上げたのだが、誘拐犯が二人いたことを知ると、ユリスティアは似顔絵を凝視してしまう。ミアの話を聞く限り、彼女が目覚めた部屋はこのホテルのシングルルームではないかと思えた。そこにしばらくのあいだミアは留まらされ、そのあいだ男は机に向かって何か書き物をしていたというのだから、この男はここの宿泊客なのかもしれない。もはや確かめる術はないが、ミアがその部屋で男が書いていたものを渡されると、そのままその男に抱き上げられて部屋から出され、レイフィルとフィリエルの部屋に置き去りにされたのだという話には不思議なものを感じた。部屋のドアには鍵がかかっていたはずだが、錠前の構造はいたって普通のものだから、慣れた人間なら鍵など使わなくても開けられたのかもしれない。しかしミアは男とはどんな話もしていないという。なら、どうしてこの男はミアをレイフィルとフィリエルの部屋に置き去りにしようと思ったのだろうか。単に解放しようという気になっただけなら、近くの廊下にでも放り出せばよかったはずで、男のその行動はその部屋に宿泊しているのがレイフィルとフィリエルであることをあらかじめ知っていなければできないのではないかと思える。じきにこの部屋にお前も知っている刑事が戻ってくるはずだから、その刑事に助けを求めろと言ってそのまま去って行くなど、その男にミアを解放しようとする意思があり、さらにその部屋に泊まっているのが誰で、それがミアとどんな関係にあるどういう人物なのかを、前もって知っていなければできることではないはずだ。では、男はどこでそれらのことを知ったのか。ユリスティアはこの男に会ったことがない。レイフィルとフィリエルに訊いても、知らない男だという返事が返ってくる。全く見ず知らずの人間が、なぜ自分たちのことを知りえたというのか。ミアはそれきり男には会っていないというが、この男はいったいどういう人物なのか。どこで自分たちのことを知ったというのだろう。それとも、共犯であるはずのもう一人の男からそれらのことを聞かされていたのだろうか。だとしたら、その男はいったい誰だろう。ミアを解放したのは二人の共通の意思なのだろうか。ならどうして、せっかく手の込んだ計画を弄してまで連れ去ったミアを、早々に解放する気になったのだろう。ミアが消えて、まだ一日も経っていない。これほど早くに解放する気なら、最初から連れ去る必要などなかったのではないか。

 話を聞けば聞くほど、ユリスティアは首を傾げざるをえなかった。誘拐犯の意図が、全く読めない。

「――犯人は、どうしてミアちゃんを連れ去ったのかしら?解放するにしても、レイフィルさんの部屋に連れてくるなんて。あの部屋に泊まっている人が刑事で、ミアちゃんの知っている人だなんてどこで知ったの?しかも助けを求めろなんて。レイフィルさんたちがミアちゃんを助けるかどうかなんて、他人に予測できることじゃないはずなのに」

「聞かされてたんだろう、共犯の者に。ミアちゃんがいる部屋にもその向かいの部屋にも、刑事が滞在しているとなれば、誘拐を企てているような人間にとっては要注意事項のはずだからな。その事実をミアちゃんを解放するにあたって逆に利用することにしたんじゃないのか?ミアちゃんを連れ去った者と解放した者と、この二人はすでに共犯の関係にない。連携は断たれているとみていいようだ」

 思わず呟いた独り言に、傍らからレイフィルの返答が返ってきた。彼はじっと犯人が残していったものに目を通している。それは封筒に入った何かの文書で、彼はユリスティアがミアから話を聞き、フィリエルが似顔絵を仕上げている間、それを読んでいたのだ。文書はソフェランザの言葉で書かれていた。書いたのがヴァルダの男だからだろう。このなかでソフェランザの言語が読めるのはレイフィルしかいないため、必然的に彼が文書を読むことになったのだ。彼は学生の頃に覚えたとかで、異国の言葉に異常なほど強い。ユリスティアはせいぜい簡単な言葉が聞き取れるだけだ。読み書きどころか会話も満足にはこなせない。

「連れ去ったほうの男にはミアちゃんを誘拐せねばならない理由があったんだ。誘拐して、そのまま殺害するつもりでいた。殺害は共犯の男のほうに任せるつもりだったようだが、しかしその共犯のヴァルダの男のほうには、それはしたくない理由があった。それで共犯の、ミアちゃんを解放した男と、ミアちゃんを連れ去ったほうの男との間にあった連携は消えた。それがミアちゃんがこれほど早くに解放されて、無事に戻ってこれた理由だ。この二人の繋がりが絶たれてしまえばこちらが有利になる。これで主犯の男を問い詰めることは簡単だ」

「な、なんですか。その、殺害、は、したくない理由って?」

 あまりにも簡単に飛び出てきた衝撃的すぎる言葉に、ユリスティアは動揺し咄嗟にミアが怯えはしないかと庇うように抱き寄せた。しかし今度はレイフィルはユリスティアの言葉にすぐには答えてくれなかった。彼は文書を傍らの机の上に置くと立ち上がる。こちらに近づいてきたが、ベッドではなくその傍の小机に屈み込むと、受話器を取り上げた。それを耳に当てながら電話機に指を伸ばしている。いったいどこにかけたのか、相手はすぐに出たようだった。レイフィルが話し始める。ソフェランザの言葉だった。ユリスティアは耳をそばだてたが、少し早口でユリスティアの言語力では巧く聞き取れなかった。

 それほど長く話さねばならない用ではなかったらしい。幾度かの言葉のやり取りを終えると、しばらくしてレイフィルは受話器を置く。ユリスティアのいるほうを振り返ってきた。

「これからすぐに出る。チェックアウトの準備をしてくれ。フォレストヒルに向かう。一時間後だ。だから少し急ぐ。支度は早くしてくれ」

 言いながら彼は急ぎ足で部屋の外に向かっていく。自分の部屋に置いてある私物でも取りに行くのだろう。ユリスティアは慌ててその背に向けて呼びかけた。

「待ってください。フォレストヒルって、北のほうにある昔の城跡とかがあるところですか?そんなところに今から何の用があるんです?一時間後だと、車を飛ばしても少し厳しいですよ。今はまだ早朝ですし、フォレストヒル方面なら渋滞とかはないでしょうけど」

 するとレイフィルは再び軽く振り返ってきた。

「何の用かは行けば分かる。説明してる暇はない。とにかく急いでくれればいい。私は部屋に自分の荷物を取りに行って、先にフロントまで下りる。公衆電話は一階のエントランスホールにしかないようだからな。少し外に電話をかけないといけない用事があるから、それを済ませてくる。その間にユリィはミアちゃんを着替えさせて、下まで降りてきてくれ。フォレストヒルには彼女にも行ってもらう。相手の要望だが、それがミアちゃんにとっても一番いいはずだからな」


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