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第5回 考えるだけ無駄だった!!

「全く……無駄足だったぜ!」


 乱暴に扉を開くなり、周鈴が無垢な笑みを零しながら声を荒らげる。

 あまりの無邪気な笑みに、一馬は思わず「子供かよ」と口にしようとして言葉を呑んだ。

 小柄で、見た目も明らかに子供っぽく見える周鈴だが、これでも、一馬と夕菜よりも年上。その為、一馬はただただ苦笑いを浮かべていた。

 もし、口にしていたら、ただでは済まなかっただろう。

 そんな事を考えながら、一馬は小さく吐息を漏らす。

 だが、そんな一馬の考えなど知るよしもなく、夕菜は困ったように笑みを見せながら、


「子供みたいだね」


と、口元を右手で隠し呟いた。

 夕菜の言葉に思わず目を見開く一馬は、慌ててその視線を周鈴へと向ける。きっと激怒しているに違いないと思い、彼女をすぐに止めようとした。

 しかし、意外にも周鈴は気にした様子もなくトントントンと足を進め、椅子へと腰を据える。

 そして、身を乗り出しながら、深々と息を吐く。


「ホント、無駄足だった! 行った時には、まぁ、酷い有様で、正直、何があったのか、知りたいくらいだな」

「別に、知る必要はない。それに、知った所でどうすると言うんだ」


 騒ぐ周鈴を咎めるように、部屋へと戻ってきたリザが厳しい口調でそう言う。表情には出さないが、明らかに目の奥には怒りが滲んでいた。

 余程、周鈴が勝手に部屋を出た事が許せなかったのだろう。

 それでも、努めて平静を装うリザは、衣服に僅かについた土埃を払い、静かに言葉を続ける。


「これ以上、勝手な事をするなら、出て行って貰っても構わないのだが?」

「そうしたいのは山々だけど、一馬がこの調子じゃな…………。それとも、あんたは怪我人を放り出すのか?」


 やや挑戦的に周鈴はそう言い放ち、フフンと鼻を鳴らした。

 あまりのドヤ顔に、一馬と夕菜は苦笑いを浮かべ、リザは冷ややかな眼差しを向ける。

 しかし、諦めたように深々と息を吐くと、右手で頭を抱えた。


「とにかく、これ以上、面倒を増やすな」


 それだけ言うと、リザは部屋を後にした。

 リザが部屋を出て行き、数秒の間が空く。

 特別、意識して行ったわけではない。だが、リザにこれ以上迷惑を掛けてはいけないと、自然とリザが部屋の前から離れるのを待ったのだ。

 足音は遠ざかり、部屋の前からリザの気配が消えたのを確認し、一馬はまっすぐに周鈴を見据え尋ねる。


「どうだった?」

「どうもこうも、僕が行った時には全てが片付いていた。敵の姿は確認出来なかった」


 肩を竦め、頭を左右に振り、周鈴は鼻から息を吐いた。

 しかし、すぐに眉間にシワを寄せると、上半身を前のめりにさせる。


「けど、結構、派手にやりあったみたいだ。相当、荒らされてたな。リザは獣が入り込んだって言ってたけど」

「獣……か」

「ああ、どんだけでかい獣なんだって話だけどな」


 もう一度深く息を吐き出し、周鈴は背を仰け反らせ、天井を見上げた。

 腕を組み、右手を口元へと当てる一馬は、小さな唸り声を上げ考える。

 襲撃してきたのは十中八九、彼らだと言うのは分かっている。だが、目的が分からなかった。前回はワイバーンと言う明確な存在があったが、今回は何故、彼らがこの森に来たのかわからない。

