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第9回 焼き尽くす だった!!

 一馬の声が広がり、荒い息遣いが続く。

 闇夜の中で聞こえるのは、例の歌声とさざ波の音。

 真っ直ぐ一馬はフェリアの目を見据え、フェリアはその視線から逃れるように視線を逸らした。

 答えは分かり切っている。その行動が答えなのだと。

 柚葉は眉を顰め、腕を組む。


「フェリア。答えてくれ……頼む」


 懇願するように一馬はフェリアの肩を掴む。

 あまりに強く握られた為、フェリアは「痛っ」と思わず呟き、顔をしかめる。

 その声と、表情で我に返った一馬は、「ご、ごめん」と謝り力を抜き、フェリアの肩を握ったまま俯いた。

 俯く一馬の表情は悔し気で、下唇を噛み締める。

 一馬のその姿がいたたまれなくて、フェリアは口を開こうとしたが、すぐに唇を噛み締めた。

 言う事は簡単だった。だが、それをフェリアは口にはしない。してはいけない。あの雄一が「頼む」と頭を下げてまで、フェリアに口止めをしたのだから。

 自分の口で直接、一馬に伝えるからと。

 だから、フェリアはそれを口にするわけにはいかなかった。

 唇を噛み、瞼を閉じ天を仰ぐ。胸が痛い。心が痛い。

 そんなフェリアの心情を悟った柚葉は、小さく息を吐き一馬の方へと足を進める。


「今、それを言い争っている場合じゃないだろ」


 柚葉の言葉に、一層一馬の頭が下がる。どんな表情をしているのか、フェリアにも柚葉にも分からない。でも、なんとなく想像は出来た。


「分かってる……分かってはいるんだ……」


 ふり絞るような声。その声が震え、フェリアの肩を掴む手も震える。

 もう、自分の中で答えは出ている。あの時の雄一の赤い液体の正体も、雄一が今、どう言う状況なのかも。

 あの日――あの時――一馬は見ていた。だから、初めから分かっていた事だった。

 それを、信じたくない真実から目を背け、記憶に蓋をしてしまった。その事を後悔に、一馬は強く唇を噛む。血が滲む程強く。


「彼女を責めるのは、お門違いだ」


 静かな男の声が響き、瞬間、一馬は顔を上げ振り返る。


「誰だ!」


 瞬時に双龍刀を抜き、構える柚葉が叫ぶ。

 その視線の先には、黒いローブの男。深くフードを被り顔は分からない。だが、ローブの下に僅かに見える白いワイシャツに、彼が自分の世界の人間ではない事を瞬時に理解する。

