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第8回 能力を知る事だった!!

 派手に吹き飛んだ洋館の広間。

 大きく抉れた床は火の付いた木片が散乱し、一帯は炎に包まれていた。

 その中心で光沢のよい漆黒の肢体をした鬼人は仁王立ちし、ふてぶてしい笑みを浮かべる。

 意識の朦朧とする周鈴は、眉間にシワを寄せると、奥歯を強く噛み締めた。

 爆発の影響で灰色の髪の毛先は僅かに黒焦げ、嫌な臭いが微かに漂う。

 霞む視界を鮮明に保とうと、周鈴は目を細める。だが、周鈴が負ったダメージは深刻で、視点は中々定まらなかった。

 苦悶の表情を浮かべる周鈴に対し、白虎は厳しい口調で告げる。


(この状況を招いたのは、周鈴。君だ)


 一歩踏み出し、周鈴はふらつく。今にも膝を地面に落としそうになるが、それをさせないと、手を膝に着き堪える。


(私は忠告したはずだ。冷静になれと)


 脳内に響く白虎の声に、周鈴は二度、三度と頭を振り、更に目を細める。

 彼女を支えるのは強靭な精神力のみ。肉体はボロボロで、立っているのがやっと。

 その中で、出来る事は思案する事。だが、今の周鈴に考えるだけの余裕はなかった。

 大きく開かれた口から吐き出される熱気を帯びた息は、間隔が短く、とても荒々しい。

 話を聞いているのか、聞いていないのかも定かではないが、白虎は言葉を続ける。


(もう一度言う。この状況を招いたのは君だ。君の身勝手な行動が、この状況を作り出した)


 厳しい口調の白虎に、周鈴は不愉快そうに眉をひそめるが、言葉は発しない。

 呼吸を整えるので精一杯で、答えるだけの余裕はなかったのだ。

 そして、彼女の視線の先には、当然、無傷の褐色白髪の鬼人の姿があり、彼もまたその視界に周鈴の姿を捉え、ゆっくりと歩みを進める。


「人間は脆いな。あの程度の爆発で、もうボロボロじゃないか」


 大手を広げ、堂々とした佇まいでそう云う褐色白髪の鬼人の肉体は、ゆっくりと元へと戻っていた。

 ふてぶてしい薄気味悪い笑みを浮かべる褐色白髪の鬼人に、周鈴は奥歯を噛んだ。憎悪から瞬間的に彼に殴り掛かろうと右足を踏み出そうとする。

 だが、周鈴の思いとは裏腹に、足は動かず、思わず前のめりとなった。


「ッ!」


 声を漏らす周鈴に、白虎は怒鳴る。


(いい加減にしなさい!)


 頭に響くその声に、周鈴の両肩がビクッと跳ねた。


(あなたに何があったのかは知らない。興味もない。だが、ここであなたを失うわけにはいかない。死なせるわけにはいかない)


 真剣な白虎の声に、周鈴の眉がビクリと動く。


「どうした? もうおしまいなのか?」


 挑発的な褐色白髪の言葉に、周鈴はトンファーを握る手に力を込める。


(あなたには力が必要で、私にはあなたの協力が必要だ)


 静かな口調の白虎の声に、周鈴は息を呑む。


「おいおいおい。さっきまでの威勢はどうしたんだ? 黙ってないで何とか言ったらどうだ? それとも、喉がやられて、声が出ねぇか?」


 大きな身振りを加え、更に挑発する褐色白髪の鬼人は肩を揺らし、せせら笑う。

 明らかな不快感を見せる周鈴の鼻筋にシワが寄るが、その上半身は大きく前後によろけ、やがて前のめりにうなだれる。

 血に染まった灰色の髪を揺らし、俯く周鈴は小さく息を吐き出す。


(私の声が聞こえているならば、抜け! 我が化身、白蓮を!)


