第9回 召喚される伝説の戦士だった!!
四月九日――午後四時半。
高台にある大堂学園の正門から真新しい制服に身を包んだ生徒達が下校していた。
まだ、部活にも入らず、これからの学園生活に胸を躍らせる新入生の足取りは軽く、学園前の下り坂を駆け下りる者が何人もいた。
大堂学園は中堅クラスの進学校で、新入生は皆キッチリと制服を着ていた。そんな中で、一人だけ明らかに風貌の違う生徒が混ざっていた。
寝癖でボサボサの金髪を揺らし、だらしなくシャツを出しボタンを全開にした雄一の姿だった。とても進学校の生徒とは思えぬ身だしなみの雄一は、校門を出た所で大きな欠伸をする。
「ふぁぁぁぁっ」
よっぽど学校がつまらなかったのか、とても眠そうな雄一は、右の目尻から一筋の涙を零すと、背を伸ばし骨を鳴らした。
この学園の生徒とは思えない程のだらしない雄一の格好に、下校する生徒達は皆怪訝そうな表情を浮かべ、ヒソヒソと呟き駆け足で坂を下る。
だが、雄一はそんな生徒達の声にすら耳を貸さず、もう一度大きな欠伸をすると頭の後ろで手を組んだ。
「お兄ちゃん! 待ってって言ったのに!」
雄一から遅れて、校門を潜った一人の少女がそう呟き、左足の靴の先でトントンと地面に叩いた。灰色の布地に白と紺のチェック模様の入ったミニスカートをはためかせる彼女は、肩口まで伸ばした茶色の髪を揺らし雄一の方へと顔を向けた。
まだ幼さの残る可愛らしい顔の少女は、頬を膨らすと目を細め、早足で雄一の後を追う。細く長い脚を黒のニーハイソックスが一層細く美しく見せていた。
そんな綺麗な足で坂を駆け下りた少女は、のん気に頭の後ろで手を組み前を行く雄一の前へと飛び出す。
「お兄ちゃん! 待ってって言ってるでしょ!」
僅かに息を切らせる少女は、両手を腰に当てる。ふっくらとした胸が僅かに上下に揺れ、頬は走った為に薄紅色に染まっていた。そんな頬を膨らせる少女の姿に、雄一はゆっくりと足を止める。そして、頭の後ろに組んでいた手を下ろし、深くため息を吐いた。
両肩を落とした雄一が、頭を左右に振るう。
「おおーっ。愛しの妹よ! どうしてお前は可愛いんだぁー」
大手を広げ声を上げた雄一に、坂を下る生徒達の冷めた視線が集まる。その視線に少女は赤面し俯くと、拳をプルプルと振るわせた。
彼女は雄一の双子の妹、内藤夕菜。雄一と違い、成績優秀で誰からも頼られる優等生だ。明るく優しい姿から中学の時は聖女と呼ばれていた。とにかく異性からも同性からも好かれ、入学して早々三人の男から告白されていた。
しかし、その告白の最中に現れた雄一に、男達は結局告白を中断し逃げ出した為、告白未遂に終わった。
赤面し俯く夕菜へと、大手を広げたまま雄一はゆっくりと足を進める。
「愛しい妹よ! さぁ、兄の胸に飛び――ふごっ!」
雄一が言い終える前に、夕菜の手に持ったカバンがその顔を叩いた。
カバンがずり落ち、鼻頭を赤くした雄一はジト目で夕菜を見据える。
「な、何すんだっ!」
鼻声で雄一がそう言うと夕菜は可愛らしく頬を膨らし、雄一へと顔を近づける。
「こんな所で変な事言わないで!」
周囲を気にしてか、押し殺した声で夕菜はそう言い放った。その言葉に雄一は視線を逸らすと、右手で耳をほじる。
全く聞き耳を持たない雄一に、夕菜は大きなため息を吐いた。
「はぁ……なんで、お兄ちゃんが大堂学園に……」
右手で額を押さえ左右に頭を振る夕菜は、もう一度ため息を吐いた。
夕菜がこの大堂学園を受験した理由は兄である雄一と違う学校に通いたいと言う理由からだった。大堂学園は中堅の進学校で、雄一の成績では受かるのは無理だと言われていた学校だった。それに、もう一つ幼馴染の一馬がここを受験すると聞いたからだ。
