第10回 決着は突然に……だった!!
それは、一瞬の出来事だった。
褐色白髪の鬼人ですら何が起こったのか気づく事が出来ない程の一瞬の出来事。
たった一度の瞬きの後、右から左へと振り抜かれた周鈴の右腕。その手に握られた短刀白蓮が、スルリと手から零れ落ちた。
カランッと澄んだ音を僅かに響かせ、同時に周鈴の呻き声が広がる。
胸を抑え、体を丸め、苦しむ周鈴。体中に走る激痛。振り抜いた右腕は力なく項垂れ、苦しむ周鈴が身を捩るたびに、ぶらんぶらんと力なく揺れる。
苦しむ周鈴の姿に、褐色白髪の鬼人は一瞬戸惑う。
何故なら、彼女は確かにその刃を振り抜いたはずなのに、何も起こらなかったからだ。
突風が吹き荒れるわけでもなく、衝撃が起きるわけでもない。ただ静寂だけが過ぎる。
轟々と響いていた風の音も、周鈴が身にまとっていた荒々しい風も、消えていた。
両手で鋼鉄の棒を振り上げる褐色白髪の鬼人の表情から戸惑いが消える。悟ったのだ。周鈴は力尽きた。最後の一撃を放つ前に。
だから、何も起きなかった。
周鈴がまとっていた風も消えた。
全てを失い、無力となった周鈴。彼女に残るのは全身を襲う激しい痛み。
苦しむ周鈴の姿を見下ろし、肩を小刻みに震わせる褐色白髪の鬼人は、舌なめずりをする。
「残念だったな。もう……おわ……り…………?」
突如、褐色白髪の鬼人の言葉が――、声が――、途切れる。
困惑した様子の褐色白髪の鬼人。その手からスルリと鋼鉄の棒が落ち、澄んだ金属音を周囲へと広げた。
何が起こったのか、そう考える褐色白髪の鬼人の視界に、微粒子の光が映る。
そこで、ようやく褐色白髪の鬼人は事態を呑み込む。
「うぐっ……ま、まさか……」
自らの体へとゆっくりと目を向ける。だが、その瞬間、体が崩れる。上半身――丁度、鳩尾の辺り――から上下に綺麗に真っ二つにされ、褐色白髪の鬼人の眼には、仁王立ちする自らの胸から下が映っていた。
頭から地面へと落ちる。遅れて、腕が力なく地面にたたきつけられた。
土埃が舞い、静かに消える。
あまりの速さに――、あまりの鋭さに――、斬られた事すら認識する事が出来なかった。
「ぐっ……こ、この俺が……」
斬られても尚、意識を保つ褐色白髪の鬼人。苦悶の表情を浮かべ、怒りを滲ませた眼を周鈴へと向けた。
だが、すぐにその目は緩み、口元には薄ら笑いを浮かべる。
胸を押さえ、激痛に蹲る周鈴には、その表情は見えない。しかし、声が耳に届く。
「く、くくっ……残念、だったな……俺は、ただの……時間…………稼ぎ…………だ…………」
褐色白髪の鬼人がそう口にすると、微粒子の光を溢れさせていた肉体は土へと変化した。いや、変化と言うよりも、土へと戻ったと言う方が正しい。
土へと戻った褐色白髪の鬼人の肉体は崩れ落ち、原型はなくなってしまった。
完全に褐色白髪の鬼人の気配は消え、静寂が場を支配する。
そして、白虎は理解した。褐色白髪の鬼人が何故、このような大掛かりな迷路を作り出したのか、を。
白虎はこの迷路を作ったのは二つの理由があると考えていた。
一つは白虎の能力“加速”を殺す為。その為、迷路内は複雑に入り組んでいた。
もう一つは、術者である褐色白髪の鬼人の姿を隠す事。それは、間違いなく周鈴を消耗させる為のもの。だが、姿を隠す事にはもう一つ意味があった。
それは、褐色白髪の鬼人本人が、完成度の高い自らの土人形と入れ替わる事。
まさか、そんな事してくるなどと、白虎は思ってもみなかった。
いや、それどころか、褐色白髪の鬼人は、白虎が風を迷路内に流し、迷う事なく自分に辿り着く事を想定し、地中を移動していたようだった。僅かに穴を掘った跡と、埋めた跡が残されていた。
(随分と切れ者なのだな……)
関心と感服。
ここまで、してやられたのは、白虎としても記憶になかった。
すでに、限界で、全身に激痛を伴う周鈴。この痛みから解放すべく為、白虎は静かに息を吐き、武装を解こうとした。
だが、その時、周鈴が呟く。
「ま……だ……だっ!」
激痛で立ち上がる事さえ、出来ない周鈴。その手が、その指先が、地面を掻き、力強く握りしめられた。
奥歯を噛み締め、激痛に表情を歪めながらも、強引に立ち上がろうと両腕を震わせ、上半身を浮かせる。
(む、無茶だ! 周鈴! あなたの体は、すでに限界! それに、加速の時間もあと数秒しかない!)
