第7回 朱雀纏う だった!!
「うぐっ!」
紅蓮の剣の柄先が頬を突くように殴打し、オールドは激しく地面を横転する。
土煙が舞い上がり、オールドが転がった跡が地面に刻まれていた。
口角から血を流すオールドは、それを左手の甲で拭うと、雄一を睨んだ。
「貴様! 何をする!」
「黙ってろ」
声を荒げるオールドに対し、真剣な面持ちで男と老人を見据える雄一は、低く静かな声でそう告げた。
恐ろしく殺気立った雄一の姿に、オールドは息を呑んだ。
先程までとは明らかに雰囲気の違う雄一に、オールドは戸惑っていた。
「フォッフォッフォッ……。残念でしたな。ジャック。あと半歩踏み込んでいれば、首をズバッといけましたのに」
老人のその言葉の後、オールドの首筋に薄らと赤い線が走り、血が滲む。
ここでようやくオールドは気付いた。雄一によってその命が救われたのだと。
静まり返るその中で、ジャックと呼ばれた男が右手に持った血の付着したメスを、顔の前に構える。
「ではでは。ジャック。ここはあなたに任せますよ」
老人がそう言うと、ジャックは小さく頷く。
それに遅れて、また空間に歪が生まれ、老人はその奥へと静かに歩みを進めた。
「ま、待て!」
立ち上がろうとするオールドだが、その足がふら付く。雄一の一撃が足に来ていた。
震える膝に手をつき、オールドは表情を歪める。
(くそっ! 動け――)
「ではでは。楽しみにしておるといい。白虎の復活を――」
そう言い残し、老人は歪の奥へと消え、それと同時に歪も消えた。
残されたジャックは、静かに口元を緩めると、雄一の顔を真っ直ぐに見据える。
と、そこに、大分遅れて一馬と紅がやってきた。
静まり返る空気に何かあったのだと二人もすぐに理解する。そして、雄一と対峙するジャックの姿に、一馬は息を呑んだ。
(な、何だろう……体がピリピリする……)
本能的にジャックと言う男が危険な存在なのだと分かったのだ。
だが、すぐに彼の姿に一馬は違和感を覚え、怪訝そうな表情を浮かべる。
何かがおかしいと思う一馬の疑問を解消したのは、更に後からその場に駆けつけたキャルだった。
「はぁ……はぁ……びゃ、びゃく……白虎のせ、石碑が……」
両手を膝に着き、息を乱しながらそう言い放つキャルの言葉で、一馬も気付いた。
「ほ、ホントだ! ゆ、雄一! 白虎の石碑はどうしたんだよ!」
一馬が声を上げると、雄一は不快そうに小さく舌打ちをし、乱暴に答える。
「変なジジィが持って行きやがった! 多分、まだこの近くに居るはずだ! テメェらはそのジジィを追え!」
「待て! どうして、あの爺さんがこの近くに居ると断定出来るんだ!」
雄一の言葉に、周鈴が怪訝そうに口を挟んだ。
状況を黙ってずっと見ていた周鈴だが、とてもあの爺さんがまだこの近くに居るとは思えなかった。
だから、雄一がそう断言する根拠を知りたかった。
そんな周鈴の言葉に対し、僅かに苛立ちを見せる雄一はもう一度小さく舌打ちをすると、首を右へと僅かに捻り答える。
「バカかお前? 今まで何見てたんだ!」
「なっ! だ、誰がバカだ! 大体、根拠もねぇー事言ってんじゃねぇ!」
雄一の言葉に周鈴は怒鳴り声を上げる。
だが、雄一がそれに答えているだけの時間はなかった。
「ソロソロ、始メヨウカ!」
そう言い、ジャックが地を蹴ったのだ。
ジャックの動き出しに、雄一は瞬時に鍔を左手の親指で弾き、紅蓮の剣を抜刀し、横一線に振り抜いた。
鈍い金属音の後、火花が散り、ジャックは後方へと跳ね着地する。
一方、雄一は「クッ」と声を漏らし、表情を歪めた。と、同時にその頬から血が噴出す。
「ククククッ……オ前、強イ! 俺、楽シミ」
濁った声でそう言うジャックに、頬から溢れた血を左腕で拭う雄一は、ハッ、と息を吐き目を細めた。
「何が楽しみだ……まだ、全然本気じゃねぇクセに……」
ボソリと呟く雄一の言葉に、その場の皆が驚く。
