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第2回 魔力を帯びた霧だった!!

 鼻腔を擽るカビの臭いに、一馬は眉を顰め、静かに目を覚ます。

 鼻をひくつかせ、やがてゆっくりと体を起こす一馬は、まだ思考の働かない頭で周囲を見回す。

 辺りは霧がかっており、一馬は右手で目をこする。

 視野がぼやけているわけではないと理解し、深く息を吐き右手で頭を押さえた。

 体がだるく、僅かに頭痛がする。何度も転移を繰り返してきたが、ここまで体調が悪いのは初めてだった。

 前回、砂浜で倒れた時は脱水症状があったが、今回はそんな事はないのに、とても体が重く立ち上がろうとしても膝に力が入らない。


「相当……乱暴に転移されたのか……」


 ボソリと呟く一馬は、両手を膝に置き奥歯を噛みゆっくりと立ち上がる。

 だが、立ち眩みが起き、一馬はその場に座り込んだ。


「ッ……」


 右手で頭を抱え、瞼を閉じ、眉間にシワを寄せる。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そして、静かに瞼を開き、もう一度ゆっくりと立ち上がる。

 再び視界がくらみ、よろける。だが、今度はすぐ傍の岩に体を預け、何とか座り込むのだけは免れた。


「あぁ……最悪だ……」


 岩に背中を預け、霧がかった空を見上げる。

 視点が揺らぎ、地面が揺れているような感覚に、一馬は吐き気を催す。

 一旦、瞼を閉じ気分を落ち着ける。吐き気は我慢出来るが、頭がフワフワし、足元も揺らいでいると、どうにも動く事がままならない。

 その為、暫くそのまま待機する。

 ここが何処なのか、やるべき事は何か。それをただ考える。


「流れ的に……水の都……だろうな……」


 ボソリと一馬は呟き、深く息を吐いた。

 土の山、火の国、風の谷、と来たのだ。十中八九、ここは水の都で間違いない。

 だが、水の都の何処だろう。一馬が知っているのは、あの町――水の都のほんの一部。あの場所から離れた地域も、あの世界の歴史も知らない。

 故に、ここがどんな場所なのか、想像もつかない。


「……考えるだけ……無駄かな……」


 一馬がまたボソリと呟くと、


(大丈夫か? マスター)


