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第5回 土の山前編だった!!

 水の都での祭りを終えて、程なく、一週間が経とうとしていた。

 結局、一馬は水の都で、夕菜、キャルの二人とも不恰好なダンスをした。

 それはもう、恥ずかしい程のものだった。

 周鈴は終始料理を堪能していた。

 元々ダンスと言うモノに興味がないと言うのもあったが、一番の理由はやはりドレスを着させられた事が不満だったようだ。

 そして、紅も一度も踊らなかった。

 着慣れないドレスがあまりにも恥ずかしかったようだった。

 まぁ、あれだけ足を出したり、肩を出したりと露出の激しい衣服だった為、当然と言えば当然だった。

 祭りと言うよりは、完全に舞踏会だった水の都のお祭り。

 それでも、フェリアがあれを祭りと言うなら、一馬もあれを祭りだと思うことにした。


「はぁ……今日も平和だ……」


 昼休み。

 一馬は屋上へと続く階段の踊り場に隠れ、手作りの弁当を食していた。

 断っておくが、別に一馬が虐められて、教室に居場所が無いと言うわけではない。

 甘い厚焼き玉子を頬張り、一馬は満面の笑みを浮かべる。

 口の中に広がる淡い甘さと卵の味わい。ふんわりとした食感。

 それはもう、至極の味わいだった。

 男が使うには小さめの可愛らしい弁当箱。

 その中から、今度は野菜炒めを箸で掴み、口へと放り込んだ。

 流石に冷めている為、しんなりとしているが、それでも野菜の味わいを残した薄い味付けが口の中へと広がる。


「うん……美味い!」


 そう呟き、一馬は感激する。

 一人感涙する一馬は不意に弁当の蓋を閉じると、立ち上がり階段の下を窺う。

 昼休みとあり、流石に屋上付近に近付く者はいない。

 屋上は立入り禁止の為、誰も近付かないのは当たり前だった。

 やたらと周囲を警戒する一馬は、安堵の息を吐くとまた身を潜める。

 傍から見れば、完全に虐められ、教室に居場所が無くビクビクとおびえながら隠れて弁当を食べているように見える。

 先程も言ったが、一馬は虐められているわけではない。

 教室に居場所がないわけでもない。

 クラスメートとの仲も良好で、それなりに友人と呼べる人も出来た。

 それでも、こんな所で隠れて弁当を食べているのには理由があった。


『主よ……自分は情けないぞ』


 胸ポケットにしまっていたスマホの画面が薄らと黒い光を放ち、玄武の低い声が一馬の耳へと届いた。


『この様な場所に隠れて食事など……情けなすぎる……』


 呆れた様子の玄武の声に、箸を銜える一馬は苦笑する。


「しょうがないだろ? アイツに見つかったら大変なんだから」

「へぇーアイツって?」

「雄一だよ。折角、夕菜が俺の為に作ってくれた弁当だぞ? 雄一なんかにバレたら……」

「バレたら?」


 一馬は気付く。この声が、玄武の声では無いと。

 そして、玄武も呆れた様に『ははは……』と笑っていた。

 ぎこちなく振り返る一馬。

 その視線の先には一馬よりも数段上の段に腰を据える雄一の姿があった。

 寝癖混じりの金髪に、相変わらずシャツのボタンを全開にした雄一は、一馬と目が合うとニコッと笑い右手を軽く振った。


「よっ。こんなとこで奇遇だな」

「あ、あれぇ? 一体、いつからそこにいたのかなぁ?」


 ぎこちなく笑う一馬は、頬を引きつらせる。

 そう。

 一馬がこんな人目のつかない所に隠れて昼食を食べていたのは、現在目の前にいる雄一に見つからない為だった。

 今日の一馬のお昼は、夕菜の手作り弁当だった。

 夕菜が手作り弁当を渡す時は、いつも一緒にお昼を食べるのだが、今日は急遽予定が入った為、一馬は一人となった。

 いつもは夕菜が一緒な為、雄一も弁当を奪う事が出来ないが、今日は違う。


「さぁて……。俺に渡すものがあるよな?」


 満面の笑みを浮かべる雄一の威圧的な眼差しに、一馬はガックリとうな垂れ渋々と弁当を差し出した。

 一馬が貰った夕菜の手作り弁当をガツガツと食らう雄一。

 その横で雄一の食べかけのアンパンを千切って口に運ぶ一馬は、不満そうに息を吐いた。


「お前さぁ……。幾らでも夕菜の手料理食べられるだろ? 何で、そうやって人のを奪うんだよ?」


 横目で雄一を見据える一馬は、口の中の餡を噛み締める。

 何処にでもある普通の粒餡のアンパン。特別嫌いと言うわけでもないが、夕菜の作ってくれた弁当と比べるとやはり、満足感は大きく違った。


「しょうがねぇーだろ? 俺はあの家に帰ってねぇんだから。夕菜の手料理なんて滅多に食えねぇよ。お前だって知ってるだろ? それ位」


