あさのや
「私、帰るね」と診察終えた楓さんは帰っていった。
残った三人はあさのやに行く事にした。
不動病院の隣。
喫茶店「あさのや」
扉を開けると、そこはハワイだった。
日本人が間違って把握しているような、なんか間違ったハワイだった。
これは、南国ではない、ハワイだ。
だって流れる音楽はハワイアン。壁にはレイが掛けてある。
壁の中央には大きな置時計が置いてある。
装飾品は殆どなくむしろ殺風景なのだが、aloha!と書かれたサーフボードをかかえた木彫りの人形がハワイを主張していた。
「へい、らっしゃい」
オールバックにサングラス、スカイブルーが基調の小粋なアロハに身を包んだ中年の男性がにこやかに迎えた。
「アローハーじゃないのですかっ」
光之少年はツッコミが適切でなかなか筋がいいなあとあきらちゃんは思った。
光之少年から店主への第一印象。
胡散臭い。とても胡散臭い。
にこやかだけど、ちょっと怖い。なんていうか、オーラが怖い。サングラスしているのに目が怖い。
かたぎではなかった人が心を入れ替えて喫茶店経営していますと言った風情だ。
絶対なめてはいけない。そんな予感がして光之少年は回れ右したくなった。
そんな少年を意に止めず、あきらちゃんが話しかける。
「パパ、室内でサングラスやめなよ」
「パパぁ?」
思わずツッコむ光之少年。
似てないんだけど。童顔でハムスターみたいなあきらさんとこの人。
すごく失礼な事を考えて2人の顔を見比べる。
「うん。パパ。ここ私の父の店」
「素敵なお店ですね」
「いま、絶対違う事考えていただろう」
ぽそりと呟いた法一くんから眉間のシワが取れない。
「調子の良い奴」
吐き捨ててカウンター席に着く。
その隣にあきらちゃん、さらに隣に光之少年が座る。
「あきらちゃん。ご飯は?」
「ううん、朝御飯は食べました」
「そう…」
がっくりする店主。
「ええと、ロコモコ定食をお願いします」
「俺、お好み焼き」
「オレンジジュース」
それぞれ席の注文をうけて店主は
「あきらちゃんは」
「いらない」
「ええー」
パパの事大好きだけれども、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。うっとおしいなあ。
でも。
しょんぼりオーラに負けて
「んじゃ、アサイー」
「かしこまりましたー」
店主は上機嫌で戻っていった。
「んでさ。みっちゃん、なんで太郎さん所、というか家出てきたの」
「話し合いが平行線だったもので」
みっちゃん、という呼び方にも動じる事なく話を進める光之少年に凄いなと法一くんは感心しました。
「なんの話し合い?」
「将来についてです。とっても大切な僕の希望する未来を応援してくれないのです」
水をグイとあおって一息、
「医者になれって、家を継げとうるさいのです」
「進路の強制かあ辛いねえ」
「わかってくださいますかっ」
光之少年は凄く適当なあきらちゃんの相槌に喜んで手を握った。
さすが太郎さんの甥だ。手が早い。
「おい、手を離せ」
不機嫌な声を隠さない法一くん。あ、べりっと手をはがした。
「太郎さんの血筋だねえ」
あきらちゃんはケラケラ笑っている。
太郎さんは身長があって顔がいい上に女性大好きなのでモテる。
そしてなにより全方位に声をかける人なのでさらにモテる。
あきらちゃんは勿論、楓さんにもしょっちゅう綺麗ですね、可愛いですねと声をかけてくるのだ。
「年下過ぎるだろうが」
ロリコンかお前は。と法一くん。
「太郎さんと比べたら、まだ年の差みっちゃんの方がましじゃない?」
太郎さん、30過ぎでしょう、と言うがそういう問題ではない。
「お前歳は」
「中学3年ですが、それがなにか」
「ええー。中3の夏で進路問題?今進路で迷うの遅いなあ」
「ずっと話し合っているんですけど、決着がつかない。時間もないので強硬手段です」
「やっぱりタロさんとこお医者さん一族かあ。めんど。絶対に嫁ぎたくないなあ」
「え」
光之少年。
「え」
法一くん。
「え?」
あきらちゃん。
一斉に驚かれてあきらちゃんもびっくりする。
「だって面倒くさい」
「そんな言うほどじゃありませんよ」
「職業に対する偏見反対」
「え?え?何?」
「はっはっはっ」
気がつくと古時計のおじぃちゃんがコーヒー片手に後ろに立っていた。おや何時の間に。
「おじぃちゃんなに笑ってるの」
「いいや。ほら、あきら。コーヒー飲みなさい」
「うん、ありがとう」
素直にコーヒーを受け取ったのを確認しつつ、ぽんぽんとあきらちゃんの頭を撫でる。
