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第1回 遠い日の記憶だった!!

 それは……遠い日の記憶。


「なぁ、しってるか?」

「……なにを?」


 幼い男の子の声が二つ。

 真新しいランドセルを背負う二人の男の子。

 一人はやや釣り目がちで、勝気なガキ大将タイプ。堂々と胸を張り大股で、右手には細長い木の枝を振っていた。

 もう一方は、ややたれ目がちの気弱で大人しめのタイプ。背中を少しだけ曲げ、半歩後ろを着いていく。


「じつは……」


 勝気なガキ大将タイプの男の子が足を止める。

 その足元にはマンホールがあり、男の子はそのマンホールを一度、二度と木の枝の先で叩く。


「こいつ、いせかい、につながってるって」

「…………」


 勝気な男の子の発言に、大人しめの男の子は、目を細める。

 呆れていると、言うより少々困った様子だった。

 だが、返答しない大人しめの男の子に、勝気な男の子は振り返り無邪気な笑みを見せる。


「すごくね? いせかいにつながってるって」


 やや興奮気味の勝気な男の子に、大人しめの男の子は首を傾げる。


「いせかいって……ほんきでいってる?」


 少々引き気味にそう尋ねると、勝気な男の子は胸を張った。


「あたりまえだろ! となりのクラスにじっさいにいったってやつがいて――」

「えぇー……それって、エイプリルフールのウソだってきいたよ?」


 大人しめの男の子の言葉に、勝気な男の子はムスッと頬を膨らせる。

 何も言い返せない勝気な男の子に、大人しめの男の子は言葉を続ける。


「それに、もしほんとだったとしたら、もっとたくさんのひとがいせかいにいってるはずだよ」


 大人しめの男の子の最もな正論を、勝気な男の子は鼻で笑う。


「バカだなぁー。んなもん、えらばれたにんげんしかいけないにきまってるだろ」

「じゃあ、ゆーいちはむりじゃない」


 大人しめの男の子が視線をそらしながらボソリとそう言う。


「なんでだよ!」


 頬を膨らせ怒る勝気な男の子に、大人しめの男の子は目を細める。


「だってー……えらばれた人しかむりなら、ボクたちはむりじゃない?」

「かってにきめつけるなよ! オレはサイキョ―だから!」

「えぇー……サイキョーって……」


 大人しめな男の子の視線が、ゆっくりと勝気な男の子の服へと向く。その胸には大きく乱暴なフォルトで『最強!!』と描かれていた。

 それを見て大人しめの男の子は引きつった笑みを浮かべる。


「ダサいよ? それ」

「ハァ? バカかよ! すげぇーカッコいいだろ! サイキョ―だぞ!」

「えぇ……」

「オレにピッタリだろ! オレ、サイキョ―!」


 拳を突き上げ叫ぶ勝気な男の子に、「えぇー……」と大人しめの男の子は引き気味だった。


「オレは、サイキョ―だから、いせかいにいって、せかいをすくって、えーゆーになっていせかいで死ぬんだ!」

「いせかいで死ぬ? どーして?」


 突然の勝気な男の子の発言に、少々不安げに大人しめな男の子が尋ねる。

 すると、勝気な男の子は一瞬表情を曇らせ、すぐに笑みを浮かべた。


「そのほーがカッコいいだろ? かなしむヤツもいなくて」

「ゆーながかなしむよ」


 俯く大人しめな男の子の発言に、勝気な男の子は胸を張る。


「ゆーなにはお前がいるだろ?」

「でも――」

「でもじゃねぇー。おとこなら、まずはひてーからじゃなく、こーてーしてからはんろんしろ!」

「…………それ、せんしゅーのレンジャーマンの――」

「ぶんぶーんぶぶーん!」


 大人しめな男の子の言葉を遮り、鼻歌を歌いながら歩みを進める。

 今、子供達の間で流行っているレンジャーマンと言う戦隊モノの主題歌だが、所々で音が外れる。故に、大人しめな男の子は少々複雑そうな表情を浮かべていた。


「おと、はずれてるよ?」

「うっせー。オレがきもちよければいいんだよー」


 ムッとした表情でそう答えた勝ち気な男の子は、右手に持った木の枝を上下に振った。

 そんな勝ち気な男の子を追うように、大人しめな男の子はランドセルの肩紐をギュッと握り締め小走りに歩を進める。


「それより、さっきのはなしだけど……」

「んだーよ。ひつこいぞー」

「しつこいだよ?」

「いみがつうじればいいんだよ」


 変わらずムッとした表情の勝ち気な男の子に、「えぇー……」と大人しめな男の子は不満を口にする。

 しかし、それ以上文句は言わず、口をへの字に曲げ、勝ち気な男の子の背を見ていた。

 そんな大人しめな男の子の視線に、大きく吐息を漏らした勝ち気な男の子は、


「もしも、たすけがほしいときは、オレをよべよ」


 思わぬ言葉に、「へぇ?」と大人しめな男の子は間抜けな声を発する。

 すると、勝ち気な男の子は怒ったように、


「だ、だから! さっきのはなしのつづきだ! もし、なにかあって、たすけてほしいときはオレをよべっていってるんだよ!」


と、怒鳴り声を上げた。

 両手で耳を塞ぎ、表情を引きつらせる大人しめな男の子は、小さな吐息を漏らし、


