第3回 水の都前編だった!!
火の国、火葬祭から二日後の事だった。
同じ時刻、同じシチュエーション。一馬のポケットでスマホが震えた。
一馬は嫌な予感がした。
その為、ポケットで震えるスマホを一旦無視する。
しかし、続けて、スマホは振動し続ける。
これは、一馬の元から所有していたモノではなく、完全にキャルから貰った方のモノだと、一馬は分かっていた。
それもあり、一馬は無視したまま帰り支度をする。
帰り支度が済んだ一馬は、ふっと息を吐くと瞼を閉じた。
その間もポケットではスマホが震え続ける。
(出たくないなぁ……)
瞼を閉じたまま、一馬はそんな事を考えていた。
しかし、そのまま放置しているわけにも行かず、一馬はポケットからスマホを取り出した。
そのモニターにはフェリアと名前が映っており、一馬の予想通りの人物からの着信だった。
右手でスマホを握り締める一馬は終始考える。
取るべきか、取らぬべきか、と。
左手の人差し指が、何度もスマホのモニターに触れそうになっては離れるを繰り返す。
葛藤していた。
だが、その時、一馬の脳裏に浮かぶ。
フェリアの怒った顔が。
その為、一馬は目を細め、肩を落とす。
「仕方ない……出るか……」
深々とため息を吐き、一馬はモニターを左手の人差し指でスライドさせた。
直後だった。
『どうして! すぐに出ませんの!』
フェリアの怒鳴り声が響いた。
予期していたのか、一馬は右腕を精一杯伸ばし、スマホを遠ざけていた。
目を細める一馬は「はは……」と表情を引きつらせ、スマホを耳に当てる。
「いやー。悪い。ちょっと忙しくて――」
『嘘はやめてくださいませんの! この間は、この時間に出たと紅さんが仰っていましたわ!』
フェリアのその言葉に、一馬は、
(事前に情報収集してるなんて……)
と、聊か感心した。
それから、左手で頭を掻くと、
「えっと……まぁ、なんだ。ほら、色々とあるし――」
と、何とか誤魔化そうとするが、フェリアの鋭い声が飛ぶ。
『色々って何ですの? そんなに、ワタクシからの連絡は面倒なんですの!』
「いや……そんな事は……ないけどぉ」
ゆっくりと右へ瞳を動かす。
それから、鼻から静かに息を吐き、瞼を閉じる。
嘘を言ってしまったと言う罪悪感と、フェリアに悪い事をしたと言う事に対する自己嫌悪に陥っていた。
謝るべきか、と考える。
その為、沈黙が場を支配し、不安に思ったのか、スマホの向こうからフェリアの声が聞こえた。
『あ、あの……。ワタクシ……迷惑ですの?』
僅かだがその声が震えているのが分かった。
一馬の胸を抉る様に、罪悪感が深々と突き刺さる。
女の子の今にも泣き出しそうな声と言うのは、それ程の破壊力があった。
机へと平伏す一馬。
その際、額を机にぶつけ、ゴンッと物凄い音が響いた。
その音に、スマホの向こうで、フェリアの慌てた声が響く。
『な、何ですの? 今の音!』
「あーぁ……な、何でもない……天罰が下ったんだ……」
『は、はい?』
わけが分からないと、言うフェリアの言葉に、一馬はただ失笑した。
「それで、一体、何の用かな?」
額を擦りながら、一馬は尋ねる。
一馬のその問いかけに、不満げながら、フェリアは答えた。
『今夜、祭りを行う事になりましたの』
「へぇー」
『それで、一馬にも参加してもらえないかと思いまして、お願いできませんの?』
「えっとー……拒否権はあるのかな?」
背もたれに背を預け天井を見上げる一馬がそう尋ねると、スマホの向こうでふふふっと笑うフェリアの声が聞こえた。
『もちろん、ありますのよ?』
「じゃあ、パスで」
『却下で』
即答でフェリアがそう答えた。
(うわぁー……。拒否権ねぇー)
思わず一馬はそう思い表情を引きつらせる。
