第4回 策略だった!!
「――ロック」
――静かな声。
「チッ!」
小さな舌打ちの後、軽快な足音が地を駆ける。
「――チャージ」
僅かに周囲に広がる淡い輝き。
「させるかよ!」
荒々しい怒声。
「――ショット」
澄んだ声と共に広がる僅かな破裂音に遅れて、肉を叩くような強烈な衝撃音が重なる。
「ガハッ!」
血を吐き、後方へと弾かれた殺人鬼ジャック。二度、三度と地面を転げ、大量の土煙を巻き上げる。
一方、右手の人差し指、中指、親指を立て銃の形を作り構えるリザは、その深緑色の髪を揺らし、静かに息を吐き出す。
もの儚げな表情を浮かべ、薄紅色の唇をやや開き、リザはジャックと褐色の肌に白髪の鬼人を見据える。
何かを言うわけでも無く、ただただ静かに二人を見据える。
「ッ! 化物め……」
褐色白髪の鬼人が呟く。
あまりにも圧倒的な力の差を見せつけられていた。
ものの数分でジャックと褐色白髪の鬼人は、リザにねじ伏せられた。
しかも、リザは一歩も動いていない。ここに来て立ち止まったその位置から一歩たりとも。
ジャックがどれほどの速度で駆けたとしても、それを全て一撃で制止させる。
だが、それだけの威力のある一撃を何度も受けながらも、ジャックは立ち上がり不敵に笑むと一気に駆け出す。
「まだ、やる気か……」
少々呆れた様子のリザは、若干目を細め、冷ややかな眼差しをジャックへと向ける。
そして、ゆっくりと指鉄砲を作った右手をジャックへと向けた。
「――ロック」
「ジャック! 下がれ!」
リザの声に、褐色白髪の鬼人は叫ぶ。
だが、ジャックは更に加速するように上体を前方へと倒し、低い姿勢で突っ込む。
「――チャージ」
変わらず落ち着いたリザの声が響き、ジャックに向けた指先が光を帯びる。
瞬間、ジャックは重心を右へと傾け、速度を維持したまま右へと方向転換した。
しかし、リザの表情は変わらず、視線と右手の先でジャックを追い、
「――ショット」
と、静かに口ずさむ。
刹那、急激に方向を変えたジャックの体が弾かれる。
「ガハッ!」
血を吐き、二度三度と地面を転げるジャック。目には見えないが、間違いなくその体を衝撃が襲った。
腹部を押さえ呻くジャックは奥歯を噛み締め、リザを睨む。
血で赤く染まった白い歯をむき出しにし、その顔には怒りを滲ませていた。
感情的なジャックとは裏腹に表情一つ崩さないリザは、チラリと褐色白髪の鬼人を確認する。動く様子はない。ただその場に立ち尽くしている。
ジャックとは違い、力の差と言うのをしっかりと認識し、その上でどうするべきなのか、を考えている様子だった。
褐色白髪の鬼人を警戒しつつも、リザはその視線をジャックへと向ける。この状況で最も警戒しなければいけないのがジャックだと理解しているのだ。
「まだ、やるの?」
静かな問いかけに、ジャックは血を滴らせながら笑む。
「――当然!」
震える膝に力を込め、駆け出すジャック。
だが、その眉間へと指先を向けるリザは、
「だったら、次は本体で来るんだな」
と、指先へと魔力を込め放った。
眉間を撃ち抜かれたジャックの体は後方へと大きく弾かれ、やがてその肉体は朽ちる。
それを見届け、リザはその視線を褐色白髪の鬼人へと向けた。
視線が交錯し、褐色白髪の鬼人は表情を歪める。
「あなたも……」
静かにそう告げるリザは、右手の指先を褐色白髪の鬼人へと向ける。
すると、褐色白髪の鬼人の足元に魔法陣が輝き、
「さようなら」
と、リザが告げると、褐色白髪の鬼人を喰らうように地面が捲れ、左右からその肉体を挟んだ。
「うぐっ!」
声を漏らす褐色白髪の鬼人だが、それ以上声を発する事はなかった。
何故なら、褐色白髪の鬼人を挟む土には無数の突起が生え、それが褐色白髪の鬼人の肉体を貫いていたからだ。
しかし、褐色白髪の鬼人の肉体は、ジャック同様にみるみるうちに土へと変わり、その姿はやがて朽ちて行った。
静かにそれを見届けるリザは、小さく息を吐き振り返る。
「うひゃーっ。すっげー足場悪っ!」
振り返ったリザの視線の先で、周鈴が軽快な足取りでトントンと歩みを進めていた。
一瞬、眉間にシワを寄せたリザは、目を細める。
「何をしているの?」
静かだが、何処か高圧的な声で尋ねる。
すると、周鈴は不満げに唇を尖らせ、頭の後ろで手を組む。
「別にー。散歩がてらに、様子を見に来ただけー」
「…………はぁ」
深い溜め息を吐き、リザは右手で頭を抱えた。
「私は言ったはず。あの部屋から出るな、と」
怒りを滲ませた眼で、リザは周鈴を睨む。
しかし、周鈴はあっさりとした様子で、
「それに従うと僕は言ってないし、従う理由もない」
「…………」
リザは無言で周鈴を見据える。その目は非常に冷ややかで、何処か呆れているようにも見えた。
リザの視線にも全く動じる事のない周鈴は、周囲を見回し感嘆の声を上げる。
「いやー……派手にやったなぁ……」
「…………」
相変わらず、リザの冷ややかな視線は周鈴を捉える。
