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知り合い以上、友達未満

作者: 烏丸 焼

 職員室に呼び出された。朝のホームルームで先生から渡された小さなメモ書きには、他のクラスメイトに気付かれないように放課後職員室に来るよう書かれていた。わざわざクラスメイトに知られないようにという但し書きがついているということは、誰にとってか、あまり思わしくない内容なのだろう、ということは察しがついた。とはいえ無視するわけにもいかず、私は今こうして蒸し暑い廊下を歩いている。

 開け放たれた窓からは、ほんの少しの風といっぱいの日光と蝉時雨が入ってくる。呼び出しというただでさえ気分を憂鬱にさせる状況に加え、夏の空気に当てられて頭の中まで煮えそうになりながら職員室のドアまでたどり着く。

 職員室で、廊下との温度差に身震いしながら、早々に用事を終わらせようと担任の机へと急ぐ。クーラーが苦手な私の身にはこの部屋の環境は厳しすぎる。

「やあ、呼び出して悪いね、貫井さん。それにしても暑いね。せっかくだからゆっくり涼んでいっていいよ」

 若い教師の気遣いも、私には逆効果にしかならない。早くこの部屋を出ないとお腹を壊しそうだ。

「それで、何の御用ですか?」

「ああ、うん、そうだね、どこから話したものか……」

 この教師は普段からこんな風に歯切れが悪いことがよくある。授業中なら黒板を写すのにちょうどよいロスタイムになるので大目に見ているが、この状況では腹立たしいだけだ。

「そうそう、この間、夏休み前の二者面談があったでしょう」

「ええ、ありましたね」

「それで、僕はクラスのみんなが快適に学校生活が送れているかどうか確かめる義務があるわけだけど、クラス委員の君から見て、何かクラスの様子で気付いたことはない?」

 前ふりの意味が分からない。いい加減下腹のあたりが冷えてきた気がするので早く切り上げたい。

「先生が私に何を聞こうとしているのかよくわからないのですが、結局私は何のためにここに呼び出されたのですか?」

 若干とげのある言い方になってしまったかもしれない。さすがに先生に対して失礼だっただろうか。

「ああ、ごめん、言い方が回りくどかったな。結論から言うと、貫井さんに、大上君の面倒を見てほしいんだ」

 言い方こそ簡潔になったが、結局意味は分からずじまいだった。

「いや、先日の二者面談でクラス全員に学校生活についていろいろ聞いたわけだよ。勉強ははかどっているかとか、部活の調子はどうだとか、クラスの雰囲気はいいかとかね」

 ようやくさっきの前ふりの意味が分かり始めてきた。同時に、とてつもなく面倒くさいことをやらされそうな雰囲気がひしひしと伝わってくる。

「それで、クラスの話を聞くと、みんな自分が普段誰と一緒に過ごしているかとか答えてくれるんだけど、どうも大上君と一緒に過ごしている人がいないみたいなんだよ」

「……そんなこと、ないんじゃないですか。大上君だって、誰かとつるんだりしてるでしょう」

 この後の返答は分かりきっているが、一応切り返しておく。

「いや、そのあと大上君本人にも聞いたんだが、彼も、別段クラスの特定の誰かとつるんだりはしていないと言っていた」

「……で、クラスみんなの生活を気に掛けなくてはならない先生の立場としては、生徒が一人だけクラスで孤立している状態は思わしくない、だからクラス委員の私が大上君がクラスに溶け込めるよう手伝え、ということですか」

「そうそう、そういうこと。手伝うっていうか、教師が生徒同士の関係に干渉するわけにはいかないから、実質貫井さん一人でやってもらうことになるんだけどね」

 予想通りどころか、予想を上回る面倒な仕事だった。

「……大上君も、他のクラスや学校の外で誰かと過ごしているんじゃないですか?」

「生徒の学校生活をよりよくするのが僕ら教師や君ら生徒委員の仕事だろう?」

「…………それは、クラス委員の仕事なんでしょうか?」

「他に誰がこの仕事をするんだい?」

「………………大上君は今の状態で満足しているかもしれませんよ?」

「君はそれでいいと思っているのかい?」

……どうやら完全に八方塞がりのようだ。この先生も、思ったより隙のない人だ。なかなか人が悪い。確かに、クラス委員として、クラスの中で孤立している人間がいるというのはあまり心地よいものではない。

