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第6回 知ってるか? だった!!

「一体、何が起きてるんだ!」


 声を荒らげる柚葉は両手に持った二本の刀、双龍刀を舞いながら振るう。

 淡い青色の輝きを放つ二本の刃は、閃光を走らせ、黒体を切り裂く。


「聞いていないぞ! 黒鬼いるなんて!」


 呻き声と共に浄化され消滅する黒い肢体の鬼、黒鬼。次々とそれを双龍刀で舞い踊るように切り付けていく柚葉の声が広がる。

 一方、フェリアは得意の水の魔法で次々と黒鬼の頭蓋を撃ち抜く。


「この化物がそのような名で呼ばれているなんて、知りませんの!」


 必要最低限の威力で、フェリアは魔力を温存する。黒鬼は鬼の割に脆い。故に頭を的確に撃ち抜けば、脆く崩れる。

 それでも、黒鬼の数は多い。倒しても倒しても次々に湧いてきた。

 砂を踏み締め、左足を軸に回転しながら自らを囲う黒鬼を切り裂いた柚葉は、右手に持った双龍刀の切っ先をフェリアへと向ける。


「弱いからって気を抜くなよ!」

「それは、こちらのセリフですの!」


 フェリアは右手の人差し指を柚葉の方へと向け、その先から水の弾丸を放った。青白い閃光を放つ弾丸は柚葉の顔の横を通過し、その背後にいた黒鬼の額を撃ち抜いた。

 額を撃ち抜かれた黒鬼は弾け粒子を化し、消滅する。


「言ったはずですの。わたくし達の目的はここを防衛する事と」


 フェリアはそう言い正方形の苔の生えた建造物を見上げた。

 人の手による建造物だが、この海岸には明らかに不釣り合いで、まるで砂浜に突如生えてきたようなそんな印象があった。


「これを防衛するのは分かったけど……なんなんだよ、これ……変な歌も聞こえてくるし……」


 眉間にシワを寄せ、黒鬼を軽くあしらいながら、正方形の建造物へと目を向けた。

 柚葉の世界――火の国からしては――、この建造物は異様なものだった。

 もちろん、フェリアも初めてこの建造物を見た時には驚きがあった。しかし、今ではもう大して気にしていない。


「わたくし達の目的は建物と言うよりも、その歌の主ですの!」

「はぁ? どう言うって、詳しい話は後だな」


 柚葉の表情を引き締める。明らかに黒鬼の軽い足音とは違う重量感のある足音。

 その音にフェリアも表情をこわばらせる。

 足音に二人を囲っていた黒鬼が距離をとった。


「おいおい。女二人かよー」


 ゲスな笑い声と共に冷やかな声がそう告げる。

 柚葉とフェリアの視線はその声の主へと向けられた。青紫の肢体の鬼、閃鬼三体と、大型の赤紫の肢体の鬼、剛鬼二体。

 大型の鬼、剛鬼はその手に金棒を握りしめ、それをゆっくりと振り上げる。


「さぁ、開戦と行こうか!」


 中央に佇む閃鬼が両腕を大きく広げ、声高らかに宣言すると同時に、二体の剛鬼が振り上げた金棒を柚葉とフェリア目掛け振り下ろした。



 衝撃が広がり、大量の砂が舞い上がる。

 思わず足を止める一馬は、大きく両肩を上下に揺らし、目を凝らす。一体、何が起こったのか、何が降ってきたのかをしっかりと確認する為に。

 そして、一馬の目は徐々に見開かれ、息を呑んだ後、声を上げる。


「ゆ、雄一!」


 後ろから迫る黒鬼の群れの事など忘れていた。それほど、その光景に驚いていた。

 僅かに窪む砂浜の中心に、仰向けに倒れる雄一。炎の翼は紅蓮のマントへと戻り、体は大量の砂にまみれていた。

 一馬の声など聞こえていないのか、苦悶の表情を浮かべる雄一の眼は真っ直ぐに上空へと向けられる。

