分け合う痛みとその意味
場所が場所だっただけに、その後の展開は早かった。
高校生が看護師を呼んで戻ってくるまで、おそらく五分とかかっていなかったと思う。ギブスの状態だったことを鑑みれば破格の早さだ。降り始めた雨の中動けずに座り込んでいた幸は、数人がかりで病棟内に担ぎ込まれた。
廊下に入るなり車椅子に乗せられて、入院病棟から渡り廊下を経て外科の入っている棟まで来て、処置室に通される。幸が運ばれている間に内線で連絡が入っていたのか、部屋の中には若い医師と看護師が既に待機していた。
医療関係者とはかくも冷静沈着なのか。
鮮やかすぎるその連携に幸は目を白黒させるに精一杯で、言葉を発する間もなかった。
今日は外科の外来が午前中までの受付なのか、待合室も処置室も患者らしい患者の姿は特に見えず、静かだった。
それは幸にとっては不幸中の幸いで、人が溢れかえる中をこんな只事ではない雰囲気満載で通り抜けることにならなくて良かった、と胸を撫で下ろすばかりだ。
車椅子に乗せられたまま、幸は医師の目の前に通される。穏やかな顔をした医師は安心させるように微笑みかけてくれた。
「色々訊きたいけれど、……状況確認は後回しだね。まずは傷を見せてもらおうかな」
目線の高さを合わせる為か、医師は簡素な丸椅子に腰を下ろした。
キャスター付きの椅子は、医師が足で漕ぐと自在に動く。そのまま彼は幸の右手側に身体をずらし、そっと左手を伸ばしてきた。
「タオル、自分で取れるかい?」
医師の手が幸の右手に僅か触れたが、幸の手は石の如く固まっていた。
言われたことはしっかりと理解している。傷を診てもらう為には、止血の為に当てているタオルをどかさなければならない。簡単なことだ。幸が手を外せば良いだけの話だ。
しかし頭では分かっていても、身体は凍りついたように動かなかった。
目は医師と合っている。優しい視線で、急かすような素振りもみせない。だが幸の全身が竦んでいた。
「……うん」
何かに納得するかのように、医師が頷いた。それを見ても尚、幸は声も出せなかった。
「分かった。いいよ、君は何もしなくていい。僕がタオルを取るから驚かないでね。少しだけ手に触れるけど、何も痛いことはしない。約束する」
言葉の直後、幸の右手に温かい左手が重なった。約束通りだ。医師は触れるだけで、痛みを伴うような何かを無理強いはしない。
強張っていた身体から僅かに力が抜ける。
辛抱強く待っていた医師は幸の力が抜けたことを確認してから、ゆっくりとその左手に力を籠めた。幸の右手が、添えられていた首筋からゆっくりと離れていく。幸の掌からタオルの感触が無くなったと同時に、医師の右手が代わりにタオルを掴んだ。
医師に誘導された右手が、幸の膝の上に戻った。
幸は呆然と前を向いているしかできなかった。視界の右端に、身体を傾けて幸の首筋を覗き込む医師が映る。
「少しだけ触るよ。大丈夫、傷の回りだけだ」
言葉に一瞬肩を緊張させた幸に対し、医師はやはり安心させるように柔らかく言った。
暫時傷口を検めた後、ふと医師が顔を上げて身体を離した。そして後ろに控えていた看護師に視線を向ける。
「何の破片が掠ったって?」
「植木鉢だそうです。入院病棟の上から落ちてきた鉢が、地面に当たって割れた破片が飛んだみたいで」
「それはまた……危ないな。直撃してたらどうするんだ」
他人事であるのに、若い医師は眉を顰めて憤ってくれた。
彼はそのまま幸に向き直り、薄い唇に笑みを乗せた。
「鉢が当たらなくて良かった。そこまで深くはないから、縫わなくても大丈夫でしょう。ただ化膿止めに傷口の洗浄と、跡が残らないようにテープで傷口を貼って治りやすくしておこう」
