第6回 土の山後編だった!!
「おいおいおい! どう言う事だ! 一馬!」
灰色の雲に覆われた空の下。
野菜の盛られた皿を片手に雄一はそう乱暴な声を上げる。
夕刻、一馬は玄武により、ここ土の山、玄武岳へと呼び出された。
すでに、祭りの準備を終え、村は賑わっていた。
その為、一馬は早速雄一を呼び出し、ついでに紅とフェリア、キャルの三人も呼んだ。
もう散々祭りには参加したし、呼ばなくてもいいかと思ったが、流石に土の山だけ呼ばないと言うのは不公平になるかも知れないと、一馬は考えたのだ。
しかし、そんな一馬の気遣いと裏腹に、周鈴は迷惑そうだった。
正直、来て欲しくない。そんな目をしていた。何故、周鈴がそんな目をしたのか、一馬は分からなかったが、とりあえず歓迎されていないのだけは分かった。
山盛りに盛られた野菜を口に運び、不満そうに鼻息を荒げる雄一は、唇を尖らせる。
「何で、野菜ばっかなんだよ! 肉は! 肉はねぇーのか!」
口をモゴモゴと動かしながら、雄一はそう声を荒げる。
不満そうな雄一の隣で苦笑する一馬は、視線をそらすとふっと息を吐いた。
現在、玄武岳で行われているのは収穫祭。
所謂、作物への感謝を込める祭りだ。
ゆえに、肉や魚と言ったモノはなく、野菜が中心の料理ばかりが並んでいた。
雄一的には、肉、肉、肉と、肉食を期待していたようで、今回の祭りの料理を見た時からずっと、不満げな声を上げていた。
それでも、来たんだからと食うもんは食うと、野菜を大量に食していた。
理由として言えるのは、ここ玄武岳の作物は、肉や魚が無くとも食せるだけの美味しかった。
だから、雄一は文句を言いながらも野菜を大量に食べているのだ。
その食べっぷりは、この村の子供達が引くほどだった。
「ったく……肉がねぇーってどう言う事だよ! んぐんぐ。俺はな、肉をな……んぐんぐ」
「とりあえず、黙って食えって」
大きなため息を吐きうな垂れる一馬は、そう言い呆れた様に笑う。
「でも、ホント、美味しいですよね」
呆れる一馬へと、紅がそう話しかけた。
右手には蒸したジャガイモを潰し、丸く成型し串に刺し焼いたものを持っていた。
味付けはシンプルだが、ギュッと旨みの詰まった味わいがする料理だった。
それを、一口かじり、紅は頬を赤く染める。
「ですねー。実に、興味深いですよー」
シンプルな野菜炒めを、フォークで口に運ぶキャルは眼鏡を輝かせる。
科学者としての探究心が働いたのだろう。
ポニーテールにした長い瑠璃色の髪を揺らすキャルは、黙々と野菜を味わいながら小さく何度も頷く。
「でも……地味ですわね」
巨大な焼きカボチャをスプーンで突き、フェリアは怪訝そうに眉を顰める。
フェリアの住む水の都は、どちらかと言えば手の込んだ見た目も鮮やかな調理法がメインだ。丸ごと素上げや煮込みなどは初めて見るのだろう。
本当に食べられる物なのか、と目を細めるフェリアは、ゆっくりと一馬の方へと顔を向ける。
フェリアの眼差しに苦笑する一馬は、目を細めた。
「地味で悪かったな。てか、文句があるなら食うな!」
不満そうに腰に手をあてる周鈴は、不機嫌そうに眉間にシワを寄せていた。
いつもと変わらぬ拳法着姿の周鈴は、鼻から息を吐くと小さく俯く。
「とりあえず、早く帰れ! 邪魔なんだよ」
「わ、悪い……玄武が是非参加してくれって言うから……」
申し訳なさそうに一馬がそう言うと、周鈴は大きなため息を吐き肩を落とす。
そして、目を細め一馬を睨む。
「だからって、こんなに呼ぶか? お前一人で十分だろ?」
不服そうにそう言う周鈴に対し、膝下まで伸びた紺色のスカートを優雅に揺らしたフェリアが、背筋を伸ばし胸を張る。
「いいじゃありませんの。それとも、ワタクシ達が来ると何か問題でもありますの?」
銀の髪留めでたくし上げた金色の髪を留めたフェリアが、淡い蒼の瞳を向ける。
灰色の髪を右手で掻き毟る周鈴は、鋭い眼差しでフェリアを睨む。
鋭い眼差しの奥に輝く茶色の瞳を、フェリアも負けじと睨んだ。
二人の睨み合いをどうにかしなくては行けないと、一馬は立ち上がるが――
「おい! 一馬! あのでけぇーカボチャ見てみろよ!」
と、雄一が一馬の腕を引き、ドデカボチャの方へと走り出した。
「ちょ、ま、待て! ゆ、雄一!」
慌てて一馬はそう言うが、立ち止まる事はなく、ドデカボチャの方へと引っ張られていった。
残された紅とキャルは顔を見合わせる。
いつも通りの巫女装束の紅は、長い黒髪を背中で揺らし、
「ど、どうしましょうか?」
と、右手を頬へと当てる。
白衣のポケットに手を突っ込むキャルは、眼鏡越しに紅を見据えるとにぱっと笑う。
「とりあえず、私達も食べましょう!」
ポケットから出した右拳を胸の前でグッと握り締めたキャルは、その淡い橙色の瞳を煌かせる。
完全にキャルの頭は探究心に囚われていた。
