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縁(えにし)を斬る

 流石にクッキーとコーヒーだけではお腹が空くので、朝食を作る事にした。

 ウィンナーを炒めて、一度茹でてラップしておいた素麺を冷蔵庫から引っ張り出し、冷やしたキュウリに味噌を小皿に盛ってどーんとテーブルに置く。

「野菜!」

 キュウリを指差し

「肉!」

 ウィンナーを指差し

「炭水化物!」

 素麺を指差して確認

「完璧」

「そうか?」

 おじぃちゃんの言葉を無視して

「いっただきまーす!」

「もう少し美味いもの作ったらどうだい」

「ウインナー美味しいよ?」

 もっきゅもっきゅ。

 満足そうに食べるあきらちゃんを見ていたら、何も言えなくなったらしく、顎髭をひと撫でしてふわりと消えていった。

 古時計に帰ったのかな?

 まぁいいやーと特に気にせずにもっきゅもっきゅ。

 さて、どうしましょうか。

 まだ6時だし、晴天だから神社の夏休みラジオ体操行こうかなぁ。

 素麺ずるるー、ちゅるんっとすすり切った頃に決心が固まった。

 よし、神社へ行こう。


 あきらちゃんちは神輿坂の真ん中よりちょっと下あたりにある。

 古い三階建て一軒家をパパもママも心から愛していて、リフォームをしても建て直しはしない。

 ガタタと門を音を立てて閉めて坂を上り始める。


 数十メートル坂を上ると左手に喫茶店「あさのや」が見えてきた。

 ここがあきらちゃんのパパのお店。

 白い屋根。南国の装飾を前面に押し出されている壁。実際内装はハワイアン。

 店内に流れる曲も南国を連想されるものばかり。

 週に何回か音大生が楽器演奏に来てくれる以外はずっとフラダンスが踊れそうな店だ。

 どこまでも陽気でどこまでもハワイが大好きなパパの趣味の塊。宝物。

 古時計のおじぃちゃんも「あさのや」の中にある。

 本体は「あさのや」なのにしょっちゅうあきらちゃんちでコーヒーを飲んでいる。

 本体と離れても大丈夫なのかなあ。坂から出て行くところは見た事無いけれど、その辺どうなっているんだろう。つくも神の事情はよくわからないや。

 疑問に思っても追求しない。だって追求しても答えて貰えないのだ。


 更に上ると隣には不動病院。この坂で一番大きい建物だ。なんでも江戸時代どこかの藩の御典医がそのまま病院建てたとかなんとか。

 その隣は商店、民家、マンションと細々と連なっていく。

 少しばかり息が上がってきたところで保育園、そして坂を上りきってようやくの神輿神社。

 神社の裏側の階段を登って境内へ向かう。


 ラジオ体操はまだ始まっていない。7時まであと20分。


「あっついなあ」

 境内に入ると近所のおじいちゃん達と子供達が数人集まって、鳥居の方を見ている。

「おはよーございまーすっ!」

 挨拶しつつ輪に入る。

 皆の視線に導かれて鳥居を見ると、巫女姿のケモノ耳、しっぽ付きの女の人が鳥居と境内の真ん中で仁王立ちしている。

 あれ、みこねーさまだ。


 みこねーさまは神輿神社の御使いだ。

 狐の化身なのかと思いきや本人は思いっきり否定する。否定するけどなんの獣の化身なのかは教えてくれない。

 古時計のおじぃちゃんもみこねーさまも。人成らざるモノ達は秘密が多いのだ。


 そのみこねーさまが唸りながら鳥居を睨んでいる。その先には少年が一人立っているだけだ。

 あ、でも。

 あきらちゃんはその少年の後ろに気づいてうへえと口を歪める。

 少年の背後に何か黒いもの。人ではない何かがべったりとしがみついている。

 良くないもの、悪意の塊。みこねーさまが警戒するわけだ。

「みこねーさま」

「あら、あきらちゃん。おはよう」

「おはようございます。みこねーさま、なんであの子入れてあげないの?」

「見てわかるやろ。あんな穢れを主様の敷地に入れるわけにはあかん。あ、また!」

 ぴっと少年を指差す。するとくるっと回って数メートル後退。またくるっと回って鳥居を見上げる。

「なんだよこれ、ふざけるな」

