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第8回 落胆だった!!

 一帯を襲う暴風雨。

 その原因となったのは二体の龍。

 一体は守護聖霊・青龍。そして、もう一体は翼竜ワイバーン。

 両者の力は拮抗していた。ただし、それは現時点での話。長引けばワイバーンが圧倒的に優位だった。

 青龍には制限があり、召喚士である一馬の体力・精神力の限界が青龍の限界。故に青龍は最初から全力。後の事など考えている余裕はない。

 一方、ワイバーンは違う。人である一馬とは圧倒的に体力も精神力も上。互いに全力でぶつかり合っても先に精魂尽きるのは一馬の方だ。

 蒼い瞳を真っすぐにワイバーンへと向ける青龍。その大きく裂けた口から熱い息を吐き出し、鼻筋へとシワを寄せる。


『なるほど……実力は拮抗していると見ていいか』


 青龍が静かにそう述べると、ワイバーンはその口元に薄っすらと笑みを浮かべる。


『拮抗? 人に使われる貴様では、我には勝てぬ』


 ふてぶてしくそう宣言し、ワイバーンは両翼で風を掻く。突風が吹き荒れ、ワイバーンは深緑色の巨体を上下に揺らす。

 血のように真っ赤な眼をギョロリと動かし、地上を見渡す。


『アレが、貴様の使い手か? どうにも弱々しいな』


 ワイバーンの赤い瞳が見据えるのは胸を押さえ蹲る一馬の姿。その姿からすでに限界だと言うのは見てわかる。故に、ワイバーンは呆れたように頭を左右に振った。


『分からぬな。貴様のような者があのような弱き者に仕えるというのは』

『人に仕えた事のない奴には分からぬだろうな。人の強さは』


 ワイバーンにそう返した青龍は、その長い体をうねらせ鱗を美しく輝かせた。

 暴風雨の吹き荒れる地上では、息を切らせるリューナと鬼姫の両者が対峙していた。先程のワイバーンの一撃を防ごうと土の盾を使用した影響もあり、リューナは疲弊していた。

 それでも、この中で戦えるのは自分だけだと理解しているリューナは、黒泉の柄を握り締め、真っ直ぐに鬼姫を見据える。

 しかし、鬼姫は気怠そうにリューナを見据え、深く息を吐く。


「何? あたしとやる気?」


 確認するようにそう言う鬼姫に、リューナは小さく頷く。


「と、当然ですぅ……」

「当然……ね。良いけど、死んでも知らないから」


 左足を踏み込んだ鬼姫は両手で握り締めた長刀の刃に紅蓮の炎を纏わせた。その炎は降り注ぐ雨を蒸発させ、白煙を噴かせる。

 水気を帯び額に張り付く真紅の髪を左手で掻き揚げ、鬼姫はおでこと生え際に生えた十三本もの小さな角を露わとした。

 角は鬼に取っての一種のステータス。大きさは鬼の体格によって変わるが、その本数は強さの証明だった。

 鬼の角は一本から二本が通常で、三本あるだけでも珍しい。それなのに、鬼姫には小さいと言え、角が十三本。それは、他の鬼を凌駕する力を有していると言う事だった。

 初めて対峙した時からその異次元の強さをヒシヒシとその身に感じている紅は、悔しげに唇を噛む。炎帝は召喚できず、ただ苦しむ一馬に寄り添う事しか出来ない事が悔しかった。

 だが、もしここで炎帝を呼べたとして、果たして鬼姫を相手に何ができるだろう。そう考えるとより一層自分自身を不甲斐なく思う。


「だ、大丈夫……」

「えっ?」


 苦しむ一馬の声に、紅はそう声を上げ眼を向ける。胸を押さえギリギリと奥歯を噛む一馬は、これでもかと無理に作った笑みを見せ、


「大丈夫。必ず来る……炎帝の力が必要となる時が。だから、今は耐えるんだ」


 そう告げた。

 苦しいはずの一馬のその一言に、紅は俯き小さく頷く。


「分かってます。その為に私がすべき事も……」


 拳を握り締め、紅は顔を上げ見据える。目の前で繰り広げられるであろうリューナと鬼姫の戦いを。

 乾いた地面は降り注ぐ豪雨により滑り、最悪のコンディションだった。踏ん張りが利かず、泥に足を取られる。

 おまけにリューナの持つ黒泉は大剣。故に重量があり、ただ立っているだけでもその足はジワジワと泥に埋もれていく。


(このまま、待っていてもこちらが不利になるぞ)