「な、なら……も、もう一度……武装すれば……ガハッ!」
吐血し、周鈴の額が地面へと落ちる。上半身を持ち上げたが、腕がそれを支える事が出来なかった。
(何を言ってるんだ。武装を解除した所で、すぐに武装は出来ない。それに、マスターにも大きな負担がかかる)
「それ……でも! 僕はやらなきゃいけない……あい、つを……む、向こうに行かせる……わけ……には……」
そう発しながらも、周鈴の意識は気持ちと裏腹に、ゆっくりと落ちていく。暗い闇の中へと。
「ハァ……ハァ……」
呼吸を乱すジャック。
その額からは血が流れ、体中傷だらけだった。
「まだ、やる気ですか?」
佇むリザが、静かに問う。
息一つ乱さず、尚余裕の窺えるリザに、ジャックは不敵に笑む。
「……当然だ」
強気な口調で答え、低い姿勢で駆け出す。
どれほどの戦いを繰り広げたのか、地面は大きく抉れた場所や、無数に鋭く突起した場所が存在していた。
土の塊も多く散乱しており、走るには相当足場が悪かった。それを苦ともせず、ジャックは軽快に素早くリザとの間合いを詰める。
しかし、リザはそれをさせまいと、ジャックへと右手をかざす。
「ロックアップ」
リザの静かな声と共に、ジャックの足元の土が隆起し、その体を空へと打ち上げる。
「チッ!」
大きな舌打ちをしながら、体勢を整えるジャック。だが、そんなジャックに向けられるのは、リザの冷やかな眼差しと、親指、人差し指、中指を立て、作った右手の指鉄砲だけ。
すでに、その指先には魔力が凝縮され、まずい、とジャックが思うよりも先に、それが放たれる。
それは、すぐに分裂し、鋭い土の棘へと変化し、ジャックの体を撃ち抜く。
避ける事は不可能だと判断したジャックは、被害を最小限に抑える為、膝を抱きかかえるように胸の前まで引き、腕は顔を守るように額の前で交差させる。
致命傷だけは避けなければならないと判断した結果だ。
激しく襲い掛かる土の棘に耐えつつ、交差させた腕の合間から鋭い眼光をリザへと向けるジャック。ジッと反撃のチャンスを窺うが、リザは一切の隙も見せなかった。
両腕、両足の皮膚が裂け、鮮血が地上へと散る。やがて、土の棘が止み、身を縮めたジャックの体が背中から地面へと落ちた。
落ちた衝撃で縮まった体が広がり、「カハッ」と口から血が吐き出された。
仰向けに倒れ、大口を開け荒い呼吸を繰り返すジャックに、リザはゆっくりと歩みを進める。
「力の差は歴然。それでも、あなたは何度も私に挑む。……一体、何が目的ですか?」
静かな問いかけに、「くくくっ」と血を吐きながらジャックは笑う。
「何がおかしいのですか?」
「もく……てき? ゲホッ! ゲホッ! 決まってる……だろ。テメェの目玉だよ!」
咳とともに吐き出した血で口の周りを赤く染めるジャックは、血で染まった白い歯を見せ不敵に笑む。
「聞こえる……だろ? 足音が」
「足音?」
ジャックの言葉に訝し気に首を傾げるリザは、耳を澄ませる。
風の音の中、確かに一つの足音が微かに聞こえた。その聞き覚えのない足音から、それが、一馬や夕菜、周鈴とは異なる人物であると気付き、小さく頷く。
「……なるほど。仲間が助けに来ると……言うわけですか。でも、残念ながら、彼が来た所で、この状況を打破することはできないと、私は進言しますよ」
冷やかな眼差しをジャックに向けながら、冷静に状況と戦力を分析しリザはそう伝えた。
だが、ジャックの笑みは崩れない。
「近付いて……来たぞ……。お前を、死へと……誘う……足音が……」
