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舌破り  作者: 東 吉乃


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最後の氷室の夜


「母さん、モーニングは大丈夫かな」

「ふふ、さっきも聞きましたよ。シャツもネクタイも靴も、一式ぜーんぶ準備してあります」

「そうか。そうだったなあ、つい」

 本日五度目になるやり取りながら、それでも恵美子は嫌な顔一つせずに「楽しみですねえ」とこれまた同じ相槌を打ちつつ、ころころ笑っている。そわそわと落ち着きなく、同じ会話を繰り返す雄三のことがどうにもおかしいらしい。それは傍から見ている幸も同じなのだが、しかし高みの見物気分には残念ながらなれないのである。

 明日、主役はまさに幸自身だ。

 自分が紛うことなく絶対に主役だと言い切れる場面は、人生で三回あるという。生まれた時、結婚式、そして葬式だ。しかしながら誕生の瞬間の記憶はないし、葬式は既に死んでいるのだから形式上のみだ。そこから考えると、結婚する時というのは自分の意思でその道を選び、かつその瞬間を目に、脳裏に焼き付けることができる唯一の機会だ。

 その一世一代のイベントを偽装しようというのだから、罰当たりも甚だしい。

 そうしようと決めてからは怒涛の毎日で、よくよく斟酌する余裕はなかった。そんなことを考えつつも他に選択肢はなかったので、幸は幸せそうな両親を横目に苦笑する。


 明日は朝早くに氷室が迎えに来てくれる。

 教会まで車で行けば、あとは流れに身を任せるだけでいい。人数は多くない式だ。氷室家は両親と娘の結、それに弟妹三人が来てくれるらしい。一方の佐藤家はというと、両親と新婦である幸の三人しかいない。

 華やかでなくてもいい、穏やかに優しく纏まってくれれば良いと幸は思う。

 明日の式に備えて、今夜だけ雄三の外泊許可が出た。

 久しぶりの我が家に雄三は目を細めている。恵美子も三人分の食事を用意する、お茶を淹れるといった些細なことを、「久しぶりね」と逐一喜んでいる。

 夜は更けている。

 もうすぐ日付が変わろうかという頃合いだ。にもかかわらず、雄三と恵美子は片時も惜しいとでも言わんばかりに、何の変哲もない会話をいつまでもいつまでも続けている。

 明日に障るから、などと無粋な正論を言う気にはなれなかった。

 こんな日は二度と来ないかもしれない。そんな覚悟を胸に秘めれば、一晩や二晩の徹夜など物の数ではないだろう。


 一人娘の嫁入りを前に、両親は昔ばなしに花を咲かせる。

 仲睦まじい二人を見ながら、幸は自宅リビングのソファの上で、ぼんやりとあの日のことを振り返っていた。


*     *     *     *


 どれくらいの間その体勢でいたかは覚えていない。

 守るように幸を組み敷いていた氷室がやがて無言の内に身体を離し、幸の手を取って起こした。社は何事もなかったかのように静かに佇んでいた。白い風も金の光も、その時には全てが綺麗さっぱり消えていた。

 目を転じると、しかめっ面をして頭を押さえる慶次が、地面に座り込んでいた颯真に手を貸すところだった。

 互いを労いながら山を下りる時に、慶次は言った。

 だから自分達は、この長兄に敬意を払うのだと。

 守るという行為は尊い。牙や爪のように分かり易く相手を挫くことはできなくとも、全ての悪意を受け流し跳ね除けることで、誰も傷つかずに済む。それは慶次や颯真、引いては彼らの父親である真でさえ、逆立ちしてもできないことであるのだと。

 二人の弟が熱弁を奮う横で、当の氷室本人はまたも寡黙に苦笑するだけだった。

 土と木で出来た長い階段をゆっくりと下りながら、優しい風がずっと吹き抜けていた。



 母屋に戻ると、志乃が「あらあらまあまあ」と言いながら出迎えてくれた。

 随分と派手な大立ち回りだったのね、との感想に兄弟が互いを無言で見やる。三者三様に神主の正装である狩衣は土で汚れていて、葉っぱがついていたり破れていたり、確かに二度見されそうないでたちではあった。

