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第10回 神守町後編だった!!

 日は流れ、神守町夏祭り当日。

 時刻は夕刻。一馬は神守神社のすぐ傍にある公園にいた。

 外灯の傍にあるベンチに腰掛け、背もたれにもたれかかる。

 脱力し気だるそうに空を見上げていた。この時期は夕方でもまだ空は明るく、青々としていた。

 すでに夏祭り――縁日へと向かう人の姿がチラホラと見えた。

 子供の声や楽しげな話し声などが耳に届き、一馬は深く息を吐く。

 縁日は嫌いじゃない。嫌いじゃないが、火の国、水の都、土の山、風の谷と祭りが続くと、流石にもう参加するのも億劫だった。

 それでも、一馬がこんな所にいるのは――


「お待たせ! 一馬君」


 右手を振りながら駆け寄る夕菜の弾んだ声に、一馬はベンチから立ち上がり、右手を上げる。

 夏と言う事もあり、デニムのパンツをはいた夕菜は薄手のカーディガンを羽織り、照れ臭そうに笑う。


「えへへ。どうかな?」

「うん。似合ってるよ」


 茶色の髪を揺らす夕菜は頬を僅かに赤く染めた。

 デニムのパンツの所為か、いつもよりもキュッと引き締まった夕菜の脚を見据える一馬は、訝しげに首を傾げる。


「珍しいね。デニムのパンツなんて?」

「えっ? ああ……うん。ほら、夏って、虫多いでしょ? 蚊も多いし」


 困ったように眉を曲げ、そう答える夕菜に、一馬は納得したように頷く。


「そうだね。うん……」


 少々残念そうな一馬は、苦笑する。

 てっきり、夕菜は浴衣で来ると思っていた。夏祭りだし、浴衣姿が見られるかな。そんな気持ちで居た為、ちょっと残念だったのだ。

 少しだけ右肩を落とす一馬はすぐに気持ちを切り替え、


「そう言えば、雄一は? 今日は……一緒じゃないの?」


 辺りを見回し一馬は不思議そうに首を傾げる。

 雄一ならこう言う時必ず来るはずなのだが、その姿がなかった。来る理由として、夕菜に悪い虫が寄ってこないようにする為だ。

 一馬的には雄一がいないのは良い事なのだが、いなければいないで不気味だった。

 怪訝そうな表情を浮かべる一馬に、夕菜はホッと息を吐き出し、呆れた様な表情で肩を落とす。


「お兄ちゃんは……うん。出店やるんだって……」


 何故か浮かない表情の夕菜に、一馬は眉を顰める。


「浮かないね?」

「そりゃーね。うん……。正直、不安しかないかな?」

「不安? どうしてまた?」


 思わずそう尋ねると、夕菜は大きなため息を吐き、虚ろな眼差しで地面を見据える。

 何故、夕菜がそんな顔をしているのか分からない一馬は、一層不思議そうな表情を浮かべた。

 そんな一馬に弱々しく微笑した夕菜は、うな垂れながら、


「あのお兄ちゃんがだよ? 接客なんて出来るのかな? いきなり、喧嘩になったりしないかな?」


と、不安そうに呟いた。

 そう言われると一馬も不安が頭を過ぎり、目を細める。雄一が接客をしている姿は想像出来ない。

 故に急激に不安になる。胃がキリキリと痛み、一馬は右手で胸を擦った。

 だが、すぐに不安になっても仕方ないと言い聞かせ、深呼吸を一つした。これから、大事な事をしなければならない。

 少々疲れてしまうが、約束をした以上、呼ばないわけにはいかないのだ。

 キャルが作ったスマホ型の通信機を手に取った一馬は、ふっと息を吐き周囲を見回す。人がいない事を確認した後に、一馬は夕菜の方へと目配せをし、


「じゃあ、人が来ないか見ててよ」


と、微笑した。


「うん。任せておいて!」


 胸の横で両手を握り締め、夕菜は声を張った。

 その声に困った表情を浮かべながらも、一馬は茂みの中へと入っていった。

 それから数分後――茂みから出てきたのは一馬だけではなく、巫女装束の紅、魔法学園フェアリスの制服姿のフェリア、赤い拳法着の周鈴、白衣姿のキャルの四人も一緒だった。


「紅ちゃん! 久しぶり!」


 夕菜の弾んだ声に、申し訳なさそうに長い黒髪を揺らす巫女装束姿の紅は、右手を胸の前で小さく振った。


「全く……なんで僕まで……」


 相変わらず、不機嫌な周鈴は腕を組み鼻から息を吐いた。


「まぁまぁ、いいじゃないですか」


 赤縁の眼鏡をしたキャルは、福与かな胸をたゆませる。ピッチリとしたシャツを着ている所為か、曲線美が色濃く出ており、一馬は目のやり場に困っていた。

 一方、珍しく黒いマントを羽織り、何処にでもあるような制服姿のフェリアは、金色の髪を結わえキョトンとした顔で街を見回していた。


「これが……一馬の住む街……ですの?」

「んっ? うん。そうだけど? どうかした?」


 とても不思議そうな顔で首を傾げる。


「うーん……なんだか、パッとしない街なんですのね」

「う、うん……まぁ……水の都と比べたらね」


 一馬は苦笑し答える。

 そりゃ、水の都の様に水路が入り組んだ町並みと比べたら、パッとしないだろう。

 しかも、何処にでもあるごくありふれた公園だ。水の都で暮らしているフェリアからすれば、平々凡々なつまらない街に見えるのだろう。

 困った表情の一馬は、右手で頬を掻くと、首を傾げる。


「まぁ、水の都が特殊なんだよ。火の国も、土の山も、風の谷もそうだよ」

「そう……なんですの?」

「そうだよ」


 小さく頷きそう答えた一馬に、フェリアは何処か不満そうに眉を曲げる。

 きっと期待していたのだろう。何を期待していたのか、一馬には分からない。ただ、何となく申し訳ないと思ってしまった。特に一馬が悪いと言うわけではないのに。

 そんな折、巫女装束姿の紅に、夕菜は腕を組み、右手を口元に当てる。


「な、なんですか?」


 あまりにもマジマジと見てくる夕菜に紅は少々怯えた様子でそう尋ねた。巫女装束を着た紅。これからいくのは神社。流石に、これは色々とまずいのではないか、そう夕菜は考えた。いや、ここに来る前からずーっと考えていた。

