表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/90

第8回 この海は赤く染まるのか? だった!!

 鬼は一掃した。

 残されたのは大きく窪んだ砂場と無数の足跡。

 呼吸を乱すフェリアと柚葉。

 二人は何も語らずその場から動かない。

 フェリアは魔力と精神的な理由で。柚葉は体力と身体的な理由で。

 仰向けに砂場に倒れ、真っ暗な空を見上げる柚葉は、深く息を吐く。

 全身が――特に足が――痛い。

 今、鬼の増援が来ようものなら、間違いなく殺されてしまう。それほどまで、柚葉は消耗していた。


「あーぁ……あちこちイタイ……」

(当たり前だ。アレだけ無茶をすれば――)

「聞きたくない聞きたくない……」


 柚葉はそう言い、両手で耳を塞ぐ。

 その行為に、青龍は呆れたように吐息を漏らし、


(お前はバカなのか? 我は、直接お前の頭に語り掛けているんだ。耳を塞いでどうなる)


と、冷やかに告げる。


「あたしの心は傷ついた……。もう、あんたの声は聞こえない」

(……ハァ。ガキか……。まぁ、暫くすれば、我の力で動けるまで回復はする。大人しくしてろ)


 相手をするのが面倒だと、言うように青龍はそう告げ黙った。

 静けさが辺りを包み、耳から両手を離した柚葉は、暗い空を見上げながら呟く。


「ねぇ、さっき……何で悲しそうだったの?」


 さっき、とは、フェリアがあの術を使用した時だ。

 青龍を纏っている為、一瞬だが青龍の何処か悲しそうな感情を柚葉は感じた。もちろん、気のせいだ、と言われれば、勘違いだと言われれば、そうなのかもしれない程のほんの一瞬の事。

 故に、柚葉も少しだけ声は小さかった。

 数秒が過ぎる。返ってこない答えに、きっと気のせいだった、と柚葉は瞼を閉じる。


(アレは……元々、誰かを傷つける――攻撃する為の術じゃない)


 唐突に青龍の答えが返ってくる。

 複雑そうに眉を顰める柚葉は、ゆっくりと体を起こす。


「ふーん……」

(興味がなさそうだな)

「うーん……何だろう。あの子、紅に似てる」

(くれない? ……あーぁ。巫女の事か)

「うん。立場や環境は違うけど……」

(まぁ、そうだな。アイツは、偉大な魔術師の孫で、魔術が使える事が当たり前……そう思われてきたからな)


 青龍の言葉に、柚葉は目を細める。

 柚葉も、思う所があった。紅も、召喚が行えて当然と、幼少の時思われていた。才能はあった事は認めるが、それでも、紅への期待は異常だった。

 それに、紅も召喚術が使えないと、自らの存在価値、存在する意味すら見出せず、時折、塞ぎ込んでいた。

 だから、柚葉は紅の守人になろうと決意した。頑張る紅の支えになりたくて。


「まぁ……立ち上がるかどうかは彼女次第……」


 ゆっくりと柚葉は立ち上がる。

 柚葉が今のフェリアに出来る事は限られている。

 ゆっくりと歩を進める柚葉に、青龍は深く息を吐く。


(意外と、冷たいんだな)

「別に……。あたしは、言えない。頑張っている人に、頑張れ、なんて。口が裂けても」


 誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた柚葉は静かに足を止める。


(だから、あたしは――)


 柚葉は座り込むフェリアへと右手を差し出す。


(――手を差し伸べるだけ。それを掴むかどうかは、彼女次第)


