第2回 火の国後編だった!!
夕刻になり、一馬は夕菜と共に帰路に着いていた。
夕陽を背に浴び、足元には長い影が伸びる。
二つ並んだ影法師を眺め、一馬は不意に頭の上に両手を組んで乗せた。
「目!」
「ふふっ……何それ?」
一馬の影は目のような形になり、それを見て夕菜は笑う。
穏やかな時間が過ぎる。
長い下り坂を下り、談笑する一馬は、ポケットからスマホを出した。
一馬の行動に夕菜もポケットから同じくスマホを取り出す。
「もうすぐだね」
スマホの電源を入れ、時間を確認する。
確かに、もうすぐ六時を回ろうとしていた。
紅との約束の時間だった。
その為、一馬は立ち止まる。
遅れて、夕菜も立ち止まり、振り返った。
「そろそろ……かな?」
「だろうな。多分、俺がこの足を踏み込んだら、そこに魔法陣が出来るはずだよ」
今までの経験から、容易に魔法陣の出るタイミングが予想出来た一馬は、深呼吸をする。
そして、右足を踏み出した。
しかし、魔法陣は現れず、場には微妙な空気が流れる。
「あ、アレ?」
一馬が首をかしげ、苦笑すると、夕菜も「あはは……」と引きつった笑みを浮かべた。
だが、次の瞬間、足元に赤い光が溢れ、マンホール型の魔法陣が浮かび上がる。
「えっ?」
スットンキョンな声を上げる一馬。
予想外のワンテンポ遅れに、驚いたのだ。
もちろん、夕菜も驚いていた。
「か、一馬く――」
夕菜がそう口にするが、全てを言い終える前に一馬の姿は消え、光り輝くマンホール型の魔法陣はゆっくりと消滅した。
それから、数十分後、今度は歩いている夕菜の足元にマンホール型の魔法陣が現れ、
「ひゃっ!」
と、言う声を共に、夕菜の姿はマンホール型の魔法陣と共に消えてしまった。
火の国、守護朱雀の門は、賑わっていた。
明かりの灯った提灯が幾つもぶら下がり、出店が多く並ぶ。
守護朱雀の門は大して大きな土地ではない。その為、出店が並ぶとそれだけで道は狭い。
そんな中に多くの人々が往来し、とてもギュウギュウな状態だった。
呆然と立ち尽くす一馬は、「はぁ……」と、思わず声を上げた。
こんなにも人が居たのか、と言うほどそこは賑わう。
一馬の横に佇む夕菜はそんな賑わう往来に、目を輝かせる。
「うわぁっ! すごーい!」
「一体、何のお祭りですの?」
感嘆の声を上げる夕菜の後ろで、フェリアがそう口にした。
その声に、更にその後ろで面倒臭そうに、
「どんな祭りでもいいけど、何で僕まで呼ばれたんだ!」
と、不服そうに頭の後ろで手を組む周鈴が佇んでいた。
「興味深いですねー。他の世界と言うのは……空気も、風も、匂いも、全てが違いますねぇー」
今度はキャルの声が聞こえる。
白衣をまとうキャルは、興味津々に周囲を見回し、鼻息を荒くする。
「むふーん! 凄いですねー」
ポニーテールにした長い緑色の髪を揺らし、目元を緩めるキャルは、眼鏡を掛けなおし、たわわな胸を躍らせる。
その反応は大人びたキャルの見た目とは裏腹に歳相応の無邪気な子供の様な喜びようだった。
「皆さんに喜んでいただけて嬉しいです」
最後に姿を見せたのは、紅だった。珍しく、巫女服ではなく、袖の長い着物を着ていた。
巫女服以外の服装を始めて見た一馬は少々驚き、目を丸くする。
それは、とても美しく、大人びている紅がより一層大人びで見えた。
更に、長い黒髪を盛り、いつもと印象が違った為か、一馬は見惚れてしまった。
ボンヤリとする一馬の様子に、紅は恥ずかしそうに頬を染め、夕菜とフェリアは不満そうに頬を膨らせる。
そして、夕菜は一馬の右耳を引っ張り、フェリアは一馬と紅の間へと割って入った。
「イダダダッ!」
「あれはなんですの!」
一馬の悲鳴のような声と、フェリアの弾んだ声が重なる。
その為、紅には一馬の声は聞こえず、フェリアの指差す方へと顔を向け、答える。
「あれは、屋台ですね。手軽な食べ物を売っているんですよ」
「へ、へぇー。そうなんですのー」
苦笑するフェリアはセミロングのウェーブの掛かった金色の髪を揺らし、紅へと顔を向ける。
しかし、彼女の優しく眩しい笑顔に、フェリアは胸を痛める。
(はふっ……そ、そんな笑顔で見ないでくださいな……。わたくしは……わたくしは……)
