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第4回 蛇とトカゲだった!!

「それで……私は呼ばれたんですかぁ?」


 困ったように笑顔を作るリューナが、たゆんと大きな胸を弾ませ、首を傾げた。

 本日、休暇中だったリューナは、白のフリル付きのシャツに、紺のカーディガンを羽織り、淡い青色の膝下まで伸びたスカート姿だった。

 普段のメイド服でも際立って見える胸が、普段着だとなお膨よかに見え、いつも以上に大きく弾む。

 その為、長方形に切り分けられたタマゴサンドを咥える一馬は赤面しながら背を向けていた。

 灰色の地面に敷かれたカラフルなシーツ。その上で上品に座るリューナの横には大きなバスケットが置かれていた。


「呼び出されるのは別に構わないのですがぁ……」


 んふっ。と小さく息を吐き、ニコリと笑う。


「呼び出す前に連絡をもらえると助かるのですがぁ?」


 間延びした独特の話し方をするリューナの穏やかな笑顔に、一馬はただただ目を細め咥えていたタマゴサンドをおずおずと口の中へと押し込んでいった。

 正直、それに関しては、一馬自身も申し訳ないと思っていた。本来、連絡を取ってから呼ぶべきなのだろうが、ついつい忘れてしまった。故に、リューナが食べ物と飲み物を持ってここに来れたのは奇跡的な事だった。

 サイドアップにした茶色の髪を揺らし、小さく首を傾げるリューナの穏やかな笑顔に、一馬は視線をそらす。

 その様子に苦笑いを浮かべる紅は、長い黒髪を左手で押さえ、タマゴサンドを口へと運ぶ。見慣れない食べ物に、思わず口を押さえ目を見開く紅は、「美味しい!」と瞳を輝かせた。

 一方、黙々とリューナお手製のアップルパイを食するキャルは、ムフンと鼻息を荒げる。口に広がる程よい林檎の甘味に瞼を閉じ、「んんーっ」と唸り声を上げた。それほど、絶妙な甘味だった。

 タマゴサンドとアップルパイに舌鼓を打つ二人に対し、一馬はタマゴサンドの味など殆ど感じていなかった。それだけ、リューナに申し訳ないと思っていた。

 それに、口にはしていないが、リューナのその笑顔に怒りのようなものを一馬は感じていた。


「え、えっと……怒ってる?」


 恐る恐る尋ねる一馬にリューナは満面の笑みで答える。


「怒っていませんよぉ?」

「ほ、ホントに?」

「えぇ、全然怒ってなんかいませんよ」

「…………ホントのホン――」

「しつこいですよぉ?」

「すいませんでしたっ!」


 少々怒気のこもったリューナの一言に、一馬は瞬時に土下座した。これでもかと、額を地面に擦り付け、それはもう情けない姿だった。

 しかし、リューナの国――水の都では土下座と言うものがない為、一馬の必死の土下座もあまり意味はなしていない。

 むしろ、リューナには怪訝そうな目を向けられていた。

 一馬の情けない土下座から数分。食事も一通り終わり、一段落つき――……


「これから、どうしますか?」


 話を切り出したのは紅。


「私達が今もここにいると言う事は、ここで何かすべき事があると言う事なのでは?」


 すぐさま答えを導くのはキャル。


「何かすべき事ぉ……ですかぁ? でも、何をするべきでしょうかぁ?」


 瞬時に問題提起するのはリューナ。


「とりあえず、前に進――」

「それは、ちょっと……」

「無謀ですよ」

「却下ですぅ」


 一馬の提案は、紅、キャル、リューナの三人に即座に却下された。

 落胆する一馬に紅は優しい笑顔を向ける。


「危険過ぎますよ。ここが土の山だと言う事は分かりましたけど、無策で歩き回るのは」


 紅がそう諭し、


「そもそもぉ、考えなしに歩き回るから先程のような悲惨な目にあうんじゃないですかぁ?」


と、まだ怒りが収まらないのか、リューナが小言を呟く。

 全くもってその通りの為、一馬は何も言い返せずただただその場で背を丸め縮こまっていた。


「兎に角! 今は今後の目標です。何もしないわけにも行かないですし、何も考えずに動くわけにも行かないですから!」


 四人の中で最年少であるキャルがこの場を仕切るように、そう声を上げムフンと鼻息を荒らげた。

 現状、キャルが仕切る方が一番、場はまとまる。一馬では頼りなく、紅はそう言うのには向かないタイプで、リューナもどちらかと言えば相手の意見に従うタイプ。故に最年少のキャルが取り仕切る。