 一馬の手から解放されたフェリアも、柚葉に遅れて臨戦態勢に入った。残された魔力は僅かな為、すぐに魔力を練る事はしなかったが、いつでも魔術が使えるように構える。

 三人の視線を集める男。声色は若い。故に、三人は彼が同年代位の少年だと理解する。

 初めて見る男の姿に、フェリアと柚葉は、彼が敵なのか、と疑念を抱く。

 そんな二人に代わり、一馬が声を上げる。


「雄一は! 雄一はどうしたんだ!」


 その言葉で、フェリアと柚葉は、彼が自分達の敵であると判断した。

 砂を蹴り駆ける柚葉。

 魔力を右手に集めるフェリア。

 二人の行動を目視しつつ、男は返す。


「さぁ? 死んだんじゃないの?」

「このっ!」


 跳躍し、一気に間合いを詰める柚葉は、交差させた両腕を勢いよく振り抜く。両手に持った刀が、体の前で刃をぶつけながら、一気に男へと振り下ろされた。

 だが、その刃は男に届かない。


「ッ!」


 彼が柚葉へと右腕をかざすと、彼女の頭上に空間の裂け目が生じ、そこから大きな鬼の拳が落とされた。


「うぐっ!」


 当然のように砂へと拳ごと叩きつけられ、大量の砂が舞い上がる。

 その腕はすぐに消滅し、残ったのは砂の上に倒れる柚葉だけ。

 息を呑む一馬とフェリアに、男は笑む。


「彼、欠陥住宅だったみたいだしね」


 男の言葉に、一馬は激昂し、我を忘れ走り出す。戦う力など無いのに、硬く拳を握りしめて。足元はおぼつかず、疲れがでよろめく。

 それでも、あの男を一発殴りたい。そんな一馬の気持ちを、男は一蹴する。

 右手をかざすと、一馬の正面に空間の裂け目が生じ、そこから巨大な手が飛び出し、そのまま一馬の体を入り口のない真四角の建造物へと叩きつけ、押さえつける。


「がはっ!」


 衝撃で、一馬の口から血が吐き出され、頭が項垂れる。意識はあるものの、体を強く打ち付けた為、少し朦朧としていた。


「一馬!」

「動くな」


 叫び、駆けだそうとしたフェリアの耳元で男が囁く。

 その声に、フェリアの体は硬直し、瞳孔が大きく開く。


「お前が動けば、このまま殺すよ。僕としても、彼に死なれるのは困る。分かるだろ?」


 肩を竦め、フェリアに見向きもせず一馬の方へと男は歩き出す。

 その足取りは軽やかで、弾んでいるようだった。


「くっ……ううっ……」


 朦朧とする意識の中、一馬はゆっくりと顔を上げ、男を見据える。


「やぁやぁ。初めまして……かな? 大森一馬くん」


 彼の言葉に、一馬は眉を顰める。


(俺を……知ってる?)

(知り合い……ではなさそうだな)


 一馬の思考内に、玄武の声が流れる。

 当然、玄武の言う通り、一馬に男の心当たりはない。


「君は特別なんだってね。僕と違って」


 不敵な笑みを浮かべ、一馬の前で男は足を止める。

 フードの奥に薄っすらと見える顔に、やはり一馬は見覚えはない。


「俺は……特別じゃ――グッ!」


 一馬の声を遮るように、男は一馬の髪を掴み、頭を壁へと押し付けた。


「特別じゃない? おいおいおい。マジで、そう思ってんの? 本気で、そう思ってんの?」


 先程までの穏やかな雰囲気が一変し、殺意に満ちた眼が一馬を見据える。

 何が彼の怒りに触れたのか、全く理解に苦しむ。

 そんな一馬の頭を、二度、三度と壁へと打ち付け、男はようやく髪から手を離す。


「信じられないね。自分が恵まれた存在だって知らなかったなんて。朱雀達、四体の聖霊と契約できる事が当たり前だと思ってるなんて。持っている奴ってのは、何でそれを当たり前だって思うのか。僕には理解できないね」


 せきを切ったように言葉を並べるフードを被った男。憎悪に満ちたその言葉の数々に、一馬はただ眉を顰める。

 意識がもうろうとしている為、彼が言っている事が半分以上理解できていなかった。

 だが、そんな事は男には関係なかった。一馬の反応の薄さに、さらなる怒りを募らせる。


「なんだよ! その目は!」


 男が再び一馬の頭を掴み壁へと後頭部を打ち付ける。


「十年もかけて、僕はここまで来た。何の努力もしないで――、何の苦悩もしないで――、何故、お前なんだ? どうして、お前が奴らに選ばれたんだ! なぁ! 教えてくれよ!」