今、この場に居る誰も、ジャックが雄一の頬を切った瞬間を目にしていない。
それ程、速い一撃だった。それでも、まだ全然本気じゃないなら、この男は一体どれ程の強さなのだ、と考えていた。
久しぶりの緊張感と、絶体絶命のピンチを感じる雄一は、自分の心を落ち着かせる様に、大きく息を吸い込んだ。
こう言う時、一番よくないのは、自分を見失う事。それを、重々知っているからこそ、雄一は心を静める。
静かに吸い込んだ息を吐き出した雄一は、一馬に背を向けたまま告げる。
「信じるか、信じないかは、テメェの判断に任せる。そこのガキも、あのジジィの発言を思い出して、考えろ。何が根拠なのか。俺は、コイツとの戦いに専念する!」
雄一はそう言い残すと地を蹴り、一気にジャックとの間合いを詰め、その脇を抜ける。
この場所で戦うには人が多すぎると判断したのだ。
「俺について来い!」
そう雄一が言うと、ジャックは静かに振り返り、ケタケタと笑いながらその後を追った。
腕を組み、右手を顎にあて考える一馬は、目を細める。雄一が何故、まだ近くに白虎の石碑を持っていった爺さんが居ると判断したのか、それを考えていた。
だが、情報が足りない。そもそも、その時、この場に居なかった一馬では、その爺さんが何を発言したのか、分からなかった。
そんな時、一馬のシャツの裾を心配そうな表情の紅が引っ張った。
「か、一馬さん、一馬さん」
紅の声で、我に返る一馬は、「えっ」と間の抜けた声をあげ、紅へと顔を向けた。
「ど、どうかした?」
「いいんですか? 雄一さんの事……」
「大丈夫だよ。心配ないよ」
紅の不安そうな表情に、一馬は明るく笑みを浮かべながら答える。
もちろん、虚勢だ。一馬自身、不安だった。何か、見落としている気がしてならない。
それでも、紅に心配させまいと、そう振舞ったのだ。
だが、そんな一馬の頭の中に朱雀の静かな声が響く。
(主よ。このままでは、あやつは死ぬぞ)
「えっ? し、死ぬ?」
思わず声を漏らす一馬へと、紅は一層不安そうな表情を向け、胸の前で手を組む。
「し、死ぬってどう言う事ですか?」
訴えかけるような紅の眼差し。
そして、一馬の声が聞こえていたのだろう。周鈴も厳しい表情を向け、キャルもオールドも怪訝そうに一馬を見据えていた。
「一馬。お前、何を隠してる?」
周鈴が問いただすようにそう尋ねる。別に、何かを隠しているわけではないが、そんな風に聞かれると、思わず笑顔が引きつる。
「い、いや、べ、別に……な、何も、隠しては……」
その言動が、胡散臭かったのか、更に周鈴の表情は険しくなり、冷ややかなその眼差しが真っ直ぐに一馬を見据える。
苦笑する一馬は、そんな周鈴に背を向け、心の中で朱雀へと問い掛ける。
(ど、どう言う事だよ?)
(以前にも話したはずだ。我々の力は信仰によって左右されると。それは、私の化身である紅蓮の剣も同じだ)
(けど、雄一は紅蓮の剣で鬼を浄化していたじゃないか?)
瞼を閉じ眉間にシワを寄せながら、朱雀にそう言った。
だが、朱雀は冷静に告げる。
(アレは、運がよかっただけだ。たまたま、あの鬼達が弱く、今の紅蓮の剣でも対応できた。だが、アレは別格だ。今の紅蓮の剣では、奴を浄化する事はおろか、傷つける事さえ出来ぬ)
朱雀の言葉に、一馬は息を呑む。確かに、朱雀の言う通り、ここに出現した鬼は妙に弱かった。
それがもし、雄一に対して、紅蓮の剣がここでも通用すると言う事を錯覚させる為のものだったとしたら――そう考え、一馬は唇を噛み締める。
(でも、何でワザワザそんな事を――)
(恐らく、彼が意図して行った事ではないのだと思う。元々、この世界の鬼と言うのが、弱いのだろう)
玄武が野太い声でそう答えた。その時、一馬の脳裏に一つの仮説が浮かぶ。
(もしかして、ここに出現した鬼って……火の国の鬼なんじゃ?)