 何があったのか、何故、空から雄一が降ってきたのか、そんな事を考える一馬もまた、その視線に気付き、空へと視線を向けた。

 そこには、一人の少年が浮遊していた。ローブをまとい、いかにも魔術師のような出で立ちの少年だが、そのローブの下に見え隠れする衣服は、よく見知った制服だった。


「アレって……」


 思わず一馬が呟く。


『知り合いか?』


 玄武の声が直に耳に届く。


「いや……そう言うわけじゃ――」


 一馬がそう答えた時、雄一がゆっくりと立ち上がり、紅蓮のマントを再び炎が包み込み、翼へと変化させる。

 その右手に持った紅蓮の剣は炎をまとい、完全に臨戦態勢に入っていた。怒りに満ちた眼差しを少年へと向ける雄一は、深く息を吐き出す。

 二度、三度と深呼吸を繰り返した雄一は、最後に大きく息を吐き出し、脱力する。一旦、冷静になる雄一は、視線を一馬の方へと向けた後、状況を確認する為に辺りを見回した。

 一馬の背後から迫っていた黒鬼達も、雄一が落ちてきた衝撃に驚き足を止めていた。それは、不幸中の幸いだった。

 落ち着きを取り戻した雄一だが、その表情は変わらず険しくその眼の奥には怒りが滲む。余程、地上に叩き落された事が頭にきているようだった。

 そして、その怒りは一馬へと向く。


「テメェ、何休んでんだ!」

「や、べ、別に……や、休んでたわけじゃ――」

「うっせぇ! 立ち止まってる暇あんなら、とっとと行け!」


 怒鳴る雄一に、一馬は眉間にシワを寄せる。言いたい事は多々あるが、それでも、言葉を呑み重い足を動かした。

 一歩、二歩と、進んだ所で、雄一は思い出したように、ポケットに左手を突っ込むと、「おい」と一馬を呼び止める。

 その声に一馬が雄一の方へと顔を向けると、小型で薄型の長方形の板が飛んできた。思わずのけ反り、胸の前で両手でそれを受け止める。


「こ、これって……スマホと、お守り?」


 両手に収まったのは、雄一のスマホとお守りだった。電池が切れたのか、スマホの方は電源はつかず、モニターは真っ暗なまま。そして、お守りはストラップとしてスマホに結ばれていた。

 困惑する一馬に対し、雄一は落ち着き払った声で告げる。


「ソイツは預ける。電池も切れてるし、持ってても邪魔になるだけだしな。それと、そのお守りもテメェに預ける。お前が一番あぶねぇ立場だからな。ご利益があるかはしんねぇーが、まぁ、俺には不必要だからな」


 雄一は眉間にシワを寄せながらも、白い歯を見せ笑みをこぼした。

 無理に作った笑顔だと言うのは、一馬にも分かった。何か、言葉を掛けようと、口を開きかけたがすぐに口を噤んだ。

 今の雄一に、一馬がかけられる言葉など無かった。いや、かけたい言葉は多々あった。だが、それを口にする事を躊躇った。考える事全てがマイナスへと向かい、一馬の言葉が雄一の死亡フラグに繋がるんじゃないか、そう思ったのだ。

 本来、こんな事を思う事はない。それだけ、雄一を信頼している。だが、今回はいつもと違う。それだけ、今回の雄一はおかしかった。

 グッと言葉を呑み、一歩踏み出す一馬に、


「後は任せるぞ」


と、背を向けたまま雄一は呟く。

 その言葉に、一馬は答えず唇を噛む。嫌な予感は一層強くなり、胸がざわつく。

 それでも、今、この時、この場所を任せられるのは雄一だけ。戦う力のない一馬にはどうする事も出来なかった。

 無力な自分に苛立ち、奥歯を強く噛む一馬は振り返らず走り出す。それが、今の一馬に出来る唯一の事だった。

 小さく深く息を吐き出す雄一は、遠ざかる足音を背に聞き、ゆっくりと視線を上げる。


(大丈夫か?)