自分の世界とは別の世界の食べ物の研究、空気、食物、その効果、色々と調べたい事で頭はパンパンだった。
タイトなスカートから伸びる長く細い足を弾ませ、キャルもそのまま一馬達のあとへと続いていった。
苦笑する紅は、ガックリと肩を落とすとうな垂れる。
「大体、何だその服装は! ちょっとはコッチの世界に合わせろよ!」
「これでも、地味めにしたつもりですのよ? それでも、目立ってしまうのは仕方ありませんの!」
胸を持ち上げるように腕を組んだフェリアは、自信満々にそう答え胸を張った。
呆れた様に目を細める周鈴は、引きつった笑みを浮かべると頭を振る。
「これだから金持ちのお嬢様は……」
「なっ! 何ですの! その言い草は! ワタクシ、別にお金持ちってわけじゃございませんの!」
「どーだか。聞いた話じゃ、あの学園の理事はお前のジーさんだって言うじゃねぇーか?」
「な、なななな、何を言っていますの! と、言うより、何処でそんな話を!」
顔を赤くし声を荒げるフェリアが頬を膨らせる。
周鈴の言う通り、フェリアの祖父はあの魔法学園フェアリスの理事だ。だが、フェリアは自分の力で、今の地位まで上り詰めた。決して祖父の力ではない。
それに、ここに居るメンバーでその事を知っているのは、一馬だけ。
その為、フェリアはドデカボチャと戯れる一馬を睨んだ。
「うっ! な、何だ? 今の視線……」
寒気に身を震わせる一馬は周囲を見回した。
「んっ? ろうふぁひらのふぁ?」
カボチャを口いっぱいに詰め込む雄一が、口の周りを黄色くしながら一馬を見る。
もうなんと言っているのかすら分からないが、一馬は苦笑しながら何度も頷いた。それが、一番いい相槌だった。
「聞きたくなくても、耳に入ってくるに決まってるだろ?」
一馬を睨むフェリアに周鈴は呆れた様にそう口にすると、肩を竦めた。
一体何の話をしているのか、と小首を傾げるフェリアは不満そうに唇を尖らせる。
「何ですの? その聞きたくなくてもって?」
「お前の国での話だよ」
「ワタクシの国? 水の都でですの?」
「ああ。あの祭りの時に周りの連中が、そんな話をしてたんだよ」
周鈴がため息を吐き首を左右に振る。
その言葉に、フェリアは眉間にシワを寄せると視線をそらす。
まさかそんな所から自分の秘密が流出するとは思ってもいなかった。
不快そうに眉を顰めるフェリアは、右手で額を押さえるともう一度大きなため息を吐いた。
「何だ? 違うのか?」
不思議そうに周鈴はそう尋ねる。
間違っていたのなら謝ろう。そう思っていたが、フェリアは小さく首を振り、
「いいえ。違いませんのよ。確かに、ワタクシは、理事の孫ですの」
と、答え俯いた。
正直、あまり知られたくはなかった。
一馬には思わず自慢してしまったが、後々に考えた結果、嫌われても文句は言えないと思ったのだ。
一馬は全く気にしてはいなかったが、他の皆がそうとは限らないと思った為、フェリアは自分が理事の孫である事は伏せていた。
別に言う理由も無いし、言った所で紅、周鈴、キャルの三人には関係の無い話だったからだ。
伏せ目がちに黙り込んだフェリアに、申し訳ないと思ったのか、周鈴は少しだけ頭を下げる。
「悪かった……」
「いえ。いいんですの。本当の事ですし、別に、隠しているつもりもなかったですから」
謝る周鈴に、顔を上げたフェリアは明らかな作り笑いを浮かべる。
よっぽど知られるのが嫌だったのだろうと理解した周鈴は、複雑そうに視線をそらすとドデカボチャに群がる一馬と雄一へと目を向ける。
「まぁ、いいんじゃねぇ。あんたが、誰の孫だろうと、あんたはあんたなんだし。僕は気にしないし、アイツらだって気にはしねぇだろ?」
周鈴は薄らと頬を赤く染める。
正直、照れ臭かった。元々、こんな事を言う様なタイプじゃない。
何でもストレートに言ってしまう性格だし、回りくどい事は苦手だった。
そんな周鈴の言葉に、フェリアはキョトンとする。目を丸くし、パチクリと瞬きを繰り返した後、フェリアは右手で口元を押さえ笑う。
「ふふっ。何ですの? 励ましてくれてますの?」
「ち、違う! ただ、誰もテメェの事なんて気にしてねぇ! そう言いたかっただけだ!」
耳まで真っ赤にしそう怒鳴った周鈴は、肩で風を切りながらドデカボチャの方へと向かって歩き出した。
その背を見据え、フェリアは肩を揺らし笑う。
「素直じゃないですね」
フェリアの隣に並んだ紅が、にこやかにそう言う。
すると、フェリアも小さく頷き、
「そうですわね」
と、静かに答えた。
「うぉら! 食いすぎだ! テメェ!」
ドデカボチャの方へ向かった周鈴の怒声が轟く。
照れ隠しなのか、八つ当たりなのか分からないが、周鈴はそう言い、一馬と雄一を足蹴にしていた。
その姿に、紅とフェリアは二人して静かに笑った。