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第9回 神守町前編だった!!

 ジリジリと熱い日差しが大きく開かれた窓から差し込む。

 生暖かな風が教室の中へと静かに流れ、分厚いカーテンを僅かに揺らす。

 外から聞こえるのはセミの合唱。

 指揮を取るのは黒板を叩くチョークの音。

 現在、午後の授業の真っ只中。

 蒸し暑い教室で、生徒達は額に汗を流し、板書されたものをノートへと書き写していた。

 天井に備え付けられた扇風機がブオオオオッと生暖かな風を室内に広げる。

 風があるのは助かる事なのだが、生暖かな風は流石に不快だった。

 それでも、生徒達は文句一つ言わずにノートを写す。

 そんな中、椅子の足が床を引き摺る音が中央の一番後ろから響く。そして、ギギギッと椅子が軋み、ガタンと机が音を立てた。


「あーあ……クッソ暑いなぁー」


 シャツの胸元を掴みパタパタと仰ぐ寝癖頭の金髪。誰もが思っていた事を、誰もが意識しないようにしていた事を口にしたのは、内藤雄一だった。

 椅子を後ろにやや倒し背を仰け反らせる雄一は、不快そうに目を細め大きな欠伸を一つした。


「何で冷房の一つもつけねぇーんだよ。備え付けてあるんだろ」


 教室全体に聞こえるような声で雄一はそう言い天井を見上げる。

 一応、大堂学園の各教室には、冷房機器が備え付けられている。だが、節電として基本的には稼働はしていない。

 誰もが雄一と同じような事を思っているが、口にはしない。それが、教師の機嫌を損ね、成績に影響しかねない。そう思っている者も多かった。

 現国教師の前田は、そんな雄一の言葉には耳を貸さず、ただ黙々と板書を続ける。素行の悪い生徒は徹底的に無視するスタイルをとる教師だった。

 色白の前田はチョークを進める手を止めると、振り返り教卓へと両手を着いた。

 だが、何かを言うわけでもなく、ジッと生徒達を見回すと、黒板の端へと移動し椅子へと腰掛け、足を組んだ。

 この暑さでも涼やかな表情を崩さない前田は、不満そうに雄一を一瞥する。


「あーあ……暑い暑い。クッソ暑い!」


 そう連呼する雄一は、椅子をキィキィと鳴らせていた。

 暑い暑いと言われると余計に暑くなり、椅子がキィキィと鳴る音が鬱陶しく感じる。

 一馬も流石に苛立っていたが、授業に集中していた。ただでさえ、色々とあって教師からよくない目で見られているのだ。こう言う時はおとなしくしておいた方がいいと、一馬はただただ沈黙する。

 しかし、チョクチョクと一馬に向けられる冷たい視線。クラス中の生徒が思っていた。


“早く注意しろよ”

“コイツをどうにかしろよ”


と。

 それでも、一馬は耐える。

 この時間さえ乗り越えれば、もうすぐ休み時間だ。そう思って。

 重苦しい空気が教室を支配する。とても、過ぎる時間が遅く感じる程だ。

 そんな時だった。ふっと、前田が息を吐き、スッと立ち上がった。

 皆の視線が前田へと集まる。遂に注意するのか、そう言う眼差しを向ける。

 だが、前田の視線は一馬へと向けられ、不快そうに告げる。


「おい。大森!」

「は、はい!?」


 思わず一馬は立ち上がる。

 何故、自分に矛先が向いたのか、一馬は分からず困惑していた。

 そんな一馬へと、冷めた目を向ける前田は静かに口を開く。


「お前の管理責任だ。ソイツを連れて教室から出て行け。邪魔だ」


 前田の発言に、雄一の眉がピクッと動く。明らかに不快そうな表情を浮かべる雄一の手が止まり、眉間にシワが寄る。

 険悪な空気が流れ、鈍い奴でも気付く程、周囲の空気が告げる。


“早くどうにかしろよ”


