はじまり
「うーん……」
僕は唸る。この世の不条理に。自分の懐事情に。
僕はこの街で生まれ、育った。
僕の父は探偵業をしていた。父親はおそらく、このアルダーという街で一番の探偵だったと思う。その仕事柄、父親の仕事内容などを話してくれることは少なかったのでそういう言い方になってしまう。それでも、僕は、必然的にその仕事に憧れた。身近な存在に謎があることがとても好奇心をくすぐったのだ。母もそんな僕を応援してくれていた。
「満足するまでやってみなさい」
「あなたはあなたらしく生きなさい」
それが両親の口癖だった。自分でもよく自由にさせて貰ったと思う。おかげでたくさん迷惑をかけてきた。
そして、やっとの想いで僕も自分の事務所を構えることが出来た。それもこの街で。
僕の事務所は五階建てビルの……。3階部分だ。残念ながら階段という移動方法しか無いのだが探偵は足が資本。問題にはならない。依頼人には申し訳ないが……。
僕は新調した机にコーヒーを用意し、これもまた新調した回る椅子に腰を掛けた。照明は少し落とし、横に伸びた窓もカーテンと本や資料を詰めた棚で限られた自然光を取り入れるに至っている。そちらの方が怪しい手練れの探偵、という雰囲気がでるというものだ。
コンコンコン――
事務所のドアは叩かれた。三つの音。今日もまたひとり迷い込んできたようだ。
「どうぞ」
僕は背中でノックに答える。僕は窓から空を眺め、雲が次にどのような形になるかを考えていた。もの憂い気に。その方が探偵らしくて格好いいだろう。
ドアはゆっくりとキイっと音をたてて解放されていく。
「なるほど……」
僕の推理では……これは女性だろう。未開の地へ歩を進める時は、様子を見ながら、あたりを見回すはずだ。それも恐る恐る。それが、僕の事務所のドアに伝わっていた。特に女性では、それが如実に現れる。これは、僕の経験による推理だ。そして、僕の元へ相談に来るということは、並々ならぬ悩みがあるのだろう。
そう……深刻な悩みを持った女性。深刻な悩みとは、得てしてある程度人生経験のある方が持つものだ。故に20代後半から30代といったところではないだろうか。それ以上の年齢だといくら薄暗い探偵事務所とはいえど目的のために恐る恐る……。といった行動はしないのではないだろうか。いや、その前にもっと有名な実績のある探偵に頼むのが自然だ。
「あのぅ……探偵さんですよね?」
「いかにも!」
さあ。始めよう。僕がこの街で一番の探偵になるんだ!
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