第4回 水の都後編だった!!
夕焼け色に染まる空の下。
一馬と夕菜は坂を下っていた。
下校中の生徒もチラホラ居るが、この時期は陽が落ちるのが遅い。
故に、運動部は最後の大会に向け、夜も遅くまで練習をしている。
その活気の良い声が聞こえていた。
そして、その声にも負けぬセミの声も響いていた。
背をそらし、夕焼け空を見上げながら、一馬は息を吐いた。
「浮かないね?」
一馬と並んで歩く夕菜が、顔を覗きこんだ。
夕菜の顔に、一馬は困った様に微笑する。
別に水の都に行くのが嫌なわけではない。
フェリアに会うのが嫌なわけでもない。
嫌なのは人の多いところに行く事だ。
先日の火の国の祭りは、そんなに人が居ないだろうと思い、参加したが、実際はかなりの人が居た。
その為、祭りには比較的行きたくないと思っていた。
だが、今回は青龍の為の祭り。
行かないわけには行かない。
しかも、水の都でのフェリアの立ち位置を考えると、無駄に目立つ事は分かりきっている。
そう考えるとより一層、気分が沈んでしまった。
「はぁ……」
「わぁ。大きいため息」
驚きの欠片も無い棒読みで夕菜はそう言い、あまりの自分の大根なその反応に思わず笑う。
「ぷふっ……」
「な、何?」
突然笑った夕菜に、一馬は思わず目を細める。
何かおかしな事をしただろうか。
おかしな事を言っただろうか。
そんな事を考える一馬は、思い当たる節も無く、首を傾げる。
すると、夕菜は口元を左手で押さえ、二度、三度と頷き、
「ご、ごめん……ぷぷっ! 何ていうか、あまりにも棒読みだったから、つい……」
と、肩を揺らして笑う。
自分で言った事に笑っている夕菜の姿に、一馬は目を細めた。
引いているわけではなく、少々呆れていた。
だが、そんな夕菜の姿が愛らしく、一馬は好きだった。
そんな夕菜の姿をずっと眺めていたいと思ったが、流石にこれ以上は変な感じに見られるかもしれないと思い、苦笑しながら呟く。
「笑いすぎだって……」
「ふふっ。だねー。自分で言って自分でウケてたんじゃ話にならないよねー」
明るく弾んだ声でそう言う夕菜は、愛くるしい笑みを一馬へと向けた。
胸を撃ち抜く程の破壊力を持った夕菜の笑みに、一馬は胸を押さえ背を丸めた。
意味不明な一馬の行動に、夕菜は不思議そうな顔で首を傾げる。
しかし、すぐに夕菜は笑みを浮かべ、歩き出す。
「そろそろかな?」
両手で持ったカバンを体の前で揺らす夕菜。
その言葉に、胸を押さえていた一馬は空を見上げ、夕陽の陰り具合に、目を細める。
「そうだね……そろそろだね」
一馬は小さく頷く。
そんな折だった。
一馬が右足を踏み込むと、足元に青白い光と共にマンホール型の魔法陣が現れる。
時間通りと言うか、予想通りと言うか、魔法陣へと踏み込んだ瞬間に一馬は苦笑し、夕菜は困ったように笑う。
「じゃあ、また後でね」
夕菜がそう言い、右手を軽く振る。
「ああ。また後で」
と、一馬は首を傾げると、光と共に消滅した。
地面に描かれていたマンホール型の魔法陣と一緒に。
それから、数分後、夕菜もマンホール型の魔法陣と共に消えた。
美しい水の都。
その町全体が、祭りの空気を漂わせていた。
いや、祭りと言うよりも、パーティーのような雰囲気だった。
美しい街灯が町を照らし、色鮮やかなドレスを纏った人々が往来していた。
そんな水の都の中央にそびえる魔法学園フェアリスの最上階にあるフェリアの部屋に、一馬達はいた。
今回も一馬はタキシードを着せられ、頭はオールバックにされていた。
とても複雑そうな表情で不満そうな一馬に対し、背中のパックリと開いた淡い青色のドレスをまとうフェリアは、足元でスカートを揺らし、一回転する。
「どうですの? 似合っていますの?」
楽しげなフェリアだが、これで、十着目になる。
そして、一馬はその間ずっと待たされていた。
故に、一馬は不満そうな表情をしていたのだ。