 静かな朱雀の声に、雄一はもう一度深く息を吐き出す。


「いいのかい? 彼、一人で?」


 ゆっくりと上空から降り立ったローブをまとった少年が、含み笑いを浮かべながらそう尋ねた。

 その問いに雄一は不敵に笑むと、紅蓮の剣の切っ先をローブをまとった少年へと向ける。


「ようやくだ……ようやく……」

「……?」


 深々と被ったフードの奥の眼が訝し気に雄一を見据える。


「ずっと、テメェに聞きたい事があったんだ」

「…………その口振りだと、僕を知っているように聞こえるけど? 君とは初対面のはずだよ」

「あぁ? 当たり前の事聞いてんじゃねぇよ」

「…………君と話していると頭が痛くなりそうだ……」


 右手で頭を抱え、小さく頭を左右に振った。

 そんな少年に、雄一は肩を竦める。


「言ったろ。俺は、ずっとテメェに聞きたい事があったんだよ」

「初対面の僕に、君が? 君は、頭がおかしいのかい?」

「知ってるか? マンホールは異世界に繋がる魔法陣だって」


 雄一のその言葉に、少年の右の眉がピクリと動き、その表情はハッキリとは見えないが、明らかに殺意が広がる。

 その変化に雄一は首を右へと傾げ、挑発するようにもう一度訪ねる。


「なぁ、聞いてるか? マンホールが異世界に繋がる魔法陣だって、知ってるか?」


 雄一の言葉に黙り込む少年は、ゆっくりと右手を顔の高さまで上げる。

 それにより、周囲の鬼が臨戦態勢に入り、雄一も静かに紅蓮の剣を構えた。

 二人の視線が交錯し、数秒が過ぎ、少年が右手を下げるのと同時に、鬼達が動き出し、合わせたように雄一は背の翼で空を掻き空へと舞った。

 熱風を巻き上げ、火の粉を周囲に散布する。

 ローブをまとう少年は、ゆっくりと顔上げ、空を舞う雄一を睨んだ。


「いきなりだな。だが、答えねぇって事は――」

「ああ。知ってるさ。……当然だろ?」


 静かな声でそう発する少年に、雄一は「だよな」と口元に笑みを浮かべ、剛鬼が投げた大量の黒鬼を紅蓮の剣の一振りで熾した業火で一瞬で消し炭にする。

 消し炭になった黒鬼はすぐに弾け、粒子となり消えていく。色鮮やかな微量の光の粒。それが、夜の空へと美しく広がる。

 だが、唯一も、ローブの少年もそんなものに目を向けず、互いを見据えていた。雄一はふてぶてしい表情で、ローブの少年は怒りを押し殺したような眼で。

 剛鬼は次々と黒鬼を放り、閃鬼はそれをただ黙って見据える。雄一の隙を伺っているのだ。だが、黒鬼は紅蓮の剣の一振りで熾された炎で瞬殺。故に、それすらも出来ずにいた。


「おい。何をしている?」


 傍観する閃鬼に、ローブの少年は静かに尋ねる。殺意のこもったその声に、閃鬼は慌てたように身をかがめると、全身をバネのようにし跳躍する。

 そして、剛鬼が投げた黒鬼を踏み台にして雄一へと迫った。

 雄一はそれを目視すると、不愉快そうに舌打ちをする。この中で最も厄介な相手が閃鬼だと雄一は分かっていた。

 しかも、閃鬼は一体じゃない。三体だ。ほかの二体が何処にいるのか、それを一瞬で把握し、向かってくる閃鬼に目を向ける。

 閃鬼は空を自由に飛べるわけじゃない。黒鬼を足場に跳躍するだけ。故に、対処するのは容易だった。


(全てを焼き尽くす!)


 奥歯を噛み、紅蓮の剣を横一線に振り抜く。熱風が吹き抜け、次の瞬間、紅蓮の炎が吹き荒れ、黒鬼を焼き払う。

 だが、それが雄一の犯した唯一のミスだった。

 炎により、投げ出された黒鬼は一瞬で消し炭となり、弾け、粒子になる。それを見届け一呼吸吐く雄一。だが、その瞬間、視界は一転する。


「ッ!」

「油断したな」


 頭上で響く閃鬼の声。飛んできたのだ。雄一に悟られぬよう、炎が広がり視界が遮られた瞬間に黒鬼を蹴り更に跳躍したのだ。

 両肩を掴む閃鬼の手。その腕に力がこもり、閃鬼のしなやかな体が大きくしなり、雄一の体は勢いよく地面へと放り投げられた。いや、叩きつけられた。

 下は砂浜。故に、雄一が背中から叩きつけられると、大量の砂が舞い、唯一の体は弾まず、砂に僅かに埋もれる。


「くっそっ!」


 一瞬、呼吸が出来なかったが、すぐに呼吸を整え、雄一は立ち上がろうとした。だが、そんな雄一の両肩に上空から降り立った閃鬼の両膝が落とされる。


「うぐっ!」


 激痛が両肩を襲い、雄一の表情が苦悶に歪む。そんな雄一の顔を見下ろす閃鬼はふてぶてしく笑う。


「もう、終わりだ」

「っるせぇ! 勝手に終わらせんな!」


 両腕に力を込めるが、それを他の二体の閃鬼の足が阻止する。


「調子に乗りすぎだ」

「俺達を舐めるな」


 両腕、両肩を押さえつけられ起き上がる事も許されない雄一は、奥歯を噛み閃鬼を睨む。

 そんな雄一の耳に届く一つの足音。そして、静かな笑い声。


「無様だね」

「テメェ!」


 体に力を入れる雄一だが、微動だにしない。それだけ、閃鬼の力が雄一に勝っていた。

 ゆっくりと歩みを進める黒のローブに身を包む少年は、


「そうそう。答えていなかったね。さっきの質問」


と、足を止め雄一へと振り返る。

 眉間にシワを寄せる雄一は、ローブの少年を睨む。すると、ローブの少年は白い歯を見せ笑み、


「知ってて当然だろ? マンホールが異世界に繋がるって言ったの、僕なんだから」


と、告げ「それじゃあ、あとは任せたよー」と右手を振りながらその場を去っていく。

 その後ろ姿を睨む雄一。だが、そんな雄一に閃鬼は告げる。


「カズキを気にしてる余裕はお前にない! やれ!」


 肩を押さえていた閃鬼がそう言い跳躍すると、そこに一気に大量の黒鬼がなだれ込む。そして、その鋭い爪と牙が雄一へと襲い掛かる。


「うああああっ!」


 響く雄一の声を背に、カズキと呼ばれた少年は歩みを進める。目的は静かに響き渡る歌声の主の元へ。

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