 髪を掴まれ、頭を壁に押し付けられる一馬は、表情を歪め、答える。


「知ら……ねぇよ。お前の……努力も――、苦悩も……。俺の、知ったこっちゃねぇよ!」


 一馬は頭を掴む手を強引に振り切り、男の額へと頭突きを見舞う。

 ゴンッ! と、鈍い音が広がり、男の体が後方へとよろめいた。

 その際、深々と被っていたフードが落ち、男の黒い髪と、まだ少しだけ幼さの残る大人し気な顔があらわとなった。

 何処にでもいそうな普通の高校生。そんな印象の男に、一馬はやはり見覚えはなかった。彼が印象に残っていない、と言うわけではなく、一馬は全く面識ない人物だった。


「テメェ……」


 額を右手で押さえ、男は一馬を睨む。

 だが、そこで男の動きが止まり、眉間にシワを寄せた。その後、一人でブツブツと呟き、奥歯を噛み締め俯き、深々と息を吐いた。

 落ち着きを取り戻したのか、男はフードを被り直し、冷やかな眼を一馬へと向ける。

 そして、ゆっくりと歩を進め、一馬の前で足を止めると、


「悪いが、お前に構っている暇は無いんだよ」


と、巨大な手に押さえつけられる一馬の左手を掴み、その手をナイフで切り付ける。


「イッ!」


 痛みに表情を歪める一馬を無視し、フードの男はその手を真四角の不思議な建造物の壁へと押し付ける。

 すると、轟音が響き、入り口のなかった不思議な建造物の壁がゆっくりと開かれていく。それが、当たり前のようにゆっくりと。


「な、何で……」

「どういう事……」


 驚く一馬とフェリア。

 二人をしり目に、男は右手を軽く挙げる。

 一馬を押さえる腕は、その指示に従うように一馬を握りしめ、その建造物から離す。

 一馬の血の手形が付いた壁が砂を舞わせながらずり上がり、そこには深く長い階段があらわとなった。

 何が起こったのか、何故、壁が開いたのか一馬に理解は出来ない。そんな一馬に男は問う。


「これでも、お前は、自分が特別ではない。そう言えるのか?」


 その言葉に一馬は言いよどみ、表情を顰める。

 無言の時が数秒。風を切る音が微かに聞こえ、遅れて闇夜を裂く業火が一馬を捉える巨大な腕を斬り付ける。


「のわっ!」


 巨大な手から解放され、一馬は砂場に尻もちを着く。


「これじゃあ、どっちが鬼かわかったもんじゃないな」


 フードを被る男がボソリと呟き、引きつった笑みを浮かべる。

 男の視線は空を見上げる。そして、一馬とフェリアの視線も同じく空へ向けられた。

 それは、浮遊していた。人の姿を保っているが、左腕が肩口から裂け、右足は膝下から引き裂かれ、鮮血を滴らせるその人物――雄一は、真っ赤な瞳をフードの男へと向ける。


「フゥーッ……フゥーッ……」


 歯を食い縛り、荒い呼吸を繰り返し、背に生えた紅蓮の翼を羽ばたかせ、雄一はフードの男へと急降下する。


「雄一!」


 一馬が叫ぶ。急降下する雄一と一馬の視線が一瞬、ほんの一瞬交錯する。その瞬間、一馬は全身の毛が逆立つ程の恐怖を覚えると同時に、雄一の意図を理解する。


「フェリア!」


 名を呼ばれ、フェリアは一馬へと顔を向けた。二人の視線が交錯。そして、


「行こう!」


と、一馬が声を張る。


「ですが――」

「いいから!」


 戸惑い、雄一を心配するフェリアに、一馬は力強くそう言う。その迫力に押し負け、フェリアは立ち上がり雄一の方へとチラチラと視線を送りながら走り出す。

 それに合わせ、一馬も左手を右手で押さえながら走り出す。指の間から血の雫が零れ落ち、砂を僅かに赤く染めながら。

 二人が動くのとほぼ同時に、雄一が大量の砂を舞い上がらせ、フードの男と衝突する。

 衝撃が海面を大きく波立たせ、砂場は大きく抉れた。

 紅蓮の翼を広げる雄一と、フードの男の間に、空間の裂け目から伸びる巨大で屈強な腕が割り込んでいた。

 その為、雄一の紅蓮の剣の刃は、フードの男に届かず、強靭な腕に僅かに減り込んでいた。


「まるで鬼神じゃないか」


 ふてぶてしく笑みながらフードの男がそう言うと、屈強な腕は雄一を弾く。


「くっ!」


 再び空へと舞う雄一は、苦悶の表情を浮かべ、一馬の方へと視線を向けた。



 長く続く階段を下る一馬とフェリア。

 左手が痛み、一馬は表情を歪めるが、足を止めようとはしない。当然だ。雄一のあの姿を見て、あんな姿を見て、この程度の痛みで止まるなんて出来るわけがなかった。