と。

 その空気に耐え切れず、一馬は唇を噛み締め歩き出す。

 静かな足音で教室の一番後ろまで移動した一馬は、そのまま無言で雄一の肩を左手で叩いた。

 無言の一馬に、雄一は不快そうな表情を浮かべるが、鼻から息を吐くと静かに席を立った。

 そして、前田を睨みつけ、雄一は一馬に続き、廊下へと出た。

 戸を閉めると、その向こうから吐息が漏れるのが聞こえ、前田の声が響いた。板書したものの解説をしているようだった。

 深々と息を吐いた一馬は、黙り込んだまま歩き出す。未だに無言の一馬に、雄一は目を細める。こう言う時の一馬は少しだけ怖かった。

 その為、雄一も迂闊には声を掛けられず、黙ってその後についていった。

 暫く歩いた後、一馬は足を止めると、ふっと息を吐いた。


「さて、結局サボりになるのか? これって」

「そうなるだろうな」


 頭の後ろで手を組む雄一はそう答え、窓の外を見据えた。

 外は良い天気だった。清々しいほどに。

 他の生徒は皆授業中の為、廊下はとても静かだった。

 困ったように眉を八の字に曲げた一馬は、今度は大きなため息を吐き肩を落とした。

 これで、また一つ成績が悪くなる。そう思うと気が重くなった。


「まぁ、気にすんなって」

「お前はいいよ。成績なんて関係ないだろうし」

「おいおい。俺だって、これでも気にしてるんだぞ? だから、今日だって一時限目から来てるだろ」


 頭の後ろで組んでいた手を離し、肩を竦めた雄一はふっと息を吐き首を振った。

 確かに、最近は珍しく一時限目から授業を受けている。いや、正確には教室には来ている。

 だが、授業を受けているのではなく、ほぼ寝ていた。出席扱いにはなるが、寝ていては意味がないだろうと一馬は思っていた。

 不満そうな一馬の眼差し、雄一は目を細める。


「なんだ?」

「別に……」

「言いたい事あるなら言えよ」

「だから、別にって言ってるだろ?」


 一馬はそう言い、歩き出す。

 その時、廊下の先に一人の生徒の姿を見た。


「アレって……」

「んっ? 知り合いか?」


 廊下のずっと先の為、一馬はその顔を確認は出来なかった。だが、あの背を丸めた歩き方には見覚えがあった。

 確かに見覚えはあるのだが、誰なのかは思い出せず首を傾げ、小さく頭を振った。


「いや。知り合いじゃないけど……」

「ふーん……アイツ、俺は良く見かけるけどな」

「えっ?」


 思わぬ雄一の言葉に、一馬は目を丸くする。

 しかし、雄一は気にした様子はなく、目を細め首を傾げた。


「よく、保健室に行くのを見かけるぞ? たしか、夕菜と同じクラスだったはずだ」

「へぇー……」


 雄一が他の生徒の事を気に掛けているなんて、珍しいと一馬は思う。雄一は基本的に他人に興味はない人種だ。

 故に、一馬は驚いていた。


「俺も、よく保健室でサボるけど、アイツがいつもベッド使ってんだよな」


 不満そうに眉を顰める雄一に、一馬はジト目を向けた。

 まぁ、そんな事だろうとは思っていた。雄一が他人を気に掛けるなんてありえない事だ。

 呆れた様にため息を吐いた一馬に、雄一は首を傾げる。


「んっ? どうかしたか?」

「いや……別に……」

「何だよ? 言いたい事があるなら――」

「あーあ! もう! いいから! それは!」


 一馬はそう声を張り、歩き出した。同じやり取りを繰り返すのは、面倒だと判断したのだ。



 広々とした薄暗い部屋。

 その中央には円卓があり、五つの椅子が並んでいた。

 円卓の上にはロウソクが幾つか並び、部屋を照らす。

 ギギギッと部屋の両開きの扉が開かれ、薄暗い部屋に僅かに光が差した。

 遅れて、四つの足音が部屋へと響き、またギギギッと音を立て扉は閉じられる。

 光が遮られ、また部屋は薄暗くなった。

 その中で、四つの影が、円卓に並ぶ椅子の前に移動し、その内一人が乱暴に椅子を引き、腰掛けた。