 故に、にぱっと、笑みを浮かべると何処からともなく紙袋を出し、


「紅ちゃん! コレに着替えよう!」


と、声を張った。

 用意周到な夕菜は、紅が当然のように巫女装束で来る事を予期して、準備をしておいたのだ。

 満面の笑みを浮かべる夕菜に対し、表情を強張らせる紅は苦笑する。水の都に行った時の事を思い出したのだ。

 紅はもうあの時の様な恥ずかしい格好はしたくなかった。そんな紅の気持ちを察してか、夕菜は胸の前に紙袋を抱き寄せ、


「大丈夫! ちゃんと、紅ちゃんに似合う物用意したから!」


と、目を輝かせる。

 キョトンとした表情を浮かべる一馬は、小首を傾げ鼻から息を吐くとフェリアの方へと顔を向けた。

 ウェーブの掛かった金色の髪を揺らすフェリアは、やはり何処か不満そうだった。

 一方で、夕陽色に染まりつつある空を見上げる周鈴は、感慨深そうに息を吐いた。


「どうかしましたか?」


 キャルがそう言葉を投げ掛ける。

 すると、周鈴は小さく首を振り、


「いや。やっぱ、空が見えるってのはいいなって思ってな」


と、俯き伏せ目がちに呟いた。

 その言葉で、キャルは思い出す。土の山の風景を。

 土の山の空は分厚い雲に覆われ、陽の光など届かない。当然ながらこんな綺麗な空など見る機会は殆どないだろう。

 白衣のポケットに手を突っ込み、周鈴の隣りで空を見上げるキャルは、無垢な笑みを浮かべる。


「取り戻せると良いですね」

「えっ?」


 キャルの言葉に、周鈴は驚きそう声を上げた。

 そんな周鈴に、キャルはニコッと微笑する。


「土の山の空です。雲で覆われた空なんて、寂しいじゃないですか」

「…………そう、だな。まぁ、いつかは、取り戻したいな」


 鼻から息を吐き、周鈴がそう言うと、キャルは「はいっ」と明るく声を張った。

 それから、数分後――


「お待たせ!」


 トイレから出てきた夕菜は、弾んだ声でそう告げた。

 ベンチに腰掛けていた一馬は、待たされるのは慣れっこなのか、気にした様子はなく、


「紅の着替え、終わったの?」


と、ベンチから立ち上がり尋ねた。

 丁度、公園のトイレで、夕菜は紅に着替えをさせていたのだ。巫女装束だと、神社の関係者だと思われかねないからだ。


「うん。着替え、終わったよ」


 明るく笑みを浮かべ答える夕菜は振り返り、「紅ちゃん」と、紅を呼んだ。

 その声に、トイレの入り口から顔を覗かせる紅は、恥ずかしそうに頬を赤く染め、


「あ、あの……ほ、本当に、これが……祭りの正装なんですか?」


と、涙目で夕菜を見据えていた。


(一体、どんな服を着せたんだ?)


 紅の様子にそう思う一馬は、腕を組み首を傾げた。

 チラリと一馬を見た紅。視線が交錯した。だが、一瞬で、すぐに紅は視線を外した。

 疑念を抱く一馬は、右手の人差し指でコメカミ部分を掻く。そんなに恥ずかしい格好なんだろうか、と眉間にシワを寄せた。

 ファッションの事は一馬は詳しく分からないが、夕菜のファッションセンスが悪いとは思わない。だから、紅が恥ずかしがる程変なものは選んでいないはずなのだ。


「なぁ、何やってんだ? 祭りに行くんじゃないのか?」


 不満げに鼻から息を吐く周鈴は、頭の後ろで両手を組んでいた。見た感じ興味なさげな雰囲気を漂わせているが、その実、周鈴が一番落ち着きがなかった。

 実際、祭りに興味があり、早く行きたくて仕方がないと言う周鈴の感情が読み取れ、キャルは右手で口元を覆いクスクスと笑う。


「何だよ」

「いえ。何でも無いですよ?」


 不服そうに頬を膨らせる周鈴に、キャルはそう答えにこやかに微笑する。

 周鈴はその笑みが苦手だった。と、言うより、キャルが苦手だった。自分よりも年下なのに、随分と大人びているからだ。容姿も、その態度も。

 だからだろう。周鈴は自然と距離を取るように一歩、二歩と歩を進めた。


「あらあら? どうしたんですか?」

「うるさい。僕に構うな!」


 乱暴にそう言う周鈴に、困ったように眉を曲げるキャルは頬に右手を添え首を傾げた。怒らせるような事をした覚えはなく、どうして周鈴が怒っているのかを一人考える。

 少し離れた位置――ブランコに腰掛けるフェリアは、ボーッと夕日色に染まる空を眺めていた。その空の色は水の都と変わらないが、何処か心惹かれる所があった。

 何が違うのだろうか。そんな事を考えるフェリアの鼻腔を擽る香ばしい香り。ひくっと小さく鼻を動かしたフェリアは、静かにブランコから立ち上がると、匂いに誘われるように歩き出した。

 その場にいる誰も、その事には気付かず、フェリアがいない事に気付いたのは、それから約十分後の事だった。


「す、すみません。わ、私の所為で……」


 申し訳なさそうに紅が何度も頭を下げる。アレだけ恥ずかしがっていた紅だが、服装は至ってシンプルな淡い赤の浴衣だった。

 紅の世界――火の国では浴衣のような服装は一般的なはず。なのに、何を恥ずかしがっていたのか、一馬には分からない。だが、紅の中ではいつもの服と浴衣とでは何か違うのだ。

