救世主
人生への、絶望。きっとそう。
彼らは生きることを諦めた瞬間、命を刈り取られたんだ。
そう、考え至って目を開けたハズだった。確かに目を開けたのだ。
「えっ?」
目を開けた先にも暗闇が続いていた。ぼんやりと血の赤の混じった瞼の裏なんかではなく。
夜の闇に黒い靄をぶちまけたような、黒い絵の具に顔から落ちてしまったような黒。
心なしかツンと鉄の臭いがした。
『――キミは、気づいてしまったんだねぇ』
「だ、だれ!?」
知っているような、知らないような声が響く。さっきも同じようなことがあった。でも違う。
頭に直接響いてるんじゃない。想像じゃない。
ちゃんと耳から聞こえている、そんな感覚。それが存在するのだと如実に告げる恐怖。
『ねぇ、今、どんな気持ち?どんな気持ち?キミ、ヒト二人、死に追いやっちゃったんだよ?』
『生きること諦めちゃうってどういう心地なんだろうね?あはははっ』
「何を、言い出すの。私は…私は……っ」
どこから聞こえてくるのか、誰が喋っているのか全く分からない。辛うじて分かるのはそれが女性の声であるということだけだ。キンキンと、高い。
せめて姿を。憎しみを向ける相手を。 と強く願っている自分が居ることに気付いた。なんて、なんて醜い。
そしてそう感じたその時、視線を上げたすぐ先に煙が巻いたようなシルエットがある事にも気付いてしまう。
憎むべき相手を見つけた私は、恥を一瞬で忘れた。
気付けば私は、力み過ぎて目が飛び出てしまうのではないか。そう思ってしまうほどその何者かを睨みつけていた。
「母さんを追いつめたのは私じゃない!私のせいなんかじゃ…」
『じゃあ、誰?』
「……っ」
『本当はわかってるんだよねぇ?わかってないふりしてるけどさぁ』
『むしろ無理矢理忘れようとしてる?認めたくない?くっだらない。どうにかしようと思えばできたはずなのに』
「し、知らないっ!ヤダ!!私は何も知らないっ!!」
『ホント、くだらない』
見えないハズの彼女の表情がわかってしまう。
心から、本当に呆れているのだ。
「…あ、あなた…だれなの……なんでそんなこと……」
怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
呆れられることは、嫌われることだ。
嫌われている。誰とも知れないこの影に嫌われることが怖い。
『我は汝、汝は我――なーんちゃって。ふふ』
「……わ、わたし……が、あなた?」
何を言っているの。なぜ笑っているの。何で何で何で何で何で。
しかしその疑問への明確な答えを彼女が示す前に、彼女を取り巻く煙の渦が少しずつ、少しずつ晴れていく。
『私は救世主だよ?そしてキミも。この病気について多分唯一気がついてる』
『キミは救うことができるんだ。少なくとも、この白い世界にいるヒトたちを。それは彼女たちへの、世界への償いになるとは思わない?』
「救世…主…」
私が。
ユキを殺した私が。母を壊した私が。
『ただ』
「『何が彼らにとって救いであるかは』」
『誰にも』
「わからない」
口が私の意識の外で動く。
気付けば目の前の影は影というにはあまりに色付いていて。
その姿は明らかに
「ねぇ、私。キミはどう思う?」