 白虎の澄んだ声が頭の中に響く。


「ごめん……今、ちょっと……体調悪いから……スマホの方にお願い……」


 一馬はそう言い、ポケットからスマホを取り出す。その際、雄一から預かったスマホが落ち、ガンッと音が響いた。

 その音に一馬は右手で頭を抱えたまま、ゆっくりとその場に座り込んだ。


「雄一の……」

『大丈夫か? マスターよ』


 白虎の声に小さく頷く一馬は、落ちた雄一のスマホを手に取る。


「一応……大丈夫」


 そう答えながら、一馬は雄一のスマホを確認する。落ちた音が音だけに、画面が割れていないか、傷ついていないか、と考えていたが、意外に無傷だった。

 だが、そのスマホを見ていると、雄一の事を思い出し、一馬の表情は曇る。


『大丈夫ならよいのだが……最近、無理をし過ぎではないか?』


 心配そうな白虎の声に、一馬は我に返り、雄一のスマホをポケットに戻した。


「無理なんて――」


と、立ち上がろうと腰を上げた一馬は、再び強い眩暈に襲われその場に座り込み、立てた膝に顔を埋めた。


『言っている傍から……。主よ、もう少し自分の体の事を考えた方がいい』


 玄武の野太い声がスマホ越しなのに、何故だか頭に響く。


『とにかく、今は休むべきだ。この先、何があるか分からないんだ。少しでも精神力を回復すべきだ』


 白虎が凛とした声でそう言い、玄武も、


『白虎の言う通り、休むべきだ』


と、進言する。

 もちろん、二人の言っている事は正しいし、そうするべきだと一馬も分かっている。

 だから、


「ありがとう」


と、呟き深々と息を吐いた。

 ボンヤリと地面を見つめ、一馬は働かない頭で考える。

 ここで、すべき事は何か。

 この先に何が待っているのか。

 そして、あの男の目的は何なのか。

 考えても答えは出ない。それを導き出せるだけの情報もなく、それを考えている程、体調は良くない。

 もう一度深々と息を吐き、一馬は瞼を閉じる。


『大分消耗しているな』


 白虎の声が聞こえる。


『当然だろう。ここ数日で、何度も召喚を繰り返しているんだからな』


 玄武が答え、小さく息を吐く。少し呆れている様子だった。


『そうだな。しかし……燃費の悪いマスターだな』

『仕方あるまい。主は召喚士として修業をしていたわけじゃないんだ』


 白虎の言葉に、玄武が答える。

 二人の受け答えに、一馬は眉間にシワを寄せた。


「全部聞こえてるから」

『聞こえるように言ってるんだ。少しは反省しろ』


 白虎の厳しい言葉に、「反省って……」と一馬はボヤキ、鼻から息を吐く。


『まぁまぁ。落ち着け。白虎よ』

『分かっている。分かっているが、言わせてくれ!』

「また今度にしてもらえると助かるんですが……」

『いいや! 今だ! こう言う時じゃなきゃ、聞く耳を持たないだろう』


 白虎はそう言うと、くどくどと説教を始めた。

 精神力が――、燃費が――、もっと考えて――と、色々と白虎は言いたい事を言ったが、途中で意識を失うように眠りに就いた一馬は何一つ聞いていなかった。



 数時間後――……


「…………だるい」


 目を覚ました一馬は、右手で頭を押さえたまま座り込んでいた。

 倦怠感がいまだに抜けず、体が非常にだるかった。

 目を細め、眉間にシワを寄せる一馬に、スマホの画面が光り、白虎の声が響く。


『当たり前だ。こんな所で寝たら体調も悪くなる』

「いや……休めって言ったのは白虎――」

『休め、と言ったが、誰が寝ろと言った』

「…………そうですね」


 目を細め、一馬は項垂れる。

 確かに休め、と言われただけで、寝ろとは言われていない。その為、ここで眠ってしまった一馬が悪いのだが、起こしてくれなかった白虎達にも非はあるんじゃないか、と思ったが、言葉を呑み込んだ。

 しかし、


『確かに、私達にも非はあるだろう。だが、人が話している最中に寝たマスターの方にも問題はあるんじゃないか?』


と、白虎に言われ、思った事が筒抜けなのだと、一馬は理解し、一層項垂れた。

 数秒の沈黙の後、一馬は深いため息を吐き立ち上がる。体調は最悪だが、立ち眩みは幾分ましになっていた。

 その為、一馬は背筋を伸ばし、空を見上げ深々と息を吐き、ゆっくりと歩き出した。

 霧で視界が悪い為、壁に手を着きゆっくりと慎重に足を進める一馬の胸ポケットでスマホのモニターが光る。


『まだ、体調は悪そうだな』

「最悪だよ……」


 心配する玄武に、そう答えた一馬は苦笑いを浮かべる。

 体調が悪いのは変わらないが、これ以上休んでいるわけにもいかない。

 ここで何をすべきか、何があるのかを調べなければいけなかった。

 そんな一馬の気持ちを理解し、玄武は言葉を続ける。


『一応、この辺りの地形はある程度調べてある』

「そっか……」

『おそらく――と、言うより、間違いなく水の都だろうな』

「やっぱり、水の都なのか……」

『ああ。この濃い霧は、魔力を帯びた結界のようなものだ。誰がそんな事をしているのかは分からないが』


 玄武がそう言い、小さく息を吐く。一馬が寝ている間に、玄武はこの大地の音を聞き、白虎はこの辺りの風の流れを読み、色々と情報を集めてくれていたのだ。

 ちゃんと召喚されたわけではなく、一馬の体を経由しての調査の為、この程度の事しか分からなかったが、それでも、この霧が魔力濃度の高い結界であると言う事が分かったのは収穫だった。

 壁に左手を着き歩みを進める一馬は、


(魔力を帯びた結界かぁ……)


と、考える。誰が何の目的で、と思考を働かせていると、


『目的は分からんが、何か重要な地である事は確かだろうな』


と、白虎の声がスマホ越しに聞こえた。

 その声に、慣れた様子で「そっか」と返答する一馬は、眉間にややシワを寄せる。

 そして、ゆっくりと足を止め、腕を組む。思考を張り巡らせていた。


『どうした?』


 白虎の問いに、


「いや……この霧が魔力を帯びた結界なら……それって、この地にいる何か、が作り出しているって事……だよね?」


と、口元へと右手を当て、ボソリと呟く。

 その言葉に訝しげる白虎は、


『そう……だろうな』


と、答えた。


『範囲がどのくらいなのかは、分からないが、これだけ濃い魔力濃度なら、この地に住まう聖霊、もしくは魔獣が起こしている現象だと考える方がいいかもしれんな』


 玄武がそう口を挟み、一馬も小さく頷く。


「だよね。なら、少なくとも、俺らの敵――って可能性は少なくないかな?」

『……どうだろうな。聖霊にしろ、魔獣にしろ、自分の領域を冒す者を敵と見なす者も少なくないからな』

『確かに。ワイバーンがそうだったな』


 白虎の物静かな声に、玄武も落ち着きある声で答える。

 二人の言葉に、「そっか」と短く返す一馬は右手でコメカミ辺りを押さえ、渋い表情を浮かべた。

 二人の言う通り、ワイバーンは領域を冒されたと、攻撃を仕掛けてきた。その為、最終的には三つ巴の戦いになった。それを考えると、今回もそうなる可能性はある。

 ただ、一馬的にはそうなる事は避けたい。間違いなく彼ら(鬼達)もこの地に来ている。誰が来ているか、分からないが、それでも、今の一馬の戦力では到底太刀打ち出来ないだろう。

 朱雀、青龍が使えない。ここが水の都である事を考えると、フェリアと玄武の化身の適合者であるリューナも呼ぶ事が出来ない。

 故に、呼べるのは紅とキャル、白虎の化身の適合者、周鈴の三人。

 いや、正確には、夕菜も入れて四人だが、流石に今、夕菜と顔を合わせ辛い為、一馬にその選択肢はなかった。

 暫く考えた末、一馬は右手で頭を掻いた。乱暴に激しく。

 もどかしかった。自分で戦う事が出来れば、こんなにも悩む事もない。誰も危険に合わせる事もない。

 それゆえ、一馬は悔しげに下唇を噛み、小さく声を漏らした。

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