「分かっていますぅ」


 脳内に響く玄武の声にそう返答したリューナは黒泉の柄を握り直す。

 豪雨に晒され、シャツが体に張り付き下着が薄っすらと透け、膨よかなその胸の形もハッキリと映し出す。

 それを見据え、鬼姫は鼻で笑うと、


「まずは、その重そうなものからそぎ取ってあげる!」


と、地を蹴る。小柄で幼児体型の鬼姫にとって、リューナのそれは憎むべき対象なのだ。

 大量の水分を含みぬかるむ足場などお構いなしに疾走する鬼姫に、リューナは奥歯を噛む。


(来るぞ)

「迎え撃ちますぅ!」


 玄武の声にそう答え、リューナは黒泉を構えた。その際、その胸がたゆんと揺れ、鬼姫の表情が引きつる。


「自慢するなっ!」


 額に青筋を浮かべ怒鳴る鬼姫は、ヤケクソのように乱暴に炎をまとった長刀を振り抜く。


「何の事ですかぁ!」


 鬼姫の言葉に反論するようにリューナはそう叫び、振り抜かれた長刀に合わせるように黒泉を振り抜く。

 鈍い風音の後、両者の刃が交錯し、衝撃が豪雨を弾き、鋭い金属音を響かせる。踏ん張りが利かず、二人の体は衝撃で弾かれる。

 ぬかるむ土の上に踏みしめた二人の両足は滑り、互いに二本の深い線を地面の上へと描いた。

 直線的な二本の線を描いたリューナの靴の裏には、大量の泥が山のように盛られ、ゆっくりと崩れていく。

 一方、曲線的な二本の線を地面に描いてみせた鬼姫は低い姿勢を取り、獣のような眼差しをリューナへと向ける。

 両者の対応の差が大きく出た。

 衝撃を受け止めたリューナは後方に衝撃が抜け、衝撃を受け流した鬼姫は円を描きながら横にスライドした形になったのだ。故に、その足元に描いた先も曲線だらけで、所々重なっている場所もあった。

 両者の眼は互いを見据える。

 そんな時だ。突如、鬼姫の左側面で青白い光が薄っすらと放たれる。


「チッ!」


 小さな舌打ちを一つし、鬼姫はその光の方へと目を向けた。視線の先には、今まで気配すら感じなかった――と、言うより鬼姫が全く興味すら抱かなかったキャルが手にした銃の銃口を向けていた。

 その銃身の中に集まる青白い光に鬼姫は訝しげな表情を浮かべながらも、余裕を伺わせる笑みを見せる。


「あんたに何が出来るって言うのよ?」


 鼻で笑う鬼姫に真剣な眼を向けるキャルは、引き金に指をかける。


「何が出来るか、じゃないです! 何をするかです!」


 キャルはそう叫び引き金を引く。轟々しい銃声と共にキャルの小柄な体は後方へと弾かれる。

 放たれた蒼い弾丸はみるみるうちに龍の姿を模し、蛇行しながら鬼姫へと迫った。

 それを見据える鬼姫は、もう一度鼻で笑う。


「何よそれ。おっそっ!」


 あまりにも遅いその攻撃に鬼姫は小さく首を振り、長刀を右の腰の位置に構えた。


「んなもん。ぶった切って――」


 鬼姫がそこまで言った時、蛇行して進む水の龍は上体を上げる。そして、鬼姫を見下ろし、ゆっくりとその口を開いた。


「まさか……」


 その瞬間、鬼姫の脳内で先程の光景がフラッシュバックする。青龍が水の咆哮を放つその瞬間が――。

 水の龍の鱗一枚一枚が鮮やかに青色に輝き、その口の中に光が圧縮されていたのだ。それは、間違いなく青龍が水の咆哮を放った時と同じ姿。

 流石にこの一撃は危険だと鬼姫は判断しながら、不敵に笑む。


「やるじゃない。これは、流石にヤバいわ」


 そう言い、動き出そうとした鬼姫だったが、そこで異変に気付く。


「ッ! これって――」


 目を見開く鬼姫の眼は足元へと向く。鬼姫の両足は泥へと沈む。幾ら土がぬかるんでいるからと言って、ここまでの緩くなっているのはおかしいと、鬼姫の眼は瞬時にリューナへと向いた。


