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第8回 鬼姫と守護聖霊朱雀だった!!

 重々しい空気の中で、自分の背丈の二倍はある刀を持った鬼の少女が、紅に一歩歩み出る。

 足元に僅かに土埃を舞い上げ、少女はヒラリとミニスカートをはためかす。

 奇怪な服装のその少女の行動に、紅は警戒心を強めた。動揺し揺らいでいた瞳は落ち着きを取り戻し、震えていた膝も震えを止めた。恐怖はあった。だが、それ以上に目の前に囚われた守人達の姿に怒りが湧き上がる。

 自分の事をよく思っていないはずの守人達だが、紅にとっては彼らも守るべき存在。その為、強い眼差しを少女へと向け、声を上げる。


「み、皆さんを放してください!」


 右手を振るい紅が怒鳴ると、少女はキョトンとした表情を浮かべ、やがて肩を揺らし笑う。


「ぷっ……ぷふふふっ!」

「な、何がおかしいんですか!」


 突然、笑い出した少女へと紅が怒鳴る。いつに無く、紅は感情的だった。焦りと戸惑いから自然とそうなったのだ。

 声を上げる紅に対し、少女は左手の人差し指を唇へと当て、困った表情を浮かべる。


「だってぇー。この人達がいきなり斬りかかって来たんだよぉ? アタシ悪くないもん」


 子供の様にそう告げる少女が肩を竦め、周囲の鬼を見回す。まるで鬼達に同意を求める様に。

 その行動に紅は表情を歪め、僅かに足を引く。おおよそ、少女の言っている事は正しいだろう。守人達も守るのに必死なのだ。

 そして、返り討ちにあった。だが、何故この鬼達は守人を殺さず捕らえているのか、紅には分からなかった。

 何も言わず真っ直ぐに自分を見据える紅に対し、少女はムスッと頬を膨らす。


「本当だもん! アタシ、悪くないもん! せーとーぼーえー何だから!」


 顔を赤くし声を荒げる少女へと、紅は首を傾げた。彼女が言っている言葉がイマイチ理解出来なかった。そんな紅の表情に、少女は唇を尖らせると腰に左手を当てる。そして、なにやら自信満々のドヤ顔で紅へと告げる。


「なぁーに? 知らないのぉ? せーとーぼーえーよ。せーとーぼーえー!」

「鬼姫ぇ……正当防衛だよ。ちゃんと発音しなきゃダメだよぉ」


 野太い声が、閃鬼、剛鬼の背後から響いた。剛鬼の体格を軽く超える大きな影が揺れる。その鬼の姿を見上げる紅は、息を呑む。改めてその影を見上げ思う。大きすぎると。

 大型の剛鬼ですらその鬼の胸の位置程の大きさしかなかった。しかも、その額から生えた角は鬼姫と呼ばれた少女と違い太く長い角だった。角の数は三本と少ないが、それでもあれほど太く長い角を見るのは初めてだった。

 黒鬼はおおよそ五センチ程で一本。閃鬼は平均して八から十センチ程で二本から四本が基本で、剛鬼は十から一五センチ程の角が一本から三本が平均だった。

 だが、その十メートルは超える大きな鬼の角は明らかに一メートル以上ある大きなモノだった。


「うるさいうるさい! 黙れ黙れ! 木偶のぼーっ!」


 激しく地団駄を踏み、左腕を上下に振り回す鬼姫は、子供の様にわめいていた。何処か舌足らずな所がある鬼姫に対し、木偶の坊と呼ばれた巨大な鬼が困った様に左手で頭を掻く。


