第4回 休息だった!!
「……話は、分かった」
吐息交じりに答えた柚葉は、項垂れるように脱力した。
そして、不満そうに眉間にシワを寄せ、ジト目を一馬へと向けた。
「それで、どうして私なのかしら?」
フェリアと同じ金色の髪をサラリと揺らす柚葉は、羽織の裾から見える細く綺麗な指でコメカミを押さえ、深々と息を吐き出した。
「分かったんじゃなかったのかよ……てか、海苔くらい巻けよ……」
呆れたように雄一はそう言うと、手に持った不格好な握り飯へとジト目を向ける。
その言葉に柚葉はピクリと右の眉を動かした。表情には一切出さないが、明らかに雄一の言葉に不快感を抱いていた。
雄一の余計な一言により、場の空気が重くなったのを感じ、眉間にシワを寄せる一馬。そして、フェリアも困ったように息を吐き、不格好な握り飯を両手で持ち口へと運んだ。
今回の件に関し、フェリアは完全に傍観者となる。余計に口を挟み話が拗れる事を嫌った、と言う事もあるが、最大の要因は――
(ノリ? …………一体、なんですの?)
小さな口で握り飯を頬張りながら、そんな事を考えていた。
そんなフェリアを横目に、困ったように眉を曲げる一馬は、目を細めると深々と息を吐く。
「そんな文句ばっかり言うなよ。急な事なのに用意してくれたんだから」
ジト目を向ける一馬は、もう一度深いため息を吐き、握り飯を口へと運んだ。
一馬が口にする形の悪い握り飯は、ここに急遽呼ばれる事になった柚葉が用意したものだった。
夕暮れ前に目を覚ました雄一が、「腹が減った」と、言いだしたのがそうなる要因となった。本来なら、前日に海で魚を幾らか捕まえておくのだが、一馬が来たと言う事もあり、色々とたて込みそれが出来なかったのだ。
空腹ではこの先の戦闘にも支障をきたすと言う事で、柚葉に食べるものを用意してきてもらったのだ。
渋々握り飯を口へと運ぶ雄一は、一口かじり咳き込んだ。
「ゲホッ! ゲホッ!」
「お、おい。大丈夫かよ?」
「あ、ああ。だいじょ、ゲホッ、ゲホッ!」
「ホント、大丈夫か?」
立ち上がろうとした一馬を左手で制し、雄一は顔を背け何度か咳を繰り返す。
不安そうな一馬。そして、動揺の色を隠せない柚葉。流石に自分が作った握り飯を食べた途端に咳き込まれれば、責任を感じてしまう。
そんな中でも落ち着き払うフェリアは、ほんの一瞬眉を顰めた後、小さく息を吐き、もう一口握り飯をかじった。
一分程、咳き込んだ雄一は、「ゼェ、ゼェ」と両肩を大きく上下に揺らし呼吸を整える。
「おい。本当、大丈夫なんだろうな?」
雄一があまりにも苦しそうだった為、もう一度一馬はそう尋ねた。
だが、雄一の答えは変わらない。
「だい……ゼェゼェ……じょうぶだ……」
胸に左手を当て、呼吸を整える雄一の姿は、何故か痛々しく見えた。
そして、その光景に、一馬の脳裏に一瞬昔の事がフラッシュバックした。まだ小さな――ランドセルを背負っている頃の――。
「……ッ」
当然、動悸が一馬を襲った。それを思い出してはいけない――。あの当時の自分が、そう言っているようだった。
左手の人差し指と中指でコメカミを押さえる一馬は、下唇を噛み二度、三度と頭を小さく振った。
動悸はすぐにおさまり、一馬は複雑そうに眉間にシワを寄せる。
「あーぁ……死ぬかと思った……」
天を見上げ雄一がそう口にした。
「なっ! 私が毒をもっていたかのような発言はやめろ!」
責任を感じていたのだろう。思わずそう声を荒らげる柚葉は、右往左往していた。
「誰もんな事言ってねぇよ」