 差し出された手を見据えるフェリア。

 俯き、小さく息を吐いたフェリアは、右手で髪を耳にかけると、ゆっくりとその手を握る。


「少し疲れましたの」

「そう。あたしも」


 腕に力を込め、柚葉はフェリアのか細い腕を引いた。

 立ち上がったフェリアは膝に付いた砂を払い、深く息を吐く。

 柚葉は腰に手を当て、フェリアを見据える。

 柚葉の方は、青龍を纏っている為、少しずつだが、体の痛みは引き、体力も回復しつつあった。

 一方、フェリアは消費した魔力を回復するのには、大分時間がかかりそうだった。

 佇む二人。何かを言うわけでも、聞くわけでもなく。ただ、無言だった。

 別に仲が悪いと言うわけではないが、流石に長い沈黙は空気を重くし、それに耐えかね、柚葉は困ったように右手で右耳を触り、口を開く。


「あの二人、遅いな」

「……そうですわね」


 会話が途切れ、沈黙が再開する。

 困ったように眉を曲げる柚葉は、小さく息を吐き遠くの方を見つめる。

 ここにフェリアと柚葉が辿り着いてどれ位の時間が過ぎただろう。時間が分かるようなモノは持っていないが、鬼と戦っていた事を考えれば、大分時間は経っている。

 にもかかわらず、一馬の所へ向かった雄一は戻ってこない。何か向こうであった、と柚葉は考える。

 もう一度息を吐く。今度は深く長く。

 嫌な空気が漂い、それを柚葉は嫌い、また口を開く。


「この歌、一体、誰が歌ってるんだい?」


 相変わらず、妙な建造物の奥から聞こえる歌声。一人の女性が歌っているようだが、途切れる事がない事から、休まずに歌い続けている事になる。

 澄んだ歌声はそれでも変わらず美しく鳴り響く。

 流石にフェリアも反応を示し、建造物の方へと目を向ける。


「わたくしも、歌っている方は知りませんの」


 ようやく、会話が繋がり、安堵する柚葉は、更に疑問をぶつける。


「誰か分からないのに、ここを守ってるのか?」


 穏やかな口調で尋ねると、フェリアは複雑そうに眉間にシワを寄せる。


「夢を見ましたの」

「…………ハァ?」


 思わず声が大きくなる柚葉に、フェリアは一層険しい表情を見せる。


「夢って……」


 呆れる柚葉。流石に、この答えは予想していなかった。

 そして、フェリアはそれを予期していたのか、不満げに眉をひそめる。


「だから、言いたくなかったんですの」

「……本当……なのか?」


 信じられないと、表情を引きつらせる柚葉に、フェリアはコクリと頷いた。

 フェリアが、その夢を見たのはここに来てすぐだった。当然、当初はただの夢だと、フェリアも気にはしなかった。

 だが、夢で言われた通りの場所にこの建造物は存在し、言われた通り鬼の襲撃があった。これが、敵の罠だと言う事も雄一は考えていたが、可能性は低いだろうとも口にしていた。

 フェリア自身も、夢の中のその人が罠にハメようとしているようには思えなかったし、何よりその声色から彼女の不安、心配が感じ取れた。

 故に、信じる事にした。ただ、まだここを守る理由をハッキリとは教えてくれなかったのが、気がかりな所だった。

 フェリアの説明に、ジト目を向ける柚葉は、小さく息を吐く。


「まぁ、ここに最近来たあたしが、とやかく言う気はないけど……本当に罠の可能性はないの?」

「雄一は限りなくゼロに近い、と。でも、警戒だけはしておけ、とも言っていましたの」

「何を根拠にゼロに近いって言ってるのか分かんないけど……。まぁ、あんた達が信用するって言うなら、あたしも信用はするわよ」


 呆れつつもそう答え、柚葉はもう一度深く息を吐いた。


「でも、一体……誰なんだ? その夢に出てきた人って?」

「さぁ? わたくしはあった事のない女性でしたの。声が綺麗で……姿はよく覚えていませんの」

「……まぁ、夢だしな。忘れちゃうだろうな」

「何処となくですが、この歌声と声は少し似ている気がしますの」


 何処か自信なさげにフェリアはそう口にした。確かに、夢の中の声と、この歌声が似ている気はする。ただ、夢だけあり、それは曖昧な記憶で、長くこの歌声を聞いているからそう錯覚しているだけなのかもしれない。