「でぐの坊じゃないんだなぁ。オイラはぁー」

「うるさいうるさい! ほんとー役に立たないんだから!」


 ブンブンと左腕を振り回す鬼姫に、巨大な鬼は呆れた様に大きなため息を吐き、野太い声で答える。


「オイラは――」

「うるさいうるさい! もう、ほんとーうるさい! 私はカズキに褒められたいのっ!」


 怒鳴った鬼姫が顔を真っ赤にし、頬を膨らせる。その目を潤ませて。その表情に、巨大な鬼は諦めた様に息を吐く。


「分かったんだなぁ。オイラはでぐの坊なんだなぁ……」


 肩を落としそう漏らすと、鬼姫はパッと表情を明るくする。

 奇妙な二人の掛け合いに、紅はただ呆然としていた。緊張感の欠片も無い二人に、紅は思う。あの二人にとってこの空気は当たり前の事なのだと。

 恐ろしい程に重く張り詰めた空気に、紅の口の中は乾ききっていた。唾液が出ない程緊張し、喉が渇いた。

 そんな時だった。囚われた守人が声を上げたのは。


「今すぐ、召喚しろ! あの化け――ぐあっ!」


 守人の男は血を吐く。その背中には鬼姫のその手に握られた長い刀が突き刺さっていた。


「誰が勝手に発言していーって言ったのかな?」


 鬼姫は突き刺した刀でグリグリと傷口を抉る。血飛沫が派手に散り、守人の男の呻き声だけが響く。やがて、その声が聞こえなくなり、男は力尽きた。

 それを確認し、鬼姫は背に刺さった刀を抜き、血を払う。真紅の長い髪が優雅に揺れ、鬼姫はその目を紅へと戻した。

 赤い瞳を向けられ身構える紅は、召喚札を右手に握り力を込める。いつでも炎帝を呼び出せる様にと。

 無垢な子供の様に笑みを浮かべる鬼姫は、その手に握った刀の切っ先を紅へと向ける。


「ねぇー。アタシ、あの大きなワンちゃん斬りたいの。出してくれない?」


 小さく首を傾げて見せる鬼姫に、紅は息を呑んだ。それ程、彼女の見せる笑顔に殺気を感じた。

 臆する紅に対し、笑みを浮かべたまま鬼姫は一歩踏み出す。


「ねぇー。アタシの声、聞こえたよねぇ? 早くー早くしてよぉー!」


 興奮気味に鼻息を荒げる鬼姫が、その瞳を煌かせ紅を見据えていた。

 だが、紅は炎帝を召喚する事を躊躇っていた。その理由は鬼姫の態度だ。そもそも、聖霊である炎帝は鬼にとって最も相性の悪い出来れば出会いたくない相手。それなのに、何故彼女はそんなにも炎帝と戦いたがっているのか分からなかった。

 その理由が分からず長考する紅は、息を呑み更にその拳に力を込める。額に滲む汗が零れ、顎先からポツリと落ちた。

 数秒、数十秒程の沈黙が紅はとても長く感じた。色々な事をその僅かな時間に考える。鬼姫と呼ばれる人の言葉を話し、人と同じ言葉を喋る鬼の事。炎帝と戦いたがっていると言う事。そして、今まで見た事の無い角の数を持つ彼女と、大きな角を持つ巨大な鬼の戦闘力はどれ程なのか。

 しかし、答えは出ない。戦闘力に対しては未知の領域で、そもそも、角の数が増えてどれ程強くなるのかと、言うのは紅には測定できない。故に紅は右足をわずかに退いた。

 その行動に鬼姫は不満そうな表情を浮かべる。ほんの僅かな動きだったにも関わらず、鬼姫は気付いたのだ。紅が退いた事に。


「ねぇ……。もしかして、逃げようとか考えてる?」


 鬼姫の言葉に、紅の肩が僅かに跳ねた。逃げようとしていたわけではないが、自分が足を退いた事に気付かれたと驚きを隠せなかった。

 今まで穏やかな笑みを浮かべていた鬼姫の目は、ジトッとした疑いの眼差しへと変る。そして、紅へと向けられていた刀の切っ先が、囚われ地面に押さえつけられる守人へと向けられた。薄気味悪く刃が煌き、払いきれなかった血がその切っ先から滴れ落ちる。一滴の赤い雫が地面で弾けた。

