第5回 目的は翼竜だった!!
火花が散り、衝撃が駆ける。
大きく弾かれたリューナ。サイドテールにした茶色の髪が揺れ、膝丈のスカートはたなびく。
足元には僅かに土埃が舞い、乾いた地面にはくっきりと二本の線がリューナの靴の裏まで伸びていた。
悠然と振り抜いた大剣を肩へと担ぐ鬼姫は、頭を振り真紅の髪を揺らし、口元に笑みを浮かべる。
その笑みに、一馬達は寒気を感じた。恐怖がその場を支配する。
呼吸を乱すリューナは、両手で確りと柄を握り締め、滑らせるように左足を前へと出す。対峙するだけでわかる鬼姫の強さ。これほどの敵と相見えるのは、早々ない事だった。
思考を高速で働かせるのは一馬。最悪な状況を打破する為に何をすればいいのかを考える。鬼姫だけなら、まだ何とかなるかもしれないが、ヴァンパイアのジルが一緒にいると言う事が絶望感を与えていた。
召喚札を握り締める紅もまた、考えていた。ここで、炎帝を召喚すべきか、どうかを。ハッキリ言って、この地で炎帝は本来の力を発揮できない。当然、火の国ですら鬼姫には敗れている事を考えれば、召喚した所で返り討ちに会うのは目に見えていた。故に、紅は下唇を噛み、ただ鬼姫を見据える事しか出来なかった。
一方、この二人と初めて対峙するキャルは冷静だった。当然、二人の強さが計り知れない事は分かった上で、冷静の状況を分析する。
現状では、勝てる見込みがない事もすぐに理解していながら、キャルは当然のように二人へと問う。
「あなた達の狙いは……翼竜、ですか?」
静かな声で尋ねる。キャルの問いに微笑するジルは肩を竦め、美しい銀髪を揺らし顔を振った。
「そんな事、あなた方に――」
「そーよ。それが何?」
ジルの声を遮り、鬼姫が返答。場の空気が一瞬止まる。
まさか、素直に答えてくれると思わず、戸惑いの窺えるキャルを筆頭に、一馬、紅、リューナと少々驚いた表情を見せていた。
そして、ジルは引きつった笑みを浮かべ、右の眉尻をピクッピクッと震わせる。
場の空気に不思議そうに小首を傾げる鬼姫は横にいるジルへと顔を向け、「なに? 変なこと言った?」と小声で聞く。
当然ながらジルの返答は無く、左手で頭を抱え深々と息を吐いた。
「あなたと言う人は……」
「えぇーっ? なになにぃ? あたし、何かやった?」
「とりあえず、黙ってて貰えますか?」
「むぅ! 邪魔者扱いされるの嫌なんですけど!」
子供のようにむくれる鬼姫は、右の頬を膨らせる。そんな鬼姫に失笑するジルは、「可愛くないですよ」と一言。その余計な一言に一層頬を膨らせる鬼姫は、両腕をブンブンと振り怒鳴る。
「いいもんいいもん! 別に、あんたにかあいいとか、思って欲しくないもん!」
「子供ですか……あなたは……」
呆れるジル。そして、一馬達。一体、何を見せられているんだろうと、一馬は目を細めた。
緊迫した空気などとうにぶち壊し、微妙な空気感が漂っていた。
困った様子のキャルは、「えっと……」と呟き、メガネを軽く上げ、チラリと一馬へと目を向ける。ほんの一瞬の事だった為、一馬がその視線に気付く事は無く、キャルは小さく息を吐き出し、落ち着いた口調で再び問う。
「何故、翼竜を狙うのですか?」
ストレートな質問をジルは鼻で笑う。
「それを、答えると――」
「バカなの? アレがただの翼竜なわけないじゃない! 四聖獣と肩を並べる凄い存在なんだから!」
腰に手を当て、ドヤッと胸を張る鬼姫に、ジルはただただ呆れたようにジト目を向ける。流石に言葉が出ない。
静寂が場を包み、一馬とキャルは顔を見合わせる。小さく頷くキャルに、一馬はふっと短く息を吐き、小さく頷いた。
そして、紅、リューナの順に目配せをし、一馬は叫ぶ。
「我の呼び声に応え、汝の化身に力を与えたまえ!」
「ッ! 鬼姫! 下がり――グッ!」
その場から離れようとしたジルの表情が歪む。視線を落とすと、自らの両方の太腿を矢が一本ずつ射抜いていた。
出血はしないものの、その矢の影響かジルの膝がガクンと落ちる。
「これは……銀の矢!」