幼稚園から小・中と、一馬、雄一、夕菜の三人はずっと同じ学校だった。ただ、夕菜は一馬と同じクラスになった事が無かった。その原因が雄一にあると知ったのは中学三年の時だった。教師達の間で、あの暴君的存在の雄一を抑えられるのは一馬しかいないと、言う噂が立っていたのだ。
その事もあり、高校は雄一の絶対に受からないであろう一馬と同じ大堂学園を選んだのだ。
しかし、雄一はことごとく夕菜の予想を裏切り、中学三年の一年で猛勉強し、大堂学園に奇跡の合格。周囲からはアレぞシスコンの神だと、言わしめる程だった。
夕菜もまさか合格するとは思っていなかった為、雄一の合格の知らせを聞いた時はショックで寝込んでしまった。
「全く……お兄ちゃん、私に何か恨みでもあるの?」
ため息混じりに夕菜がそう言うと、雄一は「あぁ?」と声をあげ眉をひそめる。それから、小さくため息を吐き、頭を左右に振るう。
「何をバカな事を聞くんだ? 俺が愛する妹に恨みなんてもつわけないだろ?」
当然の様にそう言う雄一に、夕菜の表情が引きつる。兄である雄一がこう言う性格だと言うのもあり、夕菜は雄一と同じ学校に行きたくなかった。こうなる事が容易に予測出来たからだ。ただでさえ目立つのに、大声で“愛する妹”などと言われると周囲の目を集めてしまう。
高校では静かな学校生活を送りたいと思っていた夕菜にとっては、迷惑でしかなかった。
大きなため息を吐いた夕菜は肩を落とすと、ゆっくりと歩き出す。そんな夕菜へと雄一は鼻から息を吐き、その手を頭の後ろで組んだ。
「全く……いつもみたいに、お兄様って呼んで構わないんだぜ?」
「一度も呼んだ事ないから!」
雄一の言葉へ夕菜は即答し、キッとその顔を睨む。誰にでも優しい夕菜が唯一厳しく当たるのが雄一だった。
しかし、怒っても尚可愛らしい夕菜の顔に、雄一は満面の笑みを浮かべ大手を広げる。
「おぉーっ! 愛しい妹よ! お前はどうして怒っても可愛いんだ!」
「…………はぁ」
大きくため息を吐いた夕菜は、右手で額を押さえた。自分の兄がこんな性格だと重々分かっている為、何を言っても無駄だと理解していた。
「もういい……それより、かず――大森君は?」
「あっ? またか? 言っただろ? 俺は何も知らないって」
面倒臭そうな顔をする雄一がそう言うと、夕菜は立ち止まり振り返る。
「そんなわけないでしょ! 朝、お兄ちゃんの事、起こしに来てたでしょ?」
「あっ……あぁ。そうだな」
朝の事を思い出しながら、雄一がそう呟く。すると、夕菜は腰に手をあて、背を向けると自信満々に口を開く。
「お兄ちゃんが入学早々、遅刻しない様にって、私が一馬く――じゃなくて、大森くんに頼んだんだから。
それなのに、何で、大森くんが学校に――」
そこまで言って、夕菜が振り返る。だが、そこに雄一の姿はなかった。
「あぁーっ! もう! また逃げた!」
声を上げた夕菜は頬を膨らしトボトボと歩き出す。その足元で薄らと輝くマンホールが、静かに消えていく中で。
雄一は落下していた。
光り輝くわけの分からぬ中を。
困惑する雄一は、ただ悲鳴の様に大声を上げていた。
やがて、光が途切れ、闇に包まれる。そして、落ちる。地面の上へと。
「いてて……」
尻を打ちつけた雄一は、右手で尻を擦りゆっくりと立ち上がる。
見た事の無い場所に立っていた。殺風景な何も無い世界。そこに降り立った雄一は、首の骨を鳴らし、ゆっくりと周囲を見回す。
月明かりも差さない闇の中、目がなれるまで時間が掛かる。だが、絡みつく異様な空気に雄一は瞬時に悟った。ここが戦場だと。
中学の経験から人の殺気には敏感だった。瞬時に表情は引き締まり、その目は鋭く周囲を威圧する。
目が闇へと慣れ始め、雄一の視界に奇妙な光景が映る。見た事の無い二足歩行の生き物。人間の様だが、その額から鋭い角が突き出ていた。その事から人間ではない別の生き物だと雄一は理解する。その後、瞳が激しく動き、その生き物数を数える。
(……三十? いや、四十は居るか?)