「いせかいにいってるゆーいちをどうやってよべっていうのさぁ……」


と、呆れ顔だった。

 しかし、そんな勝ち気な男の子は、腰に手を当てると大きく胸を張る。


「オレはサイキョーだから! どんなときも、どこにいても、おまえたちのピンチにはかけつけてやるよ!」

「サイキョーはかんけいないんじゃ……」


 ボソリと呟いた大人しめな男の子に、「なんだよ!」と勝ち気な男の子は唇を尖らせる。

 苦笑いをする大人しめな男の子は、視線をそらした。だが、すぐに閃く。


「そうだ! じゃあ、きょうのさんすーのしゅく――」

「さぁー、ゆけゆけーファイヤマン!」

「さんすーの――」

「とべとべーウィングマーン」

「ちょっと、ゆーいち!」


 右腕を大きく振りながら、レンジャーマンの主題歌を歌う勝ち気な男の子を、大人しめな男の子は小走りに追い駆けて行った。



「ん……んんっ……」


 鼻腔を擽るような花の香で、一馬は目を覚ました。

 意識は微睡み、記憶は混濁していた。

 ボヤける視界に映るのは木目調の天井。

 そして、辺りを確認するように一馬の瞳が右へ左へとゆっくり動き、それに合わせるように頭もゆっくりと左右に動いた。

 体が重く、動く事がままならない。被せられた布団が何十、何百キロもある鉛のように感じるほどだった。

 頭もどこか霧がかったようにモヤモヤし、思考が上手く働かない。

 ここが、何処なのか、自分がどうしてここにいるのか、それを未だに理解できず、記憶も曖昧だった。

 何があったのかを思い出そうと、思考を働かせる。しかし、それを阻むように腹の虫が鳴った。


「お腹……空いた……」


 喉が乾いていたせいもあり、掠れた声で呟く。

 聞き取りにくいその声に、自分自身でも少々驚く。そして、思う。どれだけの時間、寝ていたのだろうか、と。

 視線をゆっくりと左へと向ける。そこに見えるのは、紺色のカーテンが掛けられた窓。少々分厚いのか、色の所為なのか、陽の光が差し込む事はなく、今現在、昼なのか夜なのかは分からない。

 ただ、夜にしては部屋が少しだけ明るく感じるが、それは、一馬の目がこの暗闇に慣れてしまっているからなのかもしれない。

 故に判別はつかない。

 次に一馬は耳を澄ませる。微かな音で昼なのか、夜なのかを判別しようと試みた。

 しかし、聞こえるのは自分自身の心音と呼吸音。そして、柔らかなマットレスとは異なり硬いベッドが軋む音。

 防音にしている――と言うわけではないのだろうが、しっかりと戸締まりされており、外の音は全くと言っていいほど聞こえては来ない。

 それが、夜だからと言う可能性も大いにあるが、寝ている一馬に気を使っていると言う事もあり、結論は出せなかった。

 考えた結果、途方に暮れる一馬は小さく息を吐き、目を細めた。


「と……えず……おき……か……」


 掠れ掠れにそう呟く一馬は、気だるく重い体を起こそうと腕に力を込める。だが、体に力が入らない。それどころか、指先一つ動かす事が出来なかった。


「ッ!」


 それは、まるで自分の体ではないような感覚。そんな感覚に、一馬の表情は険しく歪む。

 そんな折だった。ドアの留め金が軋み、薄暗い部屋の中へと光が差し込む。すぐにその方向へと顔を向けるが、暗闇に慣れた目はその僅かな光にすら目が眩み、ぼやけたシルエットだけが視界に入りドアは閉じられた。


「……なんだ。起きていたのか?」


 静かな女性の声。聞き覚えはなく、一馬の表情は一気に険しくなる。

 だが、そんな一馬に対し、その声の主は穏やかな口調で告げる。


「そう、警戒する必要はない。大森一馬」


 その言葉に一馬は目を見開く。鈍っていた思考は加速的に動き出し、「何故、自分の事を知っているのか」と言う疑問に対し答えを見出そうとする。

 しかし、答えは出ない。当然だ。答えを出すには圧倒的に情報量が少なかった。

 困惑し、戸惑う一馬に対し、彼女は小さく吐息を漏らし歩き出す。


「とりあえず、水分を補給する方が先決だろう。二日も寝込んでいたんだからな」


 彼女はそう言うと濡れたタオルを静かに一馬の口へと当てる。乾いた唇をその僅かな水分が潤し、やがて口内へと水気が広がる。

 流石に喉まで潤す程ではないが、口の中は幾分か潤された。


「あなたは……」


 まだ虚ろな眼でまっすぐに彼女を見据え、一馬は尋ねる。目元でキラリと輝く楕円のレンズ。彼女はメガネをしていると理解する一馬だが、疑問も生まれる。

 何故なら、そのメガネの越しに見える彼女の瞳がくすんで見え、それが色付きのレンズだと言う事が分かったからだ。

 こんな暗闇で色付きレンズのメガネを掛けている理由は――と、考える一馬だった。だが、その耳に彼女の囁く声が響く。


「もう少し休め。今は――」


 その言葉の後、一馬の鼻腔を甘い香りが擽る。

 その香りが、彼女のウェーブの掛かった美しい長い髪から漂う事を理解した後、一馬の意識は微睡み――やがて、瞼を閉じた。

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