表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

神輿坂の約束

 神輿神社でのラジオ体操が終わってもまだその少年は目を覚まさなかった。

 迂闊に動かすのも躊躇われたが、放置するのもよくないと和菓子屋先代が不動病院まで運んでくれる事になったので、斬った責任上あきらちゃんも一緒について行くことになった。

 だってねえ、気になるじゃない。

 ぐったりとした、中学生だろうか、とにかく線の細い少年を注意深く見る。

 汗だくの顔にこびりついた前髪をそっと避けて顔を見る。こんなに暑いのに青白い。熱中症とか起こしていないといいな。

 指先に付いた汗を拭きながら、さっき触れた少年についていた黒いものを思い出す。

 ぬるぬるしていた。ねっとりとした背筋をぞっとさせる。

 たぶん、あれは。妖怪でも、悪霊でもない。

「なんだってあんなもの、憑いてたんだろう」

 思わず呟くと、和菓子屋先代があきらちゃんに問いかける。

「なんか憑いてたのかい」

 ずり落ちそうになる少年を背負い直しながら、ゆっくり坂を下っていく。

「うん」

 キリくんの力を借りて斬れた所で、それ以外は何も出来ないのはいつもの事。


 いつだって最後には人が人として決着を。結末をわなくてならない。


 それが神輿坂の約束。


 あきらちゃんはキリくんを宿してよろずの(えにし)を斬れる。

 といってもどうしてなにをして斬っているのか理屈は全く分かっていない。そしてあの力は超能力でも万能でもない。

 斬ったら斬っただけ。戻せない。毎回狙った縁を斬れるわけでもなく、何の縁を斬ったかは正直運試し。

 とんでもなく不確定な力なのだ。


 そして人生に対してアドバンテージが取れる力でもない。具体的に言うと、受験にも就職活動にも役に立たない。この力が学力に向いていればと何度テスト前に思ったことか。

 更に言うならば、神様宿すくらいはこの神輿坂の住人ならできる人がそこらじゅうに居て、有難みなど全く無い。夏のスイカくらいにメジャーな力で、生活に馴染みすぎていて力とすら認識されていない。

 神輿坂お得意の「そーゆーもんだから」である。


 キリくんは、古時計のおじぃちゃんよりもさらに前にあきらちゃんの前に現れた。

 事の始めは曽祖父。つまり、あきらちゃんのひいおじいちゃんだ。

 あきらちゃんが物心つく前に亡くなっているひいおじいちゃんは、死後、あきらちゃんに形見として一振りの刀を譲った。

 女の子なのに何で刀なのか。もっと可愛い髪飾りとかあったのになあと思う。

 ひいおじいちゃんの真意は小さい頃の事で覚えていないし、他の大人に聞こうにも遺産相続なんてあっさりケリがついたから忘れてしまったと親戚の誰に聞いても覚えていない。

 親族の仲が良好で遺産争いが起きないのはいい事だけれども、大雑把過ぎるとあきらちゃんは自分を棚に上げて思う。

 とにかく刀が譲られて、次の日にはもうキリくんは姿を現していたらしい。

 あきらちゃんの前に現れた時からキリくんは学生帽にマント、裸足に下駄、腰に手ぬぐいと旧制高校の生徒そのもの、バンカラだった。あきらちゃんにとっては兄みたいなものだ。

 小さ過ぎて最初の挨拶とか覚えていない。こういうモノ達は存外律儀だから名乗りとかあったろうに実に勿体無い事をした。


 キリくんは刀のつくも神、なのだろうか。

 刀か、柄か、鍔か、拵えについている珠飾りのつくも神なのかとんとわからない。縁を斬るなんて力があるから刀かなーとか思っている。

 人と共にいても、人成らざるモノには隔たりが断固としてあって、聞かなくては教えてくれない。聞いても教えてくれるとは限らない。

 その証拠に、こんなに長く近くにいるのに、縁を斬る事ができるなんて知ったのもうんと後の事だ。

「何で教えてくれなかったの?」

 そう問い詰めても

「気にスンナ。生きてく上にはさして重要じゃねぇ」

 そう言ってにこりと笑うのだ。

 キリくんは穏やかな理知的優等生顔をしているのに口が悪い。


 確かにいろんなモノが見える神輿坂だけど、神輿坂以外で何かを見たことないし、神輿坂で見えたからって特別になれるわけではない。

 毎日働いて、学んで。生きて。

 日々の流れはそのままで。

 見えても、見えなくても、命は自分次第。

「ちいせぇことだ。気にすんねぃ。楽しいこと乗り遅れるぜ」

 ぽんぽん肩を叩いて呵呵大笑。優男なのに江戸風男前。

 側にいても、一緒に斬っても何が変わるわけじゃない。

 けどね。

 あきらちゃんはカラコロ鳴る下駄の音が聞こえるととても安心する。

 キリくんがいてくれるのは嬉しいなぁって思う。


 そんなこんなを積み上げて、神輿坂の人びとは暮らしている。


「朝早く、すみません。大先生はいらっしゃるかい?」

 和菓子屋先代の言葉で我に帰る。

 いつの間にか不動病院の前まで来ていた。

 慌ててあきらちゃんが病院のドアを開ける。

 待合室にはもう座るイスがないほど患者さん達が診察開始を待っていた。

 相変わらず、患者さんがいっぱいだぁ。

 その中をかき分けて進む。

 少年を担いだ和菓子屋先代を進ませるより、お迎えに来てもらったほうが早い。

「おはようございますー!急患でーすっ!」

・あきらちゃん

・キリくん

・和菓子屋先代

・少年

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