目を細め、眉間へとシワを寄せる。普通の人相手なら、この程度何の問題もない。だが、今回の相手は得体の知れない化物。故に、雄一も強い警戒をしていた。
右足を半歩退く。すると、ピチャと、水音が聞こえ、ズボンの裾に泥が飛んだ。足元に広がる水溜りを踏んだのだと、雄一は下へと視線を落とす。そこで、気付く。足元に転がる人の影に。
「なっ! か、一馬!」
雄一はその人影へと叫ぶ。そこに転がっていたのは血を流す一馬だった。驚愕し、瞳孔を広げる雄一は奥歯を噛み締める。
突如、現れた一人の少年に、鬼姫は首を傾げる。
「何、アイツ? カズキと同じ服装だけど……」
「さっきの鬼姫が刺した奴もぉ、同じだったよぉ?」
鬼姫の声に、野太い声が返答する。すると、鬼姫は「そうだっけ?」と更に首を傾げた。
和む鬼達だが、空気が一変する。張り詰めた全てを凍らせる殺気に、鬼姫も巨大な鬼も言葉を呑んだ。
「な、何?」
驚愕し、瞳孔を広げながらその殺気を放つ男へと視線を向ける。それは、鬼すらも恐怖に陥れる程の殺気だった。そして、その殺気を放つのは――。
「――らか……」
雄一の唇が動き、言葉を発する。だが、その声はハッキリとは聞こえない。
その為、鬼姫は目を細め、叫ぶ。
「何言ってるのか聞こえないよ!」
その鬼姫の言葉に、今度はハッキリとした声が轟く。
「てめぇらか! 一馬をこんなにしたのは!」
怒声が衝撃を生み、同時に土煙が広がる。真紅の長い髪を揺らす鬼姫は、表情をしかめた。全てを凍らせる程の殺意に、鬼姫と巨大な鬼以外の閃鬼と剛鬼が一斉に動き出す。自己防衛本能がそうさせたのだ。
振り向いた雄一は左手を静かに前に出す。そして、ゆっくりと息を吐き出し、その頭の中に浮かぶ言葉を口する。
「我が熱き想いに応えよ。炎を司りし、朱雀の化身! 紅蓮の剣!」
雄一がそう言い放つと同時に、空間に歪みが生まれる。やがて、空間は裂け、そこから静かに姿を見せたのは、赤黒い鞘に納まった紅蓮の剣だった。それを左手で握った雄一は、柄へと右手を伸ばす。鞘を握った左手の親指が鍔を弾く。金で出来た鯉口に刃が擦れ火花が散る。遅れて、その右手が柄を引く。
何の抵抗も無く刃が鞘から抜け、熱風が周囲へと広がる。
「ぐ、紅蓮の剣が……」
驚く紅がそこでようやく声を上げた。誰一人抜く事の出来なかったその剣を抜いた、異世界から来た少年を見据えて。
夜の闇にすら眩く輝く朱色の刃が、白煙を噴く。初めて目の当たりにするその美しい刃に、紅は目を奪われていた。体に刻まれた痛みなど忘れ、その刃に息を呑む。高鳴る胸の鼓動に、紅の瞳孔は開いていた。
紅蓮の剣を抜いた雄一は、左手に持った鞘を捨てると、静かに息を吐いた。そして、その眼が動く迫る鬼達へと。
右から襲い来る青紫の肢体を揺らす閃鬼が、その細く長い腕を振り抜く。その拳を雄一は右へとかわし、閃鬼の左側へと回りこむ。だが、そんな雄一へと更に二体の閃鬼が襲い掛かる。
「ぐおおおっ!」
「があああっ!」
声をあげ、その手に持った刀を振り上げて。しかし、雄一は体を反転させると、そのまま後ろ回し蹴りを一体の閃鬼へと見舞う。雄一の踵が閃鬼のコメカミへと減り込み、頭蓋骨が軋む。力強い一撃で、閃鬼の頭が弾かれ、首が伸びる。そして、両足は地から離れ、横に並ぶもう一体の閃鬼を巻き込み、地面を激しく横転する。
轟音共に舞う土煙が、その蹴りの破壊力を物語っていた。全てが沈黙する中で、右足を振り切った雄一はその足を地に下ろす。それと同時に、先程殴りかかってきた閃鬼の胸に後ろ向きのまま朱色の刃を突き立てていた。
「がっ、ぐわぁぐがががっ!」
胸に紅蓮の剣を突き立てられた鬼が、天を仰ぎ顎を震わせる。その口から泡を噴き、やがて体は散る。微粒子の灰となって。
