第3回 相手はメデューサだった!!
小さく息を吐くリザは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
無言で動き出すリザに、一馬達三人の視線が向けられる。
しかし、リザは特に気にした様子はなく、部屋を出ようと足を進めた。
先程まで話をしていたはずなのに、何の前触れもなくその行動に出たリザに驚く一馬は、思わず声を上げる。
「ちょ、ちょっと!」
「なんだ?」
一馬の声に、ドアノブを握ったままリザは体を向けた。
些か、不思議そうな表情のリザに、一馬は苦笑いを浮かべる。
「い、いや……急にどうしたの?」
「まだ、話してる途中だろ」
不満げに眉間にシワを寄せる周鈴。
まだ、聞きたい事があるし、知りたい事もあった。故の言葉だった。
その言葉にリザは小さく息を漏らし、その目を細める。詮索されたくない、との意思表示を示すリザに、一馬は困ったように眉尻を下げた。
何か事情があるのは理解出来る。だが、どうしてこんなにもあからさまに嫌そうな顔をするのか、一馬にはわからなかった。
故に、一馬は疑念を抱く。
「何か、あるんですか?」
少しだけ押し殺した声で尋ねる。すると、リザは面倒臭いと言わんばかりに右手で頭をかき、視線をそらした。
それから、少々の間を空け、深く息を吐き答える。
「私の縄張りが侵害されている。だから、私は行かなければならない」
「行かなきゃって……一人じゃ危険――」
一馬はそこまで言って言葉を呑んだ。
一瞬――ほんの一瞬、リザの雰囲気が変わった。いや、変わったのは雰囲気だけじゃない。色付きメガネの奥に見える目の色が変わった。
それを感じたのは一馬だけではなく、夕菜と周鈴の二人もだった。
一瞬の変化だったにも関わらず、場の空気を一変させる。それほど、リザには得体の知れない何かを感じた。
静かに佇むリザの姿をただ見据える。ただ続く沈黙の中、リザはドアノブをひねった。
「悪いが私は急いでいる。話なら後にしてくれ」
「でも――」
「それから、ここから動くな。いいな」
一馬の声を遮り、リザはそう言い部屋を後にする。
蝶番が軋む音を残し、ドアは閉じられた。場を支配する静寂に、耐えきれず一馬は大きなため息を吐いた。
それに釣られるように周鈴、夕菜と息を吐いた。
一馬と周鈴のそれとは違い、夕菜のは安堵から来た吐息。あの時、場を支配したリザの圧倒的な威圧感に息をするのも忘れてしまう程、夕菜は緊張していたのだ。
膝の上に置かれた両手は固く握り締められ、手の平には汗が滲んでいた。
「なんだか……怖かったね」
苦笑いを浮かべ、夕菜が呟く。
「そうだね」
夕菜の言葉に一馬は小さく頷き、腕を組んだ。
「でも……危うい感じがした……」
「危うい? ……それ、お前が言うのか?」
呆れた様子で周鈴はそう言い頭を振った。
しかし、一馬はそんな周鈴に不満そうな表情を向ける。
「どう言う意味だよ」
「弱いくせに何でもかんでも首を突っ込みたがる」
「ぐっ……」
周鈴に図星を突かれ、一馬は狼狽える。
「そう言えば、子供の頃も、よく巻き込まれてたよね。それで、怪我してたね」
追い打ちをかけるように夕菜が過去の話を振った。
まさか、ここで過去の話が飛んでくるとは思っていなかった為、一馬は瞼を閉じ唸る。今に思えば、そうかもしれない。そう思い、一馬も記憶をたどる。
だが、すぐに一馬は眉をピクリと動かし、夕菜へと視線を向けた。
「確かに、よく巻き込まれてたけど……」
「うん。だよね。私もよく手当してあげたの覚えてるよ」
「いやー……。その原因を作ったのって、全部雄一だよね」
「…………あーあ。そう言えば…………そうだった…………かな?」
一馬に言われ、それを思い出した夕菜は、ちょっとした罪悪感に視線を逸し苦笑いを浮かべる。
小さく吐息を漏らす一馬は、肩を落とすと右手で右の眉尻をかいた。
「それより、どうするんだ?」
気まずい雰囲気などお構いなしに周鈴はそう口にする。
