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第5回 俺は正義の味方じゃねぇ だった!!

 一馬達は浜辺を駆けていた。

 波が寄せては還すその音が静かに響く中、聞こえてくるのは美しい歌声。

 言葉ではなくメロディーだけ。それでも、その歌声はとても優しく温かい。

 思わず聞き入っていたくなるが、一馬達は立ち止まる事なく走り続ける。砂を舞わせながら、ひたすらに。

 先頭を行くのは朱雀をまとう雄一。足元まで届く紅蓮のマントをはためかせ、砂浜を走るには不向きな赤いガントレットにブーツを身にまとっていた。

 その次に続くのは、淡い青色の羽織を揺らす柚葉。腰には両端に柄が刺さった鞘を差し、長い金色の髪はしっかりと頭の後ろで留めていた。

 それに続くのはフェアリスの制服姿のフェリア。胸元でリボンを弾ませ、羽織っている黒のローブの裾と一緒に短いスカートがはためく。

 最後尾には、当然のように一馬がいた。フェリアとはだいぶ距離があり、苦しそうに呼吸を乱す。

 右手で胸を押さえ、俯き加減に走る一馬を気にするフェリアに対し、雄一は静かに告げる。


「放って、おけ。人の心配、してる程……、余裕ねぇだろ」


 走っている為、途切れ途切れの雄一の言葉。その言葉はとても冷たく、フェリアは表情を顰める。

 だが、雄一の言っている事も理解していた。

 何も言わないフェリアに対し、柚葉は不満そうに小さく息を吐く。


「お前、アイツに対して、冷たすぎないか?」


 柚葉の問いに、雄一は不機嫌そうに「あぁ?」と答える。それでも、足を止めなかったのは、雄一がまだ冷静な証拠だった。

 小さく舌打ちをし、不愉快そうに眉間にシワを寄せる雄一は、振り返る事なく答える。


「アイツが勝手についてきたんだろ。自己責任だ」


 雄一の言葉に柚葉も黙るしかなかった。この件に関しては、圧倒的に雄一の言い分が正しかった。

 そんな柚葉に代わり、フェリアが口を開く。


「でも――」

「言っただろ。これは、アイツの自己責任だ。俺は正義の味方じゃねぇ。誰彼守ってやれる程、余裕はねぇ」


 落ち着いた口調の雄一。その背を見据えるフェリアは眉を曇らせる。その言葉の意味を――意図を――理解し、下唇を噛んだ。

 徐々に一馬と雄一達の距離は遠ざかっていく。胸を右手で押さえ、荒い呼吸を繰り返す一馬は、俯き加減に足を進め続ける。

 それでも、差は一向に広がっていた。


「ハァ……ハァ……」


 足が重く、もつれそうになるが、一馬は歩を止めない。これ以上、雄一達の足を引っ張るわけにはいかないと、一馬自身痛感していた。


(大丈夫なのか? 主よ)


 一馬へとそう問うのは玄武だった。前回は消耗が激しかった為、話す事すらなかったが、今回は柚葉がまとう青龍同様に、力になろうとしていた。

 そんな玄武の声に一馬は小さく頷く。

 しかし、玄武は何処か不安げに進言する。


(主よ。やはり、雄一殿の言う通り、残っているべきだと思うのだが?)


 玄武の言葉に一馬は全く反応しない。ただ、開かれた口で荒い呼吸を繰り返すだけ。

 故に玄武は更に言葉を続ける。


(流石に、ここ数日の主は、力を使いすぎだ)


 玄武の言う通り、ここ数日で、一馬は力を使いすぎていた。本来、召喚士とは、こう頻繁に召喚を行う事などない。

 それに、一馬は召喚士としての修行・鍛錬を行ってきたわけではない上、朱雀・青龍・玄武・白虎と四体もの聖霊と契約している。この時点で異常な事であり、体への負担は大きいのだ。

