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第8回 風の谷後編だった!!

 夕刻、一馬は一端家に帰宅した後に、また外へと繰り出していた。

 動きやすい軽めのパンツに、白のTシャツと軽いシャツを着た一馬は、いつもと違いダテメガネをしていた。

 特別、意味など無い。ただ、気分を変えたいと思い、たまたま家にあったダテメガネをして来たのだ。

 もうそろそろ、キャルに呼び出される時間だろうか、とスマホで時間を確認する。

 時刻はもうすぐ六時になる。それでも、空はまだ明るい。

 この時期は暗くなるのも大分遅くなっていた。

 時間を確認したクロトは、ホッと息を吐くと肩の力を抜き、足を止める。毎回の事ならが、落ちると言う感覚には恐怖を感じる。

 正直、どうにかならないものか、と思っていた。パッ、パッ、と移動できればいいのだが、異世界に呼び出される時も、戻る時も、毎度あの落ちる感覚を味わう事になる。

 それは、分かっていても怖いものである。

 もう一度深くため息を吐いた一馬は、瞼を閉じたまま一歩踏み出す。

 その瞬間、足元に眩いマンホール型の魔法陣が輝き、一瞬にして一馬の姿は光と共に消えた。

 誰にも気付かれる事無く、光り輝くマンホールも姿を消した。



「あーあ……なれねぇーなぁー」


 膝を抱えて部屋の隅に座る一馬は、遠い目でパーティー会場を見据えていた。

 今回は、少々着地に失敗し、お尻を打ったのだ。その痛みで、一馬は部屋の隅で安静にしていた。

 別に、虐められてそこに居るわけではない。

 火の国から紅、水の都からフェリア、土の山から周鈴の三人に加え、今回は夕菜がお邪魔していた。

 雄一を呼ぼうかとも考えたのだが、前回の周鈴の件がある為、安全を考え夕菜を呼ぶ事にしたのだ。

 すでに親睦会の準備は整っており、幾つかのテーブルにビュッフェ式に料理が並んでいた。

 キャルも珍しく白衣ではなく、ワインレッドの足元まで覆うドレスを纏い、高いヒールの靴を履いていた。

 そして、珍しい事にメガネをしていなかった。

 福与かな胸の谷間を露出するキャルは、微笑しながら周囲の人達に軽く挨拶をしつつ、会場を歩いていた。

 部屋の隅で膝を抱えて座る一馬は、自分よりも年下なのに色っぽさを漂わせるキャルを、少々心配する。


「あんなに、目が悪いのに……大丈夫かな?」


 独り言のように呟いた一馬は、目を細め鼻から息を吐く。

 まだ、ケツが痛かった。だから、この場を動きたくなかった。

 しかし、そうも言っていられないだろうと、ゆっくりと腰を挙げ背筋を伸ばす。


「一馬さん?」


 一番近くに居た、紅がいち早く一馬の動きに気付いた。

 相変わらず白の胴着に赤い袴の巫女装束姿の紅は、大きく開いた袖を揺らし一馬の方へと歩み寄る。


「どうしたんですか?」


 一馬がお尻を痛めていると分かっている紅は、心配そうにそう尋ねる。まだ、痛むんではないか、そう思ったのだ。

 紅の考えどおり、当然、一馬のお尻はまだ痛んでいた。だが、一馬はそれを気取られないように微笑すると、両手を腰にあて、


「うん。もう大丈夫だから」


と、力強く言った。


「そうですか?」


 紅は怪訝そうにそう言い、上目遣いで一馬を見据える。

 紅の眼差しに少々気圧される一馬だが、それでも笑顔を崩す事無く、


「うん。大丈夫! もう全然平気だよ」


と、答えた。

 流石に、紅も諦めたのか、「そうですか……」と呟いて、小さく頷いた。


「それじゃあ、俺は、キャルに挨拶してくるからさ、ゆっくりしててよ」


 紅が納得したのを見計らい、一馬はそう口にした。だが、紅は首を横に振る。


「いえ。私も一緒に行きます。私も挨拶がしたいですから」


 ここに来て、紅はまだキャルに会っていない。その為、挨拶をするべきだと、紅自身思ったのだ。

 腰に手を当てる一馬は、ふっと鼻から息を吐くと、困ったように眉を曲げる。実際、困ったわけではなく、まさか、紅がそんな事を言うとは思っていなかったのだ。