 結局彼らは穢れを受けたその衣をさっさと脱ぎ捨て、身を清めに湯殿へ向かった。

 それを待つ間のことだ。

 幸の携帯に立て続けに二件、着信があった。最初は恵美子の入院している病院の看護師さんからで、先ほど意識が戻ったので来てほしいという内容だった。その電話を切ってすぐ、今度は檀から入電した。予感を持って応対に出るとやはりそれは当たりで、雄三が目を覚ました、という嬉しい知らせだった。

 涙が出た。

 気を利かせた檀が電話を代わってくれて、久しぶりに聴いた雄三の声は多少かすれ気味ではあるものの、懐かしいいつもの柔らかさだった。

 目元を拭いながらつっかえつつ話していると、三兄弟が戻ってきた。

 そこで一瞬騒ぎになりかけたのは余談だ。

 泣きながら電話をしている幸を見た颯真が、悪い方向にまさかの想像をしてしまった。次に戻ってきた慶次に「大変です」と詰め寄り、すわ失敗かと慶次が蒼褪めて踵を返した。そして、胸元がはだけたままの単衣の氷室を引っ張ってきた、という顛末だ。

 着替えもまともにさせてもらえなかったあたり、可哀相な長兄だった。

 しかし表面上は号泣しているものの、実際には幸が安堵している気持ちをおそらく読み取ったらしい氷室は、自分を羽交い絞めにしていたでかい弟に説教を垂れた。主に「年相応に落ち着け」という内容で。尚、最初に勘違いした末弟は若さゆえか、お目こぼしをされた状態である。

 ともかくも胸を撫で下ろしつつ、そうであればと氷室と幸はその日の内に病院をハシゴして両親の無事を確かめた。



 移動する車中は、たわいもない話で埋め尽くされた。

 青森で食べた懐石の美味しさ。慶次の学生時代、部活動助っ人記録。氷室家の歴代当主について。恵美子の得意料理、またの名を佐藤家の殿堂入りレシピ。からの、魚は白身、赤身、青身のどれが最も美味しいと思うか、その所感。

 ありとあらゆる世間話をした。

 そのついでとばかり、なぜ守り人たちの姿が変わるのかも訊いた。

 顕著だったのはシロとキンだ。彼らの本当の姿が見えたのは一瞬で、白い風と金の光が彼らの代名詞になっている。幸の目がドーピングを受けた所為でそんな見え方をするのかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 あちらの世界で高位のものほど、単純に見えづらいのだそうだ。

 その最たる例が大樹の君で、彼ほどではないにせよシロとキンの本体を拝めるのは幸運だと。なるほど貴重な体験だったというわけで、幸は興味深く相槌を打った。

 話題は尽きることがなかった。



 けれど自分達の関係については何一つ話さなかった。

 本当に、何も。

 互いの気持ちを確かめるような言葉は、一切なかった。


 何事もなかったかのように普通に接してくる氷室を前に、幸はとうとう気持ちを口に出せなかった。

 よせ、と押し留められた低い声が、ずっと頭の中にこだましていた。


 仮の婚約者。この関係に期限延長はない。それを確信した日でもあった。

 不思議なこの日々も、明日で終わる。


*     *     *     *


 氷室家三世代の女衆は、広い和室にそれぞれの衣装を広げてきゃあきゃあと盛り上がっている。

 家業が家業ゆえ日頃から和装ばかりで、洋装――所謂ドレスの類にはとんと縁がない家だ。母親の志乃が先頭に立ってあれこれと忘れ物がないように今一度と確認をしている横で、娘の檀と孫の結が互いに見せ合いをして楽しんでいる。