 長い黒髪は頭の後ろで束ね、カンザシでキッチリと止められ、いつもと印象は大分違って見えた。


「本当にすみません」

「紅が謝る必要ないって。ちゃんと見てなかった俺にも責任があるんだから」


 何度も謝る紅に、微笑し一馬はそう優しく伝えた。実際、ボーッとしていたのは確かで、正直こんな事になるとは思っていなかった。

 フェリアが何処に行ったのかは分からないが、夏祭りの会場は近場だ。恐らく、そこに行ったんじゃないかと、一馬は推測し、足を進めていた。


「でも、どうする? 祭り、結構人多いよ?」


 不安そうに夕菜が一馬を見据える。確かに、夕菜の言う通り、すでに人の行き交いは多い。この状況で、祭り会場に行って、フェリアを探せるか、と言うのは疑問だった。

 足を止め、振り返る一馬は、考える。


「大体、何を焦っているんだ? もう迷子になる歳じゃないだろ。そう心配する事も無い」


 先程からの一馬の慌てっぷりに、不満そうに周鈴はそう口にする。見慣れない町並みで人も多いが、フェリアが迷子になって困るなんて事を、周鈴はそう蔵できなかったのだ。

 しかし、一馬が問題視しているのは、そこではなかった。


「別に、フェリアが迷子になるとは思ってないよ。心配してるのは、その先だよ」

「その先?」


 怪訝そうに周鈴がそう口にすると、右手を頬に当てるキャルは小さく鼻から息を吐く。


「そうですねー。私達はココとは異なる世界からやってきてるわけで、大体、一時間から二時間で元の世界に戻ってしまうわけです。もし、その瞬間を人に見られたら、大騒ぎになっちゃうと思いませんか?」