柔和に微笑みかけられて、ようやく幸の金縛りが解けた。
「あ、えっと……ありがとうございます。すみません」
「構わないよ、どうせ休憩中だったから。君はお見舞いだったのかい」
「はい。父がこちらに入院していて、今日は母と一緒で」
あら、と看護師が声を上げた。
じゃあ連絡を入れておくわね、ということで幸は雄三の病棟と部屋番号を伝えた。そのやり取りを待っていた医師は、看護師が電話をしに退出してから「待つ間に処置をしてしまおうか」と優しく言ってくれたのだった。
やがて恵美子が慌てて駆け込んできた時、幸の首には包帯が巻かれ、右頬には大きなガーゼが当てられていた。首だけではなく、小さな破片が頬も掠っていたらしく、赤く引っ掻いたような傷が目立ったからだ。
目や頭に当たらなくて良かった、というのは医師の言である。
そんな幸の姿を見て、恵美子は傍目に分かるほど狼狽えた。
「幸、あなた大丈夫なの? 一体どうしたの、何があったの?」
「おかーさん落ち着いて、大丈夫だから」
さっきまでは他でもない自分が茫然自失となっていたが、待つ間に柔らかく話しかけ続けてくれた医師のお陰で、今はこの通り普通に会話ができるまで回復している。
満面とまではいかないが、口元を緩める余裕は出た。
「裏庭散歩してたらたまたま植木鉢が落っこちてきて、割れた破片が当たったの。でも全然、掠っただけだから縫ってもいないよ」
「植木鉢の破片ですって? どうしてそんなもの」
「私もよく分かんないけど、手が滑ったんじゃない? すっごいびっくりはしたけど、とりあえず命に別状はないから大丈夫」
「とりあえずって、……まあ酷くないなら少しは安心したけれど。びっくりしたわ、もう……でも困ったわね、もうすぐ氷室さんが到着されるのに」
恵美子は全身ずぶ濡れになった幸を心配そうに見る。
そう、腰が抜けて立ち上がれなかったせいで、本格的に降り出した雨に完全に捕まってしまったのだ。綺麗目の白いワンピースは濡れて色が変わっているばかりか、へたり込んで地面に触れた裾が茶色く汚れているし、右の肩口から鎖骨あたりまでが赤く滲んでしまっている。
いくら一張羅とはいえ、こうなってしまってはどうあっても見苦しい。
かといって着替えは持ってきていない。処置室の時計を見ると、約束の時間まであと四十分程となっていた。外に出て買いに行く時間は残されていない。
「あー……流石にこの赤いのはちょっと、まずいよねえ」
思わず幸の眉は八の字に下がった。
濡れている部分は拭いて乾かせばそれなりになんとかなるだろうし、裾が汚れたのもまあ、ちょっと躓いたとか正直に言えば良いだろう。しかし、いくらなんでも首筋から肩口にかけて明らかに血で染まっているのは宜しくない。
どう贔屓目に見てもとても模様とは呼べず、確実にぎょっとさせるだけだ。
新しい服を買いに行く時間はない。となると、あとは上から何かを羽織って隠すことで当座を凌ぐしかなさそうだ。
「お母さんの上着か何か羽織って、なんとか誤魔化すとか」
言いかけた時、広くはない処置室に振動音が響いた。
ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ、……
携帯だ。
それまで黙って成り行きを見守っていた医師たちも、はっとした様子で周囲を窺う。幸は慌てて自分の左ポケットをまさぐった。
掌に取り出した画面には「氷室 稜」と名前が出ていた。まさかもう到着したというのだろうか。待たせるのも申し訳ないが、幾らなんでもちょっとこの状態で出迎えるのは憚られる。
幸が躊躇っていると、医師が「急ぎなら出てもいいよ」と言ってくれたので、幸はそれに甘えることにした。