「どうするって?」
訝しげに首を傾げる一馬に、周鈴は呆れたような眼差しを向ける。
そして、広い袖口に両手を突っ込み、胸の前で腕を組む周鈴は、眉間にシワを寄せ肩の力を抜いた。
「僕らはこのまま黙って待ってるのか?」
やや不満げにそう告げる周鈴に、一馬は困ったように笑みを浮かべ頬を掻く。
「いや……黙って待ってるも何も……俺、まだ動けないから……」
一馬はそう言い、肩を竦めた。
その言葉を聞き、目を細める周鈴は眉間に深いシワを寄せる。
「お前が動ける動けないは関係ねぇだろ」
「いやいやいや。大いにあるから!」
「まぁまぁ、二人共落ち着こうよ」
一馬と周鈴の間に割って入る夕菜は、困ったような笑みを浮かべていた。
流石にここで揉めるのはよくないと、判断したのだ。
場を和ませようとする夕菜に、周鈴はジト目を向ける。
「僕は落ち着いている」
「えぇー……」
周鈴の一言に、そんな声を上げた夕菜はガクリと肩を落とした。何を言っても無駄だと夕菜もすぐに理解し、一馬へと助けを求めるような眼差しを向ける。
しかし、一馬は瞼を固く閉じ、右手の人差し指でコメカミを押さえていた。
そして、ゆっくりと瞼を開くと、
「一つ聞きたいんだけど……」
と、重苦しく口を開いた。
一馬の言葉にゴクリと息を呑む夕菜は、拳を握り締める。
「ど、どうしたの? 改まって」
真剣な一馬の目を夕菜はまっすぐに見据え、周鈴はその表情に押し黙り息を呑み込んだ。
やや沈黙が場を支配した後、小さな息遣いとともに一馬の唇が動く。
「何で――メイド服なんて着てるの?」
真剣な表情から放たれた意外な問いに、夕菜は目を丸くする。驚き――と、言うよりもあまりの事に呆気に取られていた。
まさか、あんな真剣な表情で、こんなどうでもいい事を聞いてくるとは思っていなかったのだ。
完全に虚を突かれ、周鈴は思わず転びそうになるのをこらえ、額に青筋を浮かべ、拳を力強く握り締めた。
「どうでもいいだろ! んな事!」
腹の底から轟く周鈴の怒声。両手で耳を塞ぐ夕菜は苦笑いを浮かべ、一馬は目を細め困ったように眉尻を下げた。
「いや……正直、最初から気になってたんだけど……中々、聞くタイミングが――」
「今じゃないだろ! 絶対に、今のタイミングじゃないだろ!」
当然の周鈴の言い分に、少々不満げに「えぇー」と一馬は声を上げた。
「えぇー、じゃねぇよ!」
と、周鈴は更に声を荒らげ、場はだいぶ賑やかになっていた。
苦笑いを浮かべる夕菜は、とりあえず周鈴を落ち着かせ、一馬へと答える。
「ここで生活する上の決まりだって、これ着させられたの」
「…………? じゃあ、周鈴は――」
と、一馬が周鈴に目を向ける。すると、周鈴は物凄い形相で一馬を睨みつけていた。
あまりの迫力に、静かに視線を夕菜の方へと戻し、一馬は苦笑する。
「えっと……じゃあ、今はメイドみたいな仕事を?」
話題を変えるべく一馬がそう尋ねると、夕菜は首をひねり唸る。
「うーん……どうだろう? リザさんはお客さんだからそう言う事しなくていいって言ってたし……」
「へぇー……」
「て、んな事どうでもいいだろ!」
唐突に怒鳴る周鈴に、ベッド横にある机に置かれたスマホ型通信機が光を放つ。
『マスター』
静かで麗しい白虎の声が響き、室内は静まり返る。
『……? どうかしましたか?』
「いや……別に、どうもしてないけど……いきなりだったから、びっくりして」
『そうですか……。それより、彼女を追った方がいいと、私は進言します』
白虎の言葉に怪訝そうに眉をひそめる一馬は、小さく息を吐く。
「とは言え、俺は動ける状態じゃないから……」
『彼女がいるじゃないですか』
「彼女?」
思わずそう聞き返す一馬だったが、すぐにその視線は周鈴へと向けられる。
白虎の言う彼女が、一馬が考えうる限り、周鈴しか思い当たらなかったのだ。
一馬の視線に気付いた周鈴は、不愉快そうに目を細める。
「何だよ?」
「いや……別に……」
「何だよ! 言いたい事があるなら――」