「残念ですがぁ……逃がしませんよぉ……」


 黒泉の切っ先を地面に突き立て柄頭に両手を置き、苦しそうに息を乱すリューナは鬼姫へと微笑した。

 リューナの表情に鬼姫は目尻を吊り上げ、鼻筋にシワを寄せ、怒りを露わとする。


「くっ! 何よ! こんなものでっ!」


 怒鳴り、足を上げようとする。だが、もがけばもがくほど、その足は泥沼へと沈んでいく。地面がぬかるんでいる為、先程よりも尚強く鬼姫の足を拘束していた。


「くそっ! くそぉっ! 何なのよ! コイツ!」


 声を荒らげ、腰を捻り、膝を前後左右に動かす。しかし、動かす度に生まれる隙間に次々と泥は雪崩れ込む。それにより、足は絞めつけられる。

 足掻く鬼姫の視線は自然と水の龍へと向けられ、降り注ぐ豪雨が顔へと叩きつけられる。

 青白い光を溜めに溜め込む水の龍に、泥にまみれたキャルは叫ぶ。


「お願いします! 青龍様!」


 ずれ落ちた眼鏡が地面へ落ちる。それと同時に、キャルの撃ち出した水の龍――こと、青龍は開かれた口を閉じ、圧縮していた青白い光を一旦喉元まで呑み込む。

 そして、次の瞬間――


“ガアアアアアッ!”


と、大口を開け咆哮を放った。青白い光が水の波動と共に水の青龍から放たれ、飛沫を上げ鬼姫に迫る。


「くそっ!」


 鬼姫が叫ぶが、それすらを放たれた水の波動と咆哮が呑み込んだ。轟音が広がり、大地が衝撃を受け揺らぐ。

 激しく噴き上がる水柱。そして、豪雨と共に降り注ぐ大量の飛沫。水煙が一帯を包んだ。

 メガネが落ちた為、眉間にシワを寄せ、目を細めるキャル。白衣は泥まみれ、顔も髪も手も靴も泥でベチャベチャだった。

 呼吸は乱れ、召喚銃を握る右手は震える。あまりの衝撃で、右肩はかなり痛んでいた。

 雨音だけが響く中、


「ふっ……ふふふっ……」


と、静かな笑い声が水煙の奥から響く。

 奥歯を噛むキャルは、険しい表情を浮かべる。そして、リューナも瞼を伏せ、うなだれた。

 水煙はやがて晴れる。そこに広がるのは漆黒のマント。それが鬼姫を完全に覆い隠していた。


「全く……二度も同じ手をくらうとは……」


 静かな声が響き、水気を帯びたマントが大きくはためく。飛沫が弾け、マントがゆらりと落ちる。


「あなたは、学習能力がないのですか?」


 呆れたような声を発し、頭を左右に振る。水気を帯びた銀髪の毛先から飛沫を飛ばし、ヴァンパイア・ジルは青白い顔をキャルとリューナへと向けた。

 絶望的なこの状況に、キャルとリューナは苦悶の表情を浮かべ、固く瞼を閉じた。

 決定的な一撃になるはずだった。鬼姫には致命的なダメージを与えられるはずだった。それが、一瞬にして無となった。

 キャルの一撃――正確には水の青龍の一撃――が、当たる直前、彼は飛来した。キャルもリューナもそれに気付けなかった。それほど、ジルの動きは速く鮮やかだった。


「うっさい! 早く助けなさいよ!」


 この間も体が沈む鬼姫は、不服そうに声を荒らげジルを睨む。

 ぬかるむ地面に足を着くのが嫌なのか、ジルは少しだけ足を浮かせ肩を竦める。


「それが、助けてもらう人の言葉ですか?」


 呆れたように息を吐くジルだが、スッと鬼姫へと右手を差し出す。

 相変わらず不服そうな鬼姫はその手を左手で握り、「ありがとう」と誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