 一馬が聞く限り、この森にあるのはただ一つ。今いる洋館ぐらいだった。

 そう考える一馬は、右手で頭を掻きむしり、目を細める。


「二人は、ここに来てから、何か変わったものとか見てないの?」


 一馬が尋ねると、周鈴は腕を組み頭を垂れる。


「そう言われてもなぁ……」


 唇を尖らせる周鈴は、眉間に深いシワを寄せる。


「でも、リザさんって、何か隠してるよね」

「そうだね。でも、何を隠してるんだろう……」


 夕菜の言葉へと、そう返答した一馬は訝しげに眉をひそめる。


「そう言えばさぁ」


 不意に周鈴がそう口にする。

 一度、二度、と瞬きを繰り返した一馬と周鈴の視線が交錯。と、同時に周鈴の眼は怪訝そうに細められる。


「お前も、何か隠してるだろ」


 パチクリと瞬きをした一馬は、「えっ!」と声を上げた後、右手で自らの顔を指差す。


「お、俺!」


 驚く一馬にジト目を向ける周鈴は、「お前だよ」とやや低めの声を発した。

 二人のやり取りに暫し困惑気味の夕菜は、小首を傾げる。状況を理解していないようだった。

 そんな夕菜を置き去りにし、周鈴の問い詰めは続く。


「大体、ここに来る前の事、殆ど聞いてないぞ」

「そ、そうだっけ?」


 苦笑いする一馬。

 思い返せば、そうだった。聞かれなかった――と、言うより聞ける状態ではなかったと言う事と、襲撃のタイミングなど色々と重なり、一馬自身の話をするのをすっかりと忘れていた。