 声を張る白虎の声に反応するように周鈴は右手に握ったトンファーを落とし、その手で腰に差したナイフ――白蓮の柄を逆手に握った。

 だが、柄を握っただけで、周鈴はそれを抜こうとはしなかった。


「なんだ? まだ、戦うつもりなのか? その体で」


 ニヤニヤと口元を緩める褐色白髪の鬼人は、頭を二度、三度と振った。


「流石に、呆れるぜ。まだ、俺に勝てるつもりでいるのか?」

「――……せぇ」


 褐色白髪の鬼人の言葉に、ハッキリとはしないが、掠れた声が返答する。


「んっ? 何か言ったか?」


 小首を傾げ、褐色白髪の鬼人が聞き返す。すると、今度は掠れた声でハッキリと答える。


「ゴチャゴチャうっせぇ!」


 前のめりになっていた上半身を起こし、うなだれていた顔をあげる。血に染まった灰色の髪がパサリとゆらぎ、その鋭い眼光が真っ直ぐに褐色白髪の鬼人を見据える。

 周鈴の茶色の瞳に睨まれ、一瞬たじろいた褐色白髪の鬼人だが、すぐにその口元に笑みを浮かべた。


「まだ、元気そうじゃないか」


 鼻で笑いそう言う褐色白髪の鬼人を、周鈴は真っ直ぐに見据え息を吸う。


「ウゼェ……ウゼェ、ウゼェ!」


 腹の底から吐き出すように、声を荒らげる周鈴は、ギリッと奥歯を噛み眉間にシワを寄せる。

 ピリピリと張りつめた空気が漂い、周鈴の雰囲気が変わった。

 不愉快そうに顔をしかめる褐色白髪の鬼人は、目を細めると左手で髪をかき上げる。


「おいおい。気でも狂ったのか?」


 肩を小さく竦める。

 半開きの口からゆっくりと静かな呼吸を繰り返す周鈴は、左手に持ったトンファーを落とし、その手で襟元を緩める。


「ハァ……ふぅー……」


 背筋を伸ばし、顔を上げ深々と息を吐き出す。


(頭に登った血も、少しは落ち着いたか?)


 静かに尋ねる白虎に、周鈴は小さく笑う。


「大分、血を流したからな……まぁ、足元もフラフラだけどな……」


 顔を褐色白髪の鬼人へと向け、周鈴は重心を落とす。震える膝に力を込め、後ろ手に握りしめる白蓮の柄へと力を込める。


「コイツを抜けば、力が手に入るのか?」


 真剣な声で周鈴が尋ねる。


(ああ)


 短く強い口調で白虎は答える。


「その力があれば、アイツに勝てんのか?」


 奥歯を噛み締め問う周鈴に、白虎は間を空けず答える。


(それは、分からない。あなたのダメージは深刻で、こればかりは――ただ、私は全力であなたをサポートする。あとはあなた次第だ)


 正直な白虎の答えに、「そうか……」と返答した周鈴は、白蓮の柄を握る手に更に力を込めた。


「一人でゴチャゴチャと……マジでイカれたか?」


 怪訝そうな目を向ける褐色白髪の鬼人は少々引いていた。

 当然だろう。白虎の声は周鈴にしか聞こえない。故に、褐色白髪の鬼人には、周鈴が独り言を言っているようにしか見えないのだ。

 灰色の髪を赤く染めるほど、頭からは出血しており、頭を強打したという事は明白だった。

 それが原因で頭がおかしくなったと褐色白髪の鬼人が思うのも至極当然の事だった。


「まぁ……いい。とりあえず、とっとと終わらせるか」


 両肩をほぐすように回し、背筋を伸ばした褐色白髪の鬼人は、ゆっくりと息を吐き出し拳を握り締めた。


(私の力は加速。朱雀のようにバランスは良くないし、青龍のように傷を癒やす事もできず、玄武のようにあなたを守る事も出来ない)


 確認するように白虎が告げる。

 その言葉に周鈴は小さく頷く。


「それでもいい」

(今のあなたの肉体だと、相当な激痛を伴う事になるが、覚悟はいいな?)

「ああ。構わないさ」


 周鈴は力強くそう答え、腰に差したナイフ――白蓮を静かに抜いた。

 直後、疾風が吹き抜け、周鈴の体を風が包み込む。足元には常に土埃が舞い、血で赤黒く染まった灰色の髪が僅かに逆だっていた。

 突如、広がった疾風を受け、褐色白髪の鬼人は目を細める。白虎を纏う周鈴の雰囲気が一瞬にして変わったのを察知し、彼女が何かをしようとしているのだとすぐに理解した。

 と、同時に、それをさせまいと、すぐに地を蹴る。


「そんな体で何をする気だ!」


 笑みを浮かべながら、拳を振りかぶる褐色白髪の鬼人。

 振りかぶった拳は硬化され、黒光りし、風を裂きながら振り抜かれる。

 しかし、疾風と僅かな土埃を残し、周鈴の姿が褐色白髪の鬼人の視界から消えた。

 空を切る拳が、残された土埃を吹き消す。


「……」


 怪訝そうな表情を浮かべる褐色白髪の鬼人は、ゆっくりと振り返る。


「随分と逃げ足は速くなったようじゃねぇか」


 ふてぶてしく笑む褐色白髪の鬼人の視線の先に、周鈴は佇んでいた。

 その手には疾風をまとうナイフ、白蓮が握られ、その背後には九本の風の剣が円を描くように並び、浮遊していた。

 呼吸を僅かに乱す周鈴は、ゆっくりと顔を上げる。


(体は大丈夫か?)

