表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/90

第6回 嘘だった!!

 夜も更けた。

 夕菜と周鈴も部屋へと戻り、一人きりとなった一室は静けさに包まれていた。

 長く意識を失っていたと言う事もあり、寝付けない一馬はぼんやりと天井を見上げていた。

 どれくらいの時間が過ぎたのか、それを確認する為にスマホ型通信機を手に取る。

 モニターに触れると、電源が入り暗い部屋に淡い光があふれる。

 それと同時に、一馬の頭の中に白虎の優しい声が広がった。


(どうかなさいましたか?)


 静かな声に、一馬は小さく唸る。


「うーん……中々寝付けなくて……」


 一馬はそう答えた後に、微笑した。

 現在、暗がりの部屋に一人きり。そんな中で発した言葉に、少々違和感を覚えたのだ。

 はっきり言えば、他者から見れば、間違いなく独り言なわけで、それがあまりにもおかしかったのだ。

 一馬がそんな事を考えているなど知る由もなく、白虎は言葉を続ける。


(当然ですよ。あなたは、ここ何日も寝ていたのですから)

「……だね」


 苦笑し、一馬は体を横にする。

 そんな一馬に、白虎は尋ねた。


(マスター。先程の事なのですが、何故、嘘を吐かれたのですか?)


 不意の白虎の言葉に、一馬は一瞬表情を曇らせた。


「嘘って? 何の事。俺は嘘を吐いた覚えはないよ」


 しらを切るようにそう口にする一馬に、白虎は小さな吐息を漏らし、言葉を続ける。


(朱雀の件です)

「朱雀の件? ……あぁ、その事か……」


 遠い目をし答える一馬は、ゆっくりと上半身を起こすと、鼻から息を吐き出す。


「別に、嘘は吐いてないよ。俺自身、朱雀とは連絡が取れてないわけだし」

(しかし、朱雀の現状は理解しているはずです)

「そうだね」


 静かにそう答えた一馬は、複雑そうに眉をひそめる。


(何か、気になる事でも?)


 不思議そうに白虎が尋ねると、一馬は目を伏せた。

 数秒の沈黙の後、一馬は瞼を開き答える。


「気になると言うより、ずっと引っかかってる事があるんだ」

(引っかかっている事? 朱雀の事でですか?)

「ああ」


 静かに一馬はそう答え、眉間へとシワを寄せる。


「どうして、朱雀は戻ってこないんだろうって」

(……? それのどこにひっかかっているんですか?)


 やや訝しげに尋ねる白虎に、一馬は一呼吸空け口を開く。


「じゃあ、聞くけど、朱雀はどうしてここにいないんだ?」

(それは、雄一が武装しているからでは? マスターと契約している朱雀がマスターのもとを離れるとなれば、それくらいしか……)

「だとしたら、おかしくないか?」


 一馬の声のトーンが少し低くなり、その表情もやけに険しくなる。

 そして、白虎もこの違和感に声をひそめた。


(確かに……おかしい……。雄一は今も尚、朱雀を武装していると言う事に……)

「あれから、何日も過ぎてるし、今までの感覚から言っても、どこの世界とも時間の流れは然程変わらない。と、なれば、雄一は何日も朱雀をまとってるって事になるだろ?」


 一馬の言葉に「はい」と答えた白虎に、静かに尋ねる。


「朱雀と玄武は同等の力を持つんだろ?」

(えぇ。私達にはさして力の差はありません)

「だったら尚更、おかしいだろ? あれから何日も朱雀をまとったままって」


 不安げな一馬に、「そうですね」と白虎は返答した。

 それから、しばし考え、口を開く。


(マスターは、お二人に何かあったと推測しているんですか?)


 白虎の問いかけに、一馬は鼻から重々しく息を吐く。


「二人と言うより、雄一の方に何かあったんじゃないか、って思ってるよ」

(……? 雄一……ですか?)


 訝しげに白虎は聞き返した。

 正直、ここで雄一を気にする理由が分からない。確かに武装召喚の負担は大きい。でもそれは、聖霊側も同じ事。

 それに、今回は契約者である一馬なしでの武装召喚だ。朱雀への負担は格段に大きくなっているはずだった。

 この状況で最も心配されるのは、朱雀の消耗の方だろう。

 にも拘わらず、一馬が雄一の事を第一に心配したのに、白虎は疑問を抱いたのだ。


「うん……。なんていうか、嫌な感じがして……」

(嫌な感じですか? 私にはよくわかりませんが……)

「うーん……俺も上手く説明は出来ないけど……ずっと頭の中で何かが引っかかってるんだよ」

(雄一の事でですか?)