 そんなフェリアに、腕を組む柚葉は肩を落とす。


「まぁ……何とも、曖昧な……」


 苦笑いする柚葉に、フェリアは不満そうに若干頬を膨らませた。


「で、これ、どっから入んだ?」


 フェリアを無視し、柚葉は砂場に生えた奇怪な建造物へと目を向けた。

 一応、建造物、と言う認識なのだが、入り口が見当たらない。だが、歌声の主がこの奥にいる事を考えると、何処かに入り口がある事は確かだ。


「見た感じ、入り口らしいもんはないなぁ……」


 巨大な正方形の建造物に歩み寄り、柚葉は右手でコンコンと二度壁をノックする。

 当然、壁は硬くノックした右手はジーンと痛みが残った。

 その為、不満げに唇を尖らせ、柚葉は右手を軽く振り、建造物を見上げる。


「上か?」

「それはありませんの。すでに、雄一が上空から確認していますの」


 即座に否定するフェリアへと、ジト目を向ける柚葉は、足元を指差した。


「…………じゃあ、下か? 埋まってんのか?」

「だとしたら、中にいる方はどうやって入ったんですの」


 呆れたようにフェリアは柚葉へと目を細める。

 視線を逸らす柚葉は、もう一度真四角の建造物へと目を向け、腕を組んだ。

 ゆっくりと歩を進め、柚葉の隣に並んだフェリアもまた、困り顔で腕を組む。


「わたくし達も、何度も調べたのですが、結局、入り口は見つかりませんでしたの」

「で、どうする気なんだよ? てか、入り口無いなら、わざわざ鬼から守る必要あるのか?」


 横目でフェリアを見据える。

 柚葉の言う通り、入り口がないのに鬼からこの建物を守る必要はない。

 だが、フェリア達が見つけきれないだけで、鬼達は入り口を知っている可能性もあった。それに、知らなかったとしても放置していれば、間違いなく力づくで怖しく行くだろう。

 そうなる可能性があった為、雄一とフェリアはここを守る必要があったのだ。


「まぁ、事情は分かったけど……あたしらのいた洞窟からここまで、絶対二、三〇〇の距離じゃないよな?」

「直線距離では、そのくらいですの。いつも、雄一は飛んで移動してましたし、わたくしも一人の時は海を突っ切ってましたの」

「…………なるほどね。あたしと一馬がいるから、遠回りしたと……。いや、納得。すげぇ遠かったし……」

「はじめに言っておくべきでしたの」

「全くだね」


 腕を組み呆れる柚葉がガックリと肩を落とした。

 ここまで来るのにも無駄に体力を消耗し、更に先程の戦闘でも体力を消耗。幾ら鍛錬を積んでいると言え、体には堪える。

 フェリアも同じだ。長い距離を走り、大量の魔力を消費した。その華奢な体は、既に悲鳴を上げていた。

 だが、それを一切表情には出さず、フェリアは平静を装う。柚葉に心配を掛けまいと気丈に振る舞っているのだ。


「それより、遅すぎないか?」

「そうですわね……。幾ら、一馬が体力がないと言え、遅すぎますの。それに……敵もいつもより動きがありませんの」


 訝しむフェリアは、周囲を見回す。

 いつもなら、もっと鬼が出てくる。それはもう、打ち寄せる波のように。

 だが、今日はどうだろう。いつもと違い、閃鬼と剛鬼が混じっていたが、それだけで、あとは大人しい。大人しすぎる。

 まるで、この後に大波が押し寄せるかのように、全てが引いているそんな感覚がフェリアを襲う。

 嫌な空気に思わず眉間にシワを寄せたフェリアだったが、すぐに頭を振り、右手の人差し指と中指で眉間を押さえた。


「うーん……シワになってしまいますの」

「すでになってんじゃねぇ?」

「…………撃ちますのよ?」


 にこやかな笑顔を向けるフェリアは、右手で作った指でっぽうを柚葉の額に押し付ける。


「うわー…………冗談、つうじねぇのなぁ」


 両手を頭の横まで上げ、柚葉はジト目を向ける。

 そんな柚葉に表情を引きつらせるフェリアは、


「あらあら。女を捨ててるあなたには、分からない悩みですの」


と、嫌みを吐き、


「だな! あたしは全然気にしないね! 傷が勲章だから」


と、柚葉は右手の親指をビシッとたて、はにかんだ。

 呆れるフェリアは肩を落とし、


「なんだか、疲れますの……。あなたと話していると……」


と、右手で頭を抱えた。

 その直後だった。砂を踏み締める足音が聞こえたのは。

 すぐに身構える柚葉。先程までのお道化た雰囲気はなく、真剣な表情で双龍刀を握る。

 一方、フェリアはすぐに気持ちを切り替え、魔力を練る為に集中する。

 月明りもない暗夜。故に、その姿はハッキリ見えない。

 暗がりに目を凝らす。僅かに見えたのは一つの影。

 だが、油断はしない。たとえ、一つだとしても、それが鬼である可能性は大いにあったからだ。


「気を抜くな」

「分かっていますの」


 それを再確認し、二人は更に気を引き締める。

 相変わらず静かに広がる美しい歌声に、さざ波の音と足音が混じる。

 息を呑む二人の視線の先。影が近づき、大きくなる。そして、その輪郭もハッキリとしてくると、二人の警戒が解かれる。


「……一馬」


 思わずフェリアが声を漏らす。

 二人の目の前に駆けてきた一馬は、両手を膝に付き、荒い呼吸を繰り返す。汗が髪の毛先から落ち、大きく開かれた口からは熱気を帯びた吐息が漏れる。


「大丈夫か?」


 荒い呼吸を繰り返す一馬に、柚葉は眉を曲げ尋ねる。

 返答出来るだけ、呼吸が整わず、小さく二度、三度と一馬はうなずく。

 そして、一馬は唾を呑み込み、上体を起こすと、両手でフェリアの肩を掴む。


「えっ! か、一馬」


 両肩をビクリと跳ね上げたフェリアは、緊張した面持ちで視線を逸らす。ドキドキと心音が強まる中、一馬は真剣な表情で口を開く。


「フェリア……」


 静かな声に、フェリアはドキッとする。


「一つ……確認したい事があるんだ」

「な、何ですの?」


 フェリアの声が上ずる。この瞬間、フェリアは直感していた。一馬が何を聞こうとしているのか。

 動揺し、視線が泳ぐ。明らかに挙動のおかしいフェリアに、小首を傾げる柚葉は頭の後ろで手を組み、海へと視線を向けた。

 フェリアの隠し事も、一馬が確認しようとしている事も、柚葉には全く見当もつかない。


「本当に、この海は赤く染まるのか?」


 一馬の口から発せられた問いに、フェリアは一瞬険しい表情を見せた。

 そして、柚葉は眉をひそめた後、目を見開く。


「ほ、本当ですの。現に、雄一が赤い水滴を――」

「正直に答えてほしい」


 フェリアの言葉を遮った一馬は唇を噛み締め、顔を上げ、


「本当に、この海は赤く染まるのか?」


 もう一度同じことを問い、一馬は海へを振り返る。


「本当に、月明りも差さない暗夜の中で、この海が赤く染まったのを確認したのか! フェリア!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