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舌破り  作者: 東 吉乃
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立ちはだかるライオンの輪っか付き扉


 春の陽も柔らかい、うららかな午後。

 身長一五七センチメートル、体重五十四キログラム。年齢二十一歳。見た目、可もなく不可もなく。これでもかというほど真っ黒な髪の純粋な日本人で、父は中小企業のサラリーマン、母は編み物と料理が好きな専業主婦という家庭に育ち、小学校で好きだったのは国語、中学校の成績は中の中、高校一番の思い出は学校祭。

 そんな至って普通の、言っちゃあ悪いがそのへんに転がっていそうな、強いて良いところを挙げるとすればとりあえずその若さくらいしかないような何の変哲もない一人の女性――佐藤さとう さちは、とりあえず途方に暮れていた。

 目の前にある扉はこのオフィス街にびっくりするほど不似合いだ。二十一世紀も始まって久しいというのに、この重厚で分厚い木の扉。そびえたつ威圧感に、三百年前のものと言われても疑いを挟む余地はなさそうである。

 そしてその馬鹿でかい扉にくっついている、小さな輪。

 どこぞの映画か何かで見たようなお決まりのアレ。ライオンが口に輪っかをくわえているアレで、正式名称など一般庶民の幸が知るわけもないアレである。

 これでノックをしろと?

 口に出すのもはばかられ、幸はとりあえず心の中で叫ぶ。

 あまりに時代錯誤な目の前の光景に、軽い目眩を覚える。そしてちょっとだけ後ろを振り返ると、見慣れた灰色の街がしっかりそこにあって、野良猫が路地の隅っこでうんこをしていた。

 大丈夫大丈夫、ここは平成の日本。

 しょうもないことでしょうもないことを確かめ、幸はもう一度扉に向き直った。

 インターホンがあろうとなかろうと、とりあえずこの住所から求人広告があったのは間違いない。幸の手の中でくっちゃくちゃになった紙きれは、確かにそう言っているのだ。二十三回も見直せば、いい加減横についている別の広告だってそらで言える。

 人手が欲しいと言っているのは向こうで、自分は働く意思がある。

 互いの利害が一致するのだから、こんなところで腰が引けていてどうする。

 さっさとノックして、さくっと話を纏めて、明日からでも働くことができれば、この苦しい毎日にも終止符が打てるではないか。

 ライオンがなんだ。こんなのただの作りもの。怖くない。

 ノック。

 ノック、するんだから。

「……」

 なけなしの勇気はしかしいきなり出端を挫かれた。

「た、たか……」

 横っぱらがつりそうなほど腕を伸ばして背伸びをするが、しかしまったく届かない。

 癪だ。

 癪である。

 あの悩み続けた二十分間を返せと思うのは貧乏性だからか。またしょうもないことを考え、結局幸は手を伸ばすのをやめた。

「……ごめんください!」

 見下ろしてくるライオンがにやりと笑ったような気がした。

 本当に癪である。

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