遅れるという連絡ならそれで良し、逆にもう到着したというのであればどこかで少し待っていてもらわねばならない。そういう意味で急ぎは急ぎだ。
「は、はい。幸です」
『俺だ。もう到着したんだが、早めに伺ってもいいか』
やはり氷室は氷室だった。
遅れるという連絡であることを僅か期待したが、こんな大事な場面でこの人がそもそもそんな失態を犯すはずがない。
「あの、えっと、稜さん今どこですか」
『ロビーだ』
「ロビー!? 早っ、あのですね、えーと、すいません申し訳ないんですけどもうちょっと待っててもらえますか?」
『構わんが、……お前今どこにいる』
大変に答えづらい質問が来た。一瞬幸は口籠ったが、氷室が続けた。
『まだ着いていないなら、迎えに行く。雨も降っているし』
有難い。平素なら二つ返事とは言わないまでも、恐縮しつつ宜しくお願いする申し出だ。
しかし今は同じ敷地内にいるのである。迎えもへったくれもない状況だ。
「ありがとうございます、迎えは大丈夫です。病院の中にいるので。ただちょっと病棟にはいなくて、別の棟で、それで戻るまで待っててはもらえないかと」
『……幸』
「はい?」
『場所を教えろ。行くから』
「へ?」
『早く』
電話越しにもかかわらず、有無を言わさぬ迫力だ。
これ以上の問答は許されないことを悟り、幸は冷や汗を垂らしながら答えた。
「ええと、第二棟の一階、外科の処置室にいます……」
『分かった』
絶対にそこから動くなよ、という言葉を最後に電話はぷつりと切れた。
* * * *
動くなとは言われたが処置室に居座るのもどうかと思い、幸は医師と看護師に丁重にお礼を言って待合室に出た。一方で恵美子はというと、塗り薬と痛み止めを出してくれるということで医師がすぐにしたためてくれた処方箋を持って、薬剤の窓口に行ってしまった。
人気がなく、また明かりが必要最低限を残して落とされた待合室は、静かだった。
椅子に腰かけて、そっと右手を首筋に添える。
包帯のざらつく感触が指に残る。だがあまり実感が湧かず、幸はため息を一つ落とした。
何て言われるだろうか。
生活にはよくよく気を付けるよう言われていたのに、突き指から一週間と開けずこんな怪我を負ってしまうなんて、不注意にも程がある。
怒られるだろうなあと思って肩を縮めると、カッカッカッと走る靴音が遠くから響いてきた。
左手に続く廊下の奥、玄関側からだ。首を捻ってそちらを見やると、
「いっ……!」
たまらず声が漏れた。
びり、と鋭い痛みが走り幸は思わず顔を顰める。慌てて元に戻すがもう遅い。血管が脈打つと同時に、どくんどくんと痛みが響いた。
直接手で触ると痛い。だが何もせずにはいられなくて、幸は触れるか触れないかの距離で傷口に手を添えた。確実に気休めでしかないが、こうでもしないと痛みが鎮まるまで耐えられそうにない。
視界が滲む。
痛くて泣くなどいつ以来だろう。幼児ではないので頬を伝うほど溢れはしないものの、鼻の奥がツンとする。
と、それまでくぐもって聞こえていた靴音がはっきりと耳に届いた。
分かってはいても振り向けなかった。もう一度あの衝撃が響くかと思うと怖い。まだどくどくと疼く首筋を抑えながら、どうしようもなく幸が白い床を見ていると、足早に靴音が近寄ってきた。
俯く視界に、スーツの足元が入ってきた。
「……幸、」
呼びかけながら、氷室が目の前で跪いた。下から窺うように端正な顔が向けられる。そこで初めて目が合ったが、その瞬間に氷室は表現し難い顔をしてみせた。
眉を顰めて、さながら信じられないとでも言いたげに。
