第1回 冥府の門へだった!!
暗く淀んだ空気が漂う一室。
長方形の長いテーブルには距離を空け四つの椅子が左右対称に並ぶ。
カツ―ー……カツーー……
靴の踵が床を叩く静かな音が廊下から響き、固く閉ざされた扉の隙間から光が部屋へと差し込む。
ドアノブがゆっくりと回され、扉は蝶番を軋ませ開かれた。
ランプの明かりが揺らめき、暗い部屋を僅かに明るく照らす。
ランプを持った男は再び、踵を鳴らしゆっくりと部屋へと入る。歩く度、足元の埃が僅かに舞う。
それに続くように、頭の後ろで手を組みトコトコと部屋へと入る小柄な少女。
更に、気品漂う優雅な足取りの細身の男、ふてぶてしい態度の褐色で白髪の男と続き、最後に猫背で長い黒髪の男が部屋へと入った。
扉は再び蝶番を軋ませ、閉じられる。
ランプを持った男はテーブルの一番奥に佇み、右側の奥の椅子に小柄な少女、入り口側の椅子に褐色の肌の男が腰を据える。
そして、左側奥の椅子に細身の男が腰を据え、猫背の男は入り口側の椅子の背もたれに手を着き佇んでいた。
ランプをテーブルに置いた男は、深々と被ったフードをゆっくりと取り、黒髪を揺らし穏やかな表情で笑う。
「ついに……この時が来た……」
何処か弾んだ声に、小柄な少女は嬉しそうに「えへへ」と笑い、両足をパタパタと動かす。小さな体を左右に揺らし、真紅の長い髪をたなびかせる。
落ち着きのない子供のような少女に、銀色の髪を揺らす気品漂う細身の男が、小さく息を吐き注意する。
「大事な話中ですよ。少し落ち着いたらどうです?」
青白く肌の鼻筋の通った美しい顔立ち。そんな細身の男の言葉に、少女はソッポを向き頬を膨らせる。
「ちょ、聞いてるんですか?」
目を細め、不愉快そうにそう尋ねる細身の男に、「聞こえなぁーい、聞こえなーい」と、少女は両手で耳を押さえた。
そんな少女に呆れたような眼差しを向け、細身の男は深々と息を吐いた。
「ジル。僕は気にしてないから大丈夫だよ。鬼姫も、自由にしてていいから」
穏やかな表情で、黒髪を揺らす男はニコリと笑う。
その笑みに鬼姫と呼ばれた少女は、「えへへー」と笑い、また体を揺らす。
一方、ジルと呼ばれた細身の男は右手で頭を抱え、首を振った。
「主は、鬼姫に甘すぎです」
小声で呟くジルに、黒髪の男は苦笑する。
「まぁ、話が少し脱線したけど……」
黒髪の男はそう言い、ローブの袖口から手のひらサイズのビンを取り出す。
発光する赤い液体がなみなみに入ったビン。それを、テーブルへと置き、続けてに二つの眼球が入ったビンをテーブルへ。
最後に自らのスマホをテーブルに置き、黒髪の男は両手をテーブルに着いた。
「計画はいよいよ、最終段階へ移る」
静かな口調でそう告げると、褐色の肌の男は右手の人差し指でコメカミを叩き、
「で、次は何処に行くんだ?」
と、赤い瞳を黒髪の男へと向ける。
黒髪の男は、小さく鼻から息を吐き出し、
「――冥府の門」
と、不敵に呟く。
眉を顰める猫背の男は、長い髪を揺らすように右手で頭を掻き、目を細める。
「冥府の門……ねぇ……」
「どうしたんだい? ジャック。今回は気が乗らないのかい?」
黒髪の男が困ったように眉を曲げる。
すると、ジャックと呼ばれた猫背の男は、目を細めたまま深々と息を吐く。
「……別に」
「あの男が死んだから、コイツはやる気が出ねぇだけだ」
褐色の肌の男は、腕を組み椅子を僅かに後ろへ倒し、体を前後に揺すった。
彼の言葉に、納得したように黒髪の男は小さく頷き、
「そうか。キミは、彼との闘いを楽しみにしていたからね……」
と、残念そうに口にする。
しかし、ジャックは不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、瞼を閉じた。
「関係ない。不良品のアイツに興味はない」
重く刺々しい口振りに、ジルは呆れたように肩を竦め、鬼姫は「すねてるー」とケラケラと笑った。
ムッとした表情を浮かべるジャックは、不愉快そうに腕を組むと、背もたれに背を預ける。
「もういい。とっとと話を進めろ」
不貞腐れたようにそう告げるジャックに、黒髪の男は苦笑し話を再開する。
「そうだね。話を戻そうか」
「そもそも、何故、冥府の門へ?」
ジルがすぐにそう質問すると、黒髪の男は腕を組み、やがて右手を口元へと当てる。
眉間にシワを寄せ、数秒間が空く。それから、黒髪の男は何度か頷き口を開く。
「そこに、僕の目的があるからだ」
黒髪の男のセリフにジルは聊か不満そうに眉を顰める。彼の質問の答えになっていなかったからだ。
不満、不服ではあったが、反論はしない。それだけ、彼の事をジルは信頼している。