 前を行く一馬の背を不安げに見据えるフェリアは、時折足を止め振り返り、雄一を心配する。

 それでもすぐに一馬に追いつき、また足を止め振り返る。


「一馬」


 フェリアがこらえ切れず声を張る。長く続く階段にその声が反響し、二人の足音だけを残し消えていく。

 振り返りもしない一馬に、フェリアは眉を顰める。


「一馬。聞いていますの?」


 もう一度尋ねる。だが、一馬は答えない。

 その為、フェリアは足を止め、俯き口を開く。


「……一馬。雄一は――」

「知ってる」


 フェリアの言葉を一馬が遮った。決して足を止める事はなく、空虚に向かい一馬言う。


「全部、思い出したから。知ってる。雄一の事」

「なら――」


 なら、どうして、フェリアはそう問おうとして、口を閉ざし足を進め出した。

 一馬の背が、肩が、震えているのが見えたからだ。顔は見えないが、その目から溢れる涙を必死に堪えているのが、分かったから。

 自分達が優先すべきことを、なさなければいけない事を、雄一は理解し、一馬もその意図を汲んだ。だからこそ、一馬はなさなければいけない。果たさなければいけない。雄一が命を賭してまで、時間を稼いでいるその間に。



 地上では、雄一とフードの男がにらみ合っていた。舞った砂が地上へと落ち、響くのは歌声だけ。

 血にまみれた雄一は、食い縛った歯の間から熱を帯びた吐息を吐き出し、冷たい空気を鼻から取り込む。体が熱いのは、朱雀を纏っているから――と、言うわけではない。もう残り僅かな命を燃やし、体を無理やりに動かしていたからだ。


「全く。化物の相手は、化物に任せるよ。僕の最高傑作のね」


 フードの男はそう言うと、右手をかざす。すると、彼の横に今までで一際大きな空間の裂け目が生じ、先程まで空間の裂け目から出ていたはずの屈強な腕が、そこから飛び出す。


「ようやく……俺様の……出番か……」


 大地を揺るがすような低く悍ましい声が周囲に広がり、強大な黒い鬼が空間の裂け目から顔を覗かせた。

 その大きさは剛鬼を悠然と上回る程で、その額には禍々しい赤い角が一本生えていた。

 ぎょろりと大きな眼球を動かし、のっそりと空間の裂け目から出てくると、フードの男へと視線を落とす。


「俺様の腕を傷つけた奴は、アイツか?」


 右手で雄一の方を指差す鬼に、


「ああ。そうだ」


と、フードの男が答える。

 刹那、パンッと破裂音が響き、闇夜に火花が散る。そして、海面が衝撃で二つに割れた。

 衝撃が対面の海岸に広がる。大量の砂が舞い、そこに雄一は倒れていた。一瞬だった。フードの男が答えたと同時に、あの鬼の右拳が雄一を殴りつけた。

 あの巨体には似つかわしくない恐ろしい程の速度の一撃。その一撃に、「ガハッ! ゲホッ!」と、血を吐きながら咳き込む雄一は、仰向けに倒れたまま動かない。


(雄一! 大丈夫か!)


 朱雀の声が頭の中に響き、雄一は瞼を開く。

 失った左腕。

 もがれた右足。

 体中もう痛みを感じない。

 感覚すらまともにない。

 それでも、思考を働かせ、雄一は元に戻った紅蓮のマントを再び翼に変えた。


(まだやる気なのか!)


 紅蓮の翼が砂場を弾き、雄一の体を跳ね上げ、それと同時に翼を羽ばたかせ、空へと舞う。


(アレは無理だ。もう、お前の体で、アレと戦うのは――)

「ダメ……だ。アイツ、だけは……ここで……ゲホッ! ゲホッ!」


 雄一の口から大量の血が吐き出され、砂浜を赤く染める。

 それでも、雄一の目は死なない。海の向こう、対岸いる巨大な鬼の影を真っ直ぐに見据える。


(だが、どうする? アレは、剛鬼のパワーと閃鬼の頭脳を持った)

「関係ねぇよ……ゲホッ……一撃で……しとめりゃ……」


 雄一はそう言うと、深く息を吐き、右手に持った紅蓮の剣を静かに構える。


「燃やせ……俺の全てを!」

(待て! 何を考えている!)

「いいからやれ! 全てを、血も、肉も、心も、魂も! 全てを焼き尽くせ!」


 血を吐きながら声を張る雄一。その言葉、その迫力に気圧され、朱雀は――


(いいだろう。これが、最後だ! お前の全てを――)


 朱雀の声が途切れ、雄一の体が発火する。


(――焼き尽くす)


 業火に包まれ、炎は赤から青へと変わり、雄一は空を滑空する。対岸いる鬼へと向かって。

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