顔を背け、痛む胸に右手を当てる。
流石に心がズキズキと痛む。
一方その頃、夕菜に耳を引っ張られた一馬は、どうしてそんな目にあったのか分からず、困惑していた。
「な、何? 凄く痛いんだけど……」
「鼻の下が伸びてた!」
「は、はい? い、いやいや! そ、そんな事……」
そこで、一馬は言葉を呑んだ。
紅の姿に見入っていたのは確かだった為、鼻の下が伸びていなかったと言えば嘘になるからだ。
その為、一馬は苦笑し、首を傾けた。
ムスッと頬を膨らせる夕菜は腕を組み、唇を尖らせる。
「全く! 男の子って!」
夕菜がそう言った時だった。
パンッと紅が胸の前で手を叩く。
その音に、頬を膨らす夕菜も、胸を痛めるフェリアも、不満そうな周鈴も、興奮するキャルも一斉に目を向ける。
当然、困り顔の一馬も、紅の方へと目を向けた。
一層大人びた紅の姿とは打って変わり、その顔には歳相応の愛らしい笑顔が浮かぶ。
やっぱり、紅は笑顔の方がいい。思わず、一馬はそう思った。
「もしよろしければ、皆さんも、着物、着てみませんか? その格好だと目立ってしまいますし」
紅の提案に、即座に反応を示したのは、キャルだ。
「ほ、ほほほ、ほ、ホントですかぁー! この世界の服を着せてもらえるんですかー!」
たわわな胸を弾ませ、キャルはピョンピョンと跳ねる。
こう言う所を見ると、まだ十五歳だと言うのも頷ける。
ハッキリ言って、見た目は、紅と同じ位大人びている。オマケに発育もよく、とても年下には見えない。
そうさせているのは、やはり大人っぽい顔立ちと左目尻のホクロの所為だろう。
無邪気な子供の様に淡い橙色の瞳を輝かせるキャルは、両手で紅の右手を握り締めた。
あまりのキャルの喜びように、紅は戸惑う。まさか、ここまで喜ばれるとは思っていなかったのだ。
一方、周鈴は呆れた様に肩を竦め、
「バカバカしい。僕はそう言うのは結構だ!」
と、目を細めた。
だが、そんな周鈴の背を、フェリアが押す。
「いいじゃないですの。たまには、女の子らしい格好をするのも」
「は、はぁ? ふざけんな! ぜっっっったい! 嫌だからな!」
背中を押すフェリアへと、顔を横に向け茶色の瞳を向け、周鈴は眉間にシワを寄せる。
だが、フェリアはニコニコと笑みを浮かべ、金色のウェーブの掛かった髪を揺らし、歩き出す。
その間も、周鈴は文句を言うが、そんな事はお構いなしに強引にフェリア達は周鈴を連れて行ってしまった。
残ったのは一馬一人。
とりあえず、皆が戻ってくるまでここで待機している方がいいだろうと、考え一馬はその場にただ佇む。
すでに、ここでは顔を知られている為、目の前を通り過ぎる人たちは、一馬の顔を見てはヒソヒソと話していた。
正直、それは気分のいいものではない。
その為、一馬は深い吐息を漏らすと、その視線から逃れようと、スマホを取り出した。
そして、電源を入れると画面をスライドさせ、赤い球体の描かれた画面を映し出した。
すると――
『どうした? 主よ』
と、朱雀の声が響いた。
その声に、苦笑する一馬は、左手を腰へと当て、深く息を吐いた。
「今、火の国にいるんだけど……」
『ああ。話は聞いていた。火の国の祭りに来ているんだったな』
「そう……それで、現在、待ちぼうけでね」
一馬はそう言いもう一度吐息を漏らすと、目を細めた。
『何だ? 嫌なのか?』
「嫌ってわけじゃないけど……あんまり、人込みって好きじゃなくて……」
『そう言えば、以前もそんな事を言っていたな。まぁ、気軽に楽しめばいいさ』
朱雀はまるで他人事のようにそう言い、静かに笑った。
そんな朱雀に苦笑し、一馬は肩を落とした。
それから、灰色の空を見上げ、眉を顰める。
「相変わらず、空は灰色なんだな」
『そうだな……。まだ、鬼の脅威からは解放されていないと言う事だろうな』
凛とした朱雀の声に、一馬は眉間にシワを寄せる。
「でも、今の所、鬼の動きは無いんだろ? 一体、何で……」
『それは分からん。だが、他の世界に現れた連中と、ここに出ている鬼がなんらかの関係があると見た方がいいだろうな』
「それって、水の都に出たヴァンパイア、土の山に出た鬼人、風の谷のあの化物?」
一馬がそう口にすると、朱雀は『ああ』と静かに答えた。