 眼鏡越しににこやかな眼が周鈴を見据える。不満そうに頬を膨らせる周鈴は、眉間にシワを寄せると、小さく頷く。


「まぁ、そうだな。あんたの言う通りだ」

「でも、皆で固まって探しても効率悪いんじゃないかな?」


 道の端により話し合いを進める中で、夕菜が心配そうにそう口にした。

 フェリアの見た目は相当目立つはずだが、流石にこの人混みで探すとなると一苦労だ。故に一馬は決断する。


「分かった。なら、三組に別れよう」

「三組……ですか?」


 一馬の提案に紅が小首を傾げる。そんな紅に、一馬は小さく頷く。


「俺は一人で、夕菜と紅、周鈴とキャルが――」

「嫌だ! 僕はこの組み合わせは絶対に嫌だ!」


 一馬の提案に、周鈴は反対の意を唱える。その言葉に少々困り顔のキャルは、「嫌われてしまいました」と失笑した。

 そんなキャルに目を向けた後、一馬は訝しげに周鈴を見た。


「何が嫌なんだよ?」

「嫌なものは嫌だ。お前だって意味もなく嫌な事の一つや二つあるだろ!」

「いや……まぁ、そうかもしれないけど……そんな事言ってる場合じゃないだろ?」


 困った顔でそう言う一馬だが、周鈴は頑なに首を振る。

 何がそんなに嫌なのか、疑問を抱くが、こんな事で揉めている場合ではないと、一馬は小さく息を吐き、夕菜へと目を向けた。


「うん。私は大丈夫だよ?」

「じゃあ、周鈴は夕菜と組んで、紅はキャルと。これで文句はないな?」


 ため息混じりに一馬がそう言うと、周鈴は鼻から息を吐き、「ああ。問題ない」と一言。

 呆れたように右手で頭を掻いた一馬は、肩の力を抜くと、


「とりあえず、紅とキャルはさっきの公園に戻って欲しい。一応、フェリアが戻ってくるかもしれないし」

「そうですね。あと……お着替えもしたいです……」


 恥ずかしそうにモジモジする紅はうつむき加減にそう言い、頬を赤らめていた。着慣れない浴衣はやはり何処か落ち着かないのだろう。


「えぇーっ。似合ってるのにー」


と、夕菜は不満そうに声を上げる。

 しかし、紅は困ったように眉を曲げていた。その為、夕菜もそれ以上は言わず、不服そうではあったが、「ごめんね。なんだか嫌な思いさせたみたいで」と頭を下げる。

 そんな夕菜に紅は慌てたように両手を振り、


「こ、こちらこそすみません。私の為を思ってくれたのに……」


と、深く頭を下げた。


「おいおい。こんな事してる場合じゃないんだろ」


 二人のやり取りに、周鈴が不満そうに目を細めた。嫌がってはいたが、実際、相当祭りを楽しみにしていたのだろう。周鈴は少々不機嫌だった。

 そんな事もあり、一馬はこの場を早く離れる為に、


「それじゃあ、何かあったら連絡するって事で!」


と、スマホを見せ、人混みの中へと走り出した。

 一馬が人混みへと消えていくと、紅とキャルはもと居た公園へと戻り、夕菜と周鈴はフェリアを探す為に祭りの会場へと足を踏み入れた。



 その頃、フェリアは――


「うぅー……なんですのこの香ばしい香りは……」


 行き交う人の波の中、一つの屋台の前に佇んでいた。赤い提灯をぶら下げた紅白の布に囲われたその屋台の屋根には、『たこ焼き』と書かれた大きな看板。

 見慣れぬ丸穴の空いた鉄板に生地が注ぎ込まれ、ジューッと良い音を奏でる。そこに投げ入れられるのはぶつ切りにされたタコの足。そして、手際よくその生地は丸め込まれる。

 目を輝かせるフェリア。このような食べ物を見るのは初めてのことだった。

 明らかに日本人とは違う容姿のフェリアに、店主は少々困ったような表情を浮かべる。


「お嬢ちゃん。買うのかい? 買わないのかい?」


 店主のしゃがれた声に、フェリアは顔をあげる。しかし、“買う”と言う単語に、フェリアはすぐに俯いた。その理由は簡単だ。フェリアがこの世界の人間ではなく、この世界の通貨を持っていないからだ。