呆けたように僅か開かれた唇は、ややあってきつく引き結ばれた。驚きの中にも一筋、怒りの感情が見え隠れしている。予想通りだ。視線を合わせるのが辛くなって、思わず幸は目を伏せた。
絶対に怒られる。
言い訳のしようもないこの状態は、正直堪える。けれど何を言えば良いかも分からず、幸は唇を噛みしめるしかできなかった。
「お前、これ……」
言葉を途切れさせ、氷室がそっと左手を幸の首元に伸ばしてきた。
思わず幸の肩が強張る。
無意識に僅か後ずさると、何故か氷室の眉間が辛そうに寄せられた。聞かなくても分かる。傷付いた顔だ。しまったと思うがもう遅い。
「っ、ごめんなさ……」
そんなつもりではなかった。
氷室に触れられるのが嫌で身を引いたわけではない。怒られるかもしれないと身構えていたところに、急所に響く痛みがもう一度来るかと思うと怖くて、ただ反射的に強張っただけだ。
「悪い、急ぎすぎた」
しかし氷室は怯えた幸を責めなかった。ふと氷室の手が首元から退かれる。その行方を目で追っていると、大きな手は幸の左手に重ねられた。
温かい。
優しい鼓動が伝わるようだ。
大きな手をしばらく見つめてから視線を上げると、同じように重なる手を見ていたらしい氷室もまた、顔を上げた。そのまま氷室は何も言わずに幸を真っ直ぐに見つめてくる。
「あの、ごめんなさい」
「……何が」
「心配させてしまって。私の不注意なのに、ごめんなさい。気を付けるように言われてたのに」
「謝らなくていい。お前が好きでそうなったわけじゃないだろう」
氷室が丁寧に幸の薬指を撫でた。
その手が「無事で良かった」と囁いているようで、幸の熱が上がった。触れるという行為には、これほどに想いを乗せられるものなのかと驚く。
言葉で言われる以上に、篤さが伝わってくる。
「……稜さん」
「うん?」
「恥ずかしすぎて、ちょっとどうしていいか分からないです」
距離が近い。その事実を認識すると、感じていた痛みよりも強く羞恥が湧き上がった。
この位置関係、さながら騎士の宣誓と錯覚する。片膝で跪いて、この人と決めた相手の手を取るようだ。肩幅の広さが目前に迫る。形の良い頤の下に続く逞しい首と喉仏が、妙に艶めかしい。
握られている手が熱くなる。
「今更恥ずかしいことなどあるか」
結婚するというのに、と続く。
「それは、でも……お芝居で」
息も絶え絶えに絞り出した声に、しかし氷室は「そうだな」とも何も言わなかった。その沈黙の意味を図りかねて、幸もまたそれ以上は続けられなかった。
一言もしゃべらず、少しの間、氷室は跪いたまま幸の手を握り締めていた。
ややあって氷室が腰を上げた。どこに行くのかと幸が訝しむと、何のことはない、氷室はそのまま幸の隣に座った。
「幸」
呼びかけは低く柔らかい。
「はい」
「何があった」
思わず幸は身体ごと氷室に向き直った。
氷室の頬は固く引き締まっている。表情が硬いと言って差し支えないだろう。糾弾をまさに今から受けるような、審判を待つような覚悟の表情をするその理由が分からず、幸は慌てて説明した。
約束の時間まで間があって、気晴らしに散歩に出たこと。その道すがら、たまたま落ちてきた植木鉢があって、直撃は免れたものの叩き割れた破片が飛んできて、首と頬を掠めたこと。
切れた場所が場所だけに多少派手に流血したが、縫うような大げさな怪我ではない。
今は痛みもあるが、塗り薬と痛み止めを処方してもらったからそこまで心配するようなことでもない。
だから氷室がそんな顔をする理由はどこにもない。
「すいません、びっくりしましたよね?」
まさか両家挨拶のその日に、婚約者が流血の怪我を負っているなど誰が予想できようか。
「私の不注意だったんです。だからごめんなさい」
「謝らなくていい」