 同時に、振り上げられる刃は暗雲へと切っ先を向け、一気に振り下ろされる。


「え、炎帝様!」


 紅がその手に握っていた召喚札を空へと投げた。それと同時に、鬼姫の振り下ろした刀がピタッと動きを止める。刃は守人の首の皮を僅かに切った程度で止まっていた。血が滲み刃を僅かに伝う。

 放り投げられた召喚札は炎に包まれ弾け、六つの火の玉を生む。そして、地面へと紅蓮の円が描かれると、空間が裂けそこから炎帝の右前足が鬼姫に向かって振り下ろされた。

 轟音が衝撃と共に広がり土煙が激しく舞う。地面は砕け、一メートルほど陥没する。


「いいねぇー。いきなり攻撃してくるなんて、面白いよ」


 鋭い爪を刀で受け止めた鬼姫が呟き、ニヤリと笑みを浮かべた。両足が僅かに地面へと減り込み、膝は折れる。だが、鬼姫には何処か余裕があり、ゆっくりと膝が持ち上がった。

 重々しい炎帝の右腕が持ち上がり、鬼姫の顔が空間の裂け目から覗く炎帝の眼を見据える。そして、力強くその腕を弾き返す。腕は弾かれ、紅の横へと炎帝は手を着き、爪を地面へと突き立てた。

 やがて、炎帝はその大きな体を揺らし空間の裂け目から姿を見せると、六つの火の玉が首とタテガミの様にくっついた。

 炎の如く紅蓮の毛を逆立て、二本の尾を揺らす。鼻筋へとシワを寄せ、威嚇する様に喉を鳴らす炎帝に、紅は違和感を感じる。

 いつもはもっと落ち着いていて、何事にも動じない炎帝がどうして、と。紅は思う。もちろん、その理由はすぐに理解する。

 炎帝も感じ取ったのだ。この目の前に佇む小さな少女、鬼姫の異様さに。

 炎帝の登場により、空気はより一層重苦しく変る。熱気だけが足元から漂い、緊迫感は増す。互いに互いを睨む炎帝と鬼姫だが、その眼は対照的だった。

 警戒、焦りを宿す炎帝の眼に対し、鬼姫の目は喜びと期待に満ち溢れていた。やはり、何処か子供の様な純粋さをその目に宿していた。


「ふふっ……。大きなワンちゃん……」


 静かに舌なめずりをした鬼姫の眼が変化する。血に飢えた獣の様な鋭い眼差しへと。

 その瞬間、炎帝は地を蹴り跳躍する。それは、本能的に行った衝動。そして、自己防衛本能による反射だった。

 衝撃と土煙だけを残し、距離を取った炎帝へと、鬼姫は体を向ける。


「凄い凄い! 跳んだよ! あのワンちゃん!」

「鬼姫ぇー。遊んで無いで早く――」

「うるさいうるさい! アタシは、もっと楽しみたいの! あんたは黙ってて!」


 鬼姫は地団太を踏み、右手に持った刀の切っ先を巨大な鬼へと向け上下へと振る。全く持って緊張感の欠片も無いその態度に、炎帝は大きく裂けた口から熱気の篭った吐息だけを漏らす。

 すでに理解していた。この鬼姫と言う鬼にとって、聖霊である自分など恐怖でも何でも無いのだと。それ程、力に自信があると言う表れだった。

 もちろん、炎帝もその力の差を感じていた。自分よりも強い鬼がいつかは現れるだろうと思っていたが、よもやこれ程早く現れるとは思っていなかった。

 そして、負けると分かっていても、炎帝は強い眼差しを変えず、雄々しく吼える。


“ぐおおおおおっ”