「分かりました。引き受けます」

「うん、助かるよ。困ったことがあったら何でも言ってくれ」

「そのつもりです」

 困ったことがあったら、というより、こんな問題で困ったことにならないなんてありえない。前途多難すぎる。

「それにしても先生、面倒を見る、は言い方に問題があるんではありませんか? 別段大上君は問題児というわけでもないでしょう」

 ああそうだね、という担任の適当な返事を聞いて職員室を出る。急上昇する温度と湿度に辟易しながら、いきなり現れた無理難題について考える。

 クラスで孤立している大上創をクラスに馴染ませろ。

 少なくとも、私の目から見た限りでは、彼が他のクラスメイトから疎外されていたり敬遠されていたりという様子はない。単純に、クラス内の人間関係が固まるまでに他のクラスメイトとコネを作れなかっただけに見える。別段これは珍しいことではない。クラスの中に他にも同じような者はいるだろう。ただ、大上君の場合は、他の同類たちがそうしているように、そうした人間同士でつるんで疑似コミュニティを築こうとしなかったことだ。彼は教室の自分の席でいつも一人で何か黙々と作業している気がする。気がする、というのは、私がいつも彼のことをそれほど注視していないからよく覚えていない、ということだ。

……正直、モチベーションが上がらない。親しくもない、縁も義理もないクラスメイトがクラスに溶け込めるよう世話をするなんて……と、ここまで思ってから、ついさっき自分が担任にいちゃもんをつけた文句とたいして変わらないことを自分が考えていたことに気付き、思わずため息がこぼれた。

 お腹が痛くなってきたので、トイレに急行する。原因はクーラーだけじゃないよなあ、なんて考えながら。


 清里高校一年一組窓際後ろから三番目の机が、大上創の席だ。今日も彼はいつものように自分の席に座って読書をしている。いつものように、というのは座るという行為に対する修飾語であり、彼が自分の席に座って何をしているかを注視したのは実はこれが初めてだった。改めて見ると、確かに孤立している。彼はただ席について本を読んでいるだけだが、人は新しく他人と関わりを持とうとするときに、いかにも暇そうにしている人と読書に没頭している人だったら前者に話しかけるものだ。それは敬遠というよりむしろ親切心からの行動なのだが、それが結局親切な担任に目をつけられる原因になってしまった。情けは人の為ならず、が正誤両方の意味で成立してしまったわけだ。私に廻って来るいわれは全くないのだが。迷惑極まりない。

 それはさておき、引き受けてしまった以上は何か行動を起こさないと面目が立たない。小指の先ほどの義務感を総動員して、クラスのメーリスに送るメールを打ち始めた。幸いメーリスへの参加率は百パーセントなので、わざわざクラス全員の前に出たりしなくても行動を起こせる。個人的な目的のためにクラス全員を巻き込むことに若干の引け目を感じつつも、メールの送信ボタンを押した。

『お疲れ様会のご案内

 みなさん、危機迫る中間テストと息詰まる二者面談お疲れ様でした。というわけで、夏休みの前に一組のみんなでどこかに遊びに行こう、という声が上がっています。もちろん強制参加ではありませんが、みんなで行くほうが楽しいのではないかと思うので、ふるってご参加ください。

 まだいつ、どこへ行くか、何をするかなどは全く決まっていませんが、追試が終わる(予定の)来週の水曜日には決めたいと思うので、日曜日までに出欠と希望や要望を私にメールでもラインでもいいのでお知らせください』


「で、首尾はどうだい?」

 翌日、黒幕がホームルームの後にこんなことを聞いてきた。一時間目は移動教室なので他の生徒に話を聞かれる心配がないということなのだろうが、生徒に遅刻のリスクを背負わせるのは教師としてどうなのだろうか。