一方で、この場に呼び出された夕菜・紅・周鈴、キャルの四人も、ドレスアップしていた。
夕菜はスカートは短めの真っ白なドレスを着て、恥ずかしそうに顔を赤く染めていた。
ミニスカートは制服などで着慣れているが、ドレスは恥ずかしかった。
紅は名の通りの真っ赤なドレスを着ていた。着物ではありえない程露出は高く、短いスカートで両肩まで丸出しのドレスだった。
巫女装束ばかりを着ていた紅は、その露出度の高さに俯きモジモジとしていた。
火の国では女性がここまで露出度の高い衣装などないのだろう。
長い黒髪を美しくたくし上げられ、妙に色っぽい。
不満そうな表情の周鈴もドレスを着させられていた。拳法着姿で、いつも男の子っぽい服を着ている周鈴の体型的に、完全に子供用のドレスだった。
故に、胸の辺りには大きなリボンが施され、頭にも大きなリボンがつけられていた。
女の子っぽい衣装だが、周鈴の不満そうな表情が、それを台無しにしていた。
そして、この中で最年少者であるキャルは、その豊満な胸をコレでもかと強調する胸の大きく開いた紺色のドレスを纏っていた。
着慣れていないのか、困ったように目じりを下げるキャルは、首を傾げると一馬の方へと顔を向ける。
「どうでしょうか?」
足元まで覆う長いスカートを両手で軽く持ち上げ、そう尋ねるキャルに、一馬は「へぇっ!」と裏返った声を上げる。
その顔は赤く、耳まで真っ赤に染まっていた。
女性に対し、苦手意識のある一馬にとって、ドレス姿の皆の姿は、それだけ刺激が強かったのだ。
どう答えて良いのか分からず、目を回す一馬はこの場を切り抜ける為に、
「み、皆に、似合ってるよ!」
と、声をあげ部屋を逃げ出した。
それはもう、脱兎の如く。
逃げ出した一馬に、呆れた目を向けるフェリアは、いつも通りの淡い青色のドレスに着替え、深く息を吐いた。
「もう良いですわ……これで」
「あ、あの……」
恥ずかしそうに紅は俯き、そう小声でフェリアに声を掛ける。
「どうしましたの?」
不思議そうにフェリアが紅へと目を向ける。
すると、フェリアはモジモジと手を擦り合わせながら、
「あ、あの……も、もう少し控えめのものは……」
「ないですの。紅は、もう少し、自分の魅力を全面に押し出すべきよ!」
「そ、そんな……」
「そうだよー。紅さんは綺麗なんだから、自信持ったほうがいいよ!」
あまりに自信なさ気な紅へと、夕菜は胸の横で拳を握り不服そうにそう声を上げた。
夕菜もどちらかと言えば、大人っぽい方だが、そんな夕菜からしても、紅は大人びていて綺麗だった。
だからこそ、言葉は強くなった。
夕菜とフェリアの言葉に、顔を真っ赤に染める紅は、俯くと「はうぅ……」と声を漏らした。
部屋を飛び出した一馬は、道に迷っていた。
この建物は、何処を見ても同じようなつくりの為、自分が何処を歩いているのか一馬は分からなくなっていた。
「やべー……何処だココ……」
背を丸め、目を細め、辺りを見回す。
もう同じ所をぐるぐると回っているそんな気がした。
立ち止まり、窓の外を見据える。陽は落ち、空は暗くなっていた。
このままでは、一生この廊下を彷徨って終わってしまう。
そう思った一馬はその場に頭を抱え蹲った。
「うぐぅ……。自分の方向音痴が憎い……」
一馬がそう呟いた時だった。
「一馬様?」
背後から聞き覚えのある声が、一馬の名前を呼んだ。
その声に、ピンと背筋を立てた一馬は、目を輝かせ振り返る。
「リューナ!」
「ひゃっ!」
突然の一馬の声に、リューナは驚き目を丸くすると、困ったように笑う。
「ど、どうしたんですかぁ?」
童顔に似つかわしくない凶暴な程の胸を弾ませるリューナは、サイドアップにした茶色の髪をヒョコンと動かした。
そんなリューナに潤んだ瞳を向ける一馬は、その手を両手で握り締めると、
「た、助かったよ! ホント、助かった!」
と、感謝の言葉を述べる。
何故、一馬がそんな事を言うのか分からず、メイド服のリューナは困った顔で首を傾げた。