ぐ、と幸の身体が傾いた。
お前が悪いわけじゃない。だから謝ることなど何もない。重ねてそう氷室が呟いた。
さっきも同じことを言っていた。
不思議さに幸は数度瞬きをした。何故二度も繰り返すのだろう。この怪我が氷室の言う通り幸の所為ではないのであれば、同時に氷室にも何ら責任のない話だ。
「痛いか。……痛いよな」
広く静かな待合室に、氷室のどこか辛そうな声が響く。
そういえば、黙っていても波長が合うのだったか。幸が落ち込んでいると、氷室も痛いのだと以前言っていた。心の痛みが伝わるのなら、身体の痛みもそうなのだろうか。もしもそうであれば、申し訳ないことだ。
幸は頭の中であれこれと考えを巡らせていた。
そうでもしなければ、この状況に心臓がついていけそうになかった。
氷室の長く筋肉質な腕が、肩に回されている。そして広い胸に抱き寄せられている。幸の頭に氷室の頬がそっと寄せられているのが分かる。だから氷室がどんな表情をしているのか、確かめることはできない。
なんで、どうして。
訳も分からずされるがままになっていると、頬を寄せる硬い胸に低い声が響いた。
「……俺が傍にいながら、こんな」
く、と言葉が詰まった。
「そんなこと。稜さんの所為じゃありませんってば」
「そうじゃない」
「え……?」
「そうじゃないんだ」
氷室の掌と腕に、ぐいと力が篭もった。絞り出されるような声を聴いて、その手を振り解く気にはどうしてもなれなかった。
だから幸は心の中でひたすら繰り返した。
この怪我に氷室の責任は一端もない。氷室が悪いなど夢にも思わない。責める気持ちなど爪の先ほどもないし、氷室を尊敬するこの気持ちにいささかの変化もない。
あるわけがない。
走って来てくれたことが嬉しくて、抱き寄せられることが恥ずかしくも胸に迫る。そんな自分がどんな拒絶を示せるだろう。
それなのに、どうしてそんなに悲しそうにするのかが分からないのだ。だからせめて、気持ちが伝わるというのならこれも伝わればいい、傍にいられる限られたこの時間が宝物なのだと、そんな想いを幸は一心に込め続けた。
なんと不思議な縁だろうか。
終わりは見えているのに、こうして寄り添う時間がこんなにも大切だと思えるとは。
片時も惜しい。
この人の傍にずっといられたらいいのに、そんな叶わぬ淡い想いが一秒毎に募っていく。
* * * *
「責任は俺が取るから、あと一時間、頑張れるか」
どうにか挨拶だけは終わらせたい。
腕一本で幸を抱きすくめたまま懇願するように窺う氷室に、幸は慌てて言い縋った。
「責任を取ることなんて何も。頑張るのが当たり前です」
顔を見て話す為、幸は痛みが響かない程度に身動ぎをした。
意図を察したか、氷室の拘束が僅かに緩む。密着していた身体をゆっくりと離し、幸は真正面から氷室の目を覗き込んだ。
「むしろわざわざ稜さんのお父さんお母さんに来て頂いているのに会えませんとか、そっちの方があり得ません。あんまり動かさなければ、それほど痛くもないですから」
「……無理をさせるが」
「全然平気です。そもそも私がお願いしたことなのに」
心配をかけてごめんなさい。
素直な気持ちは直球の言葉に変換された。
確かに普段の氷室なら、こんな状態の幸には絶対に無理はさせないだろう。自惚れでも何でもなく、これほどに幸の怪我を気遣う優しいこの人がそれを許すとは到底思えない。
それでも「責任を取る」とまで言って進めようとするのは、時間がないことを分かってくれているからだ。
幸は立ち上がった。座ったままの氷室が見上げてくる。視線が交錯した時、氷室の目が眩しそうに細められた。
「行きましょう」
「……ああ」
頷いて、氷室も立ち上がった。