呆れたように目を細める雄一は、やや冷やかな目を柚葉へと向け、大きくため息を吐いた。
それから、一馬、フェリアの順に目を向け、
「毒が盛られてたら、もれなく全滅だろ」
と、言いケラケラ笑う。
そんな雄一へと不服そうに頬を膨らせる柚葉だったが、ググッと怒りを呑み込む。柚葉自身、自分の料理の腕前を良く知っていた為、文句を言える立場でない事は重々承知のうえだった。
柚葉の気持ちなど知らず、雄一は相変わらずケラケラと笑う。左手で頭を抱える一馬は、眉間にシワを寄せ小さく息を吐く。
「それ位にしておけよ。雄一」
いつになく静かな口調の一馬に、雄一は肩を竦め小さく頭を左右に振った。
「おいおい。マジになるなよ」
「別に、そんなんじゃ……ちょっと、頭痛がしただけだよ」
表情を顰める一馬に、「しっかりしてくれよな」と、雄一は呆れたようにため息を吐いた。
「大丈夫。軽い頭痛だし、すぐ治まるよ。それよりも、お前はどうなんだよ? 酷く苦しそうに咳き込んでたけど」
ジト目を向ける一馬に、肩を竦める雄一は、小さく頭を振り、バカにしたように息を吐いた。
「テメェに心配されなくても大丈夫だ。さっきは、塩の塊にあたって、思わず咽たら、気管に米粒が入ったんだよ」
「塩の塊?」
訝し気な表情を浮かべる柚葉に、雄一は不満そうに目を細める。
「お前、料理とかしねぇだろ?」
「ムッ……。ま、まぁ……たまに程度にはしている……」
明らかに目が泳ぎ、視線がそれる。明らかな嘘だと、一馬もフェリアも分かった。
だが、一馬は苦笑するだけで、フェリアも無言を貫いた。フェリアに関しては、自分も料理を殆どしない為、ここで言葉を挟むべきではないと判断した結果だった。
呆れ顔の雄一は、深く息を吐き出し、肩を竦め頭を振る。
「はぁ……料理なんて出来るのが当たり前だろ」
雄一のその発言に、柚葉はムッとした表情を見せた。
そして、一馬もさすがに口を挟む。
「言い過ぎだぞ。雄一。それに、そう言うのは男女差別じゃないか?」
「はぁ? 俺がいつ差別したよ?」
「料理が出来るのが当たり前って所だよ」
雄一へと一馬が即答する。だが、雄一は呆れた様子で一馬を見据え、深いため息とともに右手で頭を抱える。
「な、なんだよ?」
「あーあ……呆れてモノも言えねぇ……」
「どう言う意味だよ! それ」
「バカの相手は疲れるって意味だ」
もう一度大きなため息を吐いた雄一は、ジト目を一馬へと向ける。
「俺が、いつ、“女”が、料理が出来るのが当たり前って言ったんだ? えぇ! 生きていくうえで、人として料理が出来るのが当たり前だって話をしてんだよ! 男だの女だの関係あるか!」
「いや……別に料理が出来なくても――」
「カァーッ! お前は……ハァ……」
「な、なんだよ……。別に、困りはしないだろ? 料理が出来なくても……」
雄一の反応に困り顔の一馬は、柚葉とフェリアへと視線を向けた。
一馬の意見に、柚葉もフェリアも賛同していたが、雄一のあまりの迫力に、二人は沈黙を選択する。これが、最善の選択だと、二人は理解していた。
矛先が一馬に向いた事により、雄一から解放された柚葉は、安堵したように息を吐き、自らが握った握り飯を頬張った。
その後、洞窟内に雄一の声だけが響き渡り、一馬はそれを正座をして聞く羽目となった。
「ったく……無駄に疲れた……」
どれ位の時間、料理の大切さを力説していたのか分からないが、雄一は疲れ切った様子で壁にもたれかかり天井を見上げていた。
「疲れたのはこっちだよ……」