その光景に、誰もが息を呑んだ。その場に居た鬼も、捕らわれる守人達も、紅も、驚きを隠せなかった。武器による攻撃で、鬼が灰となった姿を見るのは初めてだった。その恐ろしい威力に、鬼にも少なからず動揺が窺える。
だが、それだけじゃない。異常なまでに、雄一の殺気が鬼達に恐怖を与えていた。血走る眼球が動き、周囲の鬼をけん制する。今、動けば、あの閃鬼と同じように灰にされる、そう確信していたのだ。
「むーっ! 何よ何よ! 何なのよ! アイツ、一体何様よ! 全員で一気に潰しなさいよ!」
鬼姫が、硬直する鬼達へとそう声を荒げた。その声に鼓舞され、鬼達は動き出す。頭蓋骨を砕かれた閃鬼は立ち上がる事が出来ず、這いながら雄一の右足へとしがみつく。それと同時に、逆サイドから剛鬼がその隆々とした腕を振りかぶる。その動きを見据え、雄一は紅蓮の剣を逆手に持ち替え、足にしがみつく閃鬼の頭部へと突き刺した。閃鬼は声すら発する事無く、一瞬にして灰と化す。
そして、雄一は地面に刺さった切っ先を抜き、剣を持ち直し剛鬼へと視線を向けた。
豪快に放たれる剛鬼の拳に、雄一は奥歯を噛み締め足に力を込める。それから、剛鬼の拳へと紅蓮の剣を突き出した。拳の中指と薬指に切っ先が減り込み、雄一の肩を激しい衝撃が抜ける。
「ぐっ!」
地面に踏ん張る両足の裏に土が盛り上がり、体が弾かれそうになる。だが、それを堪え、雄一は剛鬼の拳に突き刺さった剣を振り下ろす。拳が裂け、そのまま斬撃が腕を真っ二つに切り裂いた。血が迸る事無く、裂けた腕は微粒子の灰となり宙を舞う。そして、腕を裂かれた剛鬼はその腕を押さえ、声を上げる。
「ぐおおおおおっ!」
低く大地を揺るがすその声に、雄一は地を蹴り跳躍すると、その手に握った剣で胸を突き刺した。声が途切れ、剛鬼の体は灰となった。
跳躍した雄一へと全ての鬼が視線を向ける。空中で逃げ場の無いと踏み、皆が待ち構える。だが、雄一が着地するその瞬間まで、鬼達は動く事が出来なかった。それだけ、雄一が強い殺気を空中から地上へと広げていたのだ。
足元へと土煙を巻き上げる雄一はゆっくりと体を起こす。そして、周囲で硬直する鬼達を見回し、息を吐く。
「邪魔だ。退け」
低くドスの利いた声に、鬼達は肩を跳ね上げ瞳孔を広げる。自然とその足が下がり、緊迫した空気に息を呑む。
その動きに怒りをぶちまけたのは鬼姫だった。
「テメェら! アタシに殺されてぇのか!」
雄一の殺気を払う如く、轟く鬼姫の声に、二体の剛鬼が左右から雄一を挟む様に拳を振り下ろす。
二体の剛鬼の行動に、雄一は呆れた様にため息を吐く。それは、コイツらが一馬を刺した奴でないと、雄一は気付いていたからだ。
呆れる雄一はその場を離れようとした。だが、その瞬間に地面から細い青紫の腕が飛び出し、雄一の両足を掴んだ。突然の事に、一瞬驚いた表情を見せた雄一だが、すぐに対処する。
左拳を大きく振り上げ、そのまま地面へと突き立てたのだ。拳は乾燥した地面を砕き、減り込む。地面が砕けた音なのか、はたまた地中に居る鬼の頭蓋骨が砕けた音なのか、定かでは無いが、不気味な音がわずかに轟き、雄一の拳が地面から抜かれた。
皮膚が裂け血を滴らせる雄一は、軽くその手を振り、足を掴む力が緩んだのを確認し、その場を飛び退く。遅れて、剛鬼二体の拳が地面を砕き、衝撃が広がる。
「何やってんだ! ボケっ!」
不甲斐ない鬼達の攻防に、鬼姫が声を荒げる。すると、バックステップで距離を取った雄一が、鋭い眼差しを向け、言い放つ。
「テメェーが来いよ。雑魚には興味ねぇ。お前が大将だろ?」
挑発的な雄一の言葉に、鬼姫の表情が歪む。
