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第7回 フェリアと柚葉だった!!

「ハァ…ハァ……」


 荒々しい呼吸を繰り返しながら、一馬は一人駆ける。

 雄一から預かったスマホとお守りを右手で握りしめ、足を止める事なく走り続ける。

 不安を胸に走り続ける一馬は、不意に海へと目を向けた。暗い闇の夜の中、一馬の目に映る海。そこに一つの違和感を覚え、一馬の足が止まる。

 半開きの口で荒い呼吸を繰り返し、茫然と立ち尽くす一馬は息を呑み、唇を噛んだ。



 美しい淡い青色の刃が閃光を走らせ、黒鬼の首を刎ねる。

 首を刎ねられた黒鬼は粒子となり、跡形もなく消え去った。

 舞い踊るように両手に持った双剣、双龍刀を振るった柚葉は、足を止め一息入れる。

 そんな柚葉に、


「な、何してますの! 休んでる暇はありませんの!」


と、フェリアの声が響く。

 遅れて、剛鬼の大きな拳がフェリアへと振り下ろされる。

 砂の上を軽快な足取りで後退し、それを避けるフェリアは、右手を剛鬼の方へと翳す。


「スラッシュ!」


 フェリアの翳した右手の手の平から水の刃を放たれる。水の刃は鋭く飛沫を上げ剛鬼へと迫った。だが、


「ケケケケッ!」


と、言う奇妙な笑い声を発しながら、閃鬼が黒鬼を水の刃へと投げた。

 黒鬼の体は水の刃の平へと衝突し、派手に水が弾ける。

 奥歯を噛むフェリアの表情は険しく、黒鬼を放った閃鬼へと目を向けた。

 散る水飛沫の下に佇む閃鬼は、両手で腹を抱え、「ケケケケッ」と笑う。完全にフェリアをバカにしていた。

 ムッとするフェリアだが、それが挑発行為だと分かっている為、すぐに深く息を吐き怒りを鎮める。

 フェリアの“スラッシュ”は水で形成した刃を放つ。刃だけあって、当然、切れ味は鋭い。だが、あくまでも“水”で形成された刃。側面を叩かれれば、脆く容易く弾けて消えてしまう。

 それを、閃鬼は分かっている。分かっている故、黒鬼を投げ、水の刃にぶつけたのだ。


「ホント、ムカつきますの」


 綺麗な顔の眉間にシワを寄せ、フェリアはもう一度深々と息を吐いた。そして、右手で金色の髪をかき上げ、分厚い雲のかかった空を見上げる。


「さて……と、あと――」


 柚葉は背筋を正し、周囲を見回す。黒鬼の数はあと僅か。閃鬼と剛鬼の数は増えも減りもしていない。

 柚葉とフェリアが決して弱いわけじゃない。閃鬼三体の立ち回りが圧倒的に上手いのだ。

 黒鬼は何体犠牲にしようとも、自分達(閃鬼と剛鬼)には手を出させない。攻撃させない。

 故に、柚葉もフェリアもあと一歩まで追い詰めながら、決定打にかけていた。

 双龍刀を手首のスナップを効かせ回す柚葉は、それを最終的に逆手に握り構える。


「あんまり、気は進まないんだけどねぇ……」


 両足を肩幅に開き、重心を落とす。右手は前へと出し、左手は後ろに。頭の後ろでまとめて止めた金色の髪の毛先が揺れる。

 風は微風。

 僅かに舞う砂塵。

 静まり返る空気。

 聞こえるのは静かな波の音と美しい歌声。


「柚葉?」


 空気の変化に、フェリアは柚葉の方へと視線を向ける。

 深々と息を吐く柚葉の頬に淡い青色の鱗模様が浮かび、足元には炎上しているかのように水飛沫が噴き上がる。


「ここからは、荒々しく行かせてもらうよ。……激龍!」


 柚葉はそう言い、砂を蹴る。砂が舞い、柚葉が一瞬で腹を抱えて笑う閃鬼の間合いへと入った。

 その動きに、腹を抱えていた閃鬼が驚き、目を見開く。明らかに柚葉のスピードが上がっていた。


「まずは一体」


 柚葉の静かな声と共に右足が踏み込まれ、腰を回転させ右手に握られた刀が振り抜かれる。閃鬼の視線からは柚葉の肩口から突如刃が現れたように映り、反応が遅れる。逆手に握られた刀の刃は風を受け、水飛沫を上げ、そのまま閃鬼の首を刎ねた。