肩を揺らし、ジャックは静かに笑う。
不快そうに眉を顰めるリザ。だが、ジャックから目を離す事はなかった。この状況で、最も注視しなければいけない人物が、ジャックであるとリザは知っていた。
今にも息絶えそうなジャックだが、それが演技である可能性が大いにあると、リザは警戒しているのだ。
もし、そうだとすれば、下手に後ろを確認しようものなら、一瞬で首を切り裂かれかねなかった。
それほど、ジャックと言う男は危険な存在だった。
「ハァ……ハァ……」
呼吸を乱し駆ける褐色白髪の鬼人。ようやく、彼はようやくジャックとリザの姿を視界へ捉えた。
状況をすぐに理解する。だが、それに驚きはなく、むしろそれは、想定内だった。
故に、褐色白髪の鬼人は深く息を吸い、叫ぶ。
「来るぞ!」
褐色白髪の鬼人は飛び込む。両手を地面へと着き、肘、胸、顎、腹、足の順に地面へと倒れ、スライディングするような形で動きを止めた。
大量の土煙が舞い、すぐに消える。
褐色白髪の鬼人になど目もくれていなかったリザだが、その脳裏に先程の言葉が引っかかった。そして、ジャックの言葉を思い出す。
“聞こえる……だろ? 足音が”
何故、あの時、ジャックは“足音”を強調したのか。いや、それ以上に、何故、足音の事を口にしたのか。
あの時、風の音が多少あり、ジャックがそれを口にするまで、リザは気付く事はなかった。足音に意識を集中しなければ、褐色白髪の鬼人の接近など気付かなかった。
不意打ちを仕掛けるなら、わざわざそんな事を教える必要はなかった。
ならば、何故、ジャックはそうしたのか。
そう考えた時、リザは一つの答えを導き出す。
(まさか!)
脳裏に導かれた答えに、すぐに振り返る。
視線の先に地面に倒れ込む褐色白髪の鬼人が、両手をついているのが見えた。直後、その頭の上を鋭い刃が通り過ぎる。
甲高く鋭い風音を広げながら。
一目見て理解する。それをかわすのは不可能だと。
あまりにも速度が出ており、脳裏に真っ二つにされる姿がイメージされる。
「ッ!」
小さな舌打ちをするリザはかわす事が不可能ならばと、魔力を全身から放出し、右足のつま先を軽く上げ、そのまま足の裏で地面とトンと叩いた。
それにより、リザの全身から放出していた魔力が地面へと広がり、一瞬で正面に分厚い土の壁を生成する。
出来うる限り密度は高くし、硬質な物質を多く含んだ土で形成した壁。
故にリザには自信があった。迫る風の刃を防ぐ自信が。
鋭い風の刃が、リザの作り出した土の壁と衝突。
リザの自信通り、土の壁は鋭い風の刃を防ぐ。だが、それでも、風の刃の勢いは止まらず、衝撃と突風がその場に吹き荒れる。
「ッ!」
僅かに表情を険しくする。しかし、ゆっくりとだが、風の刃の勢いは失われていたが、生成した土の壁は密度が高い事もあり、傷一つつかずにいた。
故にリザは安堵する。
(これなら……大丈夫……)
右手で土の壁に触れながら、小さく息を吐くリザを、ジャックは鼻で笑う。
「ふっ……この戦い……あんたの負けだ」
「…………?」
ジャックの言葉に怪訝そうに眉を顰めるリザは、右手で土の壁に魔力を送り続けながら、体の向きを変え、ジャックへと目を向ける。
「何を――」
「流石に……焦ったか?」
リザの言葉を遮り、ジャックは言葉を続ける。
だが、ジャックの言っている意味が分からず、リザの表情は変わらず怪訝そうにしていた。
それに、横たわり動けないジャックに“負け”と言われるのは、正直不愉快な所でもあった。