 困ったように眉を曲げるフェリアは、小さく息を漏らす。流石に諦めるしかなかった。

 肩を落とすフェリアだが、そんな背後から、


「親父。これで、たこ焼き二パックな」


と、低音の男らしい声が響き、お札を一枚店主に差し出す。

 その声に大らかに笑う店主は、差し出されたお札を受け取ると、


「なんだい? ゆういっちゃん。今日は、夕菜ちゃんと一緒じゃないのか?」


と、店主が手慣れたように金串で鉄板のたこ焼きを差し、パックに詰めていく。

 そんな店主の声に、彼は眉間にシワを寄せる。


「今日は出店のアルバイトだ。バイトにまで夕菜を連れてくるわけねぇだろ?」

「そりゃそうだな。じゃあ、なんで二パックも?」


 不思議そうな店主の声に対し、彼は不満そうな表情でフェリアの頭をポンポンと二度叩く。


「コイツの分だ」

「ちょ、ちょっと! 何してますの!」

「おっ? なんだい、意外だね。ゆういっちゃんに外国人の知り合いがいるなんて?」

「外国人? ……うーん。まぁ、俺の知り合いって言うか……」

「あははっ! 夕菜ちゃんだろ? どうせ」

「るせぇよ」


 そう答えるゆういっちゃんこと、内藤雄一は、乱暴にそう答える。

 そんな雄一の手を払うフェリアは、不満げに頬を膨らせていた。しかし、雄一は全く気にした様子はなく、店主からたこ焼きを受け取ると、


「おい。ついて来い」


と、フェリアへと目を向け、歩き出した。

 不満ではあったが、雄一がたこ焼きを持っていると言う事もあり、フェリアは大人しくその後に続いた。

 しばらく歩いた二人は、祭り会場からは幾分離れた河川敷にいた。


「はふはふっ」


 一人たこ焼きを頬張るフェリア。そんなフェリアをポケットに手を突っ込み眺める雄一は呆れたように息を吐く。


「で、なんでお前一人なんだ?」

「はふはふっ」

「おい。聞いてんのか?」

「はふはふはふっ」

「…………」


 不愉快そうに額に青筋を浮かべる雄一は、ピクッピクッとコメカミを震わせる。

 だが、すぐに怒りを鎮めるように深々と息を吐き出し、目を細めた。今は何を言ってもたこ焼きに夢中だろうと、しばらく雄一は空を眺め時を待つ。

 それから数分後――


「美味でしたのよ!」

「そうかい。まぁ、あんたん所の世界じゃ絶対に出てこねぇ代物だろうけど……」

「では、次の物を――」

「おい。何処へ行く気だ」


 祭り会場へと戻ろうとするフェリアを、雄一は強引に引き止めた。

 不満そうに頬を僅かに膨らせるフェリアは小首を傾げる。


「なんですの?」

「なんですの、じゃねぇ。なんで、テメェは一人なんだ! 一馬の奴はどうしたんだ?」

「…………? そう言えば……はぐれてしまったようですのよ」


 困ったように微笑するフェリア。はぐれたのは、テメェだろ。そう言いたかった雄一だが、それを押し殺し、肩を落とす。


「まぁいい……とりあえず、アイツに連絡してやるから、そこで――」