 黒鬼と同様、血は出ない。代わりに微量の粒子が切り口から溢れ出し、頭を失った体に亀裂が生じ、砕け、消滅する。

 しかし、柚葉の動きは止まらない。右足を軸に左回りに回転し、周囲を一瞥し、再び砂を巻き上げ駆ける。

 低い姿勢で群がる黒鬼の間をすり抜け、二体目の閃鬼の間合いに入った。先程と同じく右足が踏み込まれ、腰を回転させ右手に握られた刀が肩口から伸びる。

 だが、今回は閃鬼に油断はない。先程も見たその攻撃にすぐさま対応し、後方へと飛び退き、柚葉の間合いの外へと出る。

 間合いの外に出た閃鬼は、すぐに拳を握り締め、それを振り被った。カウンターを狙っているのだ。

 柚葉の右手に握った刀。その切っ先が閃鬼の前を通過。刹那、閃鬼は地を蹴り、間合いを詰め、右拳を振り抜く。

 拳は空を切り、閃鬼は驚きに目を見開いた。

 柚葉は踏み込んだ右足を軸に左回転し、右拳を振り抜く閃鬼の左へと回り込んだ。そして、左手に持った刀を閃鬼の背に突き立てる。


「ガハッ!」


 口から大量の唾液が飛び、突き立てられた刀が閃鬼の胸から突き出ていた。


「二体目」


 静かにそう言う柚葉は、突き立てた刀を横へと動かし、そのまま閃鬼の体を切り裂いた。

 裂けた傷口から粒子が漏れ、閃鬼は膝から崩れ落ち、そのまま消滅する。と、同時に先程柚葉がすり抜けてきた黒鬼達の群れも、体が弾け消滅した。

 黒鬼の間をすり抜ける際、双龍刀で切り付けていたのだ。

 反転する柚葉は更に駆ける。その先にいるのは、やはり三体目の閃鬼。それを理解している為、閃鬼は右手で黒鬼に指示を出し、視線で剛鬼に指示を出す。

 閃鬼の意図を汲み取り、黒鬼達は一斉に柚葉へと襲い掛かり、二体の剛鬼は黒鬼ごと柚葉を叩き潰す為、金棒を振り上げる。


「スラッシュ」


 響くフェリアの声。それと同時に、剛鬼が咆哮のように悲鳴を上げる。

 二体の剛鬼の振り上げた腕が、フェリアの放った水の刃により切断されたのだ。それにより、振り上げていた金棒は砂の上へと落ち、衝撃で地響きが広がり、大量の砂が舞う。


「わたくしの事、忘れていませんの?」


 フェリアは金色の髪を揺らし、閃鬼へと眼を向ける。


「後は任せな」


 静かにそう告げる柚葉は動き出す。

 金棒の落ちた衝撃で起きた揺れでバランスを崩し、動きを止める黒鬼達の間を縫い、最短距離で閃鬼に迫る。

 荒れ狂う激流のような柚葉の動きに、閃鬼はその場から逃げ出す。二体の閃鬼がやられた事を考え、逃げる事が得策だと考えたのだ。

 閃鬼のその判断は正しい。

 この動きを長時間維持するのは青龍を纏っていたとしても無理で、柚葉がこれを出し惜しみしていた理由もこれが理由だった。

 しかも、足場が砂と言う事もあり、柚葉の足への負担は相当で、最初に閃鬼を倒した時と今とでは、スピードが明らかに落ちていた。


「ッ!」


 膝が軋み、柚葉の表情が歪む。


(ここが限界だな)


 青龍の声が頭に響く。

 奥歯を噛み、痛みに耐える柚葉は真っ直ぐに閃鬼を睨む。


(まだ! もう少し――)

(ここで全力を出し切る気か? お前、死ぬぞ)


 冷やかな青龍の言葉。だが、それは間違いではない。たとえ、閃鬼を倒せたとしても、周りには黒鬼がまだ多く残っている。それに、腕を切られた剛鬼も。

 状況は悪くなるだけ。それを考えた時、柚葉の歩が緩む。


「何をしていますの! 行きなさい!」


 背中から響くフェリアの声に、柚葉は奥歯を噛み、踏み込んだ右足へと力を込める。


(おい! お前――)

(悪いけど……止まれない! 止まるわけにはいかない! ここで、終わらせる!)