「ま、まぁ、うん。いいけど……」

「はい。よろしくお願いします」


 体の前で手を合わせ、微笑する紅は小さく頭を右へと傾けた。

 不意に見せる紅の愛らしい笑顔の破壊力は凄まじく、一馬は思わず視線をそらす。顔は真っ赤になり、心臓はこの上なく激しく脈を打っていた。

 もう、大分慣れたと思っていたが、全然ダメだったようだ。

 右手を胸にあて深呼吸を繰り返す一馬に、紅は不思議そうに首を傾げる。


「あれ? どうしたの? 紅ちゃん」


 不思議そうに夕菜が歩み寄る。いつもと違う私服姿の夕菜は、ヒラヒラのスカートを揺らすと、紅の顔を覗きこんだ。

 そんな夕菜に、紅は微笑する。


「いえ。私は何も……」

「ふーん……」


 唇を尖らせ何度か頷いた紅は、ジト目を一馬へと向ける。

 明らかに様子のおかしい一馬の様子に少々不満があった。

 何があったのか、気になったがここで変に問いただすとちょっとおかしな事になりそうだと、夕菜は思う。だからだろう。頬を膨らした後にむふーんと鼻から息を吐いた。

 不満そうな夕菜に、紅は困ったように笑みを浮かべる。


「どうですか? 夕菜さんも一緒に、キャルさんの所、行きませんか?」


 どうにかこの場を納めようと、紅がそう訪ねる。

 すると、夕菜は胸の前でパンッと手を叩き、


「うん。私も一緒に行く!」


と、声を張った。

 明るく元気のいい夕菜の声に、我に返った一馬は、ハッとする。


「ゆ、夕菜! な、何で……」

「何でって……一馬くんがボーッとしてるから、どうしたのかなって」


 不満そうに目を細め、夕菜は一馬を見据える。

 完璧なジト目を向ける夕菜に、一馬は表情を引きつらせた。何故か、責められている気になってしまった。

 いや、実際、その目は責めている。だが、一馬はそう思わないようにしていた。


「で、ダメなの? 紅ちゃんはよくて、私は?」

「い、いや……そ、そんな事ないけど……」

「なら、オーケーね」


 声を弾ませる夕菜がにこっと笑った。

 何故、ただキャルと挨拶を交わすだけなのに、こうも一緒に行きたがるのだろう、と一馬は思うが、絶対に口にはしない。

 そんな事を言うと何を言われるか分かったもんじゃないからだ。

 ここは穏便に済ませたかったのだ。

 自らの心を落ち着ける為に、深々と息を吐き出した一馬は脱力する。

 そして、周囲を見回す。こうなってくると、必ず参入してくるであろうフェリアの事を警戒していた。

 正直、今まで大人しい事の方が珍しく、一馬は不思議に思っていたのだ。

 キョロキョロと挙動不審に辺りを見回す一馬に、夕菜と紅は顔を見合わせる。


「どうかしたの?」


 夕菜がそう尋ねる。


「いや……この状況なら、そろそろフェリアが乱入してきそうだって、思って……」


 警戒し目付きを悪くする一馬へ、紅が答える。


「フェリアさんでしたら、あそこに……」


 紅が指差すほうへと一馬は目を向けた。

 そこには、白衣の者達に囲まれたフェリアの姿があった。科学が進歩したこの世界では、フェリアの使う魔術は珍しく、科学者として興味が湧いたのだろう。

 とても、戸惑った表情で対応するフェリアと、一馬は目が合った。

 だが、すぐに視線をそらした。助けを求めるような眼差しだったが、一馬的には関わりあいたくなかった。

 そして、これ以上面倒ごとにはしたくなかった。

 だからこそ、フェリアの事は放置し、一馬はキャルへと挨拶へ向かう事にした。

 結構な人に囲まれるキャルの方へと近付く。流石に有名人だけあって、人は多い。


「凄い人だな……」

「そうですね。キャルさんって、有名人だったんですね」

「みたいだねー。初めて会った時はぜんぜんそんな風に感じなかったけど」


 素直にそう言い、夕菜は笑みを浮かべる。

 確かに、普段は白衣にタイトなスカートにシャツと普通の科学者のような姿だ。それを見て、ここまで有名人とは誰も思わないだろう。