満足そうに眺めた後、法一くんの隣に座った。
「兎に角、僕は医師にはなりたくありません。かといって他になりたい職業があるわけではないのです」
なれません、と言わないあたり成績に自信があるのかな、と感じる。
「ええと、まだ高校3年間あるんだし、とりあえず目指すのは?」
「勉強をする、のはいいのですが、医師をとりあえず目指すは嫌なのです」
「家に金銭的な負担をかけたくないとか」
「いえ?別段そういうわけでは」
金銭的には困窮していないはずですから、と言うと法一くんが舌打ちした。
「…ほーくん?」
なんでもない、と言いながら、法一くんは言葉を紡ぐ。
「人は人、わかっていても、腹が立つ。それだけだ。出来る環境で甘えてんじゃないと。でもそれは」
「僻みかもしれないから、言えないなあ、法一」
おじぃちゃんが言葉を拾う。
「ましてや」
ちらりとあきらちゃんを見る。
「女の前ではなあ」
「うるさい爺だな、相変わらず。時だけ刻んでいやがれ、ボロ時計」
「男の子は見栄っ張ってこそだぞ、法一」
「ネジ飛ばすぞ」
おじぃちゃんの楽しそうな顔に反して法一くんの顔の剣呑さが増していく。どうしたどうした。
おじぃちゃんとほーくんはあきらちゃんにとってよくわからない会話をする。
言葉はわかっても意味が理解できないのだ。
おじぃちゃんに聞くと男のプライドだから女は聞いて聞かないふりをするのが礼儀、と言われた事を思い出す。
「……」
「……」
「……?男のプライド的な話?なるほど」
これが礼儀か、と1人納得するあきらちゃん。
「小僧、頑張れ」
「うるさい」
「え?なに?違うの?」
「あー。間違ってないですけど間違ってますね」
「どっち」
光之少年の首元掴んでガクガク揺すりだす。
「そこまで」
「なんだ?あきらちゃんの取り合いか?すごいな!」
二つの声が響いた。
黒髪長髪に眼鏡、長身スタイル良しだけど、後ろにくくった髪はややぼさついてお疲れ気味の無駄に美形な太郎さん。
金髪長髪でこれまた後ろにひとつで括った髪をなびかせて、太郎さんより長身筋肉質な男性がよ、と逞しい腕を振っている。
「太郎さん、もどせんせい」
わあい、とあきらちゃんが二人によっていく。
「もど?」
「百に戸で、もどせんせい、だよ」
ぽふ、と、もど先生に抱きつく。
もど先生は元気いいな!よーしよしよし!と撫でている。扱いが完全に犬だ。
「百戸樹だよろしく!」
金髪をふさふさ。晴れやかに笑う。
「うわあ、2人揃うと」
「筋肉が暑苦しいよね!暑苦しい外科医だよね!」
邪気のないあきらちゃんに二人が撃沈する。
「ええええええ」
「うおおおおお」
「叔父さん、僕帰りませんよ!」
太郎さんは光之少年の声は完全に無視。もど先生とテーブル席へ。
「あ、私コーヒーと味噌カツサンド」
「俺お好み焼きで!」
「叔父さん」
「わかってますよ。帰れ」
「叔父さんー!」
「男の悲鳴なぞ気持ち悪い」
「酷いです」
「お前も男の悲鳴で心が動くのか」
「いいえ、ちっとも」
ぐむむ、と納得する。
「納得すんのか!すげーな!」
もど先生が吃驚してる。言動がパワフルなので、動くたびに何かが揺れている。
見かねてあきらちゃんが身を乗り出した。
「太郎さん、せめてみっちゃんの話だけでも聞いてあげてくれないかなあ」
あきらちゃんが私の口出す事じゃないんだけど、とお願いする。
「…しょうがないですね」
「しょうがないんだ!!」
もど先生が思わずつっこんだ。
ふう、とため息をついてひたすら冷たい目で光之少年を見る。
「とりあえず、私の夜勤あけの一休みが終わってから聞きます。兄さんには電話しておきますから、今日は好きになさい」
「叔父さあん」
「男に寄られても気持ち悪い。寄るな」
男に対してとても冷たい。
「それにしても、ねみーな!」
もど先生はちっとも眠たくなさそうだけど、あ、クマできてる。
「お前は子供と遊んでるからこんな時間になったんだろ、一緒にするな」
「なんだよ、怖くて寝れないっていうからさ!遊んでたんだよ!しょうがないだろっ」
「担当外に手を出すなと言っているだろうが」
「ほっとけないだろ!」
真っ黒な雰囲気な太郎さんと、金色に輝くもど先生はなんだかんだで仲が良い。
そんな横では
「みっちゃん、よかったねぇ」
「ありがとうございますー」
二人で手を取りきゃっきゃしているふたりがいた。
「いいから手を離せ」
・あきらちゃん
・法一くん
・光之少年
・パパ
・古時計のおじぃちゃん
・太郎さん
・もど先生