 と。

 タテガミとなった炎の玉が激しく火の粉を舞い上げる。月明かりも差さぬ暗い闇に映える炎帝の美しい肢体が、輝きを放つ。

 散る火の粉は暗い周囲を照らし、鬼達の全貌を暴く。閃鬼二十から三十、剛鬼十から二十、そして、後方に佇む一際大きな鬼一体。数は昼間侵攻してきた黒鬼に比べれば少ないが、その戦力は明らかに昼間の黒鬼の数十倍程あった。

 これ程まで閃鬼、剛鬼が揃った所を、紅は初めて目にした。故に不安が胸を締め付けていた。

 本来、閃鬼、剛鬼は多くて五体程しか出てこない。閃鬼に至っては昼間の様に黒鬼に指示を出すだけで、出てくるのは稀だ。そんな閃鬼、剛鬼が十、二十も現れるなんて異様としかいえなかった。

 胸を打つ鼓動が強まる中、いつしか静まり返った鬼姫が、威嚇する炎帝と睨み合っていた。背丈の二倍程ある刀で右肩をポンポンと二度叩き、不適に笑みを浮かべる。

 その笑みに炎帝は全身の毛を逆立て、地を蹴った。それは、自己防衛本能による反射的行動だった。甲高い地面の砕ける音が響き、炎帝の右前足が大きく振り上げられる。指先から飛び出す鋭利な三本の爪が、炎をまとう。

 それと同時に、紅の体から闘気が放出された。召喚士と聖霊は繋がっている。その為、聖霊が強い力を使用する時、そのエネルギーを召喚士から得るのだ。故に、召喚士が優秀で力があればあるほど、聖霊はその強さを発揮する。

 炎帝の鋭い爪が鬼姫へと振り下ろされた。

 自分へと向かって落下する炎に包まれた爪に、鬼姫は白い歯を見せ無垢な笑みを浮かべる。そして、その肩に担いだ刀を縦に振るう。

 激しく鈍い金属音が響き、炎帝の右前足が弾かれる。上から押さえつける様に振り下ろした重量ある一撃を、軽々と弾き返した鬼姫の力に脅威を感じ、炎帝は右前足を地面に着くとその場を飛び退く。

 その瞬間に鬼姫の刀が横一線に振り抜かれた。鋭い太刀風が炎帝の首で燃える炎を揺らし、火の粉を散らせた。

 炎帝は両前足の爪を地面へと突き立て、勢いを止める。地面に刻まれる六つの爪痕が土煙を舞い上がらせた。そして、その目は刀を振り抜いた鬼姫へと向けられる。

 炎帝は驚きを隠せなかった。あれ程大きな刀であれば、かなりの重量があり動きを鈍りそうだが、全くそんな風には見えない。

 息を呑む炎帝に、紅も表情を険しくする。ここまで、聖霊炎帝が苦戦する所を見るのは初めてだった。と、言うよりも、炎帝の一撃を防いだ鬼を見たのが初めてだった。それだけで、鬼姫が強いのだと分かる。


「ねーねー。ワンちゃん」


 振り抜いた刀をもう一度肩に担ぎ、鬼姫は満面の笑みを炎帝へと向ける。


「あの、咆哮っての受けてみたい! ねーねー、ダメかな?」


 無邪気な子供の様にそうせがむ鬼姫に、炎帝は怪訝そうな表情を見せる。咆哮を知っていると言う事は、その威力も知っているはずだと、炎帝は思ったのだ。その威力を知っていて受けてみたいと言っているならば、それは咆哮を受け切る自信があると、言う事なのだろう。その為、炎帝は咆哮を放つ事を躊躇っていた。

