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舌破り  作者: 東 吉乃


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風と光とバイオレンス神主


「大丈夫です、入っていいって」

 通話を終えた携帯を畳み、幸は氷室兄弟を見た。

 今ほどまで話をしていた相手は本家の従姉だ。何の話をしたのかというと、本家所有の山――言い換えれば敵の総本山に入ることの許可を求めて、彼女から問題ない旨の言質を取った次第である。

 今かよ、と。

 突っ込まれても致し方ないことは十二分に承知だ。まさにこれから伺おうとしているタイミングで思い出したかのようにアポ取りなど、二十歳を超えた大人三人が揃っていながらどうかと思う所業である。

 だがしかし。

 善は急げとばかりに現地まで飛んで一夜を明かした計画が急すぎた件については横に置くとして、大の大人がいくらなんでも不法侵入は不味かろうという氷室の冷静な指摘が入った結果、急遽の電話と相成ったのだ。

 言われてみればそのとおりで、いくら血縁といえど黙って山に入るのは憚られた。

 しかし、かといって何をどう説明すれば怪しまれないのだろう。まさか「正体不明ながらちょっと怪しい不届きな輩がいるのでそれを退治しに行きますので」など口が裂けても言えない。言える人間は勇者か病気だ。善良な一般市民の幸には無理難題すぎる。

 いきなりの展開で幸はテンパりかけたがそこは手堅い氷室、ものの数秒考え込んだ後にすらすらと無難な台本を言ってのけ、幸はそれに従うだけで良かった。アドリブが苦手な性分ゆえ、この手のアシストが非常に有難く恐悦至極である。

「それにしても、稜さんてやっぱりエスパーか何かですか」

「ぶ」

「……何でそこで慶次さんが笑うんですか」

「いやごめんね、なんか毎回新鮮でさ」

 肩を震わせる慶次は既に着替えを済ませていて、神主スタイルになっている。上に纏う狩衣の色が淡い緑の所為か、体格は大柄で変わりないものの柔和さが目立つ。

 洋服の時とはまた異なる風情で、新鮮だ。

 そして二割増しくらいで男ぶりが上がって見えるのは、俗に言う制服効果というやつだろうか。

「俺達兄弟の変な特技を分かってて尚そのセリフが出てくるってのが面白いんだわ」

「だって稜さんの想定問答集が完璧すぎたんですもん」

 口を尖らせる幸に、また慶次が相好を崩した。

 青森に来たのは大学の友人と、課題の為に。近くだから挨拶に寄りたい。まずはこれだけ言えば怪しまれないだろうと言った氷室の読みは的中した。

 そして、本家の人員構成と生活パターンを幸から聴取した氷室は曰く、十中八九日中は留守にしているだろうから、辺りを散策して良いかだけ聞け、余計な情報は一切提供しないで宜しい、と見立てた。

 本当にそれでいいのかと幸は訝しんで、確認念押しを重ねた。氷室はその都度頷いて、「やましいことなど何もない、辺りを散策するだけのことにこれ以上何を言う」とオウムのように繰り返すばかりだった。それはそうですけどあんまり端折りすぎじゃないですか、と幸が問えば、氷室は涼しい顔で「嘘など一つも吐いていない」と言い切ったのだ。

 人間というのは不思議なものだ。

 最初は騙しているようで気が引けていた幸も、幾度となく当たり前のように言われると罪悪感も薄れてきて、最終的には言うだけ言ってみようという気持ちに変わった。

 多分この人は、詐欺師に転職しても立派に生計を立てられる。

 そんな感想はともかく、幸が指示に従って会話を進めると、果たして本家を実質取り仕切っている従姉は二つ返事で快諾してくれた。

 何もかも筋書き通り。

 これを目の当たりにして、氷室エスパー説が幸の中で俄かに浮上したのである。

「お前たち、遊んでないで出るぞ」

 しかし当の本人は取り付く島もない。

 呆れ顔の氷室に促され、結局エスパー審議は棚上げのまま三人は出発した。


*     *     *     *


 泊まっていたホテルから車を小一時間ほど走らせると、見覚えのある景色が窓の外に広がった。

 梅雨の雨に緑を一層深める山、続く田と畑、時折思い出したように姿を見せる家々は構えがどれも大きく、昔ながらの農家だ。どこにでもある田舎の風景だが、小さな頃から折に触れ訪ねていた父の里は、どこか懐かしい。