 それを横目に氷室が晩酌をしていると、ふと目の前に影が差した。

「稜兄さん、改めて結婚おめでとうございます」

 いつの間にか対面に座っていた颯真が、座卓の向こうから一升瓶を掲げている。

 杯に一度目を落とすとほぼ空で、ありがたく氷室はそのまま受けた。

「俺には?」

「はいはい、慶次兄さんもお疲れさまでした」

 末弟の言葉遣いは丁寧だが、あしらい方は雑だ。しかしあしらわれた方の慶次はさして気に留める様子もなく、疲れた様子でがっくりと座卓に頬をつけた。

 あれから数日経っているが、まだ完全には回復しきっていないらしい。

「まったくだ……ぶん殴られるわ吹っ飛ばされるわ、ハードモードにも程があるっつの」

「いや本当に、結構な大物でしたよね。火犬が三頭とも蹴散らされたのはともかく、アオが吹っ飛ばされたのは流石に堪えました」

「まさか兄貴の出番があるとはなあ」

「ですよねえ」

 弟二人から視線を向けられているのに気付き、氷室は小首を傾げた。

「まあ想定外ではあったが……どうせ知れた能力だ、別におかしくはないだろう」

 確かに当代氷室家の二番手、三番手が揃って膝を折るとは考えていなかった。だが同時に、再起不能になるとも思ってはいなかった。だからこそ氷室自身が時間稼ぎをする気になったまでのことだ。

 慶次と颯真が回復するまで、相手の攻撃を受け流してやればいい。

 さして難しい話ではない。結界として空間全体に張っている気を、一点に集中させて厚みを持たせてやればいいだけだ。少し集中しさえすればできることで、新しい技を編み出したりしたわけではない。

 ただそうするに当たって唯一最大の足かせとなるのは、氷室自身の目があちらの世界を捉えられないことだった。

 しかしそれも偶然の産物とはいえ、幸が立派に役目を果たした。

「いや、俺が言いたいのはそこじゃないんだわ」

「じゃあ何だ」

「よくもまあ、あそこまで身体張ってさっちゃん守ったよね。あれでまだ本気で結婚する気ないわけ?」

 ぶっ。

 不意に響いた音を氷室が辿ると、視線の先で力いっぱい咳きこんでいる颯真がいた。察するに冷酒を噴いたらしい。外では礼儀も折り目も正しい末弟だが、こと家の中では雑さが出る。