 柚葉が再度加速する。砂を舞い上げ、閃鬼へと向かって。


「では、わたくしも、行きますの」


 静かにそう呟くフェリアは、両手を広げ、深く息を吐く。全身から広がる魔力がポツポツと空気中に水疱を生み出し、それが、一つ、また一つと結びつき一メートル程の大きな水疱が五つ宙へと出来上がる。


「今のわたくしには五つが限界ですわね……。行きなさい。水狼!」


 額に汗を滲ませるフェリアが右手を正面へと翳すと、水疱はみるみる形をオオカミの姿へと変えた。それは、本当に生きているかのように遠吠えを吐くと、一斉に砂を駆ける。

 鋭い牙が黒鬼を食いちぎり、爪は肢体を裂く。

 閃鬼が相手では分が悪い水狼でも、黒鬼を相手にするには十分だった。そして、フェリアの目は片腕を失った剛鬼二人へと向く。


「さて……あなた方の相手も、わたくしが務めさせていただきますの」


 愛らしく笑みを浮かべ、フェリアは魔力を練った。


 水狼が黒鬼を食らう。

 その間を駆ける柚葉は、逃げる閃鬼に迫っていた。

 周囲にいる黒鬼には目もくれず、ただ閃鬼だけを見据え全力で。だが、息が切れる。呼吸が乱れる。意識が揺らぐ。

 フェリアに背中を押され、気合を入れてみたが、体は限界だった。


(くっ!)


 あと少しなのに、閃鬼に届かない。それでも、諦めない柚葉の姿勢に、青龍は呆れたように息を吐く。


(ハァ……。少しだけ手を貸してやろう)


 頭の中に響く青龍の声。


(この距離なら、大丈夫だろう。今すぐ、双龍刀の刃をぶつけろ)


 柚葉の返答など聞く由もなく、青龍はそう指示を出す。


(何言って――)

(いいから、早くしろ。あの鬼に逃げられるぞ)


 柚葉の言葉を遮り、青龍は厳しい口調で言う。その言葉に、柚葉は下唇を噛む。青龍が何をさせようとしているのかは分からないが、その指示はこの状況をどうにかする事が出来る。最善な策なのだと判断し、両手に持った双龍刀の刃同時を勢いよく腕を交差させ、顔の前で衝突させる。


“龍撃・波紋!”


 刃と刃が衝突し、火花が散り、澄んだ金属音が僅かな衝撃と共に広がる。

 水面に広がる波紋のように広がった衝撃。それが、柚葉の半径十メートル以内に存在する全ての者の動きを止め、その中にいた一体の水のオオカミは音をたて弾けた。

 双龍刀の刃をぶつけた事により広がった衝撃が、体内の水分を振動させ動きを止めたのだ。それ故に水で出来たオオカミは弾けてしまった。

 当然、その範囲内にいた前方を行く閃鬼も例外はない。衝撃を受け、体内の水分が振動し、筋肉が硬直。結果、閃鬼の足が止まる。

 その隙を柚葉は逃さず、走り幅跳びのように跳躍した。そのまま閃鬼を右から追い抜き、際に右回転しながら右手の刀で閃鬼の首を刎ね、着地と同時に左手の刀を閃鬼の胸へと突き立てた。

 音もなく静かに崩れる閃鬼の肉体は、粒子となりゆっくりと消滅していく。

 片膝を着き、呼吸を乱す柚葉は、両手を砂の上へと着き、苦悶の表情を浮かべる。

 足が重く、膝が軋む。脹脛が痙攣をおこし、立ち上がる事が出来ない。

 奥歯を噛み、力を込める。そんな柚葉に、青龍は静かに告げる。


(落ち着け。大人しく休んでいろ)

「そ……んな、悠長な……事……」


 焦る柚葉。閃鬼はすべて倒したが、まだ、黒鬼と剛鬼が残っている。それゆえ、柚葉こんな所でとどまっているわけにはいかなかった。

 そんな柚葉に反し、青龍は落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。


(お前……何か、勘違いしてねぇか?)