 そんなキャルを眺めていると、向こうの方も一馬達に気付いた。そして、周りの人たちに申し訳なさそうに会釈をすると、人を掻き分け一馬の方へと歩み寄ってきた。


「すみません。一馬さんお呼びだししたのに……」

「あーあ。いいよ。全然。それより、なんだか、大変そうだね」


 一馬は右手を軽くあげ、キャルへと笑顔で返答する。

 それにあわせる様に、夕菜と紅も軽く会釈した。


「お二人もすみません。コチラのお召し物を用意したかったんですけど……ちょっと、手が回らなくて……」


 困ったように眉を曲げ苦笑するキャルに、夕菜は右手を顔の横で振り、


「いいよいいよ。そんなの気にしなくても。私の方こそ、こんな格好で、場違いだったかな?」


と、スカートの裾を軽く持ち上げた。

 確かにこの場には少々不釣合いな格好ではあったが、キャルはそんな事気にした様子はなく首を振った。


「いえいえ。来て頂けただけで嬉しいです」


 大人びた笑みを浮かべるキャルに「そっか」と夕菜は答え微笑する。

 一方、少々不思議そうに集まった人を眺める紅は、頭を右へと傾け訪ねる。


「今日は……一体、何の集まりなんですか? なんだか、親睦会と言う風には見えないのですが?」


 訝しげな表情を向ける紅に、キャルは一瞬目を丸くするが、すぐに困ったように微笑し、


「え、えっと……その事なんですが……えっと……そのー……」


 言葉がつまり、視線がキョロキョロと動く。

 そして、時折、その視線が一馬で止まる。明らかに挙動がおかしい。その為、一馬は何か嫌な予感がした。

 だが、ここで何も聞かないと言う事を一馬は出来ず、小さく息を吐いて尋ねる。


「どうかした? なんだか、困ってるみたいだけど?」


 一馬の問いかけに、キャルは申し訳なさそうに小さく頷いた。

 そして、一呼吸間を空け、


「あの……申し訳ないのですが、一馬さんにお願いしたい事があるんです!」


と、胸の前で手を組み、瞳を潤ませる。

 女の子にそんな目をされて頼まれたら、一馬に断る事は出来なかった。


「うん……いいよ。俺で協力出来る事なら……」


 キャルのお願いが何なのか聞かず、一馬はそう言った。

 だが、後に後悔する。キャルのお願いが何なのかを、聞かなかった事を――。



 数分後、物々しい雰囲気の中、一馬は何故かキャルと一緒に壇上の上にいた。

 一馬自身、わけが分からずきょとんとした表情を浮かべていた。

 壇上にはスポットライトが当てられ、集まった人達は拍手を贈る。

 何が行われるのかわからない夕菜と紅も拍手を贈り、グラスを片手に持ったフェリアは訝しげに二人の方へと足を進める。


「これは……一体、何の騒ぎですの?」


 学者から解放されたフェリアが、夕菜と紅へとそう尋ねる。

 フェリアの声に、夕菜は顔を向けると、


「何があるかは分からないんだけど、キャルちゃんが何か発表があるんだって」


 弾んだ声で夕菜がそう言い、


「それで、一馬さんに何か協力して欲しい事があるとかで、あのような形に」


と、紅は穏やかに答えた。

 そんな騒ぎに全くの無関心に、周鈴は皿に盛った料理をバクバクと食していた。

 一応、視線はスポットライトの方には向けるが、興味は全くない様子だった。

 拍手が鳴り止み、静寂が周囲を包む。その中で、壇上に佇むキャルがマイクを手に取った。


「え、えーっ……あ、あの……今日は、重大な発表があります」


 改めてそう伝えるキャルはコホンと咳払いを一つすると、チラリと隣に佇む一馬へと目を向けた。

 そして、顔を赤らめ俯くと、


「私は、こちらにいらっしゃる大森一馬さんと――結婚します!」


 堂々としたキャルの発言に、会場は静まり返る。

 舞台上の一馬は一瞬、自らの耳を疑い、目をパチクリとさせた。

 夕菜と紅は、表情を引きつらせ、壇上の二人を見据え、フェリアはその手から思わずグラスを落とした。

 一方、周鈴は一瞬驚いた表情を見せたものの、何食わぬ表情で料理を食べ続けていた。

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