奥歯を噛み締め、鼻筋にシワを寄せるジルは顔をあげた。
「多少の足止め程度にしかならないと思いますが……」
静かなリューナの声がジルの耳に届く。リューナの左手には何処から取り出したのか、小型のボーガンが握られ、当たり前のように銀の矢が装填されていた。
「……なるほど。少々、過小評価過ぎましたね」
「何やってんのよ。全く!」
跪くジルに呆れたようにそう言う鬼姫だったが、走り出そうと前傾姿勢に入った。その瞬間、二発の乾いた銃声が轟き、鬼姫の体を疾風の虎が喰らう。
「ぐっ!」
噛み締めた歯の合間から血を噴き、険しい表情を浮かべる鬼姫。だが、すぐに口元に笑みを浮かべ、
「何今の、ちょー楽しげじゃん」
と、一歩踏み出す。
そんな鬼姫に対し、地を蹴り跳躍したリューナは手にしていた小型ボーガンを一馬の方へと投げ、両手で黒泉の柄を頭上へと振り上げる。
「あなたも、大人しくしててくださいぃ」
「おもしろーい事言うねっ!」
跳躍したリューナを睨み、右足を踏み込んだ鬼姫は、左腰の位置に大剣を構える。その瞬間、分厚い刃に紅蓮の炎が灯り、熱風が鬼姫の足元から吹き上がった。
直後だった。強い波動と共に、一馬の声が響く。
「武装召喚! 玄武!」
一馬の声と同時に、リューナの体が輝きを放つ。それが目眩ましとなり、鬼姫の視界を遮る。
「ッ! 何よ! 一体!」
あまりの眩しさに鬼姫は、目を細め眉間にシワを寄せる。次の瞬間、衝撃が凄まじい衝撃が鬼姫の体を襲う。
「ッ!」
小さな舌打ちが光の中で聞こえ、
「グッ!」
遅れて呻き声が僅かに響く。
光が消え、視界に映るのは大量に舞う砕石と土煙。その中心には黒泉を振り下ろしたリューナと、それを本能的に大剣で防ぐ鬼姫の姿。
凄まじい衝撃だったのか、鬼姫の周囲の地面は凹み、両足は膝まで地面へと埋まっていた。ギリギリと奥歯を噛み締める鬼姫は腕力でリューナを弾き返すと、口元に笑みを浮かべる。
「やるじゃん! 今の、驚いた!」
「私もぉ、驚きましたよぉー」
相変わらず間延びした独特の話し方をするリューナは、エメラルド色のヒールで華麗に着地を決め、黒泉を構え直す。
瑠璃色の胸当てがリューナの膨よかな胸を押さえつけ、甲羅模様が描かれた肘まで届くグローブが右腕を覆う。
明らかに先程までと違う格好のリューナに、鬼姫は怪訝そうな表情を見せた。
「ぐっ……気をつけてください! 鬼姫!」
「わーってるから。カッコが変わっただけじゃないって、ビシビシ感じてるから」
ジルへとそう返した鬼姫は深く地面に入った足を抜こうと力を込める。だが、その瞬間に異変を感じる。
「な、何? か、体が……」
驚く鬼姫。当然だ。その体が徐々に徐々に沈んでいたのだ。この一帯は乾燥し、硬い土のはず。それなのに、鬼姫の体は沼にハマってしまったかの如く沈む。
この異変にジルも気付き、同時にリューナを睨んだ。
「やってくれますね……ホントに……」
悔しさを滲ませるジルに対し、ニコリと笑むリューナは、黒泉を静かに地面へと突き立て、スカートの裾を両手で掴み軽く会釈する。
「お褒め頂き光栄ですぅ」
「リューナさん!」
紅の声が響くと同時に重低音の重々しい音が周囲に響き渡る。そして、熱風が広がり、ジルは煽られ地面を転がった。
「くっ! 逃がすと――」
「申し訳ありませんがぁ、暫くの間、ここで大人しくしておいてくださいぃ」
リューナはそう告げると突き立てた黒泉を抜き、背を向け走り出す。
『主よ。状況は理解しているが、大丈夫か?』
「はいっ! 私は、大丈夫です!」
紅がハッキリとした口調でそう答え、赤い毛を炎のように揺らめかす炎帝は『そうか……』と静かに息を吐いた。
二本の尾を振り、身を低くする炎帝の背に一馬達はいた。
「急いで! リューナ!」
「わ、わかってますよぉ」
急かす一馬に慌てた様子で返答するリューナは、ピョンピョンピョンと跳ねるように炎帝の背に乗り込んだ。
「それでは、お願いします」
額から汗を滲ませる紅がそう告げると、炎帝はゆっくりと体を起こす。