「目標……と、言うより、なぜ、私達はここに飛ばされたんでしょうか?」


 素朴な疑問を紅が口にする。


「確かに……それは、疑問ですねー」


 腕を組み、キャルは右手でメガネを上げた。

 小首を傾げるリューナは、弾む胸を支えるように腕を組むと、右手をゆっくりと頬へと当てる。


「目的なんてあるんでしょうかぁ?」

「と、言うと?」


 リューナの答えに、一馬が顔を上げそう尋ねる。すると、リューナは複雑そうに微笑し、「それはぁ、ちょっとぉ……」と答えを濁した。

 ただ、リューナが思うのは、敵が本当に目的があってここに三人を飛ばしたと考える時、その目的は邪魔者を排除しただけ、と言う単純な考えだった。

 もちろん、それをリューナは口にはしない。あくまで、リューナの単純な考え。相手が何を思い、何を考え、何を目的としているのか分からない。故に話す必要もないとリューナは判断したのだ。


「そうですねー。目的があるかないかは、私達では判断しかねますね」

「とりあえず、今は彼らの目的よりも、私達の目的ですね」


 小さく膨らんだ胸の横でギュッと拳を握りしめた紅は、小さく二度、三度と頷いた。気合の入った紅に、一馬は眉を八の字に曲げる。


「とは言っても、実際、何をすればいいのか全然わかんないんだけどね」


 苦笑し、右肩をやや落とす一馬は、小さく息を吐き出した。


「そうですねー。一馬さんは、ここに来て何か気になった事、気になったモノってありませんか?」


 キャルの大きな目が一馬へと向けられる。

 小さく唸り声を上げる一馬は、頭を捻り記憶を辿る。そして、思い出す。


「そう言えば…………」


 ここに来た際に見かけた灰色の空を滑空する巨大な影――。


「翼竜を見たよ」

「翼竜? 青龍様と同じ龍ですかぁ?」


 リューナがそう問うと、キャルが小さく首を振る。


「いいえ。ドラゴンと言う括りでは同じですが、種類は全くの別物です。えっと、青龍様は……」


 キャルは足元に落ちていたボロボロの枝を拾い上げ、乾いた地面をカリカリと削る。何度も何度もこすりながら硬い土を削り、描き上げる。


「出来ました」


 左手の甲で額の汗を拭うキャルが、膨よかな胸を大きく張った。


「えっとぉ……これは……」


 思わずリューナが戸惑う。


「どうですか! 自信作ですよ」


 自信満々のキャルだが、一馬も紅も失笑していた。何故なら、地面に描かれた絵は龍と言うには少しばかり迫力に欠け、どちらかと言えば蛇のような絵だった。

 流石に、この絵を青龍と呼ぶのは、青龍に失礼だと一馬は思う。故にただただ引きつった笑みを浮かべるだけ。

 困ったように眉を曲げるリューナは、「うーん」と小さく唸り、やはり失笑する。


「それから……」


 続けて、キャルはボロボロの木の枝を地面に走らせる。硬い地面をカリカリと削り、描く。翼の生えたトカゲ? のような生き物を。

 目を細める一馬は右手で頭を掻き、紅は相変わらずの困ったような笑みを浮かべ、リューナはその絵に変わらず戸惑っていた。


「これが、翼竜です。ふふーん。上手に描けましたぁ」


 自信満々のキャルの一言に、「上手に描けたんだ……」と一馬は乾いた笑い声を発した。

 キャルの絵はお世辞にも上手いと言えるものではない。でも、青龍と翼竜だと言えば、そう見えなくもないなんとも不思議な印象の絵だった。


「蛇や蜥蜴トカゲも同じ爬虫類ですが、姿が全然違うじゃないですか? ドラゴンも同じで、龍と竜で全然姿が違うんですよ」


 満面の笑みでそう答えるキャルに、リューナは「リュウとリュウ?」と不思議そうな表情を浮かべる。言葉で説明されてもリューナにはサッパリ理解出来ない。

 それに気付く一馬は困ったように微笑する。流石に漢字で説明しようにも、リューナは漢字を理解出来ない。水の都と風の谷の文化の違いを一馬は実感した。


「でも、翼竜がどうしてこんな所に?」


 小首を傾げ、紅が話の軌道を修正する。すると、キャルは瞼を閉じ、「うーん」と小さく唸る。皆目、検討もつかないと言いたげな行動だった。

 そんな折、一馬の胸ポケットでスマホ型通信機の画面がオレンジの光を放つ。


『それに関してなのだが、一つ思い当たる節がある』


 玄武の低音ボイスが静かに響く。