「うん……」


 そう返答した一馬は腕を組み、頭をひねった。

 一馬がそう考えるようになったのはここに来てから。いや、正確に言えば、あの夢を見てからだった。

 何の他愛もない幼い頃の記憶の断片。

 いつもと変わらない日常の光景。

 だが、一馬の中で何かが引っかかる。それが、何なのかは一馬にも分からない。記憶が曖昧だが、あの後、とても衝撃的が事が起きた気がしていた。

 あまりにも衝撃的過ぎて――一馬はその時、目にした光景を記憶から消してしまう程の。

 だからだろう。思い出そうと記憶をたどるが、どうしてもその先は靄がかかり思い出す事は出来なかった。


「朱雀がいれば安心だとは思うけど……」

(確かに、冷静な彼なら大丈夫だとは思いますが……まさかと言う事もあるので……)

「そうだね。とりあえず、最悪な状況だけは避けてほしい所だね」


 静かにそう言うと一馬は小さく鼻から息を吐いた。

 そんな折、扉をノックする音が響く。

 肩をビクッと跳ね上げる一馬は、驚いた様子で扉の方へと顔を向け、警戒した様子で口を開く。


「どうぞ」


 一馬の声に、「失礼する」と静かな声が聞こえ、ゆっくりと扉が開かれる。

 そして、リザが部屋へと入ってきた。聞こえた声とその口調から、すぐにリザだと分かった一馬から警戒心は消え、落ち着いた面持ちで彼女を迎える。


「どうしたんだ? こんな時間に」


 リザが部屋に入るなり、一馬が切り出す。

 すると、リザは小さく頭を下げる。


「申し訳ありません。少々お話がありまして」

「話? ……別に構わないけど……」


 一馬が怪訝そうに眉を顰めると、リザの眼は机に置かれたスマホ型通信機へと向く。


「その奇っ怪なものに聖霊がいるのですか?」


 些か不思議そうにリザが尋ねる。


「そうだけど……どうして?」


 一馬はなんの警戒心もなく素直に答え、不思議そうに首を傾げた。

 その瞬間、「そうですか」と静かに答えたリザは、静かに瞼を閉じると右手でメガネを掴んだ。

 リザの行動に違和感を覚える一馬は、怪訝そうに目を細める。すると、彼女はゆっくりとメガネを外し、閉じた瞼を開く。

 開かれた眼。血のように真っ赤な瞳が真っ直ぐに一馬を見据える。と、同時に一馬の動きがピタリと止まった。

 石にでもなってしまったかのように微動だにしない一馬。それが、一瞬ならば何の疑問も抱かないが、数秒、数十秒と続き、流石に白虎も異変を感じる。


『貴様! マスターに何をした!』


 唐突にスマホ型通信機のモニターが光を放ち、白虎の怒声が響く。

 その声に、静かに眼鏡を掛け直すリザは静かに答える。


「少々、あなた方にはおとなしくしていて貰います。先程のように邪魔に入られては困りますから」

『どう言う事ですか! あなたは、一体……』

「私は魔眼の魔女メデューサ、リザ。彼らの目的は私の眼球。故に、あなた方に迷惑をかけるわけにはいかない。それに、いても足手まといだ」


 ハッキリとそう言うリザに白虎は怪訝そうに尋ねる。


『あなたが誰で、何が目的なのかは分かりました。もう一度聞きます。マスターに何をした』


 低く威圧的な声の白虎に、リザは静かに鼻から息を吐く。


「私の魔眼は相手の時を止める。石にでもなったと思っておけばいい」

『ッ! 何故、そんな事をする!』

「先も言った通り、邪魔をされたくない。お前達は言って聞くようなタイプじゃない。なら、力で押さえつけるしかない」


 静かにそう説明したリザは冷ややかな視線をスマホ型通信機へと向ける。


「すでに、夕菜と周鈴の二人も同じ状態にしておいた。数時間後には動き出すだろう」

『待て! まだ話は――』


 部屋を出ていくリザに、白虎は声を荒らげる。だが、その声を聞かず、リザはゆっくりと扉を開け部屋を出て行った。

 残されたのは時を止められた一馬と、自らの力では動く事も出来ない白虎。


『クッソ! マスター! しっかりしてください! マスター!』


 スマホ型通信機のモニターだけが光を放ち、白虎の声が響く。

 しかし、一馬の反応は全くなかった。



 廊下を軋ませ足を進めるリザ。黒衣に身を包み、落ち着いた面持ちのリザは静かに息を吐き出すと、


「さて……行きますか」


と、呟き館を後にした。

 静けさが支配する中庭を抜け、疾風の駆ける森へと足を踏み入れる。

 やがて、その足は先刻の戦いで荒らされた一角へと出た。