「……ああ。バカみたいに激痛が走っけど、平気だ」

(…………そうか)


 静かに答えた白虎は、一つ懸念している事があった。

 それは、周鈴の肉体が、どれだけ現状の力に耐えられるか、と言う事だ。

 気力と精神力で何とか、白虎の力を使いこなせているように見える。実際はまだほんの一部しか使用していない。

 それだけ、白虎の力は扱い辛いものだった。


(さっきも言ったが、私の力は――)

「加速……だろ。何度もしつこい」


 不機嫌そうに返答する周鈴に、小さなため息を漏らし、白虎は言葉を続ける。


(今、お前の背には九本の風の剣がある)

「みたいだな。で、それが何だよ」


 背後に円を描き並ぶ風の刃へとチラリと目を向け、怪訝そうに周鈴は目を細める。


(その刃は初めに十本生成される)

「……んっ? 九本しかないぞ」

(当たり前だ。一本はすでに使用している)

「使用してるって……いつだよ?」

(あの男の攻撃を避ける際に、私が発動しておいた。能力の説明をしていなかったのでな。致し方なくだ)


 説明する白虎に、眉を八の字に曲げ周鈴は頬を掻く。

 悠長に説明をする白虎だったが、それを褐色白髪の鬼人が待つわけがなかった。

 ゆったりとした動きで、片膝を着き、両手を地面へ下ろす。


「何をゴチャゴチャ言ってんのか知らねぇが、俺は待ってやんねぇぞ!」


 褐色白髪の鬼人がそう言うと、僅かな地響きと共に不規則に地面から土の壁が幾つも突き出た。彼の力により生成された物で、それは、迷路のように二人の間に割って入った。


「多少、素早くなったようだが、これだけの障害物の中なら、そいつも意味はねぇな」


 褐色白髪の鬼人の高笑いが響く。

 不愉快そうに眉間にシワを寄せる周鈴は、小さくため息を吐くと、左手で頭を掻いた。


「あー……ウゼェ……」

(そうだな。この壁は……鬱陶しい)


 周鈴に賛同する白虎だが、すぐに、


(しかし、随分と的を射た戦法だ)


と、褐色白髪の鬼人の行動を褒める。


「んだよ。敵を褒めてんじゃねぇよ」

(いや。感服したんだ。先程の粉塵爆発といい……彼は見た目に反し、知能的なのだな)

「どうだかな」


 肩を竦め、周鈴は引きつった笑みを浮かべた。


「とりあえず、壁をぶち破って最短距離で行けばいいんだろ?」

(あなたは……見た目の割に、暴力的なのだな)

「うっせぇよ」


 ぶっきらぼうに答えた周鈴は、鼻から息を吐き、身を低くする。


(待て待て待て!)


 明らかに正面から壁をぶち破って行こうとする構えを見せる周鈴を、白虎は慌てて制止する。


「なんだよ」

(まだ、私の能力の説明も終わっていないし、何故、あなたは力任せに行こうとしてるんだ!)

「いいだろ。別に……」


 不貞腐れる周鈴に、白虎は深い溜め息を吐いた。


(さっきも言ったが、私の力は加速。力が強くなるわけじゃない。ただ単に速くなるだけだ)

「けど――」


 周鈴はそう口にし、右腕を正面へと伸ばし、左手を右肘に添える。右手に握られた白蓮の切っ先が正面にある土の壁へと向けられる。

 周鈴の行動に、白虎は訝しげに尋ねる。


(……何をする気だ?)

「まぁ、見てろよ」


 静かにそう言う周鈴は白蓮の切っ先へと風を集め、それを放った。

 爆風が周鈴の体を後方へと弾く。だが、軽く地面を蹴り跳躍した周鈴は空中で体を一転させ、綺麗に着地を決めた。

 当然、その体にかかる衝撃は、激痛となり周鈴の体を襲う。


「ッ!」


 思わず表情を歪める周鈴だが、奥歯を噛み締め必死に痛みに耐え顔を上げた。

 周鈴の放った風は刃となり、進路を塞ぐ土の壁を貫き、更に加速し一直線に突き進んでいった。

 破壊された土の壁の残骸が宙へと舞い、強引に作られた道が目の前には開かれる。

 ゆっくりと背筋を伸ばす周鈴は、ふふんっと鼻を鳴らすと、ドヤ顔で胸を張った。


「どうよ。案外行けるだろ!」

(それは……どうだろうな)


 呆れた様子で白虎が呟くと、破壊した土の壁がみるみる修繕されていく。


「な、なんだ!」

「破壊されたら直すだけだ。大人しく待ってると思ってんのか? 脳筋が」

「っ! 誰が脳筋だ!」


 響き渡った褐色白髪の鬼人の声に、周鈴は大声で怒鳴り、ギリギリと奥歯を噛んだ。

 当然、こうなるだろうと思っていた白虎は特に驚きもせず、小さなため息と共に告げる。


(とりあえず、落ち着こう。現状、ここは彼のフィールドと言う事になる)

「フィールド?」

(彼の支配する空間と言う事だ)

「そう言う事か……。で、どうするつもりだ? 壁を壊しても直すみたいだし、こっちの居場所は分かってるようだし……」


 近くにある土の壁へと左手を添わせ、不満そうな表情を浮かべる周鈴に、白虎は感心する。

 先程放った一撃には、ちゃんとした意味があった。それを、意図して行ったのかは分からない。

 それでも、壁が修繕されるのを確認し、褐色白髪の鬼人の姿が消えた事と、こちらの場所を把握しているのを知れたのは大きな事だった。

 それらの事から、白虎は今すべき事を周鈴へと告げる。


(まず、やるべき事は――あなたが、私の能力を知る事だ)

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