 今日も運転は氷室だ。

 後部座席に収まっている慶次に目を向けると、彼は窓を開けて景色を楽しんでいる。流れ込んでくる風は季節柄もあり湿気を帯びているが、あまり気温が高くないので涼しくて心地よい。

「あとどれくらいだ?」

 前を向いたまま氷室が問うてくる。

「えっと、本家は十分くらいですけど、山はもう少し先です」

 個人所有の山と一口に言っても広い。本家に寄れば敷地内からすぐに入れるが、今は地元の子供の為に、本家から少し離れた緩やかな場所を切り開いて遊び場にしているのだという。そこを目指すことにしたので、到着はまだ先だ。

 遊び場の件は先ほどの電話で初めて分かったことである。最近の話だそうで、確かに一昨年本家に来た時にはそんな話題はなかった。「分かり易い山だから出来たことだけど、それでも迷子になったのは幸くらいよねえ」と電話で従姉は笑ったのだが、これは余談だ。まさに今からその元凶を退治しに行きますとは口が裂けても言えなかったわけで、幸としては乾いた笑いを返すしかなかった。

「あそこに見えてる山だろ」

 幸が追加で目的地を指し示そうとすると、不意に慶次が当たり前のように言った。

 その指先を辿ると、間違いなく本家所有の山を指している。平野にたった一つの山がぽつりとあるわけではなく、幾つもの山が連なっている中で迷いなくその方角を見ているのは、やはり慶次の特殊能力がそうさせるのか。驚きながらも、幸は頷いた。

「慶次さんの目には、名札とかが見えてるんですか」

「は?」

「あれだけ連なってる山のどれが本家のなのか、見分けてるのがすごいなあと」

「あーそういう疑問ね」

 なるほどなるほど、と慶次が顎を撫でる。だが残念ながら、名札が見えているわけではないらしい。

 では一体何を以ってして判断したのかというと、

「手招きされてるんだよ。それはもう熱烈に」

 うーん情熱的、などと慶次は唸ってみせるが、幸としては笑えない。

「よっぽど気に入られたね。なんだろ、ここまで来ると迷子の通りすがりに見初めたってわけでもなさそうだなあ」

「どういうことですか?」

「氷室の人間って、普通は歓迎されないんだよ。兄貴だけでも嫌な顔されるのに、俺もセットだと喧嘩売りに来たも同然だからさ」

 こちらの世界に仇為す輩にしてみれば、氷室の人間は彼らの思惑を邪魔する敵なのである。そんな相手が自らの根城に近付くのを許容するなど、例えは悪いが山賊を家の中に招き入れるような感覚に近い。

 それが分かっていない筈はないのに、尚も諸手を挙げて迎える姿勢が不可思議で、慶次曰くそれは今までにない感覚であるらしい。

「さっちゃん一人で来たならあの盛り上がりようも分かるんだけど。絶対に俺達にも気付いてるだろうに、ただの花嫁候補にしちゃ妙に……」

 慶次が口籠ると同時、氷室が山へ向かう横道に入った。



 それから程なくして、車は目的地に到着した。電話で従姉が教えてくれた通り麓の一部が開けていて屋根付きの東屋があり、斜面に沿ってアスレチックができる木組みの遊具が幾つか置かれている。