「はぁ……折角、一馬と一緒に回れると思っていたのに、残念ですわ」

「…………」


 ズボンのポケットから携帯を出した雄一だったが、フェリアの言葉にゆっくりとその腕を下ろす。携帯電話を握り締めたまま。

 そして、俯き瞼を静かに閉じた。数秒の沈黙の後、雄一は深く長く息を吐き出し、瞼を開いた。

 何時になく真剣な面持ち。頭に巻いたタオルを左手で外し、夜風が雄一の金髪を揺らした。

 雄一の放つ空気にフェリアも気付き、眉を顰める。


「なぁ……一つ忠告だ」

「忠告? なんですの?」


 雄一の殺気立った空気に、フェリアも不快そうな表情を浮かべる。二人の眼差しが交錯し、一秒……二秒……と、時が過ぎ、やがて雄一は口を開く。


「テメェが一馬に好意を寄せるのは自由だが――諦めろ」

「な、なんですの! いきなり! 大体、なんであなたにそんな事を言われなきゃ――」

「アイツはバカだから、そう言う事考えてねぇんだろうけどな」

「何の話をしていますの!」


 雄一の言葉に、不満そうに怒鳴るフェリア。そんなフェリアへと一歩歩み寄る雄一は、静かに告げる。


「テメェとアイツは絶対に結ばれねぇ。だから、諦めろ――紅にも言っておけ」

「ッ! 結ばれないから諦めろ? その道理が分かりませんの。第一、結ばれないとどうしてあなたが言い切れるんですの!」


 フェリアがまくし立てるように声を荒げる。奥歯を噛み、怒りを滲ませたその眼差しに、雄一は小さく鼻から息を吐いた。


「テメェも分かってんだろうが…………。傷つくのは――テメェの方だぞ」


 雄一はもの悲しげな眼差しで静かにそう述べると、フェリアへと背を向け歩き出す。下唇を噛み締めるフェリアは俯き拳を握り締めた。

 ギリギリッと奥歯が軋む。肩が震える。雄一が何を伝えたいのか分かっている。だからこそ――


「そんな事分かっていますの!」


 声を荒らげる。


「でも、だからと言って、簡単に諦められる程――」

「分かってるなら良い。余計なお世話だったな」


 雄一はそう言い右手を肩口で軽く振った。

 そんな時だった。


「おやおや。見覚えのある顔があると思えば――」

「ッ!」

「この声は!」


 素早く声に反応した雄一は、その目を見開き、フェリアも聞き覚えのある声に表情をしかめる。

 二人の視線の先――外灯の上に浮かぶ黒い影。足元まで届く漆黒のマントに身を包み、長い銀髪を夜風に揺らす。そして、赤い瞳が二人を見据えていた。



 フェリアを探し、祭り会場を駆け回る夕菜と周鈴。

 流石に人の往来は激しく、中々フェリアを見つけられずにいた。

 アレだけ綺麗な金髪なら、相当目立つはずだが、この人混みではそれも薄らいでいた。


「うーん……いないねぇー」

「まっふぁくらなっ」


 イカ焼きを口に咥え、周鈴は迷惑そうに眉間にシワを寄せていた。空腹に耐えかねて――と言うより、相当興味がそそられたのか、イカ焼きの屋台の前で動かなくなった為、夕菜が買ってあげたのだ。