「クソッ! アイツら、絶対に許さない!」


 幼さの残る声を上げ、真紅の長い髪を揺らした。


「荒れていますねー」


 彼女の隣に座る青白い顔色をした紳士風の男が、薄ら笑みを浮かべる。

 明らかな嫌味に、小柄な少女は赤い瞳を紳士風の男へと向けた。


「あぁん? アタシに話しかけんな! 吸血鬼が!」

「おやおや。高々鬼達如きの姫であるあなたに、高貴な血族であるヴァンパイアの私から話しかけてあげたと言うのに……」

「んだと! テメェ!」


 円卓を乱暴に右手で叩いた鬼の姫こと、鬼姫は脇に置いていた自らの背丈を悠然と越える刀の柄を握った。

 しかし、吸血鬼である紳士風の男は全く相手にしておらず、円卓に肘を置き手を組んでいた。

 そして、円卓の向こう側に座る二人の男を見据える。

 一人は褐色白髪の髪を逆立てた男。

 もう一人はボサボサに伸びた黒髪に手足の長い男。

 褐色白髪の男は無言で腕を組み、手足の長い男は円卓に組んだ足を置き背を仰け反らせていた。


「話には聞いているよ。キミ達も派手にやられたようだね」


 嫌味っぽい紳士風の男の言葉に、褐色白髪の男はピクリと眉を動かすと眉間にシワを寄せる。

 だが、何も言わず静かに瞼を閉じた。文句を言える立場にないと、分かっていたのだ。

 一方、手足の長い男の方は全く気にした様子はなく、相変わらず大きい態度で椅子に腰掛けていた。

 紳士風の男の獲物は、その男へと完全にシフトし、不敵な笑みを浮かべる。


「おやおや。随分と態度が大きいじゃないか。ジャックくん。キミ、飼い主がムザムザ殺されて、白虎の回収も失敗したそうじゃないか?」


 紳士風の男の言葉に対し、椅子を後ろに倒すジャックは、目を細め首を傾げる。


「いやー。俺、別に飼われてねぇーし、そもそも、面倒だからアイツに従ってただけだ」

「おや? 随分の流ちょうに話せるんですね? 私の知る限り、あなたはカタコトでしか喋っていなかったと思うんですが?」


 聊か驚いたような紳士風の男に、ジャックは両手を肩口まで上げる。


「ただのキャラ作りだ。片言だったら、話さなくても済むし、色々と便利だったからな」

「はっ。何がキャラ作りだ! バカバカしい」


 ジャックに対し、鬼姫はそう言い放ち椅子へと座りなおした。

 腕を組み不満そうな鬼姫は、鼻から息を吐き、瞼を閉じた。静観する事にしたのだ。

 そんな折、円卓に脚を置くジャックは、ゆっくりと椅子を後ろへと倒し、天井を見上げる。


「一つ確認があるんだが?」

「何だい? ジャックくん」


 ジャックの言葉に微笑する紳士風の男、吸血鬼は答えた。

 すると、ジャックは首を傾げ、


「まるで、自分は何の失敗もしていないって風だけど……。本調子じゃない相手に撤退を強いられたって言う間抜けもいるらしいぞ? ジル」


と、紳士風の男、ジルへと目を向けた。

 表情を強張らせるジルは、引きつった笑みを浮かべると、「へぇー」と小さく頷いた。

 それから、四人は口を噤み、重い沈黙が場を支配する。

 そんな中、静かな足音が薄暗い中に響く。一人の男が部屋に入って来たのだ。

 全身真っ黒な衣服に身を包んだその男は足元まで届く光沢のあるコートを揺らし、椅子の前まで歩み寄ると円卓へと右手を着いた。


「集まってもらったのは他でもない。次の獲物についてだ」

「次の獲物?」


 鬼姫が訝しげな眼差しを向けると、男は小さく頷き黒髪を揺らした。


「ああ。キミ達が四獣奪取を失敗するのは想定外だったが、四獣クラスの聖霊を見つけた。今後はその四体を捕獲する」

「四獣クラス? そんな聖霊がいるのか?」


 褐色白髪の鬼人がそう呟くと、男は鋭い眼差しで四人を見据え、


「それを捕獲する為にも、お前達には俺の世界に一度来てもらう。全てはそれからだ」


 男はそう告げ、不敵に笑った。

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