 自分にとっての爆弾発言をかました慶次に対し、颯真が詰め寄る。

「ちょっと慶次兄さん、どういうことですか」

「んー? 平たく言うと、実は偽装結婚なのよこの二人」

 さらりと追加で絨毯爆撃だ。そのあたりの事情を全く知らない颯真は、鳩が豆鉄砲食らった顔になった。

 妥当だ。

 偽装結婚と言われれば、まあそれが普通の反応だろう。

「は? 偽装? どうしてですか?」

「さっちゃんの親父さんを安心させるため、かな」

 治る見込みが無かった。だからできる限りを。淡々と慶次が説明し、颯真はその間一つも口を挟まずに真剣に耳を傾けていた。

 かいつまみながらも通り一遍の事情を話し終わった時、颯真が微妙に口を尖らせて食って掛かった。

「でも普通そこまでします? 従業員だからっていくらなんでも破格すぎやしませんか」

 ここに至るまでの諸々、偽装結婚に向けた一連の準備についての指摘だ。それに対し、慶次が胸を張って答えた。

「だからさっき俺が訊いただろ。そこまでしてんのにまだ本気じゃないとかあり得ないっしょって」

 慶次の視線が飛んでくる。

 そして、は、と目を見開いた颯真の視線も飛んでくる。

「……冗談でしょう!? 稜兄さん、あれで好きじゃないとか詐欺ですよ!?」

 末弟が盃を座卓に叩きつける。中身が少し零れた。高い酒なのに勿体ない。

 これは確実に酔っていると判定して良いだろう。氷室はその勢いに僅か顔を顰めたが、焼け石に水だった。末弟は頭を抱えて座卓に肘をつき、深いため息を吐いた。

「騙された……稜兄さん、役者にでもなったらどうですか」

「人聞きの悪いことを言うな」

「でもだって、何とも思ってないんでしょう?」

「……そうは言ってない」

 颯真が二度ほど瞬きをして、は、と横を見る。同じような仕草の慶次と二人、視線が交錯する。「聞きましたか奥さん」「ええ確かに」、そんな小劇場が目蓋に浮かぶ。

 その含みのある顔を殴ってやりたい。

 知らなかった颯真はまだしも、慶次に関しては芝居がかっているにも程がある。ほぼ真っ向勝負ではあるが、それにしても微妙に誘導尋問風なのが頂けない。

 小賢しいことに、弟たちは二人ともそれ以上を訊いてこない。

 明らかに氷室の言葉を待っている。身体は思いっきり前のめりになっているくせに、妙な部分で弁えているから性質が悪い。


 いずれ明日には誓う決意か。


 胸の内で小さなため息を吐きつつ、氷室は口を開いた。

「俺からもう一度申し込むさ」

「もう一度?」

 詳細を知らない颯真が首を傾げる。

「仮のプロポーズはしている。ただそれはあくまでも、偽装結婚の建前でしかなかったものだ」

「じゃあ次は建前じゃなくて本音ってことですか?」

「……颯真お前、遠慮がないな」

 窘めてみるも、年若い末弟は肩を竦めるばかりでまったく悪びれた様子がない。だが、考えるあまりに口が重くなりがちな自分よりは、素直なあたり断然良い。


 言葉少なに歩んできた人生は、相手を深く知ろうとしなかった人生だった。

 同時に、誤解されても仕方がないと諦めてもいた生き方だった。


 誰かを理解しようとするより、自分を理解してもらう方が余程面倒だ。態度に示し、言葉を尽くし、どうか伝われと願いながら踏み込み続けねばならないからだ。

 どうせ理解されないだろうと端から投げ出していた。

 そんな自分を省みようと思ったのは、変わらず「伝われ」と願ってくれる彼女を目の当たりにしたからだ。

 そうまでしてもらえる資格など自分にはない、だからやめてくれ。そう口にすることさえ申し訳ないくらいに、彼女の想いはいつも真っ直ぐだった。

 答えがあるかどうかも分からないのに。

 平凡な彼女がそれだけ強さを持つのなら、自分にもできるのではないかという思いが湧き上がる。否、できない筈がないのだと叱咤する勢いで、誠実に向き合いたいと願う自分がいる。



「俺は兄貴が幸せならそれでいいわ」

 頬を染めた慶次が一升瓶を傾ける。見た目に反してそこまで強い方ではないのだ。ましてつい先日に大立ち回りをやってのけて、疲れてもいる。酔いの回りが早いのは致し方ない。

「うん、もう、なんでもいい……」

 むにゃむにゃ言いながら、巨体が座卓に突っ伏す。せっかく注いだ酒は手つかずだ。

 実は四人の中で最も繊細なのはこの慶次だったりする。生物学上の女性である妹の檀などより、慶次の方が余程他人の心情に聡い。女々しいと切って捨てればそれまでだが、その情の篤さが滲み出ている所為か自然と周囲に人が集まる性質だ。