 元より開けている平地の草っぱらに車を停め、三人で外に出る。

 小一時間のドライブで少し凝り固まった身体を解しながら周囲を見渡してみる。まだ午前中の早い時間の所為か子供たちの遊ぶ姿は見えないが、逆に怪しまれなくて好都合だ。

 遊具が並ぶ奥には静かな森が佇んでいる。

 北の大地相応に空気は涼やかで、時折鳴き交わす鳥の声が軽やかだ。合いの手のように彼方此方から虫の声も混ざっている。

 長閑だ。

 日が差して明るいこともあろうが、それにしても肝試しスポットにてよく聞く「気味が悪い」や「重苦しい感じ」などは一切ない。

「本当にここに、何かがいるんですか?」

 全然、まったくもう一ミリも気配が分からない。

 幸の問いかけに、山の青い斜面を見上げていた慶次が振り返った。

「いるよ。本っ当、さっちゃん何したの? 喜び勇んで迎えに降りてきた」

「えっ」

「まあ直接訊けば分かるけど。兄貴、さっちゃん宜しく」

「ああ」

「じゃ、行ってきまーす」

「えっ」

 戸惑う幸を他所に、必要最小限の会話を済ませた兄弟は各々動き出す。

 氷室がおもむろに幸の手を取る一方、慶次が颯爽と山に入っていく。狩衣の本来の用途と言ってしまえばそれまでだが、それにしても身のこなしが軽い。

 淡い緑の狩衣は、あっという間に深い緑の木立に消えていった。

「なんか……ものすごくあっさり行っちゃったんですけど、大丈夫なんでしょうか」

 茫然と見上げつつ幸が呟くと、「滅多なことはない、多分」と甚だ不安を煽る大雑把回答が寄越された。

「一時間は戻らないだろう。座るか」

 東屋を指して、氷室が歩き出した。手を繋いだまま。

 改めて考えると妙に気恥ずかしいが、今更恥ずかしいと主張したところで今更かと間違いなく言われるだろう。そうなればより一層の恥ずかしさを味わうのは自分になるので、幸は黙って誘導に従うことにした。



 八角形の東屋には真ん中に丸太で作られたベンチが二つ、向かい合わせで設えられていた。遊具を置く時に切り開いた山からの木を利用したのだろうか、お手製感溢れる温かい一品だ。

 屋根はあるが壁は腰壁のみで、周囲を良く見渡すことができる造りになっている。子供たちを見守るお母さんたちの憩いの場として、活躍しているであろうことが分かる。

 丸太ベンチに腰を落ち着けると、繋いでいた手は解かれた。

 それと同時、氷室が何かを探すような素振りで辺りを見渡している。

「どうしました?」

「いや。ところで俺がいいと言うまで、何があってもこの東屋から出るなよ」

 なにそれ怖い。

 幸の顔が瞬時に引きつったのを見て取ったか、氷室が続けた。

「お前を守る為だ、そう深い意味はない。この範囲内であれば余程のことがない限り手出しはされないから、心配しなくていいというだけだ」

「それって、シロさんとキンさんが門番してるからですか?」

 昨夜のホテルで慶次が言っていたのは、その空間に繋がる出入り口を彼らに守ってもらうということだった。

 それと同じような様式がこの東屋にも適用されているのか、という疑問だ。

 東屋は入り口が十二時と六時の位置に二か所ある。それぞれに、白い狼っぽいのと金色の狐っぽいのが陣取っているのか。まあ腰壁しかないほぼフリーアクセス状態で、出入り口もへったくれもなさそうというのが現実だが。

「シロとキンはいるが、少し違う」

「……と、言いますと?」

「こっちだ」

 氷室が右手をかざす。つまり「緑の手」に起因する話であるらしい。

「分かり易く言うと、結界のような働きを持つ空間を作ることができる。植物が多い場所に限定はされるが」

「何がどうなってそんな芸当に着地できるんですか」

「そうだな……そもそも『癒す』というのは、特定部分の汚れを清めると同義だから、とでも言えばいいか」

 つまり癒そうとするその力を明確な対象――怪我の部位や疲れた精神などに対して向けるのではなく、一定の空間に意識して留め置くことで、そこはある意味で清浄な空間になる。

 所謂神社などの神域に近い。

 ただ制限がつかないわけではなく、あまり広い範囲だと効果は薄くなるらしい。結界と呼べるほどの清浄さを保つには、精々が氷室の半径三メートルが良いところだそうだ。ましてそれだけの濃度を保とうと思えば、絶えず植物からの助けが必要となる。いつでもどこでも、というわけにはいかないようだ。