『確りと掴まっていろ。振り落とされるぞ』
雄々しい声でそう告げた炎帝は地面に確りと爪を立て、力強く蹴り出し駆ける。
後塵を巻き上げ、重々しい足音を響かせ遠ざかる炎帝。その姿を見送るジルは、静かに息を吐き、笑みを浮かべる。
「完敗ですね」
小さく首を振り、肩を竦めたジルは、その視線を自らの足へと向ける。両太股には深々と射ち込まれた銀の矢。それを、ジル自身が抜く事は出来ない。それほど、ヴァンパイアに取って銀の矢は強力なモノだった。
「全く……情報を与えた挙句に足止めとは……」
「ちょ、ちょっとー! 助けなさいよ!」
沈み行く鬼姫がブンブンと大剣を右腕で振りながら怒鳴る。
「暴れない方がいいんじゃないですか? 余計に沈みますよ」
「うっさいうっさい! 早く助けなさいよー!」
「いやいや……助けて欲しいのはコッチも同じですよ。両足に銀の矢が刺さって力が入らないんですから」
「もー! 役立たず!」
「あなたが言いますか……」
呆れたようにそう呟き、大きなため息を一つ吐いた。
後塵を巻き上げ、地響きを広げ、疾走する炎帝。
首の炎のタテガミが風で揺れ、火の粉が舞う。
確りと炎帝の背に掴まり、揺れと突風に耐える一馬はチラリと他の三人の様子を窺う。
二度目の炎帝の召喚とあって、疲労の色が見える紅。それでも、一馬が「大丈夫?」と尋ねると、「大丈夫です」と辛さを隠すように笑顔で答えた。
本来なら、炎帝よりもスピードのある白虎を一馬が召喚するのが賢明なのだろう。だが、状況を考えると、ここで一馬がこれ以上消耗するのは得策ではないと紅が判断したのだ。
当然だ。相手は聖霊である炎帝を倒す程の力を持つ鬼姫と、彼女と同等の力を持つヴァンパイアのジル。
足止めはしたが、いつ追いつかれるか分からない。体力を回復するだけの時間を稼げるのかも不明。その状況で一馬が消耗し、肝心な所で召喚出来ない、となる事が最悪な結果。
それならば、多少無理をしてでも、紅が炎帝を呼び、出来る限り鬼姫とジルから離れるべきだと考えたのだ。
紅の考えを一馬も理解している。だからこそ、それ以上は何も言わない。紅が「大丈夫」と言うなら、一馬もそれを信じるだけだった。
「凄い相手でしたねぇ」
その手に握っていたはずの黒泉は消え、纏いも解除されたリューナが静かにそう呟き、後方を遠目で見据える。
どれだけ目を凝らした所で、すでに鬼姫とジルの姿を目視する事は出来ない。それでも、リューナは警戒心を強め、小型ボーガンへと矢を装填していた。
「それ、いつも持ち歩いてるの?」
一馬が思わず問い掛ける。
「そうですねぇ。ハンターとしての心構えと言いますかぁ……常備しているのが当たり前になっていると言いますかぁ……」
何処か歯切れが悪く、困ったような笑顔を浮かべるリューナに、一馬は聞いては行けない事だったのか、と直感し、
「ごめん。なんか、まずい事聞いた?」
と、小さく頭を下げた。
そんな一馬に慌てたように手を振るリューナは、
「そ、そんな事ないですよ! (今更、ただの趣味とは言えない)」
と、ただただ苦笑いを浮かべていた。
そんな二人の横で、難しい表情を浮かべるキャル。右手を顎へと添え、考え込むキャルは右へ、左へと小さく頭を傾ける。
「どうかした?」
キャルの様子に気がついた一馬がそう尋ねる。すると、キャルは視線を上げ、一馬をメガネ越しに見た。
「あの二人の目的は翼竜だと言うのは分かりましたが……どうするつもりなのでしょう? 捕まえるのか、それとも、殺すのか、または別の目的なのか……」
「そうだね。でも、俺らのやる事は変わらないよ。あの二人よりも先に翼竜を見つける。話が通じる相手なら協力して貰えばいい」
「もし、話の通じない相手だったら、どうしますか?」
真顔でキャルが問う。一瞬、その表情に怯む一馬だったが、息を呑み、真っ直ぐにキャルの目を見据え答える。
「そうだとしても、変わらないよ。翼竜を守るだけだ」
力強く一馬はそう答え、拳を握りしめた。