しかし、そんな風に思う一馬に、フェリアは静かな声で告げる。
『今回の祭りは、青龍様を祭るための祭りですの。ですので、一馬には参加してもらわなければ困りますのよ?』
フェリアの言葉に、一瞬「そうか」と思ってしまう一馬だが、すぐに先程の
“(拒否権は)もちろん、ありますのよ”
と、言うフェリアの言葉を思い出し、上体を起こした。
「ちょっと待て!」
『何ですの?』
「さっき、拒否権はあるって話だったじゃないか? これじゃあ、俺の参加は強制じゃないか!」
不満げに一馬がそう言うと、フェリアはクスリと笑う。
『何を言ってますの? 拒否する権利はあると言ったのであって、それを認めるとは言ってませんのよ? それに、もし、本当に予定があるのでしたら、こちらの日付をずらすだけですのよ』
相変わらず、自信満々のフェリアのその言葉に、一馬の脳裏に思い浮かぶ。
ウェーブの掛かった金色の髪を掻きあげ、堂々と胸を張るフェリアの姿が。
その姿を思い浮かべた一馬は思わず、笑ってしまった。
『な、何ですの? ワタクシ、おかしな事でもいいましたの?』
少々不安げなフェリアの声に、一馬は首を振る。
「いや。何でもないよ」
『ほ、本当ですの?』
「ああ。何でもないよ」
クスクスと笑いながら、一馬はそう言い肩を震わせた。
それから、少しの間、他愛もない会話をした。
特別な話ではない、くだらない話ばかりを。
陽が傾き、空が夕陽色に染まる頃、ようやく、一馬はフェリアとの通信を終えた。
大して話す事などないと思っていたが、まさかここまで話す事になるとは、と一馬は窓から見える夕陽色の空を見据え吐息を漏らした。
「長々と話してしまった……」
思わずそう口にする一馬は、肩を落とすと静かに席を立った。
と、同時に、教室の戸が開かれる。
その音に、一馬は前回の事を思い出し、
(まさか……)
と、目を細める。
そして、ゆっくりと戸の方へと顔を向けた。
「凄く……楽しそうだったね」
戸の向こうには、ニコニコと笑みを浮かべる夕菜の姿があった。
その笑みが一馬は少しだけ怖かった。
前回にも増して、怒っている気がした。
その為、一馬は背筋を伸ばすと、カバンを手に持ち、
「さっ! 帰ろうかな!」
と、声をあげ、何食わぬ顔で歩き出す。
しかし、夕菜の横を通り過ぎようとしたその瞬間に右手首をつかまれる。
「あれれ? 何処に行くのかな?」
弾んだ夕菜の声に、一馬は両肩をビクッと跳ね上げた。
「え、えっと……」
「今、目、合ったよね?」
一馬が顔を向けると、夕菜も満面の笑みを向け、そう口にする。
身の毛も弥立つ夕菜の声に、一馬の笑顔は引きつった。
「それに、ちゃんと戸締りしなきゃダメだよ?」
微笑する夕菜が、サラリと茶色の髪を揺らし頭を右へと傾けた。
「えっ! また、お祭りに?」
教室の窓を閉めた夕菜が、怪訝そうに声を上げた。
教室の戸締りをしながら、先程の通信がフェリアからで、今夜祭りがある事を説明したのだ。
その結果の反応が、今の声だった。
窓に鍵をかける夕菜は、深く息を吐くと、肩を落とす。
「人気者は辛いねー」
棒読みで感情など篭っていない声でそう言う夕菜は、ジト目を一馬へと向ける。
夕菜のその眼差しに気付きつつも、一切顔を向けない一馬は、窓を閉めながら答える。
「いやいや。に、人気者とかじゃなくて……今回は、青龍の為の祭りだからさ。参加してくれないかって」
「えっ? 青龍の為?」
「そっ。だから、俺じゃなくて、今回はどっちかって言うと青龍に来て欲しいみたいなんだ」
窓の鍵を掛け、夕菜の方へと体を向けた一馬は笑みを浮かべる。
しかし、夕菜は不満そうに頬を膨らし、「本当にそうかしら?」と一馬には聞こえない程の小さな声で呟いた。