 そんな鬼姫の腕を引き体を浮かせるジルは、小さく鼻から息を吐く。


「全く……少しは後先を考えて行動してもらえませんかね」

「うっさい。分かってるわよ。んな事」


 ブスッとした表情でそう答えた鬼姫は両足が地面に着くとジルの手を離した。そして、長刀を一振りし、刃に付着した泥を払った。

 鬼姫のその行動に呆れ顔のジルは、右手で頭を抱え大きなため息を吐いた。


「あなた……戦うつもりですか?」

「当然じゃない!」

「バカなんですか? いや、バカなんですね」

「……何? 喧嘩売ってんの?」


 ジルの言葉に低く威圧的な声を返す鬼姫。だが、ジルは大きく頭を左右に振り、もう一度大きな吐息を漏らす。


「あなたは何も分かってない。ホント、学習能力がない!」

「うっさい! うっさい! 大体、あんた、人にとやかく言える立場なわけ!」

「あなたこそ、今のこの状況を理解しているんですか?」


 豪雨の中、両腕を広げ語気を強めるジルに、流石の鬼姫もたじろぐ。

 それを見て、ジルは畳みかけるように言葉を連ねた。


「あなたは、今回の作戦の要。私達のなすべき事を理解してください」

「り、理解してるわよ。……ちゃんと」

「いいえ。理解してませんね。大体、この豪雨の中で戦おうとしている事が、理解していない証拠」

「う、うっさい! こんな雨水程度で、私の炎が――」

「現に、あなたは力の半分も発揮出来ていない。第一、こんな所で消耗されては困るんですよ!」


 鬼姫に反論などさせず、ジルは一息にそう言葉を連ねた。

 ムスッと頬を膨らせる鬼姫は、唇を尖らせ視線を反らす。反論すらさせて貰えない為、無視を決め込んだのだ。

 そんな鬼姫の態度に目を細めるジルだが、諦めたように息を吐きだし、


「とにかく、あなたは体力の回復を。この二人は私が相手をしますから」


と、ゆっくりと腰のレイピアを抜いた。


「分かったわよ。分かりましたー。ったく、あたしの獲物だったのに……」


 唇を尖らせブーブーと文句を言いながら、鬼姫は長刀を仕舞いトコトコとその場から離れた。

 息を切らせるリューナは、地面に突き立てた黒泉を引き抜き、後ろに一歩、二歩とよろめく。体力の限界は近く、この豪雨で視界も大分悪くなっていた。

 キャルもゆっくりと膝を上げる。泥の付着した手で握っていた為か、召喚銃にも泥が付着しいささか汚れていた。

 二人は思考を張り巡らせる。


「ふふふっ。どうしました? 高貴なるヴァンパイアである私が相手をしてさしあげるのですよ? 光栄に思ってください」


 ジルの言葉に、二人は何も答えずただその姿を見据えるだけだった。考えなんてまとまらない。まともに戦えるとも思えない。何より決定機を逃した事に、二人の心が折れかかっていた。



 ――上空。

 そこでは、暴風雨の元凶である青龍とワイバーンの睨み合いが続く。互いにけん制しあい、次の手を打つ事が出来ない。

 長期戦に持ち込まれるのはまずいと、青龍は何度か水の波動を放ったが、それをワイバーンは意とも容易く相殺し、一層雨脚を強めさせた。

 険しい表情の青龍に対し、少々余裕の窺えるワイバーン。そんな彼は大きく裂けた口を緩め、その牙をむき出しにし笑う。


『ガハハハッ。随分と焦っているように見えるな』

『クッ! なるほど……分かっていて、均衡を守っていると言うわけか……』

『違うな。我は待っているのだ。貴様が自滅するのを』


 ふてぶてしくそう言うワイバーンは大きな翼で空を掻く。

 そして、太い首を動かし地上へと目を向ける。


『どうやら、地上では動きがあったようだな』

『ッ!』


 ワイバーンの言葉に青龍は一層険しい表情を見せる。地上の状況は把握していた。ジルが突入するのを止めようと青龍も試みたが、それをワイバーンが阻止した。

 ワイバーンにとって最優先事項は青龍を倒す事。その手っ取り早い方法は、召喚士である一馬が力尽きる事。それを狙い、ジルの突入に協力する形となった。

 大きな口を開き呼吸を僅かに乱す青龍は、その長い体をくねらせる。


『貴様、分かっているのか? 奴らは貴様を――』

『狙っている、か? だからどうしたと言う。あのような者に我は負けぬ』


 青龍の言葉など鼻で笑い退け、ワイバーンはそう力強く口にした。自信に満ち溢れたその言葉に青龍は僅かに目を細める。


『油断していると命取りになるぞ』

『誰にモノを言っている。人間などと言う下等な生き物に飼いならされている貴様と一緒にするな』


 ワイバーンのモノの言い方に青龍はカチンと来るが、怒りを押し殺す。怒りに任せ力を使えば、消耗が激しくなる事は容易に理解出来ていた。だから、青龍は冷静さを保ち、ワイバーンを睨む。

 その間も雨脚は強まり、風は激しく吹き荒れ続けた。

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