雄一に聞こえない程の小さな声で呟いた一馬は、正座によりしびれた両足を投げ出し壁にもたれていた。
沈黙する二人を余所に、腹ごしらえを終えたフェリアは、背骨を鳴らすように両腕を振り上げ伸びをする。
その様子に柚葉は腕を組み小さく鼻から息を吐いた。
「ようやく、本題に入れそうだな」
柚葉はそう切り出し、穏やかだった目つきを鋭くする。
流石に空気がピリッと引き締まり、雄一とフェリアの二人も真剣な表情を見せた。
空気の変化を感じ、一馬も息を吐き出し気持ちを切り替え、落ち着いた様子で口を開く。
「もうすぐ陽が落ちる。一体、何が起きるんだよ」
「何でお前が仕切ってんだ」
すぐさま雄一が不満そうに口を挟み、
「話が進みませんの」
と、フェリアは呆れたように告げ、大きなため息を吐いた。
「どうでもいい。さっさと話しを進めろ」
また、話が脱線しそうな雰囲気を感じ、不機嫌そうに柚葉は眉を顰める。
そんな柚葉の態度に雄一は、一瞬不快な表情を浮かべるが、すでに陽が落ちそうだった為、グッと怒りを堪え、フェリアへと話を進めるようにと、頭を小さく動かし促した。
それを理解し、フェリアはもう一度ため息を吐き、右手で右のコメカミを押さえながら話を戻す。
「これから、わたくし達は、ある場所の防衛を行う事になりますの」
「ある場所? ここじゃないのか?」
目を細める柚葉は、腕を組み小さく首を傾げた。
「えぇ。ここは、陽のある内の避難場所ですの。日中はここにいないと、すぐに熱中症になってしまいますの」
「で、俺がこの場所を作った」
さも当たり前のようにそう発言した雄一は、肩を竦め小さく首を左右に振った。
簡単にこの場所を作った、と雄一は発言したが、この洞窟は結構深くとても簡単に作れるような場所ではない。
だが、それは人の力だけでは、の話で、朱雀をまとった雄一にならば、余裕だったと言う事なのだろう。
改めて朱雀の力の凄さを理解し、一馬は苦笑し、目を細めた。
「話を戻しますの」
フェリアはそう言うと落ちていた木の枝を拾い上げ、その先を地面に走らせ、簡易的なこの辺りの地図を書き記した。
そして、今現在いる洞窟を丸で囲い、
「ここが、わたくし達が今いる場所ですの」
「大分、岸からは遠いんだな」
「満潮時でも海水が届かないように配慮した結果ですの」
一馬の疑問にすぐさま返答し、フェリアはスススーッと、地面へと線を引き、やがて円を描く。
「目的の場所は、ここです」
「ここですと……言われてもな……」
腕を組む柚葉が困ったように眉を顰める。簡易的な地図を書いているものの、一馬も柚葉も実際にこの周辺を散策したわけでもなく、詳しく一帯の地理を理解しているわけでもない為、フェリアの説明では、その場所がどんな場所で、ここからどれ位離れた位置の存在するのか分からなかった。
それを理解してか、雄一は鼻から息を吐き答える。
「まぁ、距離は二、三〇〇メートル位の場所だ。そう遠くはねぇよ。方角は大体、東の方だろう。詳しくは知らねぇけど」
ぶっきら棒な答えに、柚葉は納得したのか小さく頷く。
「なるほど。近場ね」
「と、言っても、あくまでも入り口は、ですの」
「…………入り口は?」
一馬が聞き返すと、雄一は「ああ」と答え小さく頷いた。
「あくまでも入り口だ。俺達は、そこを防衛してんだよ」
「えっ? なんの為に?」
当然の一馬の疑問に、雄一は眉を顰め、
「そろそろだな」
と、フェリアへと目を向け、
「そろそろですの」
と、フェリアは洞窟の出入り口へと複雑そうな眼を向ける。
わけが分からず一馬と柚葉は顔を見合わせた。