「現時点では、男子が出席六名欠席七名、女子が出席七名欠席四名。大上君はまだ返答していません」

「おや、出席率五割ちょっとじゃないか。貫井さんの求心力に期待してたんだけど、あてが外れたかなあ」

 勝手に見当外れな期待をした挙句に勝手に失望された。いい加減怒ってもいいだろうか。

「……欠席者が多いのは私の求心力が低いせいじゃありません。運動部は夏の新人大会とかに向けて練習が厳しくなってきたんだそうです」

「ああ、それもそうか。いや、貫井さんが帰宅部だったおかげで気兼ねなくお願いができて助かるよ」

 頬の筋肉が痙攣するのを必死で抑えつつ、せっかくの機会を有効活用する。

「先生、大上君の部活って何部ですか?」

「本人に直接聞けばいいじゃないか」

「困ったことがあったら聞いてくれるんじゃないんですか?」

「うん、そういえばそんなことも言った気がするね。でも、どうして?」

「大上君が部活で塞がっている日に企画したところで意味がないでしょう」

「ああ、あらかじめ大上君の予定を調べておいて、空いている日にイベントをする、と。でも、それだったらこの質問はあんまり意味がないよ」

「どうしてですか?」

「彼は君と同じ帰宅部だからね。予定を調べるなら本人に聞くしかないかな」

 結局全く役に立たなかった黒幕に適当に挨拶をして特別教室へと急いだ。心なしか廊下に響く上履きの音が荒々しくなった気がする。

 後で思ったのだが、なぜ担任はクラスメイトに流れたメーリスの内容を知っていたのだろう?


 私はせっかくの休日に何をしているのだろう、と自分の部屋でスマホを睨みながら空しさを噛み締めていた。扇風機の回る音と蝉の乾いた鳴き声だけが部屋に響いている。

 日曜日の午後一時時点で、男女合わせて出席十五名欠席十二名。そして肝心の大上君を含め三名がまだ出欠の連絡を寄越していない。少なくとも大上君からは早めに予定を聞き出しておかなくてはならない。幸い彼はクラスラインにも参加していたため、個別ラインで予定を聞くことが可能だった。

『クラス委員の貫井です。大上君はお疲れ様会に参加しますか? できれば今日中に出欠と、どこに行きたいか希望を送ってください。みんなで遊べばきっと楽しいですよ!』

…………そんなメッセージを送ってから八時間が経過した。一時間おきにチェックしているが、未だに既読マークがついていない。カーテンレールの風鈴がたてる音にさえ神経が刺激される。

「行くつもりがないならはっきりそう言えばいいのに……何で私が恋する乙女みたいに返事を待ちわびなきゃならないのよ……」

 苛立ち紛れにこぼれた独り言に応えるように、バイブレーションがメッセージの着信を告げた。

『返信遅れてすいません、出席します。日程に関しては特に希望はありません。今現在では行先の候補に何が挙がっていますか?』

『出席了解しました。候補としては、カラオケ、ボウリング、プール、海が挙がっています。大上君はこの中で行きたいと思うものはありますか?』

『強いて言うなら海がいいです』

『分かりました。多数決で決めるのでその通りになるとは限らないですが、楽しみにしていてください』

 会話が終ってから、思わず大きなため息がこぼれ出た。風鈴の音が心地よく耳に響く。簡潔な文面のやり取りだったが、ともかく大上君が殊更にクラスメイトとの交流を拒んでいるわけではないことは明らかになった。それは同時に、彼がクラスメイトとの交流を望んでいないという理由でこの件を降りることが不可能になったことを意味していた。ともあれ、これで一歩前進である。後は彼が海水浴場で誰かと話す機会をできるだけ多くセッティングして、彼がクラスの誰かと親しく話すようになれば、私の仕事は終わりといえるだろう。ちなみに、行先が海水浴場なのは既に決定事項である。カラオケとボウリングとプールを希望した十一名には申し訳ないが、今回は思い切り職権を乱用させてもらうとしよう。さて、と気合を入れ直して近場の海水浴場を調べるために改めてスマホに向き合った。窓の外では、蝉が喧しく叫んでいた。