「なんだか芳香剤みたいですね」

 狭い部屋であれば香りは十分行き渡るが、広いと拡散してしまい結果として効果は薄くなる。それと同じ原理なのだと幸は理解した。

 氷室が一つ息をつく。

 残念な思考を指摘されるかと身構えたが、予想外にそれはなかった。

「そういう認識で間違いない。飲み込みが早くなったな」

「お陰様で貴重な体験を毎日させて頂いてますので」

「だろうな。まあそれは俺も慶次も同じだ」

「え? でも稜さんたちには当たり前なんじゃ」

 多彩な住人がいるであろう独特の世界を見て、不可視の力を体感しているはずだ。その意味で幸にとっては非日常でも、彼らにしてみればこれまでごく普通にそのように過ごしてきたであろうことは想像に難くない。

 今更何が真新しいのだろうか。

 首を傾げると、氷室が頬を僅かに緩めた。

「氷室の人間ではない誰かと、これほど普通に会話できる日が来るとは思っていなかった」

 呟かれた心に、幸の胸が苦しくなった。

 他愛ない話。誰だって出来るものだと疑っていなかった。むしろ、出来ない誰かがいるかもしれない、そんな可能性に思い至ってさえいなかった。

 自分の世界はなんと狭いのだろう。

 知らないことはある意味で幸せだが、その現実はぬるく残酷だ。見て見ぬふりをするより、気付かず素通りの方が両者の距離が遠い。

「……私だけじゃないんだと思います。きっと」

 言葉を選びながら、幸は続けた。

「きっと、他にもいたと……いると、思うんです。稜さんや慶次さんともっと話したい、仲良くなりたいって思う人。そりゃ興味本位の人も中にはいるでしょうけど。でもほとんどの人はただ、どこまで踏み込んでいいか分からなくて、不躾なことはしたくなくて、遠慮しちゃうんじゃないかなって」

 自分なら、ただでさえ顔の整っている相手には気後れするというのに、その人が更に構ってほしくなさそうな、取っ付きにくそうな雰囲気を纏っていれば、それだけでもう話しかけられない。

 臆病者ゆえ。

 そんな事なかれ主義の自分の態度が誰かを傷付けていたかもしれないと気付いた今は、もう少し自分から近づいてみようと思えるのだ。であれば、鈍感な自分よりも余程人の気持ちに聡いであろう大多数の中には、氷室のことを気にかけていた誰かがきっといた。