朱雀の答えに、一層眉間にシワを寄せた一馬は、深く息を吐いた。
「おいおい。ため息なんて辛気臭いぞ?」
一馬が息を吐いたのに合わせ、そんな言葉がとんだ。
肩をビクッと跳ね上げた一馬は、瞬時にその声への方へと顔を向ける。
すると、そこには紺色の袴に白い羽織姿の柚葉が腕を組み佇んでいた。
肩口で金色の髪を揺らす柚葉は、鋭い眼差しを一馬へと向け、歩みを進める。
「お、おう……ゆ、柚葉……」
若干震えた声で一馬がそう言うと、柚葉は不快そうに眉を顰める。
「何だ?」
「い、いや……久しぶりだから、き、緊張して……」
「はぁ? 何で?」
不満そうなまなざしを向ける柚葉へと、一馬は胸の前に手を出し、苦笑する。
「い、いや、何て言うか……女の人と話すのって、苦手で……」
一馬のその言葉に、柚葉は呆れた様に目を細めた。
そして――
「お前の周り、女だらけじゃねぇーか!」
と、柚葉は怒鳴った。
その声に、周囲の視線が集まるが、すぐに皆首を傾げ足を進める。
呆れた様に腰に手を当てる柚葉は肩を落とした。
「お前……そんなんでよくやっていけるな……」
「ホント、自分でもそう思うよ……」
一馬は苦笑し、右手の人差し指で頬を掻いた。
そんな一馬の隣に並ぶ柚葉は、腕を組むと目を伏せ深いため息を吐いた。
「まぁ、別にいいさ。全く……」
「あはは……それで、紅達は?」
「あぁ? あぁー……着付けじゃないか? 結構時間掛かると思うぞ?」
腰に手をあて、軽い口調で答える柚葉に、一馬は「そっか」と呟き息を吐く。
そして、俯き、目を細めた。
「そう言えばさぁ、前々から思ってたんだけど……紅と守人……だっけ? 何で、あんなに距離があるんだ?」
不意に一馬はそう尋ねる。
常々、一馬は思っていた。避難してきた人達は、召喚士様、召喚士様と、寄ってくるが、守人は一切、紅に見向きもしない。
いや、まるで紅などそこにいないかの様に生活をしている。
幾ら、紅が拾われ子と言っても、ここを守っている召喚士で、守人達は召喚士である彼女を守る存在。
そんな対応の仕方はおかしいと感じていたのだ。
一馬のその言葉に、柚葉は鼻から息を吐くと、右手を額へと当てる。
「抜けてるようで、そうじゃないのね。あんたって」
「今、褒められてる? けなされてる? どっちかな?」
苦笑し一馬がそう言うと、柚葉は首を傾げ、「両方ね」と、答えた。
しかし、すぐに真剣な表情を浮かべる。
「まぁ、そんな事はどうでもいい。紅の事だが、何処まで聞いてる?」
「えっ? あぁー……確か、親は居なくて、この神社の人に拾われたんだろ? それから、召喚士としての才能を買われて、召喚士になったって」
一馬は紅に聞いた事を思い出す。
そんな一馬の言葉を腕を組み頷きながら聞いていた柚葉は深く息を吐き、目を細める。
「まぁ、大体は合ってるな。でもな。元々、アイツは生贄として、ここに連れて来られたんだ」
「――ッ!」
驚く一馬に、柚葉は言葉を続ける。
「鬼に対抗する為に必死だったんだろうな。聖霊の力を借りる為に、生贄が必要だと本気で思ってたんだ」
「だからって、そんな事するなんて――」
「ああ。だから、紅の師に当たる人が、それを止めたんだ。そして、召喚士として育て上げた。別に才能があったわけじゃないんだ」
柚葉は眉間にシワを寄せ、そう告げた。
その言葉に唇を噛み締める一馬だが、何もいえない。
この世界では、それが当たり前で、許されている事なのだと、理解したのだ。
重い空気が漂う中だった。
「かーずまっ」
と、夕菜の声が響いた。
その声に一馬が顔を上げると、柚葉はその場を逃げるように立ち去る。
それと入れ違いに、綺麗な赤い着物に身を包んだ夕菜が、ピョンと一馬の前で立ち止まった。
「どう? どうかな?」
着物姿の夕菜は、クルンと一転すると、恥ずかしそうに頬を染める。
「えへへ。なんだか、恥ずかしいなぁ」
照れ笑いを浮かべる夕菜に、一馬は見惚れていた。
茶色の髪を揺らしモジモジとする夕菜は、チラチラと一馬の顔を見る。
一馬の言葉を待っているのだ。
暫しの沈黙の後、一馬もその事に気付き、慌てて声を上げる。
「す、凄い似合ってるよ!」
「そ、そうかな。えへへ……」