 ガジガジとイカ焼きを食らう周鈴は、ピョンピョンと跳ねる。背丈が低い故に、人混みでは顔まで確認することが出来ないからだ。

 困った表情の夕菜は苦笑いを浮かべ、周囲を見回す。


「やっぱ、いないねぇ」

「ったく! 何考えてんだ! ホン――」


 その時、周鈴の視界の端に見覚えのある姿が横切る。瞳孔を広げ、その横切った者を追うように周鈴の顔は動く。

 突然、言葉を呑んだ周鈴に違和感を覚え、夕菜は顔を向ける。


「どうかした? 周鈴ちゃん」

「な、なんで……なんで、アイツが!」


 突如、声を荒らげ、周鈴は走り出す。咥えていたイカ焼きを投げ捨て、鬼の形相で。

 あまりの事に戸惑う夕菜だが、慌ててその後を追った。

 行き交う人を掻き分け、突き進む周鈴。その後を追う夕菜。

 どれ位走ったのか、二人は祭り会場を抜け、人気の無い森林の中にいた。神社の東側、丁度人が全くといって入ってこない場所。

 静かで冷たい風が吹き抜けるその場所で、足を止め膝に手を置く夕菜は呼吸を荒げていた。これでも、体力はある方だし、運動も出来る方だ。それでも、息を切らせる程、周鈴が素早く駆けていた。