(何故、そう思う?)
青龍が雄々しい声でそう尋ねる。すると、一馬は腕を組み目を細めた。
(聖霊や紅蓮の剣と一緒で、鬼も別の世界では、本来の力を発揮できない。そう考えると――)
(ふむっ……聊か、強引な気もするが……)
(しかし、そう考える方が妥当かも知れないな)
朱雀の言葉に、玄武がそう口にする。確かに、今の所、一馬の考えが一番的を得ている。
それに、一番説得力もあった。
しかし、今はそんな話をしている場合ではなく、三人の話に青龍が呆れた様に息を吐いた。
(おい。今はそんな事どうでもいいだろ? まずはあのガキだ。どうするんだ? この状況?)
(そ、そうだった……)
青龍に言われ、事を思い出した一馬は、目を細めた。だが、そんな一馬に、朱雀は答える。
(何、方法はある)
(方法?)
(ああ。お前も知っているはずだ)
朱雀の意味深な言葉に、一馬は眉間にシワを寄せた。
深く考え込むように一人でうなったり、天を仰いだり俯いたりする一馬の様子に、周鈴は冷めた目を向けていた。
そして、紅は、心配そうな不安そうな顔を向けていた。
「どうしたんでしょう? 死ぬと言ったきり、あの調子ですけど……」
「さぁな。僕には分からないさ」
「それより、こんな所でのんびりしてて大丈夫なんですかね?」
紅と周鈴の会話へと、呼吸の整ったキャルが割って入った。
大人びた表情で、右手の人差し指を口元へとあて、首を傾げるキャルに、周鈴は腕を組む。
「そうだな……とりあえず、一馬の判断に任せる。僕はアイツの言う事は信じない事にしてるしな」
周鈴は不快そうに眉をひそめ、離れた場所でジャックと戦う雄一へと目を向けた。
まだ、先程の事を根に持っていた。
雄一と周鈴の間に何があったのか分からない、紅とキャルは顔を見合わせ首を傾げた。
「何かあったんでしょうか?」
「どうなんだろう?」
紅の疑問にキャルは苦笑し首を傾げる。
そんな折、唐突に一馬が動き出す。その手に握った召喚札が赤く輝く。
「我の呼び声に応え、汝の化身に力を与えたまえ!」
一馬の高らかな声に、皆の視線が集まる。そして、その手から投げられた召喚札は、そんな皆の目をくらませる様に眩い赤い輝きを周囲へと広げた。
「こ、これは……」
オールドが顔をしかめ、
「まさか、これが、聖霊の召喚ですか!」
と、キャルは堅く瞼を閉じながらも、興味津々に鼻息を荒くしていた。
「武装召喚! 朱雀!」
一馬がそう声を上げると、赤い輝きは勢い良く天へと昇り、それが一気に紅蓮の剣を持つ雄一へと落ちた。
激しい衝撃が雄一を中心に広がり、土煙がうねるように舞い上がった。
一番間近に居たジャックは、衝撃を受け後方へと弾かれ、横転する。それでも、すぐに立ち上がり、手を地面に着け、体勢を低くし土煙の向こうを見据えていた。
衝撃が収まり、ゆっくりと土煙は晴れて行く。
息を呑むキャルはその瞳を煌かせ、胸の横で両拳を強く握り締める。
一体、どんな召喚が行われたのか、興味があったのだ。
一方、呼吸を乱す一馬は、大きく肩を揺らしていた。流石にここまで、召喚した数が多すぎ、精神的な疲労が、ここに来て体を襲っていた。