『とりあえず、先程の彼女を追ってください』
一馬に代わり、白虎がハッキリと告げる。その言葉にピクリと眉を動かした周鈴は、右手で頭を乱暴に掻く。
「何で僕が?」
「追いかけたがってたじゃないか?」
「誰も追いかけたがってないだろ! 追いかけた方がいいんじゃないか? って、思っただけだろ!」
腕を組み、不満げな声を上げる周鈴に、顔を見合わせた一馬と夕菜は苦笑いを浮かべる。
「な、何だよ!」
「まぁ……うん。あとは任せる!」
「うん! 周鈴ちゃんなら大丈夫だよ!」
『彼女を追うのでしたら、これを持っていってください』
白虎の声とともに、スマホ型通信機のモニターが光り輝き、空中に歪みが生まれ、そこから真っ白な鞘に収まった短刀がはじき出された。
それを、慌ててキャッチしたのは近くにいた夕菜。ナイフに比べ長く、剣と比べると短い刃の短刀だが、キャッチした夕菜はその重さに、思わず表情を歪め、両肩がガクンと落ちる。それでも、短刀を落とす事はなく、ホッと胸を撫で下ろす。
「だ、大丈夫?」
「う、うん。平気平気」
心配する一馬に、えへへ、と笑う夕菜は、ゆっくりと短刀を持ち上げ、周鈴の方へと歩を進めた。その重さに右へ左へとよろめきながら。
そんな夕菜の様子に訝しげな表情を浮かべる周鈴は、鼻から息を吐くと、
「なんだ? 箸より重いモノ持った事ないって言うタイプか?」
と、呆れた様子。
その言葉にムッとした表情を見せる夕菜は、
「ホントに重いんだから!」
と、短刀を放った。
それをうまくキャッチしてみせる周鈴は、夕菜とは別に意味で驚く。
「うおっ! 軽っ!」
「えっ!」
驚きの声を上げる夕菜の目の前で、周鈴は鞘に入ったままの短刀を軽々と振るう。右へ、左へと、柄を逆手に持ち、ブンブンと。
その様子に唖然とする夕菜。
一方、一馬は状況を悟り、スマホ型通信機の方へと目を向け尋ねる。
「もしかして……適合者?」
『恐らく……。私の化身である白蓮は、適合者が持てば風のように軽くなる性質を持っています』
「でも、周鈴は土の属性のはずだろ? どうして、風属性の白虎の化身の適合者なんかに……」
怪訝そうな一馬に、白虎は小さく息を吐き答える。
『別に、私達の化身の適合者になるのに、属性は関係ありませんよ。契約するわけじゃないので』
「そっか……じゃあ、俺にも――」
『流石にそれはありえません』
一馬の声を遮り、白虎は力強く否定する。
『契約者が私達の化身を扱えたためしはありません』
「そうなんだ……」
『召喚士とは本来武器を持って戦うものではないので、仕方ないと思いますよ』
慰めるようにそう告げる白虎に、一馬は少々困ったように微笑した。
深い森の中で更地と化した一帯。
その中心に佇むのは殺人鬼ジャック。長い腕を左右に揺らし、肩を上下に揺らす。長めの前髪から覗く切れ長の眼が僅かに緩み、その口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。
「ようやく……お出ましか……」
僅かに乱れた呼吸でそう発したジャックは、右手を払うように振り抜き、その手に持っていたメスを放つ。
しかし、それは弾かれる。澄んだ金属音を響かせて。
「人の領域を侵害する者に、裁きを下す」
静かな声を発したリザは、右手の人差し指と中指をそろえ、口元へと持っていく。
「裁き? やってみろよ!」
荒々しくそう言い放つジャックは、更にメスを放つ。
それに対し、リザは口元へと構えた右手を払うようにして指先をジャックへと向けた。
すると、ジャックの放ったメスは空中で弾かれ、弧を描き地面へと落ちた。
眉間にシワを寄せるジャックに対し、不敵に笑う。
「流石に……強いな……」
「当たり前だ。相手はメデューサ。幾らお前でも一人で相手出来る相手じゃねぇよ」
そう言い放った褐色の肌に白髪の男は、ジャックの横へと並ぶ。
不愉快そうなジャックだが、文句は言わず、真っ直ぐにリザを睨んでいた。