 そんな周鈴ですら、肩で息をしていた。


「ハァ……ハァ……」

「おうおう。大分、呼吸が乱れてるじゃねぇか」


 低く腹の底に響くような男の声。その声に夕菜は目を見開く。体が震える。記憶が蘇る。あの時の――。

 そして、周鈴も肩を震わせる。恐怖ではない。怒りから。殺気立つ周鈴の視線の先には、褐色の肌に逆立つ白髪の男がニヤニヤと口元を緩め佇んでいた。



 公園へと戻った紅とキャルの二人。

 祭りの会場とは違い、人通りもなく静まり返った公園は、少しだけ怖いものがあった。

 やや冷たい風が吹き抜け、誰も乗っていないはずの二つのブランコが揺れ、鎖が軋む。

 外灯もあるものの、その光は弱々しく、公園全体を照らす事はかなわない。そんな事もあり、紅とキャルは外灯の下にあるベンチに腰掛け時を待っていた。

 すでに紅は巫女装束へと着替え直し、随分と落ち着いた様子だった。

 一方、キャルは眠そうに右手で口を覆い大きな欠伸を一つ。ここの所の疲れから、睡魔に襲われていた。


「大丈夫ですか?」


 心配そうに紅が尋ねると、


「らいじょーぶ!」


と、キャルはえへへと笑う。

 こう言う何気ない受け答えに、紅はキャルが自分よりも年下なのだと感じさせられた。


「静か……ですね」


 空を見上げ、息を吐くようにボソリと紅が呟く。

 火の国では、もう何年も見ていない美しい星空に、思わず笑みが溢れる。


「綺麗ですよね……」


 眠そうな顔をしていたキャルも星空を見上げそう口にした。

 空一面を覆う程の星の輝きに、眠気などふっとんだのだ。


「いつか……私の世界でもこんな空を取り戻せるでしょうか?」


 不意の紅の問いかけ。俯き、儚げなその眼は地面へと向いていた。

 福与かな胸を張るキャルは、空を見上げたまま鼻から息を吐き出す。


「うーん……どうですかね?」


 曖昧に返答するキャルは、僅かに苦笑する。安易に“出来る”とは口にはできなかった。それは、無責任な事だと考えたのだ。

 そんなキャルの考えを理解してか、紅は困ったように眉を曲げ、


「そうですよね。キャルさんにそんな事聞いても困りますよね」


と、肩を落とした。

 そんな時だった。


「……チッ。ハズレを引かされたか」


 二人以外誰もいないはずの公園に響く不気味な声。その声に二人はすぐさまベンチから立ち上がり、身構える。

 ハッキリと分かる程の殺気が放たれたのだ。


「こ、この人……」

「何処から現れたんでしょうか」


 二人の視線の先。先程まで何も存在していなかったはずのその場所に佇むのは、一人の男。長い腕を揺らし、その手に握ったメスが地面を何度も往復する。



 一人、祭り会場を駆け回っていた一馬は、導かれるように人気の無い古びた神社の前に来ていた。

 お祭りの会場となっている神社とは隣り合った修繕準備中の立入禁止の場所だ。

 普段の一馬だったなら、立入禁止の看板を見たなら引き返すが、今日は違った。妙に胸騒ぎがし、妙に鼓動が強く脈動した。

 ここに行かなくてはいけないと告げるように。

 流石に、その神社の前は暗い。当然だ。立入禁止の場所にわざわざ明かりを灯す必要は無い。

 一歩、また一歩を歩みを進める一馬は、不意に足を止めた。殺気――と言うより不穏な空気を直感的に感じ取ったのだ。

 怪訝そうに眉を顰める一馬は、小さく息を吐くと周囲を見回す。


『気付いたから主よ』


 突如、響く朱雀の凛とした声に、一馬は無言のまま頷いた。奇妙な雰囲気だった。

 故に一馬は警戒を強める。その時、ポケットで携帯が震えた。肩をビクッと跳ねさせ、一馬は素早く携帯を取り出す。

 画面に親指をスライドさせ、それを耳へ当てる。


「もしも――」

『一馬君! 大――ガガガッ!』


 携帯の向こうから聞こえたのは夕菜の声。慌てた様子だったが、その声は突如、乱れた。耳障りな音が響き、通話は途切れる。

 何かが起こったのだと瞬時に理解する一馬だが、その直後、キャルから貰ったスマホ型の通信機が震える。慌ててそれを取り出した一馬は同じように画面を親指でスライドさせ、耳へと当てる。


「もし――」

『一馬さ――ガザザザッ』


 紅の声が聞こえたと同時に、先程同じように耳障りな音が響く。明らかな電波障害に、怪訝そうな表情を浮かべる一馬は、奥歯を噛み締める。

 何が起こっているのか分からない分、その不安は大きくなっていた。

 どうするべきか、思考を巡らせる。そんな時、白虎の清らかな声が響く。


『マスター! 何かいるぞ!』


 白虎の声にハッとする一馬は、視線を正面へと向ける。小さな足音と共に、先程まで何もいなかったその場所に小さな影。その影に一馬は目を凝らす。


「ふふふっ……久しぶりじゃない」


 可憐で幼さの残る少女の声に、一馬は背筋をゾッとさせる。鮮明に記憶に残っていた。体を貫かれたその時の感覚が。

 半歩下がると、クスリと少女は笑う。

 そして、背後からもう一つの声が――


「さぁ、君達の力で、導いてくれよ。新たな聖霊の下へと――」


 静かな男の声に、一馬が振り返る。


『主! 今すぐその場を――』


 青龍の雄々しい声が響くが、すでに遅い。


「初めまして――さようなら――」


 彼の声と共に一馬の足元で輝くマンホール型の魔法陣。不気味な輝きに、一馬は「ッ!」と声を漏らし、その場を飛び退こうと足に力を込める。

 しかし、その足は地面を蹴る事は出来なかった。

 開かれた異界への穴。それは、一瞬で一馬を呑み込み、僅かな光だけを残し、魔法陣は消滅する。

 離れた場所にいる夕菜と周鈴も、フェリアと雄一も、紅とキャルも同じように、突如現れた魔法陣により消された。

 この世界から――

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