そんな一馬を紅は心配そうに見つめていた。同じ召喚士だから、召喚するのにどれ程の体力を消費するのかよく知っている。だからこそ、不安だった。
このままで、本当に大丈夫なのだろうか、と。
そんな紅の不安と裏腹に、一馬は安堵の表情を浮かべ、口元には薄らと笑みを見せた。
晴れた土煙の向こうに佇む雄一の姿を確認したのだ。
朱雀の武装召喚は成功したのか、雄一は足元まで届く紅蓮のマントを揺らし、その足は重々しい鉄鋼のブーツで包まれていた。
「んだコレ?」
聊か驚き、声を漏らす雄一は、更に自らの手を守る朱色のガントレットを見据え、赤い輝きを増す紅蓮の剣を一瞥する。
そして、
「…………邪魔だな」
と、呟きブーツを脱いだ。
「脱ぐなよ!」
雄一の行動に瞬時に、一馬は声をあげた。
一馬の声に、不快そうに振り向く雄一は、脱ぎかけたブーツへと足を戻すと、左手を腰にあてる。
「何だよ。お前の仕業か? 大体、こんな重いもんつけて戦えると思ってんのか?」
眉間にシワを寄せる雄一は手にしたガントレットと、足に履いたブーツを一馬に見せ、肩を竦める。
確かに、ガントレットもブーツも重そうだった。アレでは、雄一の動きも半減し、大分不利になってしまう。
だが、青龍を武装した時の柚葉を思い出すと、能力は絶対に上がっているはずだと、一馬は強い眼差しを雄一へと向ける。
「大丈夫だ! 俺を信じろ!」
「いや、お前を信じられないから脱ぐんだろ?」
右肩をやや落とし、そう呟く雄一が「ハハッ」と半笑いする。
どうやら、一馬の信頼は先日の夕菜を異世界に呼んでしまうと言う失態により、地に落ちてしまったようだ。
しかし、そんな一馬に代わり、雄一の脳内に朱雀の声が響く。
(案ずるな。雄一よ)
「はぁ? だ、誰だ! 急に!」
頭に響いた朱雀の声に、雄一は辺りをキョロキョロを見回し怒鳴り声を上げる。
当然、朱雀の声は雄一にしか聞こえていない為、その行動はとても奇行で、敵であるジャックも心配そうな眼差しを向け呟く。
「オ前……大丈夫カ?」
と。
もちろん、雄一にその声は聞こえておらず、辺りを見回し更に怒鳴る。
「何だ! 一体、誰だ!」
(落ち着け。私の声はお前にしか届いていない。あまり騒ぐと周りに変な目で見られるぞ?)
「うっせぇ! 誰だって聞いてんだ! ふざけんじゃねぇ!」
朱雀の忠告など聞かず、紅蓮の剣をブンブンと振り回す雄一に、流石の紅も残念そうな者を見るような目を向け、一馬に尋ねる。
「か、一馬さん……。雄一さん、おかしくなってしまいましたよ?」
「あぁー……うん。みたいだねぇー」
目を細める一馬は、「ははっ」と苦笑し、右手で頭を押さえた。
一方、目を輝かせるキャルは、一馬へと目を向けると、
「アレが、聖霊の力なのですか! 凄いです。あんな風になるなんて!」
と、鼻息を荒げた後、何処から取り出したのかタッチパネル式のボードを取り出し、データを打ち込んでいた。
明らかに間違ったデータだが、訂正するのもバカらしくなる程の雄一の間抜けっぷりに、一馬はただただうな垂れていた。
(落ち着けと言ってるだろ。全く、人の話を聞かぬ奴だ!)