「いやー……別に、隠してるわけじゃなくて……聞かれなかったから……」


 右手の人差し指で頬を掻く一馬に、周鈴は一層目を細める。


「やっぱ、何かあんじゃねぇか」

「だから、隠してたわけじゃなくてだな……」


 困ったように眉尻を下げる一馬は、助けを求めるように夕菜へと目を向ける。

 しかし、夕菜はむくれた表情で一馬を見据えていた。頬を膨らし、唇を尖らせ、目尻をやや吊り上げて。


「あ、あれぇ?」


 思わずそう声を漏らす一馬は、表情を引きつらせた。

 夕菜が何を怒っているのか一馬には分からず、今度は周鈴に助けを求めるように視線を向ける。

 だが、周鈴はその瞬間に視線をそらし、肩を竦めた。自分は無関係だ、と言うように。

 ズンズンズンと一馬へと歩み寄る夕菜は、「かーずーまーくーん!」と大きな声を上げた。


「どう言う事かな! 一体、何を隠しているのかな?」

「い、いや、だ、だから、隠してたわけじゃ――」

「じゃあ、話してくれるよね? ねっ!」


 強めにそう言う夕菜がニコリと笑う。その笑みが妙に威圧的で、一馬は息を呑み引きつった表情で答えた。


「は、はい……」


 半ば、強制的に一馬は話す。ここに来る前にいた土の山であった事を。

 特別、隠していたわけではない為、詳細にあった事を語った。

 紅とキャル、それから、リューナと一緒だった事。

 鬼姫、ジルと戦った事。

 彼らの目的が翼竜ワイバーンだった事。

 そして、一馬達が鬼姫、ジルの前に敗れた事。

 全てを話した。ただ一つ、雄一の事を除いては――。

 特別隠すような事ではなかったが、どうしてか、一馬の直感がそれを制した。

 一馬があえて朱雀の話をしなかった事に、白虎は疑念を抱いたが、静観する。一馬には一馬の考えがあるのだろう、と。

 しかし、そんな一馬の考えを見透かしたように、周鈴は口を開く。


「で、朱雀はどうしたんだ?」


 それは、彼女の勘――いや、戦闘経験なのかもしれない。

 この話を聞き終え、すぐにそう尋ねた。

 真意は簡単だ。風の属性で空を飛ぶ翼竜を相手に、何故、朱雀を使わなかったのか、と言う事だ。

 周鈴の問いに対し、一瞬の間が空く。明らかに不自然な間。

 その間に周鈴は眉をひそめ、一馬を睨む。まだ何かを隠しているのだ、とすぐに理解したのだ。

 一方、夕菜も小首を傾げていた。周鈴と同じ答えに行き着いたのだろう。不思議そうに一馬へと問う。


「相手は翼竜で、風の属性……確かに、相性を見ても、空を飛べる事を考えても、朱雀の方が良かったんじゃないかな? どうして、わざわざ青龍で戦ったの?」


 ダメ押しをするように、夕菜はそう尋ね、一馬の目を真っ直ぐに見据える。

 夕菜の真剣な眼を見つめ返す一馬は、ゴクリと唾を飲み込み、


「実は、朱雀とは連絡が付かないんだ」


と、微笑し、平然と嘘を吐いた。

 いや、実際には朱雀とは連絡が取れていない為、嘘ではないのだが、真実は口にしなかった。

 夕菜を心配させたくないと言う気持ちと、一つの気がかりがそうさせたのだ。

 そして、一馬は言葉を続ける。嘘を嘘と気づかれないように、真実を織り交ぜながら。


「前の世界に呼び出された時に、通信機が故障して、朱雀達聖霊との繋がりも一旦切れて……」

「ふーん……。で、朱雀だけと連絡がつかないと?」


 完全に疑いの眼差しを向ける周鈴。一馬の一挙手一投足に注視し、疑惑を強めていた。

 一馬もそれを理解してか、周鈴とは視線を合わせない。周鈴は勘が鋭い為、下手に動揺を見せるわけには行かなかった。

 平然を装い、微笑する一馬は、右手で頬を掻く。


「ま、まぁ、そんな所かな? なんだかんだで、色々とあったから気にしてる余裕はなかったけど……」

「本当にそうなのか?」

「…………そうだよ」


 周鈴の追求に一馬は多少の間を空け答えた。

 疑念は払拭されないが、周鈴は小さく息を吐くと諦めたように、「そうか……」と静かに答え、腕を組んだ。

 一瞬だが、その眼が悲しげで、一馬の胸はチクリと痛んだ。

 しかし、そんな一馬を気にもとめず、周鈴はもう一度小さく息を吐くと、話を進める。


「じゃあ、ここにも、その翼竜? とかと同じように、奴らが狙う何かがあるって事か……」

「でも、そう言うのがいるなら、目立つだろうから、すぐに分かると思うんだけど……」


 周鈴の言葉に、夕菜は右手を頬に添え首を傾げた。

 一馬の言う通りならば、先にここに来ていた夕菜達二人は、その存在を確認しているはずなのだが、全く身に覚えはなかった。

 故に部屋には重い空気が漂い、静かな時だけが流れる。

 小さく唸る周鈴は、右へ左へと頭を振り、天井を見上げた。


「ダメだダメ! 考えるだけ無駄無駄!」


 お手上げだと両手を上げ、そのまま頭の後ろで手を組む。

 腕を組む一馬は、やがて右手で頭を抱え小さく息を吐く。


「……そうだね。でも、相手の目的が分からないと、対処のしようがないな……」


 一馬がそう呟くと、夕菜も「目的かぁ……」と呟きうなだれる。

 静寂が包む一室の外。扉の前に、リザはいた。


「なるほど……狙いはやはり私か……」


 小さく呟くリザ。気配を極限まで下げ、土で作りだした足で部屋の前から遠ざかる足音をリアルに演出してみせた。

 そうまでしてリザがここに残ったのは、三人から情報を盗み聞く為だ。

 三人がリザに隠し事をしている、と疑ったからではなく、三人に気取られず敵の目的を知る為だった。

 直接、一馬達に聞けばいい話なのだが、そうしなかったのは、彼女が一馬達の身を案じたからだ。

 だが、それは同時に、リザが一馬達は足手まといになると、判断したと言う事でもあった。

 静かに息を吐き出し、脱力するリザは、右手で眼鏡を上げると左手の人差し指と親指で目頭を押さえる。


「ワイバーンの頭……と、言う事は、私の眼か……」


 静かにそう呟き、リザは眼鏡をかけなおすと、その金色の瞳を輝かせ、ゆっくりと歩き出す。足音を立てぬように静かな足取りで。



 ――森を一望出来る崖の上。


「さぁ、そろそろ、いい頃合いだろ」


 不敵に笑むジャックはそう言い、崖から身を乗り出す。

 その眼が見据えるのは森の中央に隠れる洋館。一部木々が切り倒された為、その洋館は完全に視野に入る。

 そして、ジャックは獲物を狙うような鋭い眼光を向け、上唇をペロリと舐める。必死に押し殺しているにも拘わらず、ジャックの全身に殺気があふれ出ていた。

 それほど、リザとの闘いを渇望していた。


「おい。殺気が溢れてるぞ」


 呆れたような眼を向ける褐色白髪の鬼人は、腰に手を当て深々と息を吐き出す。万全とまではいかないものの、大分、体力も回復していた。

 右手を握ったり開いたりを二度、三度と繰り返し、褐色白髪の鬼人は静かにジャックを見据える。


「作戦は分かってるんだろうな」


 ジャックの背に尋ね数秒。ジャックは「ああ」と熱気のこもった息を漏らしながら答える。


「俺がアイツを切り裂き、目を奪う」

「…………ハァ」


 静かにため息を吐いた褐色白髪の鬼人は、右手で頭を抱えると眉間に深いシワを寄せる。


「それじゃあ、さっきと同じだろ」

「それでいいんだよ。俺は、奴と全力で戦う。お前は俺とアイツの戦いを邪魔する奴を消す」


 肩を揺らし笑うジャックに、褐色白髪の鬼人はもう一度深々と息を吐き出し、小さく頭を左右へ振った。

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