「単純に、友達になりたかった人は沢山いたと思います。相手のことを考えすぎて、逆に近づけなかった人が」

「……お前が言うなら、そう思ってくれた誰かがいたんだろう」

「信じてくれるんですか」

「ああ。信じたい」

 氷室が笑ってくれた。

 今は不思議と気後れせずに隣に座っていられる。ずっとこうしていられたらいいのに、そう願いながらも口に出す勇気はどうしても出てこなかった。


*     *     *     *


 さあ、と風が吹いた。雲が流れたか、日が陰る。

 ふと氷室が僅かに眉を顰め、山に視線を投げた。つられた幸の視界に、遊具の間を縫って駆け下りてくる狩衣姿が飛び込んできた。

 速い。

 まるで野生の狼かカモシカのようだ。こちらに走ってくる間、時折振り返って背後を確認する視線が険しい。

 その表情までもが分かるくらいになった時、思わず幸は腰を浮かせた。

「慶次さん!?」

 慌てて駆け寄ろうとした幸の手首はしかし、氷室に捕えられてしまった。

 動くに動けない。焦って氷室を見ると、兄は弟を真っ直ぐ見据えながら、低く言った。

「絶対に動くな」

「でも、血が……!」

 東屋に向かって一直線に駆けてくる慶次の胸のあたりが赤く染まっている。その鬼気迫る様子からも、何かから逃げているに違いない。

 それでどうして心配せずにいられようか。

 思わず幸は振り解こうと手を引いたが、それはびくともしなかった。むしろ有言実行、行かせまいとしてか更に力が込められて痛みさえ感じる。

「稜さん、なんで!?」

「あの勢いで走れるならおそらくは凌ぎきる。手出しはいらない。もし手に負えないようであれば、尚のことお前をここから出すわけにはいかん」

 一度も目を合わせず氷室はきっぱりと言い切った。その視線は幸の後ろを注視している。

 どうなっているのだろう。

 振り返るのが怖い。

 だがいつまでも逸らしているわけにもいかず、恐る恐る幸はもう一度振り返った。


 慶次が東屋に肉薄している。そのまま東屋に飛び込んでくるかと思われたがしかし、慶次は手前で急ブレーキをかけ、幸たちに背を向けた。

「兄貴、シロとキン借りるぜ!」

 許可を求める態どころか明らかに決定事項として叫ばれている。

 叫ぶ余裕があるということは、氷室が判断したとおりまだ余裕があるのか。

「好きにしろ」

 一方こちらも適当極まりない。

 驚きの丸投げ感だ。そんな犬や猫の仔みたいにほいほいと。おたくの背中を守ってくれているんじゃないのか、と喉まで出かかった。


 自由な兄弟をおろおろ見比べている内に、事態は次々に動いていく。

 慶次が腰溜めの姿勢で構える。右手には握り拳。古武術のような、何かを迎え撃つような姿勢だ。

 迫っている何かは幸の目に映らない。

 ただ右に左に風が慌ただしく吹き荒れている。

 氷室は幸を捕まえたまま動かない。それどころか瞳を閉じてさえいる。瞑想するような雰囲気が、万年岩さながらだ。

 東屋という極々小さな空間を境に、あちらとこちらで動と静が入り混じる。

「来い!」

 怒声の先、山を下る何かがいるかのように、木々が太い筋で順に揺れた。風の筋は勢いを保ったまま向かってくる。山の木に続いて、平地の草が次々に倒されていく。

 小さな台風が通り過ぎていくようだ。

 慶次の草履が大地を踏みしめて、ざり、と音が聞こえた。次の瞬間、その足元からまるで白い風が巻き起こるように、山からの何かに立ち向かう影が見えた。

 ひゅ。

 高い音と共に空気が切り裂かれる。

 意思を持って突っ込んでくるつむじ風に、真っ向から白い一陣の風がぶつかる。白い筋はその場でくるりとくるりと十重二十重に円を描く。明らかにつむじ風を取り囲んでいる。つむじ風は戸惑ったように直進を止め、すぐ下に生えている草が千々に乱れた。

 そこで空気の圧が変わる。

 つむじ風は徐々に濁り、茶色の竜巻の様相を呈す。

 見るからに友好的ではない色合いに、幸の背筋が泡立った。慶次が危ない。本能的に感じ取った危険に何かを叫びそうになる。だが声が出る前に、目の前を金色の光が横切った。

 ひらり。

 レースのカーテンが揺れるような優しい動きで、それは慶次の身体に覆い被さった。

「調子に乗るのも大概にしとけ!」

 慶次が飛んだ。本当に飛んだ。天狗と見紛うほど、それは見事な跳躍だった。その身体を守るように煌めく金の光は、空の青さの中でもはっきりと見えた。

 戦う神主は右手を思いっきり振りかぶって、それを竜巻に叩きつけた。


 ごん。


 明らかに固形物に当たったようなあり得ない音を立てて、その拳は勢いのまま振り抜かれた。

 それから数秒と経たずに、やたらと勢いのあった竜巻は空中に四散するように消えてしまった。ぶん殴られた衝撃のせいなのだろうか。そうとしか思えないが真相は闇の中だ。

 瞬きも忘れて見入っている内に、緩やかに宙を漂っていた白い風と金の光もまた、するりと空の青に溶けてなくなった。

 着地したバイオレンス神主はというと、「あーちくしょう」と悪態をつきながら鼻血を乱暴に手で拭っていた。



 色々とちょっと待ってほしい。


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