「どうしたんですかぁ? さっきから、ずっと同じ場所をぐるぐると回ってましたけどぉ……」
「えっ?」
リューナの言葉に一馬は思わずそんな声を上げる。
同じところをぐるぐる回っている気がしていたが、まさか、本当に同じ場所をぐるぐると回っていたとは思ってもいなかった。
呆然と立ち尽くす一馬に、リューナは不思議そうに小首を傾げると、
「だ、大丈夫ですかぁ?」
と、相変わらず間延びした声で、尋ねる。
乾いた笑い声を吐く一馬は、肩を落とすと大きなため息を一つ。
「そっか……俺、同じところをぐるぐるまわってたんだ……」
「もしかしてぇ……知らなかったんですかぁ?」
リューナは困ったように笑う。
そして、
「もしよろしければぁ、パーティー会場まで案内しましょうかぁ?」
と、間延びした声で告げる。
リューナの申し出に、一馬は小さく頭を縦に振った。
暫くの後、一馬はリューナに連れられ、パーティー会場へとつれてこられた。
パーティー会場と言うよりも、祭り会場と言う方が正しいのだが、ここ水の都での祭りはどちらかと言えば、このような舞踏会のような形が主流だった。
すでに、会場では多くの人がおり、静かな音楽が演奏されていた。
案内を終えたリューナはペコリと小さく頭を下げると、
「それではぁ、私はこの辺でぇ……」
と、一馬に微笑みその場を後にした。
一人残された一馬は、深呼吸を二度、三度繰り返し、気合を入れ、会場へと足を踏み入れた。
舞台上では指揮者が指揮棒を振るい、オーケストラが美しい音色を奏でる。
会場の端にはビュッフェ形式で料理を振舞っていた。
感嘆の声を上げる一馬は、周囲を見回し頷く。
「よし! ……帰ろう!」
引き返そうと回れ右をしたと同時にその襟首を掴まれる。
「何処に行きますの?」
「あ、あれー? フェリアさんじゃないですかぁー。何でここにいるんですかぁ?」
ぎこちなく笑う一馬は、振り返りすっ呆けた声でそう言う。
すると、フェリアは金色の髪を揺らし頭を傾ける。
「それよりも、何処に行く気ですの? 皆さんお待ちなんですのよ?」
「いやー。そろそろ、時間かなぁ? って」
「何のですの?」
「帰る?」
「まだ時間はありますのよ?」
ニコッと微笑するフェリアに、一馬は目を細めた。
そのまま、右手首を掴まれた一馬はフェリアによって強引に、会場へと引き入れられた。
会場にはすでに夕菜、周鈴、キャルの三人がいた。
何処の誰だか知らない背丈の高い金持ち風の男達数人に囲まれ、ダンスに誘われる夕菜とキャルの二人の姿が、一馬の視界に入った。
まぁ、正直、夕菜もキャルも魅力的だ。男が放って置くわけがなかった。
一瞬不快そうな表情を浮かべた一馬だったが、次の瞬間、
「ふぇらふぇら、どけふぉ! らまららまら!」
と、料理を皿一杯に盛った周鈴が、男達を蹴散らすように間へと割って入った。
チキンを口にくわえ、ほぼほぼ何を言っているのか分からないが、周鈴の乱入により、男達は散り散りに散って行く。
安堵した様に一馬が息を吐くと、フェリアは不服そうに頬を膨らせる。
「なんですの? 今は、わたくしだけを見てくださいません? それと、殿方がエスコートするべきじゃないかしら?」
「えっ? あっ、ご、ごめん……」
一馬は申し訳なさそうに謝る。
そして、小さく会釈すると、フェリアの左手を右手で持ち上げ、
「それでは、失礼ながらわたくしめが、エスコートさせていただきます」
と、紳士っぽく口にし、背筋を伸ばし会場の中央へと入った。
殆どやけくそだ。
もうどうにでもなれと、思いながら一馬はゆっくりとステップを踏む。
静かなメロディーにあわせて。
左手はフェリアの腰にあて、体を引き寄せ、周りなど気にせず、流れに身を任せる。
そして、フェリアも全てを一馬に任せ、足を動かす。
ダンスなど殆ど経験の無い一馬のステップは、とてもぎこちないモノだった。
それでも、見ていられる程、会場の雰囲気は良い感じだった。