 冷やかで何処か怒りのこもった青龍の声に、柚葉は眉を顰める。


(アイツは強いぞ。お前が思っているよりもずっと……遥かに……)


 青龍の言葉に、柚葉は目を細める。



「さて……始めますの」


 フェリアは一人呟く。

 その周囲には黒鬼を貪る四頭の水のオオカミ。それに加え、水疱が大気中に大量に浮遊する。

 静かに息を吐き出すフェリアは、まず柚葉の位置を確認。それから、十歩下がり、左へ五歩動く。

 それから、剛鬼二体の位置を確認し、更に左に五歩進み、空を見上げ、右手の人差し指で空にさらさらと数式を描く。

 そして、深く息を吐き出し、右手を振り上げた。

 漂っていた水疱は、それに合わせ一気に上空へと浮かび上がり、一つにまとまる。

 刹那、数体の黒鬼がフェリアへと駆け出す。だが、それを水のオオカミが即座にかみ砕く。

 右腕を切られた剛鬼。その一体が、金棒を左手に握り直し、それをフェリアへと振り下ろす。


「邪魔ですの」


 静かにそう呟くフェリアは、振り上げた右手の人差し指を立て、その指でクルリと円を描いた。

 すると、上空でまとまった巨大な水疱から鋭利な水の刃が放たれ、それが、剛鬼の左腕を切断する。


「うごおおおおおおっ!」


 大地を揺るがす剛鬼の悲鳴。切断された腕は金棒を握ったまま宙を舞い、それに向かって水疱から一発、二発、三発と次々に水の刃が放たれた。

 腕はチリとなり、金棒は鉄くずと化す。

 フェリアは掲げた右手を開く。指一本一本を限界まで力いっぱいに。それに合わせるように球体を保とうとしていた水疱が空へと広がり始めた。


「アクアドーム」


 フェリアは静かにそう言い、右手を振り下ろす。すると、空に広がった水疱がゆっくりと広がりながら周囲を包み始める。その場にいる剛鬼二体と全ての黒鬼を覆うように。

 それから逃れようとする者は、水の膜から放たれる水の刃で体を切り裂かれ、または水のオオカミにかみ砕かれる。

 水の膜が地上へと降り、それは完全なドームと化す。

 その外に残されたのは柚葉、一人。

 茫然とその光景を見据え、荒い呼吸を繰り返し肩を上下させる柚葉は、呟く。


「何……これ……」


 独り言――ではなく、自分がまとう青龍への質問。

 その質問に青龍は静かに答える。


(あの娘の最大にして最強の術だ。近づくなよ。お前も巻き込まれる)


 青龍の言葉に「分かってるわよ」と、不満げに言う柚葉だが、そもそも動く事が出来ない為、近付く事などできなかった。

 青龍は知っている。フェリアの苦悩と積み重ねた努力の数を。この術を生み出すまでに費やした日々の修練を。



 逆巻く水のドームのその中に佇むフェリアは、膝に両手を置き呼吸を乱していた。

 ここまでは、まだ準備段階。それなのに、魔力の消費が著しい。

 流石に、これだけ広い範囲を覆う程の水を操るのはフェリアも初めてで、それ故に余分に魔力を消費しているのだ。


「さぁ……とっとと、終わらせますの……」


 俯くフェリアは勢いよく上体を起こし、空を見上げる。大きく開いた口で荒く呼吸を繰り返し、右腕を振り上げる。

 人差し指がピンと天を指す。

 その指がゆっくりと何度も空に円を描く。それに合わせるように周囲を包む水の膜も回転を始める。

 その回転は加速し、砂埃が舞い始めた。


「全てを呑み込みなさい! テンペスト!」


 フェリアがそう叫び、右腕を振り下ろす。すると、回転する水の膜から雨粒が次々と高速で撃ち出される。

 そして、それは、一瞬で鋭い刃となり、三六〇度全方向から嵐のように吹き荒れる。

 逃げ惑う黒鬼の群れ。

 体を丸める剛鬼。

 だが、逃げ場など無い。ただ一点、フェリアが佇む中心を除いて。

 砂埃舞う。

 水飛沫が弾ける。

 鬼の体が裂かれ、粒子が散る。

 力なく項垂れるフェリアは、瞼と閉じる。幾ら鬼とは言え、細切れにされていく彼らを見るのは辛い。

 だから、フェリアは躊躇っていた。この術を使う事を。

 だから、今まで使えなかった。こんな恐ろしい術を編み出した事を一馬に知られたくなかったから。

 この術に頼らなくても、どうにか出来たかもしれない。でも、柚葉に発破を掛けた以上、フェリアも全力を出す義務があった。

 深く息を吐く。

 耳に届いていた豪雨の音が次第に弱まっていた。

 ゆっくりと瞼を開く。

 ぼやける視界に美しい煌めきが微かに浮かぶ。

 それは、黒鬼と剛鬼の体が消滅し飛び散った微粒子と、覆っていた水の膜が弾け、降り注ぐ水滴によるもの。

 深く息を吐くフェリアは、天を仰いだ。

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