彼のなすべき事が、自分達のなすべき事だと、この場にいる誰もが思っていた。
だから、それ以上の追求はなく、話は続く。
「もちろん、今回は全員参加だ」
「やった! えへへー、あたし頑張るー」
鬼姫が嬉しそうに両拳を突き上げていた。
それを横目にジルは小さく息を吐き、右手で頭を抱える。
「全員参加する程なのか?」
褐色肌の男が尋ねると、黒髪の男は彼の顔を真っ直ぐに見据え、暫しの沈黙。
それから、苦笑すると、
「そう言えば、君の名前、決めていなかったね」
と、頭を掻いた。
腕を組む褐色の男は、白髪を揺らしやがて右手を軽く振る。
「今更、名前なんてどうでもいい」
「それじゃあ、なんて呼べばいいのかな?」
黒髪の男が優しく尋ねると、褐色の男はムスッと眉間にシワを寄せ、
「何でも好きなように呼べばいいだろ」
「おい、とか、お前、とかでいい?」
褐色の男に対し、鬼姫がそう言い、愛らしく笑う。
楽しげな鬼姫を横目で見るジルは困ったように微笑し、褐色の男へと顔を向ける。
「流石に、それは困るんじゃないですか?」
「そうだね。おい、とか、お前じゃ……」
「なぁ、それ、今、話し合う事なのか?」
困ったように腕を組む黒髪の男に、面倒くさそうに目を細めるジャックがそう尋ねる。
ジャックの言う通り、今現在話すべきは、これから行く冥府の門の事だ。だが、黒髪の男はそんな事は関係ないと言うようにジャックを見据え、
「まぁ、今後的には、重大な事なんじゃないかな? 名前が無いって――」
「あーぁ! もういい! 鬼人でいい! とっとと話を進めろ!」
黒髪の男の言葉を遮るように、頭を掻きむしりながら褐色の男がそう怒鳴った。
その声が響き、鬼姫は不愉快そうに両手で耳を塞ぎ、ジルはようやく話しが本筋に戻ると安堵した笑みを浮かべる。
鬼人は眉間にシワを寄せ、右手で頭を抱え、鬼姫は両足をパタパタとまた動かした。
「で、何の話だったかな?」
黒髪の男がそう切り出すと、
「全員参加する程の事なのか、って話じゃなかったぁ?」
と、鬼姫が右手の人差し指の先を頬に当てながら小首を傾げる。
そんな鬼姫に「よく覚えていたね」と黒髪の男は穏やかに笑み、ジルは呆れたように眉をひそめた。
テーブルの上に置かれた二つのビン。赤い液体の入ったビンと液体につけられた二つの眼球の入ったビン。
その二つのビンの上に手を置き、黒髪の男は深く息を吐く。
空気が重々しく変わり、黒髪の男の表情も真剣なものへと変わる。
「翼竜の血とメデューサの眼」
四人の視線が二つのビンへと向く。
「そして、セイレーンの歌」
黒髪の男は右手でスマホを持ち上げる。
褐色白髪の男、鬼人は、目を細め首をひねった。
「本当に効果があるのか?」
鬼人の言葉に、ジルも聊か不安そうに眉を曲げる。
「幾ら、彼女の歌に特別な力があるとは言え、直接の歌じゃなくて、大丈夫なんですか?」
ジルが軽く手を動かしながら不安を口にすると、黒髪の男は右手を口元へと当て、「うーん……」と唸る。
そして、左手の人差し指でスマホの画面をタンタンと叩く。
「ッ!」
四人は驚く。スマホから流れ出る歌声に。
全身がしびれるような感覚。そして、視界に電撃が走ったように、バチバチと閃光が走った。
黒髪の男が再びにスマホの画面を叩くと、歌声は消える。
ほんの数秒の出来事だったが、四人は酷く疲弊し、項垂れていた。
全身の力が奪われる。そんな感覚だった。
四人の荒い息遣いだけが部屋に聞こえ、黒髪の男は穏やかに微笑する。
「どうだった? 実際に体験した感想は?」
「こ、殺す……気か……」
奥歯を噛み、眉間と鼻筋に深いシワを寄せるジャックがキッと黒髪の男を睨んだ。
セイレーンの歌声。それは、死者の魂より生まれた四人にとって、最も有害な代物だった。
ただでさえ、彼女の歌声は強力だ。それに加え、魂を浄化する力も持っているのだ。死者の魂から生まれた四人にとっては、さぞかし強烈な旋律だっただろう。
それを知っていて、あえて聞かせた黒髪の男は、ふふっと、静かに笑い、「ごめんごめん」と軽く謝った。
テーブルに突っ伏す鬼姫は微動だにせず、頭を抱えるジルは苦悶の表情を浮かべたまま思考停止。鬼人は背もたれに体を預け、天を仰いだまま脱力していた。
「まぁ、これで、威力は分かってもらえたかな」
「今は……動きたくない……」
突っ伏す鬼姫のくぐもった声が静かに聞こえ、
「私も……体が、だるい……」
と、ジルも鬼姫に賛同する。
「あらら……全員ダウンか……」
この状況を作り出した黒髪の男が、困ったようにそう呟き、右手で頭を掻いた。