「一体、何を言ってるんですか?」
「ふふっ……違和感はなかったか?」
仰向けに倒れるジャックはわずかに胸を、肩を揺らし笑いながら、リザへとそう投げかける。
その言葉の意味する所を考えようとしたリザだが、すぐに表情を曇らせた。ジャックの言う事に、リザも心当たりがあった。
それは、とても些細な事。リザも然して気にしていなかった事。
だが、ジャックに言われてそれが、リザの中で大きく膨れ上がる。
「くくっ……何か、引っかかる事はないか?」
ジャックの言葉にリザの眉がピクリと動く。
胸の奥でドクッと心臓が大きく跳ね、疑念と不安が増幅される。
「さぁ……」
ジャックが瞼を閉じ、口元を緩ませる。
と、同時に褐色白髪の鬼人も笑みを浮かべ、
「――解除」
と、地につけた両手を離す。
「さて、問題だ」
ジャックの問いかけに、思案していたリザは我に返る。
「密度の高いものの中に空洞が出来ればどうなる?」
「――!」
リザは気付く。
右手で触れる土の壁の異変に。
「答えは――」
リザの作り出した土の壁に、風の刃が減り込み、
「――崩壊する」
ジャックの言葉と同時に、土の壁は脆くも砕けた。
密度の高かったはずの土の壁の中は空洞で、飛び散る破片も軽い音を立て地面へと落ちる。
そして、リザの体も――。
「ゲフッ……」
血が吐き出され、胸から真っ二つにされた体は大量の血を地面へと広げる。
深緑色の長い髪が地面に広がった血に染まった。
倒れた衝撃で眼鏡は飛んで行ってしまい、金色の眼が虚ろな瞼の向こうで煌めく。
リザの霞む視界に、ジャックの姿が映る。肩で息をし、ふらつくジャックは、小さく息を吐く。
「あんたは……強かった……。正直、あんたと俺の勝負は、完敗だ……。だが……」
ジャックはそう言い、ゆっくりとリザの目へと手を伸ばす。
「最終的に勝ったのは俺達だ」
リザの耳に届くジャックの声。
そして、生温かな指の感触と、想像だにしない激痛と共に、リザの視界から光が消えた――…………
「ぬあっ!」
周鈴は慌てた様子で目を覚ました。
だが、すぐに全身に激痛を伴い、「うぐっ!」と声を漏らし、背を丸める。白虎の能力による副作用で、体の節々や筋肉繊維も損傷し、少し動くだけで耐え難い激痛が伴う。
奥歯が軋む程強く歯を食い縛る周鈴の額には大粒の汗がぶわっと湧き出す。
「……目が覚めたか?」
静かな声が響き、小さな吐息が吐き出される。
その声の主に、周鈴はゆっくりと顔を向けた。
「あ、あんた……生きて――はぐっ!」
すべてを言い終える前に、周鈴の上半身はベッドの上へと戻された。
「安静にしていろ。あなたは重傷なんだ」
緑がかった長い黒髪がふわりと揺れ、穏やかな愛らし顔が周鈴を見据える。
その顔に周鈴は眉間に皺を寄せた。
「どう言う……事だ?」
鋭く冷めた目が彼女を睨み、殺気が全身が放たれる。
周鈴の目にした顔は――間違いなく夕菜の顔だった。
だが、耳にした声。その声は間違いなくリザのものだった。
そして、その声は今、目の前にいる夕菜の口から発せられたものだった。
殺意のこもった眼差しに、右手で頭を抱える夕菜――いや、夕菜の姿をしたリザは、小さく息を吐く。
「そう殺気立つな。今、説明する」
彼女はそう言い、簡潔に説明を始めた。
「……で、両目を奪われ、消滅寸前だったあんたを救う為に、夕菜が契約した、と?」
リザの説明を受けた周鈴は、疑いの眼差しを向けたまま、そう確認する。