 箸の先を一馬の方へ向け、二度三度振った雄一は、不満そうに眉間にシワを寄せ、鼻から息を吐いた。

 確かに、雄一は現在、実家を飛び出し、格安アパートで一人暮らしをしている。

 理由までは分からないが、雄一曰く「あの家に、俺の居場所はねぇ」との事だった。

 そう感じたのは、小学校低学年の事かららしく、それから雄一は次第に荒れて行った。

 喧嘩っ早くなったのも、恐らくその時期ごろからだった。そして、その頃から雄一は家を出る為にコツコツと貯金をし、現在は一人暮らしをしている。

 もちろん、それだけでは足りず、アルバイトもしている。

 どんなバイトかは教えてもらってないが、結構な時給らしい。

 恐らく、ガテン系の仕事だと一馬は思う。雄一に出来るのは力仕事くらいだからだ。


「でもさぁ、たまには帰ったらどうだ? 夕菜も心配してるぞ?」

「言ったろ? あの家に俺の居場所はねぇって。大体、帰った所で、あの人らにとっちゃ厄介者でしかねぇんだからよ」


 弁当を食べ終わった雄一は肩を竦め、右手の甲で口を拭いた。


「ごちそうさん、と」

「はいはい。お粗末さん。夕菜には?」

「あーあ。うん。今日も美味かったでいいんじゃないか? しいて言うなら、俺は玉子焼きは甘いよりもしょっぱい方が好きだな」


 弁当の感想を述べる雄一は腕を組み小さく頷いた。

 そんな雄一に「はいはい」とため息混じりに答えた一馬は、鼻から息を吐く。

 そして、頬杖を付き、一馬は目を細める。


「俺も、正直、お前の所の親は苦手だけどさぁ。親子なんだから、仲良くしろよな?」

「わーってるって。てか、あんまり人の家の事に口を挟むなよ。お前、そう言うんだから、巻き込まれ体質だって言われんだぞ?」


 呆れた様な雄一の言葉に、一馬は一層目を細める。

 正直、


“俺が巻き込まれ体質なんじゃなくて、お前が巻き込み体質なんだよ”


と、言いたかったが、言葉を呑み込んだ。

 思ったのだ。本当に、巻き込まれ体質なのは、雄一の方なんじゃないかと。

 いつも、いつも。

 雄一は好きで暴力を振るってきたわけじゃない。

 暴力を振るってきたのにも必ずそうなる要因があった。

 そう考えると、やっぱり、巻き込まれ体質なのは雄一の方だろうな、と一馬は思った。


「そう言えば――祭り、行ってるんだってな」


 唐突に雄一がそう口にする。

 雄一の言葉に、頬杖を付く一馬は目を細めると、首を傾げた。


「んっ? 何で? 祭りの事、話したっけ?」

「夕菜に聞いたんだ。てか、祭り行くなら俺も呼べよ!」


 不満そうにそう言う雄一に、一馬は半笑いで答える。


「いやいやいや。お前、祭りとか嫌いだろ?」

「勝手に決め付けんな」


 一馬の発言に雄一はジト目を向けた。

 だが、一馬には記憶がある。

 雄一は昔から祭りに行くと不満そうな顔をしていた。

 何が不満なのかは分からないが、いつもつまらなそうにしている。

 だから、一馬はあえて雄一は誘わなかったのだ。


「まぁ、別に……雄一が行きたいならいいんだけど……」

「おう。次は呼べよ?」


 雄一は人差し指の先を一馬の額に擦りつける。

 その手を右手の甲で払った一馬は、


「次って、あるか分からないだろ?」


と、眉間にシワを寄せ、右手で額を擦った。

 不満そうな一馬だが、それ以上に不満そうなのは雄一だった。

 眉間に深々とシワを寄せ、睨みを利かせる雄一は、一馬の額に額をぶつける。


「何だよ? 夕菜はよくて、俺はダメだって言うのかよ! あぁん?」

「いやいや。話聞いてたか? あるか分からないって言ってるだろ」

「あるかないかじゃねぇーよ! やれ! 命令だ」

「暴君か!」


 思わず一馬はそう声を上げた。

 その時だった。胸ポケットでスマホが黒い光を放つ。


『ちょっとよいか? 主よ』


 低く威厳のある玄武の声が響く。


「ど、どうかした?」

「んだ?」


 一馬と雄一がほぼ同時にそう口にすると、玄武はコホンと咳払いをし、


『実はな、コチラでも、今夜祭りが執り行われるんだが、どうだ? 参加してみないか?』


と、静かに告げる。

 その言葉に、一馬は眉を顰め、雄一は目を輝かせる。


「マジか! 祭り! サイコー!」


 握りこぶしを突き上げる雄一に、一馬は目を細める。

 正直、嫌な予感しかしない。

 その為、一馬は深いため息を吐き肩を落とした。

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