 そこには、すでにジャックの姿があり、倒れた木の幹に腰かけ、姿を見せたリザへと顔を上げる。


「遅かったな」


 静かな声でジャックはそう言い放ち、口元へ薄気味悪い笑みを浮かべていた。

 そんなジャックを一瞥し、リザは訝しげに周囲を見回す。

 そして、表情を曇らせると、眉間へとシワを寄せる。


「どうした?」


 鼻で笑いながら尋ねるジャックは、静かに立ち上がる。


「何か、探しものか?」


 両腕を広げ、胸を張り、見下すように顎を上げリザを見据える。

 ジャックの態度に些か不快感を見せるリザだが、そこは冷静に口を開く。


「一人足りないようだが?」

「そうだなー……奴は私用でな」


 不敵に笑うジャックに、「私用?」とリザは眉をひそめる。


「ああ。私用だ。テメェは、巻き込みたくないみたいだけどな――」


 ジャックがそこまで言った時、唐突にリザの背後で爆発音が轟く。

 その音に目を見開くリザは、驚き振り返る。

 リザの眼に飛び込むのは黒煙。炎自体は見えないモノの、館の方の空が薄っすらと明るんでいた。

 険しい表情を浮かべるリザはすぐに引き返そうとしたが、


「おいおい。何処へ行くつもりだ?」


と、背後から聞こえた薄気味悪いジャックの声と、場を凍りつかせる程の殺気にリザは足を止め、瞬時に反転する。

 そして、右手に魔力を込めた。

 やや上体を後ろに引き、右手を正面へとかざす。すでにジャックは間合いへと踏み込み、不敵に笑みながら右手のメスを振りかぶっていた。


「テメェの相手は、俺様だっ!」

「……」


 声を上げメスを振り下ろすジャックに対し、無言で正面に土の盾を形成するリザは、素早く身を退き、距離を取った。

 この男を相手に近接戦闘をするのは最も危険な事であり、リザ自身も近接戦闘を不得手としていた。

 その為、この行動に出るのは至極当然の事だった。そして、それを予測し、ジャックが土の盾を足場にし跳躍した事も至極当然の行動になった。


「動きがまるわかりだな!」


 不敵に笑みを浮かべ、両手で大量のメスをリザへと放つ。

 不愉快そうに表情をしかめるリザは、右腕を肩口の高さまで持ち上げ、


「あなたの動きも」


と、静かに述べた後、右腕を力強く振り下ろす。

 すると、地面から土の壁が形成され、ジャックの放ったメスを防ぐ。

 静かに着地するジャックは間を取るように、その場から二・三歩下がりリザを見据える。


「クックックッ……焦りが見えるな」

「…………」


 不愉快な笑い方をするジャックに、リザは無言で眉間にシワを寄せる。


「さて、ゆっくりと遊んでもらうぜ」

「残念だが、貴様をゆっくり遊ぶつもりはない」


 リザはそう言い、指鉄砲を作った右手をジャックへと向ける。

 メスを防いだ土の壁が崩れ、リザとジャックの視線が交錯し、


「――ロック」


 リザの鋭い眼がジャックを睨む。


「ソイツのタネは明けてるぜ」


 ふてぶてしく笑むジャックは、そう述べると右手を空へとかざすと、メスを空へと打ち上げる。

 ジャックの不可解な行動にリザの右の眉がピクリと動く。


「さぁ、撃って来い。まぁ、無駄に終わるだろうけどな」


 変わらないふてぶてしいジャックの笑み。

 そして、打ち上げられたメスは、ジャックを守るように雨のように降り注いだ。


「テメェのその技の正体は分かってる」


 口元に笑みを浮かべ、ジャックは肩を竦める。


「簡単なトリックだ。指先に集めた魔力。それに相手の意識を集中させておき、実際は相手の死角から弾丸を放っていただけなんだからな」

「…………」


 ジャックの言葉を、リザは肯定も否定もせず、ただ沈黙を守る。


「辺りは土だらけ。死角で弾丸を作るのは容易だろ」

「なら、こんな事は考えなかったか?」


 リザは静かにそう述べると、指鉄砲を作った右手を手首のスナップを利かせ跳ね上げる。

 すると、ジャックの足元が揺れ、地面から鋭い氷柱状の突起が飛び出す。


「ッ!」


 瞬間、跳躍しそれをかわすジャック。

 それにより、撃ち出されていたメスが止まり、降り注いでいたメスの雨も止む。

 視線を上げるリザと視線を下げるジャック。

 二人の視線が交錯し、


「これで、邪魔する壁はなくなった」


と、リザは右手の指先をジャックへと向け、


「――ショット」


と、静かに口にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