 それでなくても、精神を削られるような状況の連続。幾ら体力は寝て回復出来ても、精神的な疲れはそう簡単に抜けるものではなかった。

 それを知っているからこそ、玄武は厳しい口調で続ける。


(厳しい事を言うようだが、今の主では足手まといになるだけ。見てみろ。遠ざかっていく雄一達の背を)


 玄武の声に、一馬は顔を上げる。その視線が捉えるのは、立ち止まる事なく走り続け、遠ざかっていく雄一達の姿。

 分かっている。分かっているのだ。一馬も。自分が足手まといだと言うのは。

 だが、それでも――……


「わ、分かって……る……ハァ、で、でも……」


 掠れた声でそう呟く一馬に、玄武は声を荒げる。


(分かっているなら、何故!)


 主である一馬の事を気遣っているからこそ、玄武の声は大きくなる。


「そ、れ……でも……ゼェ、ゼェ……いか、なきゃ……」

(主が行った所で、何もできないのは分かって――)

(うるさい。玄武)


 玄武の声に反応したのは、白虎だった。

 前回、周鈴と共に戦い、大幅に消耗した為、反応すらなかった白虎だったが、流石に玄武の大きな声に反応せざる得なかった。


(マスターが決めた事。それに、私達は従うだけだ)

(しかし!)

(お前がマスターを心配する気持ちは分かる。前回の戦いも、前々回の戦いも、私達が上手く立ち回っていれば、マスターをここまで消耗させる事もなかった)


 眠そうな静かな声を紡ぐ白虎は、小さく欠伸をし、更に続ける。


(それに、マスターはバカじゃない。何か考えがあるんだろう)

(だからと言って、危険な場所に向かうなど――)

(どうだろうな。私が思うに、残った方が危険だった気がする)


 白虎の言葉に、一馬はピクリと眉を動かす。


(ここまでの敵の動きを見る限り、敵は、召喚士と言うものをよく知っている。だからこそ、前々回の土の山でのワイバーンに、青龍をぶつけざる得ない状況を作り出し、前回は私を消耗させた)

(なら、尚更――)

(冷静に考えろ。玄武。私は……眠い……。考えるのは……お前の役割だ……。その上、で……マスターの……力に、なって……やれ……)


 そこで、白虎の言葉が途切れた。

 前回の戦いで消耗した体力を回復する為に、眠りに就いたようだ。

 白虎の言葉を聞き、静かに息を吐いた玄武は、落ち着いた口調で語る。


(主よ。すまぬ。何か、考えがあっての行動だったのだろう。それでも、危険に身を置くのは、召喚士として失格だ。召喚士が死ねば、召喚している聖霊も消える。それは、朱雀をまとう雄一殿。青龍をまとう柚葉殿を危険に晒す事になる。こう、始めに説明すべきだった。すまない)


 玄武がそう言うと、一馬は小さく頭を横に振った。気にするな、と言うように。


(主が何をしようとしているのか、何をなそうとしているのか、我には分からない。しかし、考えがあるなら言ってくれ。我でよければ力になろう)