両手を顔の横まで上げ、小さく二度、三度と頷くリザは、「そうだ」と答え、もう一度深く息を吐いた。
「信用出来ると思うか?」
あくまでも疑う周鈴に、リザはジト目を向ける。
「疑り深いな」
「警戒心が強いと言って欲しいね」
「…………はぁ。なら、君の中の聖霊に聞けばいい」
「聖霊?」
ピクリと眉を動かした周鈴に、リザは二度三度と頷く。
「ああ。聖の力である聖霊を宿していると、魔の力の私と契約出来ないのでな。彼女の中にいた聖霊を君に移した。まぁ、彼女の中の聖霊は、元々、君の一族に代々受け継がれてきたものらしいじゃないか。その方が都合がいいだろ?」
リザの言葉にムッとした表情を向ける周鈴は、右手を胸の上に置き瞼を閉じる。
(…………聞こえる?)
静かに心の中でそう呟く。
すると、二つの声が頭の中に響く。
『聞こえてます。周鈴様』
『私にも聞こえています』
一つは慣れ親しんだ石象の声。そして、もう一つは、兄である周蓮が宿した聖霊――石犀の声だった。
懐かしいその声に、唇を噛み締める周鈴は、瞼を震わせる。
そんな周鈴の姿に、安堵したように息を吐くリザは、顔の横まで上げていた両手を下ろす。
そして、しばらく何も言わず彼女を見守った。
「で、あいつはどうしたんだ?」
周鈴の中で、どんな会話が行われたのか、先程まであった警戒心はなくなり、落ち着いた口調でリザへと問いかける。
「……あいつ? …………ああ。彼でしたら、すでにここにはいませんよ」
リザは周鈴の言う“あいつ”が、一馬である事をすぐに理解し答えた。
訝しげな表情を窺わせる周鈴は、小さく首を傾げる。
「どう言う事だ?」
「言葉通りの意味ですよ」
小さく肩を竦めるリザに、周鈴は不愉快そうに眉を顰めた。
その様子に気付いたリザは、鼻から静かに息を吐き、
「彼は、次の場所に飛ばされた、そう言う事です」
と、静かに答える。
だが、周鈴は納得していない様子で、一層深く眉間にシワを寄せる。
「もう一度聞くぞ。どう言う事だ?」
厳しい口調でそう尋ねる周鈴に、リザはもう一度鼻から息を吐きだす。
「分からない人ですね……。彼は、先に、次の場所に、飛ばされたんです。分かりますか? 次の場所に、飛ばされた!」
軽い身振りを加えながら、小さな子供に言い聞かせるように、リザは伝える。その説明の仕方にムッとする周鈴は、声を荒らげる。
「だーかーらー! 何であいつだけが飛ばされるんだよ! 分かる? 僕の言ってる意味?」
「…………はぁ。君は……察しが悪いな」
「なんでだよ!」
呆れ顔のリザに、周鈴は即答した。
「いいかい? 時期に、君も私――いや、彼女、夕菜も、元の世界に戻る」
「どうして、そう言い切れるんだ?」
「話は最後まで聞け。私は、この地で長く生活していた。だが、君達が来た後、この辺りに妙な力が働いた。それは、とても強く、外部からの力を遮断する不思議な力だ」
「…………で? それが何だよ」
意味が分からないと言いたげな周鈴に、リザは目を細め吐息を漏らす。
「今、言っただろ。その力は外部からの力を遮断する不思議な力、だと」
「それが?」
首を傾げて見せる周鈴に、リザは項垂れ瞼を閉じた。
「ハァ……本当に察しが悪いな。君は……」
「うるさい! 今は、考える事をやめてんだ! さっさと説明しろよ!」
呆れた周鈴の言い分に右手で頭を抱えるリザは、眉間に薄っすらとシワを寄せた。しかし、すぐに瞼を開き、右手の人差し指と中指で眉間を軽く揉み解す。
この体が自分のものでない事をすぐに思い出したのだ。
