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希望の国のアノテロティス  作者: 麻埜ぼったー
3/6

ユキ

コンコン



ギリギリ聞こえるかどうか、そのくらい控えめな音だった。部屋の出入り口の方から聞こえた。

誰かが訪ねてきたのだろう。


私は長らく閉じていた瞼を持ち上げ、ベッドに横たえていた体をよじる。

寝ていたわけじゃない。白を、視界から追い出していたんだ。


「あまねちゃん、いる?」


ノックと同じくらい控えめな細い声が続く。

私はその主を知っている。



「いるよ」


ガチャリと開かれた扉の向こうから覗くようにこちらを伺うのは、幼い少女だ。

名前は咲間 ユキ。名前の通り真っ白の髪をした、私の3つ下…13歳の女の子。どこか他の患者とは違う、浮いた存在だった。



「あのね、もうそろそろ交流の時間、だから……あの、むかえに来たの」


暖かそうな手袋に包まれた両手はノブを離れ、恥ずかしそうに赤く染めた頬に添えられている。

ちらちらとこちらを見る姿は小動物を感じさせた。


一見、普通に可愛い女の子。

彼女は極度の潔癖症から拒食症となり入院したという。

……私が見ているこの極々短い時間でも、彼女の異常性は十分に理解できた。


ユキは常に強迫観念に縛られた生活をしている。

清潔なものを好み、不潔なものには近づかない。手洗い場を見るや手は肘まで、顔までを洗いだし10分はその場を離れない。

空調の完備された室内でもコートは脱がず、毎日、下手をすると数時間ごとに違う手袋をしていた。


彼女にはこの空気や、日々の糧すら不潔なものに思えるらしい。

異物を体内に取り込むことが不快でならない、いつもそう言っていた。


いつから拒食症と付き合っているのか彼女は小柄で、骨と皮しかないような外見をしていた。

その姿がいやに庇護欲をそそり、私は柄にもなく世話を焼いている。





ユキに促され、私はしろから抜け出した。

向かう先は交流室だ。そこにはいろんな色がある。しかし自分から向かうには億劫な場所だった。

連れ出してくれるこの子がいなければ、私はきっとあそこに閉じこもっているだけだったろう。



ぼんやりと、先を行くユキの背中を見つめる。



――初めてユキに会ったのは件の交流室だった。


初めて交流室に行った日。私は緊張で手が汗ばむのが妙に気持ちわるくて、真っ先に備えつけの手洗い場に向かったんだったと思う。


そこにはひたすら水を流し続けている女の子がいた。それがユキ。

最初は何をしているのか分からなくて、とにかく彼女がそこを退くのを待ってた。でも、どれだけ待っても水を止める気配すらなくて。


私は彼女の手元を覗き込んだ。


手は真っ赤だった。

冬の冷たい水にずっとさらされていたからだとすぐにわかったけど、普通はそんな風になるまで手は洗わない。明らかに異常な光景だった。真っ白な手首との差が痛々しさを強調して怖いくらいだったのをよく覚えている。

まさかあんな長時間手を洗ってるなんて思わなくて、止めるという選択ができなかったんだ。


私に気付くでもなく、一心不乱に手を洗い続けるユキは確かに不気味だったのだろう。

あとから考えると、他の患者は意識的に距離を置いていたんだと思う。看護師ですらも。


でもその時は私はそんなこと全く気付かなくて、彼女の手を見て、

「キレイだね」と声を掛けてた。


その時のユキの驚いた顔といったら。……いや、私もきっと同じような顔をしていたと思う。

口に出すつもりはなかったから。痛々しい赤と白の対比が綺麗だ、なんて不謹慎なことを。



なぜかその時から、ユキは私に付いて回っている。

キレイだと言われたのが嬉しかったんだと思う。彼女の望む「キレイ」とは、きっと違ったのに。


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