無言。故に、何を考えているのか分からず、多少なりの恐怖感があり、周鈴は一切、リザと目を合わせようとしない。
威圧的なリザだったが、諦めたように深々と息を吐き出し、脱力する。
「とりあえず、館に戻りましょう」
「えっ? いやいや。ここは、このままでいいのかよ?」
荒れ果てた一帯を見回し、周鈴はそう尋ねる。
すると、リザは呆れたような眼差しを向けた。
「では、どうしろと? 後片付けでもしろと?」
「いや……そうは言ってねぇけど……」
渋い表情を浮かべる周鈴は、右手で頭を掻く。
確かに、リザの言う通り、この惨状ではどうする事も出来ないだろう。
「とにかく、戻りましょう。ここの件はまた後で考えるとします」
そう言うとリザは歩き出す。
小さく鼻から息を吐く周鈴は、目を細めると、
「へいへい」
と、答えながら頭の後ろで手を組み、リザの後へと続いた。
周鈴の足音に耳を傾け、平然とした様子のリザは、この辺りを一望できるであろう崖上へとチラリと目を向ける。そして、僅かに不愉快そうに眉間にシワを寄せた。
そんなリザの視線の先、森を一望出来る崖の上。そこに、ジャックと褐色白髪の鬼人はいた。
片膝をつき、右手で地面に触れる褐色白髪の鬼人は、額から大粒の汗をこぼし呼吸を乱す。険しい表情を浮かべ、ゆっくりとその視線をジャックへと向ける。
「これで……よかったのか?」
乱れた呼吸でそう尋ねる褐色白髪の鬼人に、腰に手を当て森を見下ろすジャックは不敵に笑む。
「ああ。上出来だ」
静かに答えたジャックは、その瞳を不気味に輝かせた。
一方、随分と疲弊した様子の褐色白髪の鬼人は、髪の毛先から汗を零しながら、ゆっくりと立ち上がる。
そして、不愉快そうにジャックを睨んだ。
「こんな事をして何の意味があるって言うんだ?」
疑問を口にする褐色白髪の鬼人に対し、ジャックは小さく肩を竦める。
「何の意味……か」
「勿体ぶるな。どうせ、テメェの事だから、ロクな事じゃねぇんだろうけどな。こっちは無駄な労力を使ったんだ。教える義務があるだろ」
不満をぶつけるように怒気のこもった声でそう言う褐色白髪の鬼人に、ジャックは静かに鼻から息を吐き出す。
「そんな事も分からないのか?」
「うるせぇ。テメェの考えてる事なんて知りたくもねぇ」
「なら、答えなくてもいいだろ」
「ふざけるな! 俺が力を貸したんだ! その理由は聞くに決まってるだろ」
「……面倒臭い奴だな」
非常に呆れた様子のジャックに対し、額に青筋を浮かべる褐色白髪の鬼人は、口角を僅かに引きつらせていた。
怒りを滲ませる褐色白髪の鬼人だが、ジャックは全く気にした様子はなく説明を始める。
「いいか。俺達は、奴の能力を知らない。そんな状況で戦って成果を得られると思うのか?」
尤もらしいジャックの言葉に、不本意だが褐色白髪の鬼人は納得する。
だが、それと同時に一層不満そうな表情を浮かべる。
「なんだ? 不満げだな。戦闘狂のくせにと言いたいのか?」
憎たらしい笑みを浮かべるジャックに、褐色白髪の鬼人は目を細める。
「言っておくが、俺は戦闘狂じゃねぇ。俺はただ、戦いにおいて後悔したくねぇだけだ。相手が強かろうが、弱かろうが、全力を出せなきゃ悔いが残っちまうだろうが。それが、嫌だから、今回は下調べを行ったそれだけだ」
「…………それを、戦闘狂だって言うんだよ」
呆れたような眼差しを向ける褐色白髪の鬼人は、右手で頭を抱えた。
不敵に笑みを浮かべるジャックは、右手を腰に当て森を見下ろす。
「クククッ……」
「気持ち悪い笑いするな」
「楽しみだ……奴と全力で戦うのが……」
肩を揺らし笑うジャックを見て、褐色白髪の鬼人は表情を引きつらせていた。
――森の洋館。
周鈴とリザの二人が出ていった部屋には、一馬と夕菜の二人だけ。
唐突に二人が出ていったと言う事もあり、二人の間には妙な沈黙が流れていた。
たった二、三日会っていなかっただけなのに、二人きりになった途端、言葉が出てこず、二人はただただ黙っていた。
ベッドに寝そべる一馬は、この空気に渋い表情を浮かべ天井を見据える。
何を話題にすればいいのか、と考える一馬。しかし、いいアイディアは出ない。
こう言う時、必ず間に入るのは雄一だった。良くも悪くも雄一の存在は二人にとっては大きなモノだった。
重い沈黙。辺りをキョロキョロとどうにも落ち着かない様子の夕菜は、背もたれの無い丸椅子に腰掛け、体を前後へとゆっくりと動かしていた。
二人の間に流れる奇妙な空気に、台に置かれたスマホ型通信機のモニターが光を放ち、白虎の声が響く。
『マスター。お体の方はもう平気ですか?』
静かで優しい白虎の声に、ビクッと肩を跳ね上げる一馬は、慌てた様子でスマホ型通信機を手にとる。
「ど、どど、どうした?」
『……? いえ。お体はもう大丈夫なのか……と』
慌てる一馬に、少々戸惑ったような白虎の声。そして、苦笑いを浮かべる夕菜は、困ったように眉尻を下げていた。
あまりの一馬の慌てっぷりは、場の空気を和ませるには十分で、重苦しかった空気はすっかり消えていた。