 最終的に、お疲れ様会は金曜日の終業式の後、学校から電車で十五分ほどのところにある海水浴場でみんなで遊ぶ、というものになった。泳げない人や都合が悪い人が抜けていったため出席率は三割強。クラス委員の仕事としては赤点ものであった。


 真夏の日光が差し込む電車の中で、私は友達との雑談を全く楽しむことができずにいた。というのも、車両の反対側で、大上君が相変わらず一人でスマホをいじっていたからだ。本人は知る由がないこととはいえ、実質彼一人のために開かれた企画で、その本人が誰とも話そうとしていない様子を見ることは主催者としては苛立たしく腹立たしいことこの上ない。首筋に照り付ける光が鬱陶しくてカーテンを下した。

 終業式が午前中で終わり、自宅が近い者は一度帰宅し着替えと食事を済ませてから学校の最寄り駅に集合し、自宅が遠い者は各自食事を摂った後で近くのクラスメイトの家で着替えを済ませて駅に集合した。大上君は家が近くにあるらしく、一度帰宅してから軽装になって集合場所に現れたが、他のクラスメイトと一緒に来た様子はなかった。そしてもう目的地の駅に着こうという今この時も、他のクラスメイトが貸切同然の車内ではしゃいでいるように、誰かとこれからの時間に期待を膨らませるような様子は全く見受けられない。自分の前途を思うと、改めてかつての安請け合いを呪いつつ、電車を降りた。午後一時、太陽はますます激しく照りつけていた。

 海水浴場に到着する頃には暑さは一日のピークに達しており、みんな我先にと更衣室へと急いだ。平日だけあって海岸はそれなりに空いており、十人強の学生が広々と場所をとっても監視員から何かを言われることはなかった。みんなが代わる代わる更衣室で着替えを終えると、砂浜に備え付けられたビーチバレーのコートで遊び始めた。輝く太陽の下、みんなが男女の枠を超えて交流を深めていく様子はクラス委員冥利に尽きる、なんてことを思っていたわけだが、気付けば、肝心の大上君がいなくなっていた。

 慌てて辺りを見回すと、水着姿の大上君が波打ち際でストレッチをしていた。いい加減に大人しくクラスの輪の中に入ってほしい、という私の願いが届くはずもなく、彼は一人でさっさと沖に向かって泳ぎ始めてしまった。これでは何のために苦労してここまで企画したのか分からなくなってしまう。慌てて私はビーチバレーを抜けて彼を追って海へと入っていったのだった。

 砂浜から見ていた分には分からなかったが、海は強い波が次々押し寄せてきて私はまっすぐ泳ぐのもままならない。そんな中を大上君はすいすいと泳ぎ進んでいく。よく見ると彼の水着は他の男子が着てきたようなトランクス型のものではなく、一目見て水の抵抗が小さいと分かる、明らかな競泳用の水着を履いていた。ひょっとして、先日彼に行きたい場所を聞いたときに海と答えたのは、クラスのみんなと交流したいとかでは全くなく、単に海で遠泳をしたかっただけじゃあないのか、なんてことを思いながらも必死で水をかき続ける。

 大上君がそれほどスピードを出していなかったおかげで、一分ほどで彼の背中が近くに見え始めた。ようやく追いついた、と思い彼を呼び止めようと海面から首を出し声を上げようとしたその時、突然脚に電流が走った。

 あまりの激痛に思わず漏れた声が、流れ込む海水に押し戻される。せき込みながら必死で水をかいて体を浮かせようとするが、今日の波は容赦なく私を海の中へと飲み込んでいく。