「さっきも言ったが、あれは外部からの力を完全に遮断する。ならば、何故、彼はここに来る事が出来た? 君と夕菜がここに来た時にその力が発動したのに」
静かな口調のリザに、周鈴は目を細める。
「なんだよ、それ。じゃあ、アイツがこの現象に何か関係があるって言うのか? 言っておくけど、アイツにんな力はねぇーぞ? ただの一般人だ。特別な力なんて――」
そこで周鈴は言葉に詰まる。当然、リザはそれを見逃さない。
「特別な力はない。――本当にそうか? 彼はあの四大聖霊と契約しているんだぞ? それでも、君は彼が特別な力がない。そう言い切れるのか?」
「ッ! な、何言ってんだ! あんた! そもそも、アイツがそんな事をする理由なんてないだろ!」
「そ、そうだよ! か、一馬君がそんな事するわけない!」
唐突にリザと夕菜の意識が変わる。意識の中で話を聞いていた夕菜は、胸を押さえ唇を噛み締める。
「ご、ごめん……取り乱して……」
(いや。私こそ、すまない。だが、認識は変えるべきだ。彼は四大聖霊に認められる程の何かを秘めている)
リザの言葉に夕菜は小さく頷く。
「……そうだね。でも、一馬君は一馬君だよ」
夕菜はそう言うと、リザへと意識を入れ替えた。
「……そうか」
静かにそう呟くリザは、複雑そうに目を細める。夕菜と一体となった為、その記憶を共有し、一馬の事を分かっているつもりだった。
そして、夕菜の気持ちも――。
暗がりの廊下に静かな足音が二つ。
一つは一定のリズムを刻み、もう一つは片足を引き摺るような足音。
やがて、足を引き摺る音が止まる。それに遅れて、もう一つの足音も止む。
二つの足音が止まり、静寂が数秒程続き、
「肩でも貸してやろうか?」
と、発したのは薄暗い中でも映える白髪を揺らす、褐色の肌の鬼人。
ジト目の奥の赤い瞳が真っ直ぐに見据えるのは、右肩を壁に預け肩で息をするジャック。
長い黒髪が表情を隠しているが、褐色白髪の鬼人にはジャックが苦悶の表情を浮かべているのが容易に想像できた。
ジャックからの返答を待つ。
「本当に大丈夫か?」
暫く待っても返答がなかった為、褐色白髪の鬼人は尋ねる。
その言葉に顔を覆う黒髪の合間から鋭い眼が覗く。
「テメェに……心配、されるまでもねぇよ……」
掠れた声でジャックは返答する。
呆れたように肩を竦める褐色白髪の鬼人は、深く息を吐く。
「心配してやってんのに……ったく」
「俺は、少し休んでるだけだ。用が無いならとっとと消えろ」
苛立ちを見せるジャックに、褐色白髪の鬼人は小さく頭を振った。
そして、口元に薄っすらと笑みを浮かべる。
「用があるから、こうしてお前を待ってるんだ」
「ハァ?」
褐色白髪の鬼人の言葉に、不愉快そうに顔を上げるジャックは鋭い眼差しを向けた。
明らかな嫌悪感を向けるジャックに、褐色白髪の鬼人は顔の横まで両手を上げ、二度、三度と頷く。
「いやいや。お前の気持ちもわかるさ。けどな。俺だって聞きたい事があるんだよ。気になったままだと、ゆっくり眠れないだろ?」
「…………知るか」
「おいおい。俺はお前に協力して、指示通り動いてやったんだ。一つ位質問してもいいだろ?」
「…………ああ。そうだな」
面倒くさそうにそう答える。
その答えを聞くなり、褐色白髪の鬼人は一歩踏み出す。
「なぜ、あいつが、風の――白虎の化身の適合者だと分かった?」
「…………自分で考えろ」
そう吐き捨てたジャックは、ゆっくりと反転し壁にもたれたまま歩き出す。