恥ずかしそうに笑う夕菜は、真っ赤になった顔を隠すように一馬に背を向けた。
そんな夕菜に変わり、続いて一馬の前で出たのは、フェリアだった。
金色の髪をたくし上げ、うなじを大胆に見せるフェリアは、淡い青色の生地に銀色の龍がワンポイントで描かれた美しい着物を着ていた。
金色の髪に淡い青色の瞳。明らかに西洋風の顔立ちのフェリアだが、それでも、着物姿は様になっていた。
「どうですの? ワタクシの着物? 姿は?」
堂々と胸を張るフェリアに、一馬は微笑し答える。
「う、うん。似合ってるよ?」
「どうして、疑問詞なのですの?」
「い、いや……深い意味は……」
あからさまに視線をそらす一馬に、フェリアは不満そうに頬を膨らます。
そんな一馬の視線に羽織袴姿の周鈴とキャルが映った。
瞬きを二度三度と繰り返す一馬は、訝しげに目を細め、首を傾げる。
「二人はどうして、羽織袴?」
一馬がそう聞くと、オロオロと泣くキャルが、福与かな胸を弾ませ、
「聞いてくださいよぉー一馬さん!」
と、声を震わせる。
何事かと瞬きを繰り返す一馬を、上目遣いで見据えるキャルは、ふっくらとした唇を震わせる。
「サイズが合うものがなかったんです!」
「へぇっ?」
キャルの思わぬ言葉に、一馬の声は裏返る。
まさか、そんな理由だとは思わなかったのだ。
しかし、キャル自身には恐らく重大な事だったのだろう。
潤んだ瞳を向け、
「わ、わわ、私……太ってなんかないもん……太ってなんか……」
と、キャルは胸の前で右手を握り締めていた。
そんなキャルに一馬は苦笑する。
別にキャルが太いから着物が入らなかったと言うわけじゃない。
福与かな胸の所為で、似合う着物がなかったのだろう。
そう推測する一馬は、右手で落ち込むキャルの頭を撫で、
「羽織袴姿も似合ってるよ?」
と、キャルへと微笑した。
長い瑠璃色の髪を止める銀色の髪留めが、チラチラと見え隠れする。
一馬に頭を撫でられるキャルは、褒められた事が嬉しかったのか、「えへへ」と静かに笑うと恥ずかしそうに頬を赤く染める。
それから、一馬の視線は周鈴の方へと向く。
相変わらず不満そうな表情で腕を組む周鈴に、一馬は首をかしげ、
「アレ? そう言えば、周鈴もサイズが――」
その瞬間に一馬の鼻っ柱へと周鈴の飛び膝蹴りが決まった。
「はぐっ!」
鼻血を噴きながら崩れ落ちる一馬へと、指を差し周鈴は声を上げる。
「僕は動き辛いからコレにしたんだ! サイズが合わなかったからじゃない!」
怒鳴り散らす周鈴の言葉を聞きながら、一馬の意識は真っ暗になった。
それから、どれ位の時が流れたのか、一馬が目覚めると、賑やかな笛や太鼓の音が辺りには響いていた。
「んんっ……」
「あっ? 目が覚めた?」
体をゆっくりと起こす一馬に、夕菜は優しくそう声を掛けた。
賑わうその場所からは少し離れた木陰に二人は居た。
紅達は何処に行ったのか分からないが、そこに姿はなかった。
まだ意識がぼんやりとする一馬は、右手で頭を押さえ、小さく左右に振った。
「大丈夫?」
「んっ? ああ……それより、他の皆は?」
「うん。フェリアちゃんと、キャルちゃんは、屋台を見て回るって、周鈴ちゃんも、多分、屋台の方に行ったんだと思うよ?」
困ったように笑いそう言う夕菜に、「そっか」と答えた一馬は、深く息を吐き出す。
「それで? 紅は?」
「うん。紅ちゃんは、今、舞ってるよ」
「舞ってる?」
「うん。カソウサイなんだって、このお祭り」
夕菜がそう言うと、一馬は眉間にシワを寄せ、
「仮装?」
と、首を傾げる。
一馬のその言葉に、小さく首を振った夕菜は、
「違う違う。一馬君の思ってるカソウじゃなくて、火葬。火に埋葬の葬で、火葬」
と、説明した。
夕菜の説明に、眉を顰める一馬は、まだモウロウとする頭で考える。
「火葬……祭? て、事は……」
「そう。火葬してるの。鬼に殺された人達を。その魂が、鬼にならないように、舞いを踊って、天へと送るんだって」
夕菜がそう説明すると、一馬は「そうか……」と、小さく呟き、目を伏せた。
祭りと言うのは名ばかりで、これは、死んだ者達を天へを送る、葬式だったと言う事を、この時、一馬は初めて知った。