 その声に一馬はスマホ型通信機を取り出す。


「思い当たる節って? 何か、知ってるの?」


 一馬の問いかけに『ムフッ』と小さく唸る玄武は言葉を続ける。


『知っていると言うわけではない。ただ、その翼竜がこの辺りに棲み着いていると言うのなら――それは、自分の力に惹かれてきたのだろう』

「えっ? 玄武の力に?」


 驚き声を上げる一馬が、ピクリと右の眉を動かす。


「でも、どう言う事ですか? 玄武様の力はここまで及んでいないと……」


 紅が訝しげに眉を曲げ、頭を右へと小さく傾けた。この辺りは玄武の領域外。故に、翼竜が玄武の力に惹かれてきたと言うに疑問を抱いた。

 紅の疑問にキャルも小さく頷く。すると、玄武は小さく息を吐く。


『確かに、この周辺は自分の領域外だ』

『当然でしょ。聖霊の中にもルールがある。もちろん、誰もがルールを守っているわけではないけど、他の聖霊の領域を侵すような真似は良識のある聖霊ならしない』


 凛とした白虎の声が玄武の声を押しのけ、スマホ型通信機から響く。

 その声に「そうなんですか」と紅は納得し、「聖霊のルールですかー」とキャルは目を輝かせた。

 だが、一馬は眉間にシワを寄せ首を捻る。そして、紅の方へと顔を向けた。


「じゃあ、炎帝と朱雀はどうなの?」


 一馬がそう尋ねると、紅は「どうなんでしょう?」と困ったように微笑する。


『朱雀と炎帝は特別な関係だろう。と、言うよりも、炎帝は異空間に自らの領域を確立している。だから、領域を侵していると言う事にはならないだろう』


 玄武がそう説明すると、一馬は納得したように「そっか」と呟き小さく頷いた。

 黙って話を聞いていたリューナは複雑そうな表情を浮かべる。現状、リューナは一馬達が何を話しているのか理解できていなかった。


「あの……それと、翼竜、何か関係があるんですかぁ?」


 不安そうにリューナがそう口にすると、一馬も右手で頭を掻く。


「確かに……その領域の話と翼竜、どう繋がるんだ?」

「聖霊は聖霊の力に引き寄せられると言う話ですよ」

「…………えっ! じゃあ、あの翼竜って聖霊なの!」


 キャルの言葉に、一馬は驚きの声を上げる。


「玄武様の話を聞く限りでは、そうだと思いますよ?」

「でも、だとしたら……あの翼竜は……」


 右手を顎に添え俯く一馬は眉間にシワを寄せた。


「恐らく聖霊かと」


 キャルの言葉に、紅は些か驚いていた。聖霊とは高貴な者で崇められる存在。人里離れた場所、ましてや移動している野生の聖霊がいるなどとは思っていなかった。


「しかし、こんな所に翼竜がいるとは……」

「驚きよね。ホント」


 突然、二つの声が一馬達の耳に届く。一つは若い男、もう一つは幼い少女のような声。

 目を見開く一馬と紅。背筋がゾッとし、寒気を感じ、体が自然と震えた。喉元に刃物を突きつけられた。そんな緊張感が二人を襲う。

 二人の変化にキャルは小首を傾げ、


「まだ誰かいたんですね」


と、立ち上がる。

 直後、


「下がってください!」


 リューナの厳しい声が響き、左腕がキャルを下がらせる。何処から出したのか、その手には小型のボーガンが握られ、銀の矢がすでに装填されていた。

 その場の空気でリューナは悟ったのだ。この声の主、二人が敵だと。そして、自身のハンターとして経験から、二人が自分よりも遥かに強者であると直感し、


「玄武様! お力をぉ!」


と、叫ぶ。


『うむっ。存分に振るうと良い。自分の力を!』


 リューナの声にそう答えた玄武。その声と共に地面より姿を見せるのは、玄武の化身――大剣・黒泉こくせん


「へぇー……面白い武器じゃん」


 リューナが黒泉の柄を握る。その刹那、小柄な少女は自分の背丈の二倍はある刀を振り上げ、真紅の髪を振り乱し、一閃。


「――ッ!」


 金属音の後、衝撃が広がる。重く鋭い一撃を、リューナは漆黒の刃の黒泉で受け止めた。剣など使った事のないリューナだが、体が自然と動いた。


「あれぇ? 止められちゃったー」


 舌っ足らずな声に、振り返る一馬。その視線の先に映るのは――赤い瞳を輝かせる鬼姫とヴァンパイア、ジルの二人だった。

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