 突然のことに目の前が真っ暗になり頭が真っ白になる。必死で両手を動かすが、もはやどっちが上でどっちが下かも分からない。

 呼吸がどんどん苦しくなり、胸の中が恐怖でいっぱいになったその時、誰かが私の腕を掴んで一気に海上へと引っ張り上げた。

 酸素と日光の中へ戻ってきた瞬間、全身で激しくせき込んだ。ほんの数秒間のことなのに、空気がひどく懐かしいものに思える。

「大丈夫か?」

 目を開くと、まあ当然だが、そこには大上創がいた。腕を掴んで私の体を支えながら、立ち泳ぎで体勢を保っている。

「どうしてこんなところまで泳いできたんだ? 俺が近くにいたからよかったものの、もしものことがあったら危ないじゃないか」

「その台詞はそのまま返すわよ。どうしてせっかくみんなで遊びにきてるのに一人で遠泳なんかしてるのよ」

 私の質問には答えず、彼は私を支えたまま近くの岩場まで泳いでいった。さすがに立ち泳ぎで人を支え続けるのは難しいらしい。岩場へ引っ張られながら、海中で脚の状態を確認する。どうやら脚がつってしまったらしい。まだ動かすと鋭い痛みが走るが、先ほどの不意打ちに比べれば我慢できないほどではない。岩場までたどり着くと、彼はまず自分が岩場の上に登って、腕を伸ばして私を海から引き上げた。

 足場があることをこれほどありがたく感じたのは初めてだ。太陽に熱された岩の上にまだ軽くぴりぴり痛む脚を投げ出し、大きく息を吐く。彼もさすがに疲れているようで、岩の凹凸に腰掛けて呼吸を整えている。海岸の方に目を遣ると、クラスのみんなが変わらずバレーに興じているのが遠くに見えた。

「痛みが引いたら、海岸まで戻ろう」

「ええ」

「……」

「…………」

「………………」

「……………………」

 会話が続かない。当然だ。今までろくに話したこともないクラスメイトと二人きりになって饒舌に話せる人間なんているものか。ふと、そういえば今回の目的は彼をクラスに溶け込ませることだったと思い出す。

…………ここまで物理的に離れていて距離が縮まるものか!

 今回の計画は失敗だなあ、と私が空を仰いで沈んでいると、彼が途切れていた会話を再開した。

「それで、さっきも聞いたけど、どうしてこんなところまで泳いできたんだ? 泳げないのに」

「大上君が一人で泳ぎにいっちゃうからでしょう。さっきも聞いたけど、なんでみんなで遊びにきてるのに一人で泳いでたのよ? あと、私は泳げないわけじゃないから。脚がつっただけだから」

「……別に理由なんてないけど、強いて言うならバレーがそんなに好きじゃなかったし、あと海に行くっていうからてっきり泳ぐものだと思ってたからそっちを期待してたから、かな」

「ふーん、泳ぐの好きなの?」

「好きか嫌いかで言えば好き」

 へえそう、と応えながら大上創への認識を固めていく。……まあなんというか、普通だ。話してみれば普通に話せる。しかし、普通、だからこそ今回の問題がより一層難しくなっているのだ。

 現実のクラスで孤立する人間は、小説や漫画のキャラクターのように奇抜な事情や非凡な過去など秘めてはいない。彼らは、当たり前に振舞って、偶然に孤立した。だから、フィクションのように課題を解決すれば一件落着、とはいかないのだ。

 やはり人の世というのは生きにくいものだなあ、なんて思ったところで、大上君がそろそろ泳げるか、と聞いてきた。

 彼と二人で海岸に向かって泳いでいる最中、先をいく彼は何度も何度も私の方を振り向いていた。私がまた溺れていやしないかと、何度も私の方を振り返っていた。そんな様子を見て私は、彼のこういうところを他のクラスメイトにも知ってほしいなあ、なんてことを柄にもなく思ったのだった。

 ちなみに、私のこの殊勝な願いはすぐに叶えられた。ビーチバレーに疲れたクラスメイトの一人が私を連れて沖から泳いでくる大上君の様子を見ていたため、ようやく海岸に戻ってきた私たちはクラスメイトたちの好奇の的になり、質問攻めにされたのだ。いきなりたくさんのクラスメイトに取り囲まれて戸惑っている彼の様子を見て、私は自然と口元が緩むのが分かった。かくして、私の大上君をクラスに溶け込ませる計画は期せずして成功したのだった。


 助けてもらったお礼を言い忘れていたことを思い出したのは、家に帰ってベッドに飛び込んだ後だった。やはり菓子折りの一つでも持っていくべきだろうか?

初めまして、烏丸です。小説家になろう初投稿です。ご意見、ご感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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