「テメェこそ、人の話を聞け! 誰だって、俺は聞いてんだ!」
雄一の怒鳴り声に、朱雀は深く息を吐き出す。
(私だ。朱雀だ。お前の持つ紅蓮の剣は、私の化身。故に、お前は私をその身にまとったのだ)
朱雀の説明に、雄一は静かに息を吐くと紅蓮の剣をゆっくりと下ろし、左手を腰に当てる。
「なら、最初からそう言えよ。ったく……」
(いや……貴殿が話を聞かぬから……)
と、言いかけた朱雀は言葉を呑んだ。
これ以上言えば、恐らく面倒な事になると朱雀は考えたのだ。
その為、余計な事は言わず、用件だけを伝える。
(いいか、私も化身もこの世界では本来の力を発揮できない。故にお前が私をまとう事により、本来の力へと近づけた。と、言っても、まだ、本来の力には程遠いがな……)
「別にいいさ。本来の力が出ようが出まいが、俺は俺の力でどうにかする」
(そうも言ってられんだろ。相手が相手だからな)
朱雀の説明に不満そうな表情を浮かべる雄一だったが、諦めたように息を吐き、紅蓮の剣を構えなおす。
その行動にジャックも静かに身構え、真っ直ぐに雄一を見据える。
不思議だが、装備が少々変わっただけなのに、妙に力が強くなった気がした。
僅かな変化だが、ジャックは警戒心を強め、距離を取る。
ジャックのその動きに雄一は眉を潜め、朱雀は「フムッ」と息を吐く。
(どうやら、本能で気付いたようだ)
「気付いた? 何に?」
(聖霊である私の力をお前が得た事をだ)
朱雀の言葉に「ふーん」と興味なさげに答えた雄一は、右へと頭を傾けると鼻から息を吐き出した。
そんな雄一の様子を遠くから眺める一馬は、安堵したように息を吐くと、まだ整わぬ呼吸のまま、ゆっくりと振り返った。
「じゃ、じゃあ、はぁ、はぁ……行こうか?」
一馬のその言葉に、紅は眉を潜め、周鈴は目を細めた。
「行くって何処にだ? 大体、アイツは――」
「だ、大丈夫……こ、ここは、雄一に、任せよう」
苦しいのか、掠れた一馬の声はやけに聞き取り難い。
だが、なんと言ったのかは皆、理解できた。
「ここは彼に任せるとして、一体、何処に行くつもり?」
胸を持ち上げる様に腕を組むキャルが、白衣の裾を揺らしながらそう訪ねた。
メガネのレンズ越しに淡い橙の瞳が真っ直ぐに一馬を見据える。
ポニーテールにした瑠璃色の髪がユラリと揺れ、キャルは不思議そうに首を傾げた。
そんなキャルに、一馬は右手で胸を押さえ両肩を上下に揺らし、周鈴とオールドへと目を向ける。
「恐らく、その答えは、二人が知ってる……」
「僕ら?」
「だが、俺らは何も……」
意味が分からないと周鈴とオールドは眉間にシワを寄せる。
すると、一馬は空を仰ぎ、深く息を吐くと、
「思い出して欲しい。ここで、キミ達があったと言う白虎の石碑を持っていった奴が、何て言ったのか。そこに、雄一が、奴がまだこの近くに居ると断言する理由があるはずだ」
と、一馬は苦しそうな表情を浮かべながらも、真剣な顔で周鈴とオールドへと告げた。
一馬のその言葉に、周鈴は気は進まなかったが、その時の事を思い出す。そして、オールドも自らの記憶を辿る。
そして――
「確か、空間に裂け目が出来て……」
と、腕を組む周鈴が呟き、
「一人の老人が現れた」
と、オールド。
「それから、白虎の石碑を受け取って……」
周鈴が眉間にシワを寄せ、
「そして、消えていった」
と、オールドは瞼を閉じる。
だが、そんな二人に一馬は小さく首を振った。
「違う。行動じゃなくて、発言の方」
「発言の方?」
一馬の言葉に周鈴が眉間にシワを寄せる。
そして、オールドも。
「何故、そんな事を聞く?」
と、疑念を抱いた眼差しを向けた。
オールドの眼差しに、一馬はホッと息を吐き、真っ直ぐにその目を見据える。
「相手の行動よりも、言動の方が重要だ」
「だが、アイツが、何を見ていたんだ、って……」
不満そうに周鈴がそう言うと、一馬は真剣な表情で、
「その後に行ったろ? あのジジィの発言を思い出して考えろって」
と、言う。
確かに、雄一は言った。発言を思い出して考えろと。
だが、周鈴には思い当たる節が無く、小さく首を振る。
一方、オールドは、
「だとすると……」
と、呟く。思い出したのだ。
あの老人が言った、
“ではでは。楽しみにしておるといい。白虎の復活を――”
と、言う一言を。