 咆哮が炎帝にとって最大の武器だったからだ。

 それを防がれると言う事は、炎帝では鬼姫に勝てないと言う事を示し、同時にこの国の終わりを示す事になるのだ。

 緊張感の漂う中、沈黙する炎帝に対し、鬼姫は不満げな表情を浮かべる。


「ねー。アタシの話聞いてたー? アタシは、アレを受けてみたいの! 早くしてよね!」


 待ちきれないと言わんばかりの鬼姫の態度に、炎帝は奥歯を噛み締める。そんな炎帝へと紅は強い眼差しを向け、小さく頷く。紅のその行動に、炎帝も静かに頭を縦に振る。

 そして、両前足の爪を地面に突き立て、大きく息を吸う。背を仰け反らせ、窄めた口へと大量の空気が入る。肺へと空気が送られ炎帝の胸が膨らむ。

 一方で、紅は両手を組みそれを額にあて祈りを捧げる。念じ、自らの力を炎帝へと注いでいた。

 その影響か、地面に突き立てた炎帝の爪から轟々と炎が燃え上がり、その体が業火へと包まれる。身を包む炎が揺らぎ、窄めた口の中に赤い輝きが収縮された。


「えへへー。それじゃあ、アタシも本気で行くよ!」


 嬉しそうな笑みを浮かべた鬼姫が、その刀を頭上へと構える。両手で確りと柄を握り締め、僅かに背をそらせる。小さな胸を前へと出す鬼姫の赤い瞳がジッと炎帝を見据え、口元は緩んでいた。


「さーさー、いつでもこーい!」


 鬼姫が声をあげるのとほぼ同時だった。

 炎帝の体を包む炎が発光し、放たれる。頭を下げ、肺に入った空気を全て吐き出す様に。


“ガアアアアアアアアッ!”


 轟々しい咆哮と共に、衝撃と業火が螺旋を描き地面を抉る。地面が砕ける音が轟き、地響きが激しい土煙を舞い上げ、鬼姫へと迫る。

 真紅の長い髪が後方へと激しく揺らぐ。迫る業火が、熱風を漂わせ鬼姫の額からは汗が零れ落ちた。と、同時に鬼姫が動く。


「いっけぇぇぇぇぇっ!」


 愛らしい叫び声と共に、頭上へと振りかぶっていた刀が振り下ろされる。鋭い太刀風と共に振り下ろされた刃が、炎帝の放った咆哮へと直撃する。衝撃が周囲へと広がったのほんの一瞬だけで、その刃は軽々と螺旋を描く業火と衝撃の中へと吸い込まれた。

 そして、炎帝の放った咆哮は真っ二つに裂け、そのまま直進する。鬼姫の後ろに佇む鬼達を避ける様に。

 咆哮が鳴り止んだのはその後すぐだった。呆然とする紅と炎帝。抉れた地面に刻まれた一筋の亀裂。それが何を意味しているのかを知るのは、それから数秒後の事――鮮血が炎帝の右肩から噴出してからだった。

 炎帝の体が鮮血を噴き崩れ落ちるのと同時に紅も同じ場所から血を噴出す。何が起こったのかを理解する間も無く、炎帝と同じく、紅も膝を落とした。


「ううっ……」


 呻き声を上げ、紅は左手で右肩を押さえる。

 召喚士と聖霊は繋がっている。故に、炎帝がダメージを負えば、紅も同じようにダメージを負うのだ。

 膝を落とし苦しむ紅の姿に、鬼姫は怪訝そうな表情を浮かべた。


「あれー? アタシ、ワンちゃん攻撃したのに、何でアイツダメージ受けてるの?」


 鬼姫が小さく首を傾げる。すると、巨大な鬼が野太い声で答える。


「召喚士と聖霊は繋がってるんだよぉー。カズキに聞いてるだろ?」

「あーぁ……そだけ?」


 左手の人差し指を頬へと当て、鬼姫が首を傾げた。

 吐血する紅は、体を襲う痛みに表情を歪める。炎帝が傷を負ったのは初めてだった。

 同じようにダメージを負うと言っても、召喚士が受けるダメージは聖霊の十分の一程。故に、紅は分かる。自分がこれ程まで深い傷を負ったと言う事が、炎帝の受けたダメージは深刻なモノなのだと言う事に。