「あら、もう撃沈?」

 と、それまで和室で盛り上がっていたはずの檀が座卓に戻ってきた。

「準備は終わったのか」

「ただのファッションショーよ。滅多にない機会だもの」

 準備なんてとっくの昔に終わってるわ、そう付け加えて檀が笑った。

 結は志乃と一緒に風呂に行ったらしい。明日の朝は早いから、上がってしまえば布団に直行だろう。

 座り込んだ檀を見て、座卓の脇に伏せていた猪口を颯真が手に取る。「姉さん」と声をかけると、檀は礼を言いながら末弟からの杯を受けた。

「それにしても、ようやくっていうか……三度目の正直、みたいな感じよね」

「でも姉さん知ってました?」

「何を?」

「これが偽装結婚だったって」

「知ってたわよ?」

 何言ってんの今更、と畳みかけられた颯真は、分かり易く頭を抱えた。仕草の一つ一つが素直だ。

「つまり知らなかったのは僕だけだったんですね。別にいいですけど、どうしてそんなに平然としていられるんですか」

「私は最初にさっちゃんに会ってたもの。偽装とは聞いたけど、経過報告を聞けば聞くほど間違いなく本当に結婚すると思ってたわよ」

「檀、お前」

 あまりの言い分に突っ込みかけたがしかし、それは檀の人差し指に遮られた。

「そもそも事務所で結婚の話を振った時の返事。頑固すぎだったわよ? 絶対に何かあるなって思った」

 鋭い所見に氷室としては返す言葉がない。

「いつも通り適当に『まあその内』とか言っておけば、私も気付かなかったのにね」

 少し考えて、この妹は兄の気持ちの変化に正当性を見出したのだという。気持ちが変わる起点は確かにあった。幸を雇い入れたという変化がまさにそれだ。

 二度と絶対に結婚などしない。

 言い切った言葉は、兄自身への強い戒めにしか聞こえなかったと檀は言った。

 そして氷室は心の中で訂正する。慶次が最も女性らしい濃やかさを持っていると認識していたが、それはそれとして、やはり檀は本家本元の女性ならではの観察眼を持っている。

「ともかく、おめでとう。明日楽しみにしてるわ」

 杯を空けて檀が立ち上がった。

 隣で夢うつつの慶次をひっぱたき、部屋に行って寝るようびしりと言い渡す。重そうな目蓋を擦りつつ、慶次は慶次で素直に命令に従って立ち上がった。

 この二人は何故か、昔から親分子分の間柄に近い。

「おやすみ兄貴。俺は明日、本気出す……」

「……何の本気だ」

 真剣に考えて分からなかったので、氷室の眉間には皺が寄った。

 見本のような千鳥足で歩き出しつつ、慶次が言う。

「おめでとうの……」

 我が弟ながら意味不明だった。

 寝ぼけているのか酔っ払いか判定が難しいが、語尾が不明瞭なまま慶次は檀に追い立てられて退出した。


 二人を見送った颯真は、ぐいと杯を煽ってから同じように立ち上がった。

 こちらも慶次と同じく、アオを通して受けたダメージが抜けきっていないらしい。明日に備えて早く寝るというので、氷室は軽く手を上げて見送った。

 あの様子だと、檀も戻ってはこずに自室に入るだろう。

 父の真は既に床に就いている。遅くとも夜十時までには就寝、朝は必ず四時起きの人間だ。神主の鑑と言ってもいい。


 夏の夜。

 しんと静まり返った旧家の中を、開け放った窓からの風が優しく抜けていく。


 冷酒の一升瓶が汗をかいている。氷室が眺めていると、膨らんだ雫がするりと下に伝っていった。

 目に映る景色はそれだが、脳裏に浮かぶのは幸だった。

 驚くほどに色々な表情を見せる幸が溢れてくる。これほどまで克明に思い出せることに驚き、彼女がどれだけ自分に真っ直ぐ向き合ってくれていたかを知る。

 好かれようと良い部分だけを切り貼りするのではない。

 不安も悲しみも怒りさえも隠さず、だが彼女はいつかまた必ず笑うのだ。


 ただ守りたい。


 傍にいて、全ての困難を払い除けてやりたい。そして、平凡だと笑う優しいその笑顔が欲しい。

 誰に何を誓ってもいい。

 温かいその手を、片時も離したくない。

 

 溢れ出るこの気持ちは、一体どんな言葉ならば伝わるだろうか。


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