「ふっ……ふふっ……か、覚悟、出来てんでしょうね! アタシを怒らせて、生きて帰れると思うなよ!」
鬼姫が長い刀の切っ先で地面を切り裂きながら雄一へと直進する。土煙を巻き上げる鬼姫の姿に、雄一は表情を引き締めると重心を落とした。鬼姫が他の鬼とは明らかに違う事を理解しての行動だった。
「うらあああああっ!」
高らかに声を上げる鬼姫が、地面を引き摺る刀を持ち上げる。微量の土が舞い降り注ぐ中、雄一は紅蓮の剣を下段に構え、左足を踏み出す。その踏み出した力で地面が砕け亀裂が走る。そして、朱色の刃は発光し、発火。青白い高熱の炎が、闇を照らす。
その炎に、一瞬だが鬼姫の動きが鈍る。感じたのだ。自分が斬られるそのイメージを、頭の中に。その殺気に鬼姫はその場を飛び退く。遅れて、振り抜かれた紅蓮の剣は、地を割きその割れ目から炎を吹き上がらせる。
熱風が飛び退いた鬼姫の真紅の髪を揺らした。前髪の付け根から生える複数の小さな角が見え隠れし、幼く可愛らしい顔の眉間にシワが寄る。足元に土煙が舞い、乾燥しひび割れた地面は僅かに抉れていた。
険しい表情の鬼姫の額から一筋の汗が流れる。頬を伝い、顎先からポツリと落ちた汗が、柄を握る手の甲で弾けた。
(な、何……こ、コイツ……。本当に人間?)
剣を振り抜いた雄一を見据える鬼姫は息を呑む。と、同時に鬼である自分が人間に恐怖を感じていると、言う事に驚き怒りを覚える。
「ふざけんじゃないわよ!」
怒声を上げた鬼姫が雄一へと突っ込む。だが、雄一は冷めた眼差しを向けると、その手に握った剣の切っ先を鬼姫へと向けた。
その行動に、鬼姫の動きは止まり、奥歯を噛み締める。
「諦めろ。テメェーの力量は分かった。あの程度で退くなら、俺の相手じゃねぇ」
「くっ! ふざけるな!」
動きを止めていた鬼姫が駆け出し、その手に握った剣を振り上げ、叩きつける様に振り下ろす。だが、刃は右へと弾かれ、そのまま地面を砕いた。土煙が舞い、衝撃が広がる。
表情一つ変えない雄一はその剣の切っ先を鬼姫の喉元へと向けていた。
「いいか、俺は基本的に、女に手はあげねぇ」
俯き加減にそう言った雄一が、静かにその視線を上げ鬼姫を睨む。
「だが、例外もある。それは、俺の仲間を、親友を、大事な奴を傷つけられた場合だ。
テメェは一馬を傷つけた。俺が退けと言ってる間に、目の前から消えろ!」
雄一の警告に、鬼姫は鼻筋へとシワを寄せる。そして、額に青筋を浮かべると、その長い真紅の髪を逆立てる。
「舐めるな! 人間!」
鬼姫の目の色が変る。眼球が黒く染まり、赤い瞳が不気味な輝きを放つ。その瞬間に辺りを包む殺気に、雄一は瞬時に反応を示す。紅蓮の剣を引き、腰の位置に構える。朱色の刃を包む青白い炎が火力を上げた。
「烈火一閃!」
頭の中へと突然閃いたその言葉を口にし、雄一は踏み込んだ左足へと体重を乗せ、紅蓮の剣を振り抜く。
「鬼姫ぇ!」
野太い声が聞こえ、巨大な左手が鬼姫と雄一の間に入る。その衝撃で雄一はバランスを崩すが、構わず剣を振り抜いた。青白い閃光が迸り、目の前を塞ぐその手を裂く。
「ぐおっ!」
野太い悲鳴が僅かに響き、その腕が肩口まで真っ直ぐに裂けた。血は出ず、傷口には僅かに青白い炎が走り、そこから微量の粒子が溢れ出す。
「ぐああっ! ぐぅぅぅっ!」
裂けた腕を押さえ、野太い呻き声をあげる巨大な鬼に、鬼姫は「くっ」と息を漏らす。そして、決断する。
「撤収だ! 退け!」
左腕を振り上げ、鬼姫が叫ぶ。その言葉に、硬直していた鬼達は我に返り一気に撤退する。轟音を響かせる剛鬼、素早い動きで退く閃鬼。
その中で、鬼姫だけが悔しそうに雄一を見据え、唇を噛み締め渋々撤退する。苦しみ呻き声を漏らす巨大な鬼の肩に乗って。