『ぐっ……がはっ!』


 大きく裂けた口から血を吐き、炎帝は眉間へとシワを寄せた。そんな炎帝へと鬼姫は残念そうな表情を浮かべ、大きくため息を吐いた。


「はぁ……なんだか、期待外れー。聖霊ってこんなもんなのかな? それじゃあ、朱雀ってのもたかが知れちゃうね」


 鬼姫がそう呟き肩を竦める。そして、静かにその手に握った刀を持ち上げると、切っ先を炎帝の方へと向け不適に笑う。


「じゃあ、もう、終わらせていいよね?」


 薄気味悪く刃が煌く。

 その時だった。朱雀の門で爆発が起き、社から何かが空へと飛び出したのは。美しい紅蓮の粉を降り注ぎながら。

 激しい爆発に、紅も、炎帝もその場所へと顔を向ける。もちろん、鬼姫を含めた鬼達の視線も、そこへと集まった。


「何? 今の爆発?」

「分からないんだなぁ」


 鬼姫の声に、野太い声が返ってくる。

 何が起こっているのか分からず、紅の表情は曇った。もしかして、結界が破られ、鬼が侵入したのではないかと、考えたのだ。

 鬼姫ほどの強さの鬼ならば、結界を壊すなど容易いだろうと思ったのだ。

 炎帝も紅と同じ事を考えていた。その為、体を震わせゆっくりと立ち上がる。


『うぐっ……ガァァァァ……』

「まだ立てるのー? けど……もう、詰まんないからいいよっ。死んで」


 ニコッと笑みを浮かべ、鬼姫が駆ける。その右手に持った刀を引き摺りながら。だが、その足は突如止まり、その場を瞬時に飛び退く。

 それに遅れ、火の玉が地面を打ち砕いた。熱風が広がり、飛び退いた鬼姫の真紅の髪を撫でる。足元に土煙を巻き上げる鬼姫は、静かに空を見上げた。すると、暗雲に大きな穴が開き、星空がそこから顔を覗かせていた。

 訝しげな表情を浮かべる鬼姫は、その星空へと目を凝らす。そこに一際美しく輝きを放つ光があった。


「何……アレ?」


 ボソッと鬼姫が呟く。その輝きは一層強まり、やがて姿を見せる。業火に包まれた二翼をはばたかせた美しい鳥獣が、宝石の様な赤い目を煌かせ、クチバシを広げる。


“キュピィィィィィッ!”