「ちょ、ちょっと待て! ちゃんと答えろ!」
ジャックの返答に、一瞬唖然としてしまった褐色白髪の鬼人は眉間にシワを寄せ、怒りを滲ませる。
そんな褐色白髪の鬼人に、面倒くさそうにゆっくりと振り返るジャックは、ジト目を向けた。
「質問はしてもいい。だが、答えると言った覚えはねぇ」
「屁理屈言ってんじゃねぇよ。俺は、テメェの指示に従ったんだ。ちゃんと答えろ」
「…………ハァ。消去法だ」
不満そうに答えたジャックは、小さく息を吐く。
「俺は、アイツと一度会っている。その時は感じなかった強い力を感じた。だから、あの四体の聖霊のどれかの適合者だと踏んだんだ」
掠れた声で落ち着いた口調で告げるジャックは、一呼吸を空け言葉を続ける。
「俺は、朱雀の野郎と玄武の野郎の適合者を知っている。だから、アイツは青龍か、白虎のどちらかだ」
「それで、何で白虎だと判断したんだ?」
褐色白髪の鬼人が口を挟むと、ジャックはムッとした表情を浮かべた。
不愉快そうに吐息を漏らすジャックは、再び言葉を紡ぐ。
「言っただろ。消去法だと」
「だから、何で白虎の方になるんだ?」
「…………お前、バカだな」
「はぁ? テメェ、喧嘩売ってんのか!」
「考えろ。今、奴らは朱雀が使えない。その状況下で、前回ワイバーンと戦ったんだぞ? さぁ、誰を使った? 玄武は論外。白虎も空を飛ぶ相手にまともに戦えない。なら、答えは簡単だろ」
壁に背を預け、天井を見据えるジャックに、褐色白髪の鬼人は納得する。
「……そうか。ワイバーンとまともに戦えるのが青龍しかいないわけか……」
「ああ。すでにあいつ等がワイバーンの頭を持って帰ってきたって事は、奴はワイバーンとの戦闘で相当消耗したはずだ。だから、今回は動けねぇと判断した。これでいいか?」
深々と息を吐きだし、ジャックは脱力する。そろそろ、限界が近かった。意識がもうろうとし、今にもその場に蹲ってしまいそうになるジャックだったが、それを引き戻すように声が響く。
「おかえり、二人とも。ご苦労様」
静かで穏やかな声。その声に、ジャックの目は見開かれ、慌てたように姿勢を正す。
「カズキ! お前、起きてて平気なのか!」
驚きの声を上げるジャックの表情が曇る。
「うん。心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」
血色の悪い顔に、穏やかな笑みを浮かべるカズキと呼ばれた少年は、長めに伸ばした黒髪を右手でかき揚げ、クスリと笑う。
「随分、休ませてもらったからね」
「とは言っても、無理は禁物だ。お前に何かあったら――」
褐色白髪の鬼人もジャックと同じく心配そうにカズキを見据える。
しかし、カズキは小さく首を振り、
「大丈夫だよ。心配いらない」
と、穏やかな眼差しを二人へと向ける。
「それに……次は、僕が行かなくっちゃ」
「なら、俺も――」
身を乗り出すジャックに対し、カズキは右手をバッと前へと出し、その動きを制する。
そして、静かな声で告げる。
「大丈夫だって言ってるだろ?」
カズキのその声に、ジャックも褐色白髪の鬼人も背筋を凍らせる。それほど、彼から威圧的な空気が溢れていた。
息を呑む二人の額から汗が零れ落ちる。やがて、ゆっくりと顔を上げたカズキは、口を開く。
「心配してくれるのは嬉しいけどね。次は、僕じゃなきゃダメなんだ。それに、君達の方こそ、休むべきだと、僕は思うな」
有無を言わせない静かな口調に、ジャックと褐色白髪の鬼人は何も言えなかった。