 玄武の言葉に、一馬が小さく頷く。

 その時だ。波が引き、地響きが微かに聞こえる。清らかな歌声を冒すように。

 地響きのするのは、一馬の後方から。振り返って確認などしない。しなくても分かる。それが、危険なものだと。

 直観ではない。感じるのだ。無数のうごめく気配を。



 当然、その地響きは前方を行く雄一達にも届いていた。


「チッ!」


 フェリアと柚葉に聞こえる程の舌打ちをする雄一は、苦悶の表情を浮かべる。

 そんな雄一に怪訝そうな眼を向ける柚葉は振り返ろうと足を止めようとした。


「止まるな!」


 だが、それを雄一の怒鳴り声が制する。思わず両肩をビクリと跳ね上げ、柚葉はまた怪訝そうに雄一の背を見る。


「状況を確認する位いいだろ?」

「確認しなくても分かるし、今はただ走り続けろ!」

「で、でも、一馬が――」


 二人の会話に、フェリアがそう割り込んだ。その言葉にもう一度舌打ちをする雄一は、「だから、来んなって言ったんだ」と、小声でボヤキ、


「アイツの事は、俺が何とかする、お前達は目的の場所まで走れ!」


と、告げ、反転する。


「お、おい!」


 柚葉がそう言った時には、雄一のまとう紅蓮のマントが炎に包まれ、そのまま炎の翼へと姿を変え、空へと舞った。

 衝撃で巻き上がった砂が、火の粉と共に地上へと降り注ぐ。

 何が何だか分からない柚葉はフェリアへと目を向ける。


「説明はしてくれるんだろうな?」

「…………多分、説明をしなくても、すぐに分かると思いますの」


 不安そうに眉を曲げ、フェリアは走る速度を上げた。それに合わせ、柚葉も不満を持ちながらも走る速度を上げた。



 紅蓮の炎をまとう翼で風を裂きながら、滑空する雄一。

 翼からは火の粉が散り、それが不思議と闇夜の空を美しく彩る。

 金色の髪を揺らし、険しい表情の雄一は、薄っすらと唇を開き、ボソリと呟く。


「朱雀。索敵」


 雄一の言葉に対し、


(すでに索敵は展開している。それより、大丈夫か?)


と、雄一の頭の中に朱雀の声が響く。

 ピクリと右の眉を動かす雄一は、眉間にシワを寄せ目を細めた。


「俺より、テメェの飼い主の心配しろ」


 雄一はそう言い、視線を地上へと向ける。

 砂浜を駆ける一馬の姿。その後方には砂煙と飛沫を巻き上げる軍勢。その数は――


(千はいるな)

「所詮、有象無象の波だ」


 雄一はそう言い辺りを見回す。

 千はいる軍勢。それは、黒鬼の群れ。黒く小柄な体故、群れを成し迫る様は、荒々しい波のよう故に、雄一はアレを“波”と呼んでいる。

 呑まれれば間違いなく助からない。幾ら雄一でもこの数にはどうにもならない。

 それに――


「アイツは?」


 敵は黒鬼だけではない。


(まだ、姿はない)


 砂塵と飛沫の向こうに薄っすら浮かぶ巨大な影。


(剛鬼の姿。数体確認)

「んなの見りゃ分かる!」


 翼を窄め、雄一は急降下する。流星のように火の粉を噴かせて。

 ――だが、


(来るぞ!)


 美しい歌を汚す地響き。その奥で僅かに弾けた破裂音が数発。

 窄めた翼を広げ、勢いを殺す雄一は、背筋を伸ばし視界を広げる。火の粉が派手に舞い、その場で滞空。右、左の順に視線を向けた後、紅蓮の剣をその手に呼び出す。

 そして――


「鬱陶しい!」


と、両手で紅蓮の剣を右から左へと力いっぱいに振り抜いた。

 朱色の刃が赤い線を闇夜へと引く。

 遅れて、


「ケケケッ! 見つけたぜ」

「引きずり降ろしてやんぜ!」


 青紫の肢体の鬼、閃鬼が飛んできた。

 先程の破裂音は剛鬼が閃鬼を投げた音だった。

 そんな閃鬼を一瞥し、


「消えろバカが」


と、雄一が呟くと、先程闇夜に引いた赤い線が発火し、飛んできた閃鬼を焼き払う。

 一瞬で焼きつくされた閃鬼は粒子となり空へと消える。

 大きく開いた口で荒く呼吸を繰り返す雄一の額から大粒の汗が零れた。


(また来るぞ!)


 破裂音が聞こえ、閃鬼が放たれた事を理解する。

 小さく舌打ちをする雄一は、左手の甲で額の汗を拭い、


「次から次へと……マジ鬱陶しい……」


と、雄一は険しい表情を浮かべる。


(雄一!)


 朱雀の声に雄一はハッとする。が、直後、背中を襲う衝撃。


「グッ!」


 噛み締めた歯の合間から血が噴き出す。そして、雄一の体は地上へと落下する。その最中、


「待たせたね」


と、静かな少年の声が、耳に届いた。

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