 少年が怒鳴ってる。また鳥居に入ろうとすると、くるりと回ってる。その繰り返し。

 少年からは迷路に迷い込んだようにしか見えていないのだろう。

「うちの目が黒いうちは、入れんで」

 みこねーさまはがるるるる、と唸ってる。


 見てて面白いけど。穢れを入れたくないみこねーさまの気ちもわかるけど。

 入れないのは可哀想だし、あの黒い固まり。何かなぁ。本人も辛いんじゃないかな。

「ねぇ、みこねーさま。あれなかったら、あの子入ってもいい?」

「ええよ」

「じゃあ【斬る】ね」

「血は流さんといて。穢れは絶対にあかんよ」

「うん、わかった」


 あきらちゃんが一歩前に出る。

 すうと深呼吸。眼を閉じて少し視線を下げる。


 神輿坂に居る時だけ、住人はみんなみんな何かが見える。

 そしてごく一握り、何かを宿している。

 例えばこんな---あきらちゃんのように。


 からころ。からころ。


 どこかで下駄の足音が。


「【心を切って、えにしを斬る】」


 あきらちゃんの声が他の誰かの声と重なり始める。


「【よろずを斬って。えにしう】」


 からころ。からころ。


 下駄の音が近付いて、止まったのを確認して目を開ける。

「キリくん」

 学生帽にマントを羽織って、バンカラめた青年が、下駄を鳴らしてやってきた。

 腰のベルトに手ぬぐい下げて、汗をふきふき微笑んだ。

 理知的な顔をした青年はあきらちゃんの右手に触れて消えていく。

 いや、消えていったのではない。宿ったのだ。

 あきらちゃんの右腕、右手が蛍のように優しく光る。

 見えない力を右手に宿し更に一歩。

『よぉ、大層なモン、もってんじゃないか』

 あきらちゃんの口から明らかに男性の声がする。

「はあ、なんだよお前」

 一見中学生の女の子からの低い声、驚く少年の腕を引き寄せてもう一声。


「【菩薩の心で鬼となり 人のごうを】」


 右手を無造作に胸に突き立てる。

 あきらちゃんの右手は少年の胸から背中を突き通して、黒いものにも突き刺さる。

 ああ、これは。

 正体に気づいて一瞬顔が歪む。歪んだのはあきらちゃんか、キリくんか。それとも二人ともか。


「【握り離さず 還しましょ】」


 黒いモノを握り締めて、一気に斬る。少年と黒いモノのえにしを斬り捨てる。

『どきなぁ、こんな良い朝に野暮もいいところだぜ』

 キリくんの声がそっと響くと黒いモノが逃げていった。

『味噌汁で顔洗って出直して来いってんだ』

 あきらちゃんがずるり、と腕を抜くとそこには血一滴ついていない。少年の身体も、身体どころか服すら傷ついていない。

 それもそのはず。ただ、黒いモノとあの少年の「背中にとり付いている」というえにしを斬っただけ。

 キリくんは人を傷つけない。斬りたいえにしだけ斬らしてくれる。えにしを斬る神様。


 あ、少年が崩れ落ちた。あきらちゃん、あわてて支えるが、重い、駄目だ共倒れるうううう。

「だーれかーたすけてええ」

 その声を聞いて様子を伺っていたお年寄りとちびっこたちが集まってきた。皆で支える。

「みこねーさま。このおにいちゃん、どうしちゃったの?」

 和菓子屋のお孫さんがじっとみこねーさまを見つめる。

「んー良くないものが付いていた、けど、いなくなったから、吃驚して、な?」

「そうかあ。てあてしないとね」

 純粋な瞳に負けたようにだった。

「せやな。境内まで皆で運んでくれる?」

「うん!」

「ラジオ体操が終わったら、不動病院に運ぼうか」

 和菓子屋の先代、お孫さんの実のおじいちゃんが運んでくれた。


 賽銭箱の横に少年を置いて、更にその横にテープデッキを。

 音量は景気よく大きめに。

 気絶した少年を横に、神輿坂神社のラジオ体操がはじまる。

・あきらちゃん

・古時計のおじぃちゃん

・みこねーさま

・キリくん

・和菓子屋の先代

・和菓子屋のお孫さん


《関西弁監修:ふゆみさん。ご協力ありがとうございました。》

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