 甲高いサイレンの様な声を発し、その美しい鳥は三本の尾を揺らし地上へと降り立つ。


「く、紅!」


 鳥獣が地上に降り立つと同時に、その背から一馬が飛び降り蹲る紅へと駆け寄る。突然、現れた鳥獣と一馬に、紅はわけが分からず困惑していた。


「な、何で、何で、ここに一馬さんが! そ、それに、あ、アレは……」


 紅の肩を抱き立ち上がらせる一馬は、安堵した様に吐息を漏らし、鳥獣へと顔を向ける。


「アレは……」

『す……朱雀……』


 一馬が告げる前に、炎帝がそう呟いた。その神々しい姿はまさに守護聖霊である朱雀だった。煌びやかな業火の翼をクチバシで手入れする朱雀は、その眼で炎帝を見据える。

 同じ聖霊である炎帝ですら圧倒される程、圧倒的な雰囲気を漂わせる朱雀に、紅は息を呑む。いつも朱雀の間で巨像を見ているが、それとは比にならない程美しかった。


「ほ、本当に……朱雀……様、何ですか?」

「う、うん。俺は、そう……聞いてるよ?」


 驚き目を丸くする紅に、一馬は困った様に右手で頭を掻く。一馬自身もよく分かっていないのだ。

 紅が、朱雀の間を出た後、一馬は妙な声に呼ばれ、朱雀の巨像に触れた。そして、気付いた時には朱雀と一緒に空に舞っていたと言う事だった。

 苦笑する一馬に、紅は右肩の傷を押さえる。一馬にその傷の事を知られない様にと。


『何で、あなたがここに……』

『ふむ……。呼ばれた……。あの者の力に……』


 炎帝の静かな問いに、朱雀はそう答え、その眼差しを一馬へと向けた。その言葉に炎帝も一馬へと目を向け、呟く。


『やはり……あの若者が……』


 炎帝が目を細めると、朱雀はその首を振り告げる。


『後は任せよ。汝は傷を癒せ』

『あぁ……あとは任せます』


 炎帝がそう告げると、その体が光の粒子となり弾けて消えた。

 煌びやかな朱雀の姿に、鬼姫だけが不満げな表情を浮かべていた。その神々しい姿が鬼姫は面白くなかったのだ。


「何なのよ! アタシより目立ってるぅーっ!」

「しょうがないんだなぁ。守護聖霊の朱雀なんだなぁ」

「何よ何よ! 守護聖霊って! あのワンちゃんと何が違うってのよ!」


 地団駄を踏んだ鬼姫が頬を膨らし、地を蹴る。


「焼き鳥にしてやるんだから!」


 刀を引き摺り駆ける鬼姫の姿に、朱雀は視線を向けた。遅れて、一馬は紅の肩から手を離し、鬼姫へと目を向ける。真剣な眼差しが鬼姫をジッと見据え、ゆっくりとその顔を朱雀に向け、頭を縦に振った。


「いっけぇーっ!」


 鬼姫は左足を踏み込むと同時に、そう声をあげ、手に持った刀を横一線に振り抜く。だが、朱雀は翼を広げると空へと飛び上がり、振り抜かれた刃を鋭い爪で受け止めた。火花が散り、その衝撃で朱雀の体は更に上空へと浮き上がる。

 自分の一撃を軽々と受け止めた朱雀に対し、鬼姫の笑みが消え不機嫌になった。


「むっ!」


 眉間にシワを寄せた鬼姫は、空へと舞い上がった朱雀を見上げた後に、口元に薄らと笑みを浮かべる。その表情に朱雀は嫌な予感がした。だが、朱雀が動き出すよりも先に、鬼姫が地を蹴った。


「えっ?」


 驚く一馬。

 その視線に浮かぶのは幼く愛らしい表情の鬼姫だった。


「あなたがあの鳥の召喚士なんでしょ? なら、あなたを殺せば全て解決ね」

「一馬さん!」

『主!』


 紅と朱雀が叫ぶと同時に、ズブッと鈍い音が一馬の体を駆け巡る。一瞬、何が起こったのか、一馬は分からなかった。だが、次の瞬間、気付く。鬼姫の右腕が引かれ、鮮血に塗れた刃を見て。


「ごふっ……」


 吐血する一馬は左手で腹部を触った。ヌルッとした感触に、ようやく自分が刺されたのだと理解する。


「一馬さん!」


 紅が自分の血で赤く染まった左手を一馬へと伸ばした。それと同時に、一馬の体が膝から崩れ落ちる。

 その場を飛び退いた鬼姫は口元に薄らと笑みを浮かべ、空を舞う朱雀へと目を向けた。


「ふふっ。幾ら強い聖霊でも、召喚士さえ殺せば、無意味なんだから」


 そんな鬼姫の言葉に、朱雀の体は無情にも消滅する。微粒子の光となって。

 うつ伏せに倒れる一馬の腹部から大量の血が溢れ出す。一馬の白いシャツがジワジワと赤く染まり、ひび割れた土へと吸い込まれる。


「一馬さん! し、確りしてください!」


 紅が、一馬の名を呼ぶ。

 もうろうとする一馬の耳に届く。今にも泣き出してしまいそうな紅の声が。

 だが、その声はやがて聞こえなくなり、意識が薄れる。そんな中、一馬は右手に握り締めた召喚札に願う。この世界を守りたい。一人で頑張る紅を助けたい、と。

 そして、思い描く。自分の知る最強の男の姿を――。